おもいつくままに

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おもいつくままに215 2020.11

がんと闘う 3

 2020.8.17 大阪のがんクリニックにて総院長の問診を受け、免疫療法と遺伝子療法についての説明を聞き、治療に必要な費用の概算についても。これらの先進医療は保険が効かないことは理解していたし、ある程度覚悟をしていた。

しかし具体的にその金額を聞いて、日本の健康保険制度の有難さを痛感した瞬間でもありました。それでも、その場で免疫療法を受けることを決意し、その日に免疫を抽出するため2時間もかけ血液採取を受けることに。

最近よく「セカンドオピニオン」なる言葉を耳にしますが、手術した病院の主治医にがんクリニックでの治療は言い出しにくかった。私自身この大学病院は車で10分ぐらいのところにあり、いざというとき簡単に行ける病院と縁を切られるのも困るとの思いは強かった。

双方の病院でそれぞれの治療ができるとの事で、大学病院では化学療法として「抗がん剤治療」が始まりました。2020.8.27

大阪への通院初回は息子のアルファードで楽に行くことができたが、この日は都合がつかずやむなく往復タクシーで。大阪のクリニックでは「温熱療法」というのもやっており、 最初なので20分の施療を受けることに。2020.8.24

2020.9.9 免疫療法第1回目CTを見ながら首への注射、今までずいぶんいろんなところへ注射針が入っていったが、首への注射は生まれて初めて。その後の温熱療法40分、さすがこの時間やると、日ごろあまり汗をかかない身でもかなりの汗。

 

8/27に始まった抗がん剤治療もいま3クール目に入っている。2週目が始まったころが副作用が一番きつかったが、今は比較的楽な日々。これも「がんクリニックの免疫療法や、温熱療法のおかげだ」とはカミさんの感想。

 

いまお世話になっているがんクリニックで、「ネオアンチゲン免疫療法と最新標準治療」の演題で「ノーベル賞候補中村祐輔先生や、阪大消化器外科江口教授の特別講演をWebで配信」のお話を聞き、このHPでお知らせすることに。もちろん私の治療にあたっていただいている、大阪大学分子学教授でもあられる武田総院長先生も講演されます。

いま二人に一人が「がん」に罹る時代、興味のある方はお申し込みを。

http://www.ocicc.jp/
(「大阪がん免疫化学療法クリニック」で検索) 画面を上にスライド

















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おもいつくままに214 2020.11

がん(癌)と闘う  2

おもいつくままに №2102020.4月)でも書いたように、2020年は正月早々から「痛みとの闘い」の日々。その後がん手術に至るまでの経緯を書いてみます。

2020.1.11、リウマチ性多発筋痛症で入院。この病気は熱と痛み。ステロイドの服用で、免疫機能を外したことによる雑菌の侵入で「肝膿瘍」併発。筋痛症へステロイド、肝膿瘍に抗生剤。相反する投薬・点滴で、筋痛症の痛みから肝膿瘍により今まで経験した事のない激痛へ。

31日間の入院生活、退院後も自宅にてステロイド薬を飲み、インスリン注射しながら通院を続けていました。6月ごろ今度は胃周辺の痛み! 2020.6.20再三胃周辺の痛みを訴えで胃カメラを飲むことに。検査が終わって主治医のところへ戻り、ここで耳にした突然のがん告知。「初期がん」ならともかく」「進行性胃がん」。1月からずっと入院・通院していたのに「進行性」とは。

2020.7.21 病院を変えて胃がんの手術へ。胃カメラの写真で胃最下部にかなり大きながん。CT MRIなどで多臓器への転移は無いと思われるとの事で摘出手術へ。手術前夜、執刀の外科医が病室に来て、「胃の最下部なので他の臓器と絡んでいる可能性も!他の臓器を傷つけることになったら、事態はより深刻になるので切っても摘出を断念するかもしれないとの事。

5時間3分の手術で麻酔が覚めたとき、医師から胃の3分の2を取り「がんの摘出に成功した」との言葉が、もうろうとした私の耳に入ってきた。この時は「ガンは私の体内から無くなったんだ、助かった」と思い、麻酔が覚めた後の痛さにも耐えることができた。手術後の傷の治りも案外早く、術後10日も経たずに退院することができました。

1週間後の通院で主治医から聞いた受け入れ難い言葉「がんは取り除けたが、腹部全体に播種があり、ステージは4です」。2020.8.6

 















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おもいつくままに213
 2020.10

がん(癌)と闘う 1

ネットで調べた「がん(癌)のステージ4」からの生還率平均は7%程度、手術をした病院の主治医に聞くと私の場合、1%と、ほぼ絶望的な数字ではありました。

病気が分かったとき、一時は私のライフワークであるビジネスマッチング関係(ネットワーク先会社案内など)資料の償却とともに、インターネット環境など外部との通信を一切断ち切って自粛をと考えたときがありました。しかしそれでは「半分病気に負けた事になると思い、双方とも残すことにしました。

私からのメールを見た東京の友人(現役時代の部下で、銀行途中退職後東京にてビジネスで成功)は、「それほど早く死なすわけにはいかない」と、彼の主治医(有名な美人女医)の紹介で大阪にあるガン専門クリニックにたどり着きました。

従来の病院での抗がん剤など化学療法とともに、このクリニックでの、先進医療である「免疫療法・遺伝子療法」に一筋の光を見だすことにしたこの頃。がんに克つ日が来ることを強く念じながら、闘病記を公開し、がんと闘う自分を発信していくことを決心した次第です。

がんを告知されて以降のカミさん。毎日の病人食(胃が1/3)の献立、病院への付き添い(彼女の運転で)、何よりも抗がん剤の副作用に気を配ってくれている。これらの気遣いを見るにつけ、彼女のほうが先に倒れるのではないかとの不安が付きまとう。いま彼女の献身は、有難みを通り越しています。

また、息子は当然としても、妹たちや姪ら肉親からの、私を「失いたくない」との強い思いを痛切に感じています。また時々送られてくる孫たち(95歳の男の子)の動画や、たまにかかってくるライン電話で二人の顔を見る度、彼らの成長をもう少し見てみたい気持ちでいっぱいになります。

それに、冒頭の東京の友、他多くの友人・知人から電話やSMSなどで送られてくる言葉が身に沁み、この人たちの励ましに応えるために「1%の可能性でも負けるわけにはいかない」と強く感じているこの頃です。

 

 

 

















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おもいつくままに 212 2020.6

コロナ禍で見えてきたニッポンの仕組み

ここにきて安倍内閣の支持率は急落している。主な要因は二つ、コロナに対する政府の危機管理能力についての疑問と、検事総長任命問題が原因だろう。前者のコロナ対応については、未知のウイルスだけに「やってみないと分からない」ところはあったと思う。この点について安倍さんは不運だったと言わざるを得ない。

イタリア医療崩壊惨状の報道に触れ、「わが国も!」と強い恐怖感を覚えた。しかし今となってはPCR検査の少なさはともかく、この死者数で抑えられている我が国の対応は評価されてしかるべきだと思う。これが安倍政権の支持率にプラスに寄与していないのは残念です。

組織が危機的な事態に直面した際、トップは、その事態から脱するために、“最善の手”を尽くさなくてはならない。だが数々の選択肢の中から、それを選ぶことは非常に困難であった。

次の検事総長任命問題は黒川氏をもってきて安倍内閣の味方につけたいというそれほど恣意的なものはあったとは思いにくい。野党や検察のOBはともかく、三権分立という言葉を知っている自分はちょっと賢いと思っている芸能人たちまでが何かと言い出したのは支持率にかなり影響を与えたと思う。

「安倍政権を終わらせたい」というもう一つの勢力マスコミ、有名人を使っての報道にこそ恣意的なものがあったのではないか。後になって麻雀賭博問題が出てきたが、これも安倍さんにとっては不運だった。

それにつけても行政の「対応の遅さ」は何なのだろうか? 「アベノマスク」決して悪い「思い付き」ではなかった。安倍さんも必要な時期に必要な人にいきわたると思っての発案だったに違いない。それがなんと、緊急事態宣言の解除、マスク価格の急落を見るようになっても我が家には届いてない。

10万円給付金についても途中変更があったが、民意に応えてよく変更したものだと私はむしろ評価をしている。「困窮者30万円」のままだったらもっと遅れて、必要な人にいきわたらなかったと思う(私にも)。給付金について「マイナンバーを使ってオンライン申請すれば早くなる」との勧めも、ネット対応のまずさで逆に混乱しているようだ。何もかも遅すぎるのです。

今回の危機で明らかになったのは、政治家の危機管理能力の低さそれだけでない。日本の行政システムが、相も変わらぬ強固で融通の利かない「縦割り主義」であることである。

もう一つはIT化の遅れ、私自身数年前までは製造業においても、この分野でも日本が最先端をいっていると思っていたが、ここにきてかなりの遅れが露呈してきている。キャッシュレス化の遅れについては一昨年中国上海へ旅行して痛切に感じた。

余談ですが、私はこの年になってもクレジットはじめ、paypay楽天payファミペイなどを使っており、ネット通販はAmazonのプライム会員になっている、プリンタインクなど日常品の買い物には極めて便利です。このように現金しか使えないお店以外はすべてキャッシュレスを実践しており、株式の売買はもちろん、銀行振込もすべてネットで行っています。

マイナンバーカードも早くから作っていますが、この制度も「プライバシー」とか「監視されている」という被害妄想で普及しなかった。これがちゃんと機能するようになっていれば、少しは状況が違っていたのではないか。

この国の「国益と国防」、これを良しとしない左巻きの勢力が、特に国防について強く反対し、安倍政権の邪魔をし続けてきた。国の危機管理は「国家安全保障」と無縁ではない

コロナ禍のような、大きな国家的利害の前では多少の「私権の制限はあっても仕方ない」と思う。このように考える人たちが増え、9条ばかりに固執する勢力が考えを改め、国の安全保障を強固にする憲法改正につながっていけばせめてもの慰めではあります。

 




















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おもいつくままに 211 2020.5

コロナ禍で見えてきたニッポンの仕組み 

新型コロナウイルス対応で安倍政権に対する批判が大きくなっており、内閣支持率も低下している。本来ならこういう国家的危機の時こそトップを支持し、国民一丸となるべきなのに。

これらは、アベノマスクへの皮肉など、マスコミの偏った報道による影響が大きい。また、生活困窮者に対する当初の1世帯30万給付を、国民1人当たり10万円支給への変更なども、むしろ(プライドを捨てた)臨機応変の勇気ある対応だと報道するところがあってもおかしくはないと思うのは私だけか。

橋下徹氏はTVで、新型コロナウイルス対策について 特措法を「くそ法律」と称しながら、(法的限界があることを考慮しながらも)政府のやり方を批判するとともに、「今となっては、財布のひもを気にしないことが重要」と発言をしている。

私自身は「安倍政権でまだ良かった、安倍さんでさえこの程度しか手を打てないし、対応が遅くなっているのだから、他の政権だったらもっとひどいことになっていたであろうと思う。

その辺の事情について桜井よし子氏は同じ番組で、この国難というべき事態でもトップがリーダーシップを発揮できない「この国の仕組み」について言及し、安倍政権を擁護する発言をしている。

我が国は、これまで「国を護る」ということに対し、これを良しとしない野党やマスコミによって邪魔をされ、憲法改正をしないままここに至っている。戦後長く占領軍押し付けの憲法のもと、平和ボケで「危機管理」を怠ってきたからに他ならない。

野党やマスコミや人権派弁護士たちは、二言目には「人権」とか「プライバシー」・個人情報保護を言い、マイ№カード一つ徹底できないこととなっており、いざというとき国民を(言葉が悪いが)「管理」できない仕組みを作っている。

特措法第32条に基づく緊急事態宣言を行うに至っても
いちいち議会の承認を必要としたり、国民には「お願い」しかできない。また治療薬の使用にしても規制の壁でなかなか前に進むことができない。

これらのことを奇貨として、コロナ終息後は何としても憲法を改正し、自分の国を自分たちで護り、危機管理ができるという「普通の国」にしていかなければならない。また、縦割り行政からの脱却を図るため、霞が関の変革を図っていくのも重要と思います。
  

終息の時期が見えない今、ノーベル医学賞受賞山中教授の進言を胸に刻みたい。 

新型コロナウイルスへの対策は長いマラソンです。都市部で市中感染が広がり、しばらくは全力疾走に近い努力が必要です。また、その後の持久走への準備も大切です。感染が拡大していない地域も、先手の対策が重要です。私たちが一致団結して正しい行動を粘り強く続ければ、ウイルスの勢いが弱まり、共存が可能となります。自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守りましょう!  山中伸弥教授(京都大学iPS細胞研究所) 

提言1 自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守ろう.
提言2 医療体制を整備し、医療従事者への偏見をなくし、医療崩壊を防ごう.
提言3 目的を明確にした検査体制の強化.
提言4 国民への長期戦への協力要請と適切な補償.
提言5 ワクチンと治療薬の開発に集中投資を.





















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おもいつくままに 210 2020.4

「正月早々から入院」で思ったこと、思うこと

「松の内」の期間は関西と関東では違うらしい。私のなかでの松の内は、正月は15日までですが、関東では7日までらしい。その関西の「松の内から入院」となってしまった今年の正月。早々4日ごろから「異常に身体が痛い」、計ってみると「熱」もある。でも喉や鼻など風邪の症状はない。

かかりつけの医院が6日から開くのを待って、早々に診察を受けることに。血液検査によるとCRPが異常に高い。CRPとは体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合、血液中に蛋白質の一種であるCRPが現われます。 このCRPは、正常な血液のなかにはごく微量にしか見られないため、炎症の有無を診断する指標となる。

かかりつけの医院では医療設備が限られているため、11日に市内の中堅病院の紹介を受け、その日の入院となりました。病名は10年前に発病した「リウマチ性多発筋痛症」。2009年の時は入院して病名が分かるまで 毎日検査・検査で2週間もかかったが、ステロイド薬の服用で病状は劇的に改善。今回は1週間程度で退院できると思っていました。

入院中、ステロイド薬投与により雑菌が入り、肝臓に膿がたまる「肝膿瘍」の発症という予期しない事態となってしまった。「筋痛症」へのステロイド、「肝膿瘍」への抗生物質(20日間ほど1日3回)点滴となり、1か月以上の入院となってしまいました。

以下は入院中 FaceBookへ

1月11日  内科で9時から待って検査の後A内科へ、あと→B内科を紹介されて。入院の説明でまた→A内科前で並んでいる。ここで終わらんかったら、ブチ切れとなる予感。 家で寝ているだけでもしんどいのに!帰りたくても帰れない。もう限界。(このあと入院して計ったら39.5℃ )

1月13日 入院して分かった事①;病院にあるセブンイレブンの高級キリマンジェロ(と言っても10円高いだけやけど)久しぶり のコーヒーがこんなに美味いとは。

同日   入院していて思う➁;んやけど、看護師さんて、男には断然不利。何故なら男には母性本能が無い。女性なら、子供には勿論、老いて弱った大人にもその本能が。「イタイノ イタイノ飛んでけー」って言ってくれたお袋を思い出してもう涙!

1月15日 入院して思う事③ ; 当たり前だが「日常の健康」の有り難さ。

1月19日 入院して分かった事④;「痛さの限界」 今朝3時で4日連続の激痛ナースコール。4日前の痛さはこの世で味わった事の無い痛さ。「この痛さの先には何があるのだろう」と考えていたら、失神。気がつけば恥ずかしいことに生まれて初めての失禁。

「そうか、この手があったのか!限界でリセットとは。人間の体はよくできている。痛みは今も、痛さから少しでも意識を逸らす様に超スローで投稿。

同日  入院して思う事⑤「病院食」; この病院の業者が、OBPへ本店移転からお世話になったあの給食会社、味は想像にお任せします。

1月21日 入院して思う事 ⑥ ;「日にち薬」って言葉あるけど、1日でも改善があれば希望は持てるけど。入院して11日目、0進11退、激痛は激しくなる一方。どなたか、似たご経験者のご助言を。

退院当初は毎週通院、自宅ではステロイドによる血糖値上昇を抑えるため、1日3回、自分でのインスリン注射。今は2週に一度の通院で、朝夕1日2度の注射となっています。朝だけとなれば、仕事の再開も可能となりますが、今は自宅で謹慎するしかない状態です。

 




















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おもいつくままに 209 2020.1
四字熟語

子年 新年あけましておめでとうございます。

「漢書」律暦志によると「子」は「孳」(し:「ふえる」の意味)で、新しい生命が種子の中に萌(きざ)し始める状態を表しているとされる。通常十二支の中で第1番目に数えられる。子年は、西暦年を12で割って4が余る年が子の年となる。

ところで日本経済新聞 朝刊、毎週土曜日に「NIKKEI プラス1」という別綴じがついてくる。このトップページに「何でもランキング」が掲載されており、例えば「ケーキであればどこのケーキが一番うまいか東西ベスト10」とか「日本の名庭園ベスト10」など、表題どおり何でもベストテンにランキングされる。

平成元年最終土曜28日の「プラス1」は「新年に誓う四字熟語」ランキング。1位に「心機一転」、2位「悠々自適」、3位「泰然自若」、4位「一期一会」、5位「前途洋々」、6位「七転八起」、7位「不言実行」、8位「不撓不屈」、9位「一念発起」、10位「油断大敵」となっている。

上記の中で今の気持ちに合っているのをあえて言えば「悠々自適」と「泰然自若」か。悠々と言えるほどお金に余裕があるわけでもないし、泰然と言えるほど堂々としているわけでもないが、この年になればこうありたいという願望である。

私自身この「四字熟語」が好きで頭の中でよく浮かべてみることがある。朝、この新聞を読んだ後、30分ほどで上記以外でいくつの「四字熟語」を書けるか試してみた。20ほどはするすると出てきたが、30分かかって書くことができたのは、やっと50ぐらいでした。

「座右の銘」というほどではありませんが、好きな四字熟語は「一所懸命」一生懸命ではありません。

一所懸命という言葉は、中世(鎌倉時代の頃)の武士たちが将軍様から預かった先祖代々伝わっている土地など所領(一つの所)を命懸けで守ったことに由来しています。

そこから「土地を守る」「命懸けで取り組む」「切羽詰った状態」など、実に様々な形で使われたそうです。それ以降「一所懸命」は主に「命懸けで取り組む」という意味だけが残り、さらに「一所」が「一生」と間違われて「一生懸命」となり、発音も「いっしょけんめい」から「いっしょうけんめい」に変わったと言われています。

高校を卒業して入った会社で55歳の(選択)定年まで勤め、その後二つの会社で勤務したあと年金生活に入りました。そんな時(63歳で)古巣の会社から声がかかり、もう一度契約社員として70歳まで勤務することができました。合わせて45年間もの間。まさに「一所(懸命)に務めたおかげ」と思うこの頃です。



おもいつくままに 209-2 
読売新聞 読者が選ぶ 2019年日本の10大ニュース

【1位】天皇陛下が即位。「令和」に改元

【2位】ラグビーW杯日本大会開幕、日本8強

【3位】京都アニメーション放火、36人死亡

【4位】消費税率10%スタート

【5位】東日本で台風大雨被害、死者相次ぐ

【6位】ノーベル化学賞に吉野彰氏

【7位】沖縄・首里城が焼失

【8位】ゴルフ・渋野日向子が全英女子優勝

【9位】マリナーズ・イチローが引退表明

【10位】徴用工問題で日韓関係悪

【番外】中曽根元首相死去

【番外】中村医師 銃撃され死亡

《11》東京・池袋で高齢ドライバーが暴走事故、母子死亡

《12》ローマ教皇が38年ぶり来日

《13》テニス・大坂なおみが全豪オープンV

《14》高速道で「あおり運転」、男を逮捕

《15》探査機はやぶさ2、小惑星リュウグウに着地成功

《16》東京五輪マラソン・競歩、札幌開催に

《17》バスケ・八村塁、NBAドラフトで日本人初の1巡目指名

《18》首相主催「桜を見る会」20年度は中止に

《19》トランプ米大統領が令和初の国賓として来日

《20》千葉・野田で小4女児虐待死



 おもいつくままに 209-3  
2019年(平成31年-) 亡くなった有名人 ; ひろ坊のコメント

12月21日 エマニュエル・ウンガロ 86歳 ファッションデザイナー ; ウンガロが生み出したファッションブランドは現在フェラガモ傘下にあるらしい
〃 12日 梅宮辰夫 81歳 俳優、実業家 慢性腎不全 映画「不良番長」「仁義なき戦い」;
「不良番長」だったと思うが、新人大原麗子とのやり取りが記憶に
〃 4日 中村哲 73歳 医師、ペシャワール会現地代表、PMS総院長 ;
不覚にもこれまで、この偉大なお医者さんの存在を知らなかった

11月29日 中曽根康弘 101歳 元首相 ; 戦後、少なくとも私の知る限りでは最も偉大な政治家であったと思う
〃 24日 ク・ハラ 28歳 歌手・女優 KARA元メンバー ; 
指殺人=韓国という国の病状の象徴か?

10月24日 八千草薫 88歳 女優 膵臓がん : 永遠の清純派女優
〃 22日 緒方貞子 92歳 国際政治学者国連難民高等弁務官などを歴任; 
小柄な巨人
〃 6日 金田正一 86歳 元プロ野球選手 監督 解説者 400勝投手 敗血症; 
後にも先にもこれほど偉大な投手は!

9月29日 佐藤しのぶ 61歳 ソプラノ歌手 ; 若すぎる死
〃 16日 逆鉾昭廣 58歳 元関脇弟は錣山親方(元寺尾);
この人のお父さん先代井筒親方と飲んだことがある
〃 15日 ジーン・バッキー 82歳 元プロ野球選手 出血性脳卒中元阪神投手。外国人初の沢村賞 ;
マウンド上闘志をむき出しの姿が記憶に残っている
〃 2日 安部譲二 82歳 小説家、タレント 急性肺炎 ; 
組長が作家に

8月16日 ピーター・フォンダ 79歳 俳優、プロデューサー 肺がんによる呼吸不全 ; といえば「イージーライダー」

7月30日 ディープインパクト 頚椎骨折により回復見込みなしの診断で安楽死 ; なんでここに馬が? それほど凄い競走馬だったということか
〃 8日 竹村健一 89歳 評論家 多臓器不全 ; 
日曜朝8Chで「だいたいやなあ」保守派の好きな評論家だった 

6月26日 高島忠夫 88歳 俳優・タレント・司会者 老衰 ; 二人の息子が俳優として活躍している
〃 6日 田辺聖子 91歳 作家 総胆管結石による胆管炎 ; 
「カモカのおっちゃん」
〃 1日 横山たかし 70歳 漫才師 多臓器不全 ; 
金色のスーツ姿で「大金持ちのおぼっちゃま」

5月20日 降旗康男 84歳 映画監督 肺炎 映画「冬の華」「魔の刻」「夜叉」「あ・うん」「鉄道員 ; 大好きな監督の一人
〃 13日 ドリス・デイ 97歳 米女優・歌手 肺炎 ; 
ハリウッドが誇る最も偉大なスター
〃 12日 京マチ子 95歳 女優 心不全「雨月物語」「羅生門」「地獄門」;
グランプリ女優

4月24日 小出義雄 80歳 元陸上競技選手、マラソン・中距離選手の指導者 順天堂大学指導者 ;有森裕子、千葉真子、高橋尚子などを育てた
〃 17日 小池一夫 82歳 漫画原作者 小説家 脚本家 作詞家 肺炎「子連れ狼」; 
Twitterの「小池語録」は今も続いている
〃 11日 モンキー・パンチ 81歳 漫画家 ; 
ルパンといえば峰不二子
〃 8日 ケーシー高峰 85歳 タレント 肺気腫 ; 
医者になりそこなって!

3月27日 近藤昭仁 80歳 元プロ野球選手、横浜・ロッテ監督 ; 大洋ホエールズ
〃 26日 萩原健一 68歳 俳優、歌手、元ザ・テンプターズ、PYGメンバー/GIST(消化管間質腫瘍);
「太陽にほえろ」マカロニ役と「拝啓おふくろ様」が良かった
〃 17日 内田裕也 79歳 ミュージシャン、俳優  肺炎 ; 
昨年樹木希林が逝って、不思議な夫婦だった
〃 7日 ザ・デストロイヤー 88歳 プロレスラー、タレントジャイアント馬場のライバル。足四の字固め ; 
「噂のチャンネル」?和田アキ子の番組を思い出す
〃 6日 森山加代子 78歳 歌手 大腸がん ; 
坂本九ちゃんといいコンビだった

2月24日 ドナルド・キーン 96歳 日本文学者 文学評論家 心不全 : 日本文学と日本文化研究の第一人者 
〃 22日 笑福亭松之助 93歳 落語家 ; 
明石家さんまの師匠
〃 12日 山田スミ子 元吉本新喜劇 女優 73歳 ; 
昔吉本新喜劇をよく観た時期があった
〃 9日 佐藤純彌 86歳 映画監督・脚本家 「人間の証明」「野性の証明」「未完の対局」「新幹線大爆破」 ; 
やくざ映画を作っていた時代もあったが 他に「敦煌」や「おろしや国酔夢譚」など大作が多い
〃 8日 堺屋太一 83歳 元経企庁長官・作家・経済評論家 多臓器不全「団塊の世代」名付け親。「油断!」「峠の群像」「秀吉」; 
数多いこの人の著作はほとんど読んでいる

1月12日 梅原猛 93歳 哲学者 肺炎「隠された十字架」などの著書 ; 古代史にも
〃 12日 市原悦子 82歳 俳優 心不全「日本昔ばなし」;
やはり「坊やよい子だねん寝しな」日本昔花にの語り口
〃 5日 兼高かおる 90歳 ジャーナリスト、ツーリストライター 心不全 ; 
あの時代、あれほど世界中を駆けた人はいなかった

 

 

















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おもいつくままに 208 2019.12

ひろ坊の11月Tweet(FaceBook)

11.26 入っていたって? それがとうした!今後気をつけたらいいじゃないか。そんなことより大事なことがいっぱいあるだろう。『首相主催の「桜を見る会」に反社会的勢力が出席していたとの指摘について』の報道に対し

11.26 今年は事情があって行かなかった。長野のリンゴはとにかく美味い、甘い。2017.11.26私の投稿;「長野県伊那市でリンゴ狩り」

11.23 内心切れて(GSOMIAが)しまったほうがいいのでは、と思っていた。継続に関し日本が一切密約的譲歩をしてなければいいのですが! 「GSOMIA失効回避」の報道に対し

11.21 野党とマスコミはなぜこれ程までに安倍首相を追い詰めようとするのか? 我が身を省みず!

11.21 政権担当なんだから自民の関係者推薦が多くなるのが当たり前。野党はこんなことばかり問題にして!もっと議論すべき大事な事があるだろう。批判するだけの政党に多額の政党交付金、こっちのほうが税金の無駄遣い。メディアも一緒になって批判ばかり、日経までも。「首相認めた桜推薦枠」報道に対し

11.19 コスパdeランチ ; この冬初すき鍋。吉野家712円。写真投稿

11.18 鯉がいいひん! 大きいのが10匹ほど列を作っていたのに。写真投稿

11.18 桜を観る会、ホテルの件は濡れ衣(と判明)。野党の安倍政権に対するやり方、証拠もないのに印象操作で相手を貶めるのはモリカケと同じ手法で卑怯極まりない。どこかの国のやり方と似てはいないか?

11.16 5700万円高額だと囃し立てるが、世界の指導者として日本が誇る安倍首相の交際費としては安いものだ。鬼の首でもとったような野党やマスゴミ、中でもメディアでみたことある杉尾とかいうのはかなりの反安倍 反日だ!『首相「桜を観る会」野党追及で参加タレントは赤っ恥」』報道に対し

11.15 桜を観る会。「田崎史郎が招待されて、青木理がされないのはおかしい」と言う野党系議員のネットでの意見。なんで日本を貶める奴を招待せなあかんのや!

11.14 モリ.カケの時と一緒や。やりたくない憲法問題などから目をそらせるため、また安部さん貶めるための印象操作は、いまや野党の常套手段。ええ加減にしとけや! 安部さんが誰を選ぼうとかめへんやん。悔しかったら人選する側に立ったらどーやねん。「夕食会は1万円超」の報道に対し

11.13 ハービス通りはクリスマス気分!写真投稿

11.13 桜を観る会。記者に「どこか問題あるの?」二階幹事長発言に賛成。野党や新聞、しようもない、ええ加減にせえ!

11.12 確かに少なくとも政治家ではない。いい意味でも悪い意味でも! 2017.11.12私の投稿; 「トランプ大統領って政治家と言うより、アメリカのビッグなディラーだ」

11.12 今の野党は、政府を追求することだけが仕事となっている。与党側のミスやエラーがあれば目の色変えて責め立てる。逆はなく、疑惑まみれの某女性議員も一緒になって政府を批判。国の仕事をしている与党の議員も、批判だけが仕事の野党の人も給料は国から出ている。なんだかヘン!

11.11 家の近くまで帰ってきたら、カラスが大集合。ゴミ収集の日だからだろうか?あまり気持ちのいいものではない。動画投稿

11.11 歯医者の帰り。10代の女の子が手を引いている老人が道端にへたり込んだ。「あなたのお爺さん?」「いいえ途中で座り込んでいたので!」。近くのスーパーへ行く途中らしい。肩を貸して二人でスーパーのカートまで。こんな若い子もいる日本、まだまだ捨てたものではない。

11.9 最近少しすり寄ってきてるようですが、我が国は毅然たる態度を継続してほしい。2018.11.9私の投稿;「韓国の徴用工問題、自ら応募して日本の企業で働いた人なのに! 反日の波は止まらない。こんな国と付き合う必要はあるのだろうか? 

11.4 飛鳥川沿いで桜開花? 狂い咲きか? 種類の違うサクラか? 写真投稿

11.4 総理後継レース、私は河野さん。2018.11.4私の投稿;「対韓国対応で思う。外相の河野さんて親父さんと違ってまともやなあ。首相後継は岸田さんといい勝負」

11.2 いまはなくなった中小企業支援企業の営業顧問、スーパーB/A  3名会社側1の4名の会議。1年しか経ってないのに懐かしい。2018.11.2私の投稿;「京都会議のあと、地下鉄北山駅近くにある府立植物園へ。コスモス満開、冬が近いのにバラも満開。池には紅葉の下にきれいな羽色の鴨たちが」

10.31 一度しか行ってない首里城炎上。奈良県人でもこれほどショックなのだから、沖縄の方々のお気持ち、察するに余りあります。


















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おもいつくままに 207 2019.11
ひろ坊最近の10月Tweet(FaceBook)


10.30 野党やメディアは相変わらず「あら探し」と「挙足取り」ばかり。菅原大臣の場合はルール違反で退場は仕方ないけど、河野さんや萩生田さんの発言はちょっとした言い間違い!。これを鬼の首でも取ったように言う野党第一党のNo.2。あの青筋たてた憎たらしい顔は党のためにもならない。河野太郎防衛相が前夜の自身の「私は雨男・・・・発言」について謝罪した。

10.28 歳とっても可愛い女優だった。
八千草薫さん死去88才

10.23 今の世の中、小顔が美人の条件らしい。昔も八頭身美人(伊東絹子 児島明子=ミス・ユニバース 若い人は知らんやろなア)とか言ったが、今のタレントは9~10等身か?(顔小っさすぎて)なんだかねえ!

10.22 即位令の日橿原神宮へ。家から徒歩で50分。写真は神宮内で何か?の儀式。往復と神宮内歩きで約14,000歩。2枚目は参道でみたウンコのような茸。

                   

10.21 (ラグビーワールドカップ)南アフリカ戦は残念でしたが、ベスト8は立派。(池井戸潤作の)ドラマ「ノーサイドゲーム」を観ている、ラグビーにわかファンからファンになりそう。 (この歳で初めて2試合TV観戦)

10.20 (銀行の)OB会 今年は中止。(合併で)図体が大きくなりすぎて、卒業生の居場所がなくなる。〈4年前)2015.10.20〉城見本店最後の青友会、2百数十人出席。みんな年とったけど元気でした。

10.18 コスパdeランチ (奈良のけんみん食?)彩華ラーメン 餃子小つけて922円。クレジットカードもpayも一切ダメ、キャッシュのみ。キャッシュレスの流れに乗らない、これはこれで立派。

10.10 いま嬉しいニュース。大阪なおみが日本国籍を選択し、日本代表としてオリンピックに挑むとの事。米国籍を選ぶかも知れないと言われていたが。ノーベル賞の吉野さんと同じくらい嬉しい。女子テニスで日米両国の国籍を持ち、東京五輪に日本代表として出場を目指す意向を既に表明している大坂なおみ選手(21)が今月に入って日本国籍を選択する手続きを行ったことが10日、分かったいいね ; なおみ!がんばれ!なおみ。

10.10 疲れていて座るためひと電車見送って乗車したら、幼児連れのママ。抱っこせがまれて(抱いた)途端にスヤスヤ、かなり重そう。前に若い女性、その横が私、私の左側が女子高生。年寄りの私が譲れば両側の若い娘が「イエ私が」と言うかなと思ったけど、もし言わなかったら、30分立って帰る自信がなかったので代わるのやめました。こういう時若い女性はまず譲らない、(まだ)生意気そうな男のほうが譲る事が多い。



10.9 愛知県は中日新聞60% 朝日20%らしい。ここでは大村知事の主張が通るが、抵抗する河村市長は立派だとおもう。〈2年前2017.10.9〉 朝日 毎日の偏向報道がどれほど酷いのか?、それを読んでる人、その系列のTVを見てる人には分からない。

10.6 関電問題!「脅迫されて金払った」 なら分かるけど、「恐くて仕方なしに受け取った」は よう解らん。
























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おもいつくままに 205 2019.10
ひろ坊の独り言(9月Tweet)Facebook&Twitter

9.28  凄い!としか言いようがない! ラグビーワールドカップ報道に対し】日本、世界2位のアイルランドに歴史的初勝利

 9.27 ジャニーズのタレントはあまり知らないし興味もないが、トキオ の城島は知っている。同郷の奈良出身だし、性格良さそう。相手が若 い人でよかった、子供ができたし、何人も作れそう!城島茂結婚報道に対し】 律儀な城島茂 「三枚目」徹し一途ギター愛/こんな人


9.26 消費増税前の行動、理解できない。高いもんならわかるけど、何でも買いまくり。10パー上がるんだったら分かるけど、2%なら1000円で20円やんけ!ムダなモン、買うたらなんもならへん。

9.25 今日の八尾空港。秋晴れの生駒山の方から、セスナやヘリが飛んでいく。いつ観ても飽きない。

9.25 ひまわりから彼岸花へ!散歩で。

9.22 1年前!今は大臣 1年前の私の投稿】 18.9.22土曜日の10ch、辛抱さんの番組で。小泉進次郎氏「石破氏支持」の理由としての「党内多様な意見云々」。これに対し、橋下徹氏が「ただの国会議員のコメント」「将来トップになるべき人の意見ではない、コメンテーターが言うこと」。大いに同感。

                    
                           
      

9.22 カミさんの古希祝いを息子の招待で。会場は彼の勤める会社の銀行会館で。参加は息子夫婦と二人の男の子、両家の両親計8人。30畳程もありそうな個室で、料理は和食懐石。初松茸は、土瓶蒸し すき焼き 松茸ご飯に。天ぷら の中にも松茸 =これはたべきれず。

9.21 原監督の目に涙!坂本MVPほぼ決まり。慎之介来期はコーチ兼任で監督修業。バンザイ!(慎之介コーチ就任 当たりか!)

9.20 安倍政権の間に、是非とも憲法改正実現を。第9条も改正、少なくとも自衛隊の明記を!これだけ頑張ってくれている隊員を日陰者にしてはならない。1年前の私の投稿】マスコミがこれだけ印象操作をしても邪魔をしても、分かってる人は判っている。安倍さん3選。

9.19 我が家の裏庭に大根を。日野菜、赤カブ、青首大根。日野菜の漬物大好き!

9.19 政治家は国民の人気だけでやれるモンじゃない。原発も、消費税も、国防も。場合によれば人の嫌がることも国益の為にはやらなくてはならない。某新大臣に言いたい

9.19 コスパdeランチ ;北浜道修町ビジネスビルの地下で見つけた飲み屋の昼飯、豚骨醤油600円.高菜or明太ご飯無料。アジはいける、コスパ良し。

9.18 樹木希林って不思議な魅力ある女優だった。1年前の私の投稿】演ずる哲学者と言ったら言い過ぎか? 樹木希林と吉永小百合、ほぼ同年代。わたしゃサユリストでしたが、昨今の二人の顔を比べて希林のほうがきれいに見えた。何故なら自然に年取ってるひとは楽に見ることができるが、ムリに年取らない人を見るのはしんどい、疲れる。

9.17 原発汚染水の海洋放出についての発言。松井大阪市長偉い! 小泉環境大臣とえらいちがい。  
        

               

9.15 銀行契約社員辞めて5年!1年前の私の投稿】 先月、昔の部下で 支店長など、いま現役で頑張っている人たちが、送別会をしてくれた。丁度70才の誕生日だっので、ケーキのサプライズに感激しました。ケータイに写真が残っていたのでUPします。

9.15 橋下さんの言、(弁護士の立場から)感情的になるな、韓国側から言えば….と言うのは分からないではないが。嫌がらせや、何にでもイチャモンつけてくる事など、汚いやり方に私は我慢できない!

9.14 4年前か!、この短い間でも大分変わってるやろな。4年前の私の投稿】ミャンマーへ行って来ました。ギンギラギンのバコダと街の猥雑さが対照的でした。街には阪急バスが走っていました、日本語を塗り替えもせず走らせているのを多く見ました。この国は、ほとんどが中古車なのでしょうが、車社会でした。90%以上が日本車、そのまた90%がトヨタ。他の東南アジアのようにバイクを経ず一気に自動車社会になったようで、道路や信号などインフラが追い付いていません。道は渋滞、渋滞で信号では10分ぐらい待たされたこともありました。

9.10 駅まで行く途中の飛鳥川。何時ものスポットで鯉の行列が見られなくなっていた。この前の大雨で流れてしまったのかと心配したが、昨日は戻ってきていた。

9.9 朝から歯科、眼科とクリニックをハシゴ。歯は全部揃っているが、歯肉はかなり痩せてきている。眼は、視力 1.2と 1.0で年齢から見て見え過ぎ。糖尿なので3ヶ月ごとに眼底検査。

9.4 良かった。大好きな香港は香港らしくあって欲しい。【報道に対し】香港行政長官、「塔防犯条例」改正案の正式撤回を発表

9.3 茂木さんもいいと思うけど、河野太郎氏の続投で願いたい。女性大臣にじゅん子氏抜擢賛成、久しぶりに高市さんも。河野氏は横滑り、防衛大臣なら納得、高市早苗大臣は当たり!

              

 

 



















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おもいつくままに 205 2019.9
ひろ坊の独り言(8月Tweet)Facebook&Twitter

8.28 滅多に怒らない日本が、なぜ初めて強い態度にでたのか全然分かってない。文さんが自由陣営から共産圏に(連れて)行きたがっていることに韓国民は気がついてないのかなあ。韓国政府は日本の輸出規制強化を、元徴用工問題に対する報復措置として反発。9月にも輸出管理の優遇対象国から日本を除外すると発表しているほか、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決めるなどして日本との対立が深刻化している。

8.26 コスパdeランチ 鶴橋の韓国料理店でレーメン定食、900円。こんな時こそ韓国食 、在日コリアンに罪は無い?

8.25  日本人は、なんて正直で几帳面で謙虚な国民なんだろう!。嘘はつかない、告げ口はしない、相手のせいにしない、卑怯なことはしない、感情的にならない。かの国に比べてあまりにも紳士的で、「まとも」すぎるのだ。

8.23 
北の利益代表を大統領に選んだ韓国民。その誤りに気がついてないのかなあ。(文さんは)この先彼らを何処へ連れて行くつもりやら?

8.23 Aグループから、他のアジアの国々と同じBにしただけで、ありとあらゆる嫌がらせ。何度も言う、こんな国と付き合う必要はない。アメリカも怒っている、北朝鮮からもバカにされてムンさんは何処へ行く?

8.22  安部首相、絶句。私も絶句。いよいよ縁を切るときがきたのか! 韓国青瓦台(大統領府)は22日、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を更新しないことを決めたと発表

8.21 ついに私にも、市から老人会の通知がきた。

8.20 1年前か!最近ますます覚える事が少なくなって、忘れることが多くなってきた。(1年前)2018.8.21今朝の日経春秋欄で、働く時間が長い人ほど勉強している時間も長い、という調査の事が書いてあった。仕事が忙しくて学ぶ時間が無い、は言い訳。時間が多くなってきた今、解るような気がする。

8.19 かなり長く続いています。メンバーで海外へも10回いきました。良い飲み会です。(4年前)2015.8.19 三水会と言う飲み会、飲み屋開店の17:00前には大方7人が勢揃い。よっぼど暇なのか、それほどメンバーに会いたいのか。

8.19 本日の日経朝刊に香港(人)からの「一面意見広告」。香港は昔の狭い空港から今のどでかいハブ空港まで数回行っている、大好きな地域。中国化は大反対。

8.16 津田(大介)も津田やけど。大村はもっと許せん、立場が悪くなると「言い訳&ヒトのせいに」卑怯な奴は嫌いだ。こんな知事早くやめさせろ。

8.15 関西みらいFG(総資産 約12兆円)、大きくなったもんだ。預金量1,000億円達成(近畿)した頃が懐かしい。(1年前)2018.8.15  なぬ! KO(近畿大阪銀行)の難波支店も(りそなと同じ)新ビル19階に移転? 私のいた支店、日本橋 東京 難波 奈良、大方無くなる 城見の本店もやけど、寂しい限り。

8.13 小池新党ってほんの2年前やったんや!。今年は令和(新選組)とかNHK(N国)とか変な新党。(2年前) 2017.8.13 石原新党とか、橋下さんの維新の時は期待するものがあったが、小池の威 を借るだけの若狭の新党なんて何の興味も抱けない。自分のこと(若狭)、昔の日本新党 細川さんと勘違いしとるんちゃうか。

8.11 知事ですよ、知事。怒りが収まりません、こんな奴下ろすのに、次の選挙まで待てません。(愛知大村知事に対し)

8.8 日本は甘いなあ、優しいなあ 韓国も少しは謙虚な姿勢を見せるべき 一部品目を輸出許可、 強化後初

8.6 この時期 愛知県がやる反日(行事)、媚韓許せん。大村知事をリコールするべき! 韓国で親日やったらリンチものやで。(直近では勇気ある韓国内反韓勢力も出てきた)

8.4 日本を貶めるモノを展示することに 反対する政府(菅官房長官)や市長(河村名古屋)のどこが悪い! それこそ表現の自由を脅かしているのは左翼の連中、日本がおかしくなってきた。青木理という反日ジャーナリストも「芸術への政治介入」とか言っていた。(コイツもおかしい)

8.4 昨日かかりつけの医院で測った血圧。98-50、私にとっては高い方。80-40の時もある、低くても悩ましい(大丈夫かな)

8.2 ホワイト国から除外は安倍政権の快挙。 日韓関係の更なる悪化は我が国にとってもマイナスも多いけど、今までの甘い対応が日韓関係今の状況を生んできた。一時的な妥協は断固として反対。アメリカさんの仲介は無視する訳にはいかないと思うが、彼の国にも韓国はいかに酷いか、もっとわかってもらうための活動が必要、世界の国々の人々にも。

 

                     

















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おもいつくままに 204 2019.8

53年前、世田谷東京寮に

7月14日、53年前のメンバー20数人のうち、10人が阿倍野の居酒屋に集まりました。一番若い人でも73歳、青春時代の思い出話に花が咲きました。

S41年(1966)2月、東京都世田谷区松原(京王線下高井戸駅下車)の閑静な住宅街に近畿相互銀行東京寮が完成した。前年開通したばかりの新幹線で開設準備委員総勢30数名のうちの、独身者20名が上京、入寮しました。

学生時代を東京で過ごした人のほかは、みな東京が初めてのお上り(当時はこう言った)さん。メンバーは大阪や名古屋の支店から最年長で当時28歳の初代寮長から、前年入行したばかりの19歳まで10年の歳の差がありました。

以下は飲み会当日話題となった寮生当時の思い出です。

50年以上経って、もう十分時効と思いますので失敗談も記したいと思います。

S41.6.8   当局の支店開設正式認可が下りるまで、当寮において主に支店開設準備委員長 今は亡き神林虎二氏(のちに社長・会長)を講師とした研修の日々。認可後は開設準備活動で、渉外担当と内勤ペアによる新規取引先訪問。

内勤の私は銀座・宝町(渉外)担当のTさんに同行、当時宝酒造がビール業界に進出したばかり、八重洲通りのアンテナショップで売り出しをしていました。二人で昼から「タカラ」ビールを飲んだことなど今だから言えます。

   その神林さん引率で、映画の山本監督のよく行くという日本橋のどこかにあった「洋食屋?」で、全員が初めて(多分)のエスカルゴを食べることに。そのお店、今でもあるのかとネットで調べたところ、

丸善の裏にある「むら八」ってレストランがおいしいです。
カエル、エスカルゴ、クロケット…山本嘉次郎さん推薦のお店といってもこの人を知っている人は少ないですよね。

はっきりは分かりませんが、多分この店だと思います。

41.6.8  東京支店開設の日、カウンターでテラー担当の私の横に倍賞千恵子さんが座り、ともに来店客のお相手を。真横なので3~4言、言葉を交わし、そのころ私の映画のノート(観た映画の感想等を書いた)の表紙にサインをもらいました。その後フーテンの寅さんの妹役を長年務めた倍賞さんの、一番美しかったころ(2324歳)だったと思います。

その頃の寮での出来事

   ・ TVドラマの(多分NHK大河)に出てきたお公家さん「・・麿」に似ていることからYさんのニックネームが「マロ」に。

   ・ TさんとMさんコンビがあまり勝ちすぎるので、パチンコ店から、「出入り禁止」?に。

  ・ 朝方、寮の前に「納豆ウリ」、関西の人にはなじみが薄かったが徳島出身のHさんらが朝食で。

   ・ たしか寮から徒歩15分ぐらいのところにあった「」という名のスナックで酔っ払って帰る寮生の話し声がうるさいと近所の住民から苦情がきた。

   ・ 名古屋出身の故Mさんの口癖は「たわけ」、いつも彼の部屋の前にSuntoryレッドの空き瓶が無造作に置かれていた。

   ・ 数人で八丈島へ、竹芝桟橋を夜に出航、翌朝八丈島。帰りは双発ヒコーキ50分で羽田空港へ。

   ・ 4月に記録的な大雪、寮周辺も30センチほどの積雪。季節の良いときは屋上から富士山が。

   ・ 数人で新宿?へ、途中みんなで宝くじを。その場で5000円(だったと思う)の大当たりした霊岸島担当のOさんのおごりでキャバレーへ(大阪で言うアルサロ)。

   ・ 酒での失敗。もう一人のOさんと私、新宿のキャッチバーに引っ掛かり、寮までつけ馬。ブランデーを2~3杯飲んだだけで当時のお金で数万円の請求されたが、二人ともそんな大金を持っているわけがない。クレジットカードも受け付けてもらえず、怖そうなお兄さんが寮までついてきて、寝ていた寮の友たちから集めて支払うことに。

   ・ カラオケがなかったそのころ、支店での飲み会はいつも神林支店長の知り合い「(銀座の?)流しのギター弾き」の演奏つきだった。

   ・ 新富町担当Nさんの取引先企業社長の持ち馬「カドマス」がダービーに出走、数人で府中競馬場へ、その後病みつきになる人(私)も。

   ・ 少しでも寝坊したい者数人(Mさん中心)でタクシー通勤、それが上司に知れて、T次長からお目玉。

   ・ 八丁堀担当のOさんの取引先にNHK連ドラでデビューしたての「藤田弓子」のお母さんがいた。娘さんのギャラ振込のための口座を彼女名義で。

   ・ 東京支店に田代みどり現る、カウンターのピンク電話借りに。

   ・当時近畿相互銀行のイメージガールだった(前出の)倍賞千恵子さん。松竹から映画のギャラの振り込みがあるたび、定期預金に振り替え依頼のため自宅を訪問。

その折、お母さんからSKD(松竹歌劇団)の招待状をいただく。「劇場の受付で話すと、そこへ練習中ですっぴんの倍賞美津子さん。彼女の案内で舞台真ん前でど真ん中の席へ、ぴちぴちの倍賞美津子(当時18歳?)らのレビューで、ラインダンスがあまりにもまぶしかった。

 



















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おもいつくままに 203 2019.7
高齢者運転免許について

2019年6月19日 - 大津市で散歩中の保育園児の列に車が突っ込み園児2人が死亡した事故で、意識不明の重体となっていた2歳男児は、19日までに意識が回復したことが報道された。これは高齢者運転ではなかったがあまりにも痛ましい事故だっただけに、男児回復のニュースに接してほっとしているところです。

4~6月だけで主な高齢者事故は次の通り

2019.6.21 岐阜県瑞穂市の国道21号で逆走事故が発生した。75歳の男性が運転する軽自動車が トラックと乗用車に衝突、この事故によるけが人はいないという。

6.17 埼玉県坂戸市伊豆の山町で、市内の70代の女性が運転する軽乗用車が店舗に突っ込み、窓ガラスが割れた。けが人はなかったが、女性は「アクセルとブレーキを踏み間違えた」と話しているという。

6.13 群馬県太田市で80歳男が運転する軽トラックが男子高生をはねた。男は4月に免許を返納していたが、ゴルフ大会に行くため運転したという。

6.12 沖縄で81歳の男性が運転する乗用車が標識支柱に衝突 胸などを打ち重傷。   

 6.4 福岡市早良区の交差点に逆走した車が猛スピードで突っ込み、計6台が絡む事故となった。
この事故で、逆走した車を運転していた小島吉正さん(81)と妻の節子さん(76)が死亡。ほかの車に乗っていた人や歩行者ら7人が怪我をした。

4.19 東京 東池袋の都道で発生。87歳男(なぜか報道では元院長)の運転する車が赤信号の交差点二つを含む区間を暴走して通行人らをはね、母子が死亡し、男と同乗の妻を含む10人が重軽傷を負った。男はこれまでの調べに「アクセルが戻らなかった。ブレーキが利かなかった」と話している。

この事故のあと、老人の歩く姿をTVで目にしたが、「絶対運転してはいけない身体」だったと思いますが。

私も今年8月で75歳になる。運転免許更新は自動車教習所へ2回、更新センターへ1回と、3回も足を運ばなければならない。一度目は「認知症検査」。76点以上は次に教習所で2時間講習、未満は3時間、49点未満は要「医者の診断書」ということになるようです。

幸い私は認知検査88点で2時間講習、これも無事済んで後は交付の日を待つばかりであります。毎月の飲み会で会う同期で同い年のHさん(大阪市内在住)は免許返上したというが、私もどこかの時点で返上を決断しなくてはならない。

 

 


















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おもいつくままに 202
青春の詩(うた)

年号が昭和から平成となったその元年、私の勤めていた銀行は本店をOBPの38階建て新築ビルに移した。それまでは本町にあった継ぎ足しの古びたビルの本店、その一室に私の勤める「部」がありました。

引っ越し大作戦で移った本店の4階大会議室、その壁一面の「書家・望月美佐の筆になる大きな額」に驚いたものです。そして私たちの部はピカピカの2階部室、まだ誰も座ったことのないディーリングセクションのデスクに大きな希望を感じました。

大会議室壁のその書はサミエル・ウルマンの「青春の詩(うた)」 

青  春

原作 サミエル・ウルマン  邦訳 岡田 義夫

青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。   優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、  安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。      苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年  月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。                                            曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる    事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く    求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。  

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。

  人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。

  希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。  

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして      偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、 皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ         人は全くに老いて神の憐れみを乞うる他はなくなる。 

定年が55歳だったころは、退職後も仕事を続けるとは思っていなかった、「55歳」が現実となって選択定年(役職定年)で3者択一を迫られることに。①役職を外されても60歳までそのままいくか、②関係会社へ出向か、③外部出向・転出か。

私は外部出向を選んだが、その会社は「骨をうずめる覚悟で」と転籍で迎えてくれた。が、50歳台の最後の年、民事再生となってしまいました。年齢的なこともあって新会社への再入社を断念。転籍で行ったため元いた銀行に戻ることもできず、とにかく年金をもらえるまでと、次の会社を自分で探して勤めることになりました。

63歳を過ぎて「もう仕事はいい」と年金生活に入ろうと思っていたとき、古巣の銀行から「65まで契約社員で」との誘いで再入社し、ビジネスマッチングのコーディネーターをやることに。毎年1年延長を繰り返し結局70歳まで務めることとなってしまいました。退職して失業保険一時金の手続きに行った際、「厚生年金加入歴600ケ月は珍しい」と言われたりもしました。

50~60歳ごろは、あれほど早く仕事を辞めたいと思っていたのに、70歳になって起業をおもいつき、今年で5年経過しました。それでも「明日会っていただける経営者の方」がある限り続けたいと思っているこの頃です。サミエル・ウルマンの「青春の詩」を思いながら。



















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おもいつくままに 201  2019.5
平成から令和へ

「昭和から平成へ」のころ、昭和63年4月から私は銀行の「資金証券部」という職場にいました。この部署は銀行のなかでも全行員の1%しかいない特殊な世界でした。私が任された課はディーリングセクションで、株式の売買はできないが、国債など債券の売買を業として行ういわば「銀行の中の証券会社」でした。

何故元号改元のいま、そのころの職場を思い出すのかといえば。昭和天皇崩御の1年4か月前、昭和62年9月ごろから体調を崩しておられ、開腹手術を受けられた宮内庁の発表による病名は「慢性すい炎」でした。昭和64年になって陛下の健康状態から目を離せない状況となっていたからです。

そのころの銀行に勤める多くの人は、預金集めと、地元企業や個人に対する融資業務が主な仕事なので、海外で、例えばホルムズ湾で他国間の衝突などというアクシデントがあっても、その日の業務にはあまり関係はありません。

その点、ディーリングセクションでは前日の市場閉鎖後や、当日の海外の情勢によって相場が大きく動くことがありました。そのためディーラーたちは海外の情報集めも大きな仕事でした。
昭和の末期、国内においては、天皇陛下の 体温、脈拍、吐血量が毎日報道され、相場への影響を見守る日々で、 世間は自粛ムードでした


昭和から平成に変わったときのことを覚えてない世代に、当時の自粛ムードがどういうものだったか説明しておきますと、テレビではバラエティ番組が減少とかいう生易しいものでなく、1週間くらいはTVCMまでがなくなりました。昭和63年の忘年会、昭和64年〜平成元年の新年会が9割方行われない、とか種々の行事(お祭りとか)が自粛され、国民生活全体の消費行動が激減しました。

今回は天皇陛下の譲位と皇太子さまの即位に伴う式典、同時に改元となって一種お祭り騒ぎの中で行われることとなります。平成天皇が、東京五輪とご自身の崩御が重なる可能性を憂慮されているのかもしれないと言う話を耳にし、陛下の思いの深さに感動を覚えました。 たしかに五輪の年に自粛ムードだと日本にとってはオリンピックモードに水を差すことになり、経済にとっても良くないことになります。

昭和から平成にかけてそのようなことがありましたが、景気は右肩上がりが続いていました。平成元年の大納会、新本店の真新しいマネーボードに現れた数字は 38,915円、日経平均のピークとなりました。

 



















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おもいつくままに 200  2019.4

終(つい)のパソコン

終の棲家ならぬ終のパソコンを買い替えた。私のメインパソコンはデスクトップでないと気が済まない、今使っているメイン機はウインドウズ7。来年早々にはサポートが完了するので、最後のPCはヨドバシにあるNECダイレクトコーナーでオーダーした。

「ハードディスク容量は3テラバイトは欲しい。ディスクドライブはDVDだけでなくブルーレイにも書き込みができるものでなければならない」など自分好みとするため、初めてオーダーメイドにした。このため注文して家に届くまで4週間もかかってしまった。

PC到着以来メールデータの引継ぎや、セキュリティの(NTTで3台分)設定などのセットアップに結構時間がかかってしまい、ようやく完了した。以前はもうすこしスムースにいったのに、これも歳のせい?。

「死ぬまでにやっておかねばならぬこと」をノートに記してある。「エンディングノートの完成」のほか、私の場合「デジタル終活」が大変。なぜならパソコンやスマホ・タブレットが好きすぎて、かなりのデータが入っている。

パソコン内の記録だけであれば、あまり問題はないと思えるが、インターネットを通じて外部にUPしているものが面倒。いますぐには消してしまいたくはないので、その時期を考えています。

PCを通じてコピーしたものや、レコーダーで録画したものからCMを抜いた映画やドラマのDVDやBDが1800枚以上2階の本棚を占拠している。これは物理的に処分するだけでいいのだが、そうはいかないものもある。

PCの中にある写真や動画も半端なく、特に写真は海外旅行や孫のものなど15000枚以上あり、日付順に整理してあっていつでもホームページにUPしたり、スライドショーで閲覧したり、印刷できるようにしてある。

「外部に」というのは、15年以上前に開設して毎月更新を行っているホームページのデータはかなりの量であり、すでにインターネットにUP済みのものは放っとくわけにはいかない。いずれサーバーからも消していかなければならないので、いまその手順をノートに記録しているところであります。

シンプルライフとか断捨離という言葉をよく聞きますが、私も「いずれ身の回りの物を整理していかなければならない」と思うこの頃であります。


















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おもいつくままに 199  2019.3

「野党」ってなんだ

仕事で大阪へ出ていく日が減ってきて、TVをつけたままパソコンをいじっている日が増えている。国会中継や予算委員会がある日はたいていそれを観ながら。これで思うのが「野党って一体何なんだろう」ということ。

国の仕事をしているのは各省庁の役人であるが、それを動かしているのは与党、政府。野党の面々はそれらを監視するのも仕事なんだろうが、国のためになる仕事をしているとは到底思えない。そんな野党にも共産党を除いては税金から多額の政党助成金が払われている。

何かあると野党の連中、それもペーペーの議員まで一国の総理や大臣に向かって「質問」という名において失礼極まりない暴言を放つ、観ていてあまり気分のいいものではない。それでも閣僚や高級官僚たちは怒りもせず淡々と答弁を繰り返す。証拠もないのに印象で誘導していく。

状況がこうだから「官邸や総理が関与しているに違いない」と決めつけて迫る。こういう印象操作と思われる質問も多い、いま話題となっている「統計不正の問題や、かつてのモリカケもそうだった。

こんな場面があった。安倍首相の「悪夢のような民主党政権」発言に対し、岡田克也元外相に強く撤回を求められた首相は「自民党総裁として言論の自由がある」と答弁し、撤回を拒否した。

また岡田氏が「全否定のレッテル貼りはやめろ、今の発言取り消しなさい」と、「誰に対して言うとるんじゃ」と思える言葉づかいで声を荒らげた。この発言に対し首相も「『安倍政治は許さない』と全否定したプラカードを持ったのはどこの党か」と応戦。総理や財務大臣ぐらいになると言い返せても新米の大臣はしどろもどろとなる。

国会においては、国政全般に関して内閣の見解をただす行為を質問と呼び、会議(本会議・常任委員会・特別委員会等)の場で議題となっている案件について疑義をただす行為を質疑と呼ぶ。質疑が口頭で行うものであるのに対し、質問は緊急質問(国会法第76条)の場合を除き、文書で行うことが原則である。緊急質問に対して、文書(質問主意書)を用いて行う質問を、特に文書質問と呼ぶ。Wikipediaより

「質疑」においても質疑事項を事前に、ペーパーか何かで、答弁する政府側へ渡してあるのだろうが、野党の質問者が、そのことを細かいところまで調べておいて、知識のなさそうな大臣にその詳細を答えろ、と追いつめる。これもその質問者の意地悪さが伝わってきて気持ちのいいものではない、これこそイジメ。

仕事をしているのは政府与党。これに対し批判だけしているのが野党。人のやっていることにケチをつけるのは誰でもできる。

我々もとサラリーマンも、会社へ入って平社員のころは、上司の批判が多かった。だんだん地位が上がり責任を持たされるに従い、「批判」だけというのは生産的でないことがわかってくる。これこそが大人になっていくことであり、「成長」というもんだろう。野党の面々にも少しは成長してもらって、もっと中身があり、大人のやり取りがある国家中継を見たいものです。









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おもいつくままに 199  2019.3

「野党」ってなんだ

仕事で大阪へ出ていく日が減ってきて、TVをつけたままパソコンをいじっている日が増えている。国会中継や予算委員会がある日はたいていそれを観ながら。これで思うのが「野党って一体何なんだろう」ということ。

国の仕事をしているのは各省庁の役人であるが、それを動かしているのは与党、政府。野党の面々はそれらを監視するのも仕事なんだろうが、国のためになる仕事をしているとは到底思えない。そんな野党にも共産党を除いては税金から多額の政党助成金が払われている。

何かあると野党の連中、それもペーペーの議員まで一国の総理や大臣に向かって「質問」という名において失礼極まりない暴言を放つ、観ていてあまり気分のいいものではない。それでも閣僚や高級官僚たちは怒りもせず淡々と答弁を繰り返す。証拠もないのに印象で誘導していく。

状況がこうだから「官邸や総理が関与しているに違いない」と決めつけて迫る。こういう印象操作と思われる質問も多い、いま話題となっている「統計不正の問題や、かつてのモリカケもそうだった。

こんな場面があった。安倍首相の「悪夢のような民主党政権」発言に対し、岡田克也元外相に強く撤回を求められた首相は「自民党総裁として言論の自由がある」と答弁し、撤回を拒否した。

また岡田氏が「全否定のレッテル貼りはやめろ、今の発言取り消しなさい」と、「誰に対して言うとるんじゃ」と思える言葉づかいで声を荒らげた。この発言に対し首相も「『安倍政治は許さない』と全否定したプラカードを持ったのはどこの党か」と応戦。総理や財務大臣ぐらいになると言い返せても新米の大臣はしどろもどろとなる。

国会においては、国政全般に関して内閣の見解をただす行為を質問と呼び、会議(本会議・常任委員会・特別委員会等)の場で議題となっている案件について疑義をただす行為を質疑と呼ぶ。質疑が口頭で行うものであるのに対し、質問は緊急質問(国会法第76条)の場合を除き、文書で行うことが原則である。緊急質問に対して、文書(質問主意書)を用いて行う質問を、特に文書質問と呼ぶ。Wikipediaより

「質疑」においても質疑事項を事前に、ペーパーか何かで、答弁する政府側へ渡してあるのだろうが、野党の質問者が、そのことを細かいところまで調べておいて、知識のなさそうな大臣にその詳細を答えろ、と追いつめる。これもその質問者の意地悪さが伝わってきて気持ちのいいものではない、これこそイジメ。

仕事をしているのは政府与党。これに対し批判だけしているのが野党。人のやっていることにケチをつけるのは誰でもできる。

我々もとサラリーマンも、会社へ入って平社員のころは、上司の批判が多かった。だんだん地位が上がり責任を持たされるに従い、「批判」だけというのは生産的でないことがわかってくる。これこそが大人になっていくことであり、「成長」というもんだろう。野党の面々にも少しは成長してもらって、もっと中身があり、大人のやり取りがある国家中継を見たいものです。

 




















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おもいつくままに 198  2019.2
「日本国記」(百田尚樹著)を読んで

いままで読後感は「エンターテイメント」欄に書いてきましたが(Chinaの紀行文を継続中でもあり)、今月に限って「おもいつくままに」へ書き込むことにしました。ただの読後感というより、「日本という国」とその「歴史」について考えてみるいい機会にもなりました。

私たち終戦直前に生まれたものはその後の教育で、歴史といえば卑弥呼の時代から江戸時代まで、それも「645年には「大化の改新」があったとか、1192年には鎌倉幕府」が開かれたという風に表面だけを教えられてきました。この本は「その時代、時代の背景」と前の時代からのつながりを伝えてくれます。

敗戦により、急激に価値観が変わった時代なので、教師が伝え辛いということもこともあったのでしょうが、私たちは現在に直接つながる肝心の(近代というか)明治から終戦前後までの歴史をほとんど学んでいませんでした。「太平洋戦争終戦直後にロシアが千島列島に侵攻してきた話」なども、恥ずかしながら、大人になって小説か何かではじめて知ることとなったぐらいです。

その点、本書は江戸時代までをさっと流してはいるが、「神話の中の天孫の子孫として万世一系で21世紀の現在まで続いている国は世界のどこにもない」ことは強調しています。

鎖国により世界から取り残されていた国が、「日清・日露戦争を経ていかに世界に打って出たか?や、太平洋戦争によって疲弊した国がなぜ復興できたか」については誰もが理解していることです。しかしそれらの戦争に
よってアジア周辺の国々には迷惑をかけた一面は否定できないものの、欧米列強の植民地化からアジアの国々を守ったことも事実です。ことに朝鮮を併合したことによる、(今の)韓国のメリットはいかに大きかったということを、かの国は理解すべきだと思います。

この本で筆者が一番研究し、詳しく書いているのが連合国軍による戦後の統治時代のことだと思います。それは、GHQが行った教職追放などの思想弾圧や、自虐史観を生むことになった「洗脳」の実態です。また占領政策で押し付けられた「日本国憲法」が施行された背景や、許せない東京裁判についてです。

百田さんという作家、「右翼」のように思われているのか、リベラルという名の左寄りたちから、講演の邪魔をされたり、ネットなどでも何かと嫌がらせや、非難の書き込みが見られます。

氏は「海賊と呼ばれた男」や「永遠のゼロ」という戦中戦後を背景とした素晴らしい作品を生んでいますが、決して戦争を美化したり好戦的な人ではなく、こよなく平和を願う人だと思います。先の戦争(作者に言わせると太平洋ではなく大東亜戦争)のことでも冷静な筆遣いで、できる限り真実を伝えようとしているのが解ります。

この国には「愛国・国益・国防」について、それを否とする人たちが多いことに驚かされます。どこの国に自分の国の国旗や国歌を疎ましく感じる国民がいるでしょうか?、この本では日本の国旗や国歌についての由来も書かれています。左翼の政党は仕方ないとしても、本来中立でなければならないマスコミまでも、国歌や国旗についてそれは戦争につながるものとして否定的なのは理解できません。

テレビで、安倍首相もこの本を買ったことを伝えていました。首相は総理大臣に就任して以来、「戦後レジームからの脱却」が必要だとして改憲を主張しています。

百田氏の一番言いたいことは「カエルの学園」でも強く主張したように「9条で国は守れない」、平和を願う上でも「国を守ることを真剣に考えないといけない、憲法改正も必要」だということだと思います。

 










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おもいつくままに 197  2019.1
2018年に逝った著名人

昨年も大勢の有名人が亡くなった。独断と偏見で印象に残った10人の著名人を挙げようと思い、ネットで検索してみた。何百人とある名簿から「10名だけ」というのはいかにも難しく無理と判断。名前を観ながらその時代に生きた各界の方々の活躍などを思い出してコメントしてみます。


プロスポーツ界 ;昨年の新年早々1月4日にプロ野球界の星野仙一が亡くなった。記録だけで見てみると、通算146勝、防御率3.6。146勝というのは大きな数字ではあるが、名球会の200勝には達してないし超一流とは言えない。。しかし彼の印象は星野の宿敵Gファンの私から見ても強烈、監督になってからの闘将ぶりも見事なものでありました。

プロ野球でもう一人、4/23衣笠祥雄。昔弱かった「広島」で活躍し、2215試合連続出場で「鉄人」と呼ばれた。亡くなる数日前に彼のかすれた声での解説を聞いている。
相撲界では10/8元54代横綱輪島大士、先代理事長との輪湖時代が懐かしい。

学者・科学者・作家小説家 ; その死が衝撃的だったのは評論家で保守の論客西部邁1/21、自殺ほう助で逮捕者まででた。そのとき」「何故自死なのか」と思ったが、その後TVで息子や娘の話を聞いて、彼の人生観からある程度理解できたような気がしている。

3/14イギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキング博士(あえて尊称)。
10/10佐々淳行、「突入せよ!・・・」で映画にもなった「連合赤軍・浅間山荘事件」「香港領事動乱日記」などの作家で元警察官僚、「危機管理」の専門家でもあった。

5/26津本陽、織田信長 桶狭間の戦いから本能寺の変までを描いた「下天は夢か」は面白く読ませてもらった。売れっ子作家だった内田康夫(私自身あまり読んでない)3/13。さくらももこ8/15の死はあまりにも早すぎた。11/28コラムニスト勝谷誠彦

政治・経済界 ; 1/26野中広務元自民幹事長・官房長官、「政界の狙撃手」「影の総理」と言われた。政界を引退してからは評論家として後輩政治家安倍さんを批判するのをTVでみていい感じはしなかった。
人権弁護士から民主党時代の官房長官となった10/11仙谷由人、「自衛隊は暴力装置」などといって物議をかもした。

森本学園理事長の妻から「紙に入った物」を差し出しだされた際、「無礼者!とか、「金なのかコンニャクなのかは知らん」といった12/25鴻池祥肇
8/8翁長雄志反日元沖縄県知事。鴻池さん(憎めない)以外嫌いな政治家ばかり。経済界では9/15金森久雄元経済企画庁から日本経済研究交流センター理事長で著作も多い。

外国人では何と言っても米41代大統領11/30ジョージ・HWブッシュ、良き時代のアメリカ人の典型。ブッシュのこの欄への登場は当然として、6/23金 鍾泌(キム・ジョンピル)の名が何故か記憶に残っている。この人は朴 槿恵 前大統領の父5~9代 朴 正煕大統領時代のKCIA長官、韓国で、11代・31代国務総理も。

映画・舞台・芸能界 ; 昨年亡くなった芸能人で、いやすべてのジャンルで印象一番といっても過言でないのが樹木希林9/15。芸名を2万何千円かでオークションで売ったといわれる悠木千帆の時代から何とも気になる女優だった。昨今の彼女の出演作品・発言等から ちょっとした哲人、いや偉大な哲学実践者だったのかもしれないという思いまでしている。

落語界では落語芸術協会理事長で笑点司会の7/2桂歌丸、他に10/1三遊亭小金馬、そして「ボインは・・・」の3/28月亭可朝

舞台演出家の浅利慶太7/13、 映画脚本家の橋本忍7/19、映画監督古川卓巳(太陽の季節)9/15。俳優・歌手では、1/14夏木陽介、1/30有賀さつき、2/10川地民夫、2/21大杉漣、5/16星由里子、5/16西城秀樹、6/18加藤剛、7/18常田富士男、8/4津川雅彦・4/27朝丘雪路夫妻、8/10菅井きん、10/27江波杏子、11/29赤木春恵

                                  合掌

そして 7/6オーム真理教麻原(教主)死刑囚ほか6名、7/26オーム幹部林泰男死刑囚他5名処刑。

執行の判を押した上川陽子法相は偉い、女性総理候補の1番に。   











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おもいつくままに 196  2018.12  
22年ぶりの 「中国という国

飲み会のメンバー8名による10回目の海外は、11月中旬、上海・蘇州・無錫となりました。

22年前の1997年(平成9年)、会社の研修旅行(10名)で、中国及び返還前の香港へ行ったことがあります。上海から列車に乗り蘇州へ、蘇州の経済特区で中国側の役人?の話を聞き、日本から進出した企業を訪問、またジャイカの日本人職員の話を聞いたりもしました。

その後上海に戻り空路香港に。香港からは九龍半島を陸路広州へ、深圳を通過、東莞の日本企業を訪問するという1週間の行程でした。

当時、鄧 小平が文化大革命によって疲弊した中華人民共和国の再建に取り組み、「改革開放」政策を推進して社会主義経済の下に市場経済の導入を実行に移して間もないころ。上海や蘇州、深圳や東莞に経済特区を建設中でした。

22年前、空港から上海駅に着いた途端、大勢のストリートチルドレンに抱き着かれ、駅の周りには土色をした無気力な大勢の人たちがほとんど動かず座っていたし、電力事情によるものか駅構内は足元が見えないほど暗かった。また、豫園近辺では乳飲み子を抱き汚い恰好をした女性がわれわれ一行にどこまでもついてきた。そこには日本の終戦直後そのままの姿がありました。

今回の中国行きは、その中国が22年の短期間で世界第2位の経済大国となった様をまざまざを見せつけられる旅行となりましたた。

上海空港から(22年前とは違い)バスにて高速道路で蘇州を通過し無錫へ。現地ガイドの説明を聞きながら窓外に目をやって驚きが増していく。人口2400万人の上海、高層ビルが立ち並ぶ風景は大阪の比ではない、東京はおろか(行ったことはないが)マンハッタンにも劣らぬ大都会の風景。

途中の人口1200万人の蘇州も高層ビル・高層住宅が林立する大都会。太湖のある無錫という市、人口が600万人に達しているが、町が美しく、緑が多い。「ここがほんまに中国?」と皆が驚くほどでした。帰りの蘇州から上海への新幹線では、最高速度297kmをの表示が。

2日目の夜、上海は浦東(プードン)地区の夜景を見ながらのクルーズ。驚いたのは22年前、川の向こう側にぽつんとあった東方明珠塔(テレビ塔)。その周辺に632m(上海中心大厦=Shanghai Tower)の超高層ビルを筆頭に森ビルなど無数の高層ビル群が発する光と色彩に感嘆するほかなかった。ここはまさに香港の100万ドルをしのぎ、「200万ドルの夜景」と銘打つだけのことはあった。

車中「なぜ短期間でここまで?」との疑問が少しづつ解けていく気がした。答えはガイドの説明を聞きながら見るその風景だった。中低層の住宅や店舗などを地域丸ごと取り壊し、その周辺に入居者もいない高層ビルや高層住宅を何棟もどんどん建てている現場を何か所も目にしたことだった。

我が国では地権者や住民による反対で、何年もかかるスクラップ&ビルドが、一党独裁国家ではいとも簡単にやってのけることができる、野党やマスコミや市民運動などに邪魔されずに。

ホテルも食事も観光も、コスパの良かった中国旅行で満足気分に。余韻冷めやらぬ帰国の翌々日、「上海の5つ星ホテルでトイレを拭いた布で食器を」の報道。あろうことか我々が3泊したシェラトンでも。















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おもいつくままに 195 2018.11
ひろ坊の10月Tweet(FaceBook&Twitter) 

 

10.26 来月上海 蘇州 無錫へ行く。急な日中友好ムードで向こうでは日本人熱烈歓迎?や、タイミングや良し。

10.25 東京市場も気になるが、砂防ダムの猪も。カラスって嫌やな、死期を予感して待ってるようで。

10.25 コスパde昼めし : たまに食いたくなるすき家牛丼。カレー味豚汁お新香付きで580円。←コスパde昼めし

10.21 「ランチの平均が1600円するブランド地域なのに、地価が下がる」?。おまいら、転売することしか考えてないのか、そんな奴らこそ、そこに住む資格はないと思うけど ←南青山に児童相談所

10.19 御堂筋難波近畿大阪銀行北側にある大黒、45年ぶり。かやくご飯と焼き魚がウリ。かやく御膳を注文。焼魚もついてくるかと思ったが煮物小鉢2品。これで1080円はコスパ悪い←コスパde昼めし

10.17 その通りなのだ!←17.10.17ひろ坊投稿 「安倍一強が悪い」野党は声を揃えるが。「良いから、支持あったから」強くなった。弱い、力の無い指導者の方が良いというのか?。馬鹿げた主張だ。

10.16 利食い千人力とはよく言ったもんだ、含み益全部ふっ飛んでしもた。←日経急落

10.12 いま電車のなか、毎月第二金曜日の飲み会「二金会」の帰りです ←毎月恒例の飲み屋から本日のみホテル内の焼肉食べ放題・酒飲み放題に参加

10.11 ええやんけ、それぐらい。何でも追求のマスコミよええ加減にせえ! ←<大阪・松井知事>公用車で庁舎周辺巡回、車内で喫煙10/11(木) 20:11毎日新聞配信

10.9  朝日 毎日の偏向報道がどれほど酷いのか?、それを読んでる人、その系列のTVを見てる人には分からない ←2017.10.9投稿を 振りかえって

10.9 朝日 毎日はどうしても安倍政権を終わらせたかったが、終わってない。これからもあの手このてで邪魔をするんでしょうね。それにしても印象操作の効果影響は大きい。

10.9 拡散したい ←インタビューに、森友学園の籠池泰典前理事長の長男・籠池佳茂氏が「森友学園国有地取引問題は作られた疑惑であり、父と母は菅野完氏にコントロールされている」と明言。さらに、安倍総理も昭恵夫人も国有地取引に全く関係ないと明言しています。和田 政宗氏の『文化人放送局スペシャル』

10.7  日曜だけどセミナーで、本町産創館近くのカツ丼とカレーの店。ソースカツ丼とかもあるが、わたしゃやはり卵で閉じたのがいい。かなりのボリュームでみそ汁ついて600円 ←コスパde昼めし

10.5  御堂筋淡路町の京阪神ビルディング地下の食堂。道路側に立て看板、社員食堂なのに一般でも可。15品目のおかずと豚汁のBランチが620円 ←コスパde昼めし

10.5 石破支持を表明した進ちゃんを安倍内閣は必要とはしない。安倍さん後継者はあなたではなく党役員と内閣のなかにいる ←何様かと思える小泉進次郎発言に

10.3 論功行賞、仲良し内閣なんてメディアは批判するけど、必死で応援してくれた人を優遇するのはあったり前でしょ。同じ方向の人達と仕事する方がいいのに決まっている、支持しないと明言した人を登用するほどお人好しではない。











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おもいつくままに 194 2018.10   
安倍内閣の支持率   

終っても人は色々なことを云う。石破氏獲得の党員票の45%は安倍批判票、斉藤(大臣)よ!=農相への圧力報道、麻生大臣の冷や飯発言怪しからん等々。国会議員票は圧勝、党員票も55%あったのになんか負けたような報道。国会・地方両方勝ったのだから、安倍さんの圧倒的勝利なのだ。

そして小泉進次郎発言、この人は何者なの、どんな偉い立場の国会議員なのだ。22日(土)の10ch、辛抱さんの番組で。小泉進次郎氏「石破氏支持」の理由としての「党内多様な意見云々」に対し、橋下徹氏が一刀両断「あれではただの国会議員のコメント」「将来トップになるべき人の意見ではなくコメンテーターが言うこと」。激しく同感。

自民党の総裁選は20日午後、投開票が行われ、安倍晋三首相が連続3選を果たした。

獲得票数は、議員票が安倍首相329票、石破茂・元幹事長が73票、党員票は安倍首相が224票、石破元幹事長が181票。合計で安倍首相553票、石破元幹事長254票だった  YOMIURI ONNLINE 

選挙後最初の日経世論調査で内閣支持率が55%と結構上がって、不支持が下がった(不支持率39)。それでも不支持のなかの「人柄が信用できない」というのが53%はある。とはいえ不支持39%のなかの53%、それも複数回答。不支持39%の中の53%だから、国民の53%ではなく20%ぐらいか、勘違いしてしまう。それでも「安倍さんを信用できない」という人たちはいったい誰なら信用できるのだろうか?。

考えてみるに 最悪だった民主党政権時代、経済も最悪、外交も滅茶苦茶。「日々日本が壊れていく」と感じた石原慎太郎や橋下徹など右寄りの政治家も見るに見かねて立ち上がった。そして安倍さんになってこの人たちも静観するようになった。

最近の国民へのTVインタビューなどでも、そういう発言を選んでいる放送するのだろうが、口をそろえて「景気回復実感していない」という。あの「就職氷河期」と比べて今はどうなのか?。景気が悪くて有効求人倍率が1.6を超え、新規有効求人倍率は2.4を超えている。就職ができて失業がないのが景気が良いなによりの証拠ではないのか。「何もしない庶民の懐にお金が有り余って」なんてありえない。

そして外交、世界で我が国の存在感をこれだけ見せることができた政治家が過去に何人いたか?。ころころTopを替えていた時代はどうだったかよく考えるべきだ。

安倍さんがしょうもないことで私利私欲で動くとは思いにくい。お金や名誉ではなく、真剣にこの国の国益・国防を考えて、多忙を極めながら使命感で東奔西走しているのである。

「人柄が信用できない」は「愛国・国防」を良しとしない野党とマスコミが、モリ・カケ報道などある事ないこと偏向報道での「国民の頭への刷り込み作戦」が功を奏したというしかない。極左の人は仕方ないとしても、ちょい左利きの人たちよ「刷り込み」からもう目を覚ましてもいいころではないだろうか。

前月 ↓















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おもいつくままに 193   2018.9
一汁一菜   

かかりつけ医院の待合室に月刊雑誌「家の光」が置いてある。順番を待つ間に積み上げた雑誌の中から最新号を探して読むのが楽しみとなっています。

政財界・マスコミで議論盛んなころ、この雑誌には相当TPP反対の記事が多かった。「農協がいつまでもそのようなことばかり言っていたのでは、我が国農業の将来性は大丈夫か?」などと思ったものです。反面この本のなかには日ごろ気が付かなくなっている日本人の「生活の原点」のようなものを見つけることも多い。

何月号だったか、料理家の土井善晴氏が「一汁一菜でよい」という提案をしている記事がありました。我が国の食生活の歴史を見てみると一汁一菜が原点、具たくさんの味噌汁と一菜があればよいと。我が家、私の場合糖尿ということもあって、ご飯も酒もというとカロリーオーバー、炭水化物・糖分過多となるのでちらかを選ぶ必要がある。

休肝日である月曜日以外はご飯を割愛して「酒と肴」ということにしています。したがって味噌汁はたまに飲むこともありますが、ご飯を食べないときは原則ありません。

酒の肴、おかずは多いほうがよいので、いつも結構品数は出てくる。二人だけなので少し量が多いと食べきれない、残してしまうことになる。キャリーオーバーもモノによりけりなので場合によっては捨てることも。

この総合家庭雑誌 Family Magazine『家の光』は、農家・農村だからこそできる魅力的な暮らし方を提案します。 協同する心を育むのは家庭からー。『家の光』の誌名には、家族のきずなを強めることから出発し、地域のきずな、みんなで協同しあう心を広げていこうという意図が込められています。

これまで以上に「食と農」「暮らし」「協同」「 家族」の4つのテーマをたいせつにしながら、JAを拠りどころに「農家・農村で暮らしてよかった」と実感できる魅力的な暮らし方を提案します。とあります。

この記事を読んだ私は上記のことをカミさんに提案。味噌汁も酒のあてにならないこともないので原則一汁一菜とすることにしました。この献立によりカミさんも楽になり、二人の健康にもプラスとなるような気が気がしたのですが、おかずの数が少ないと気が引けるのか、少しずつ増えて、今では元のとおりとなっているこの頃です。













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おもいつくままに192 2018.8
お客様は神様です  

「クレーマー」というほどではないにしても、理不尽な要求をせまってくるお客があった。こういう方は自社のお客様対応で苦労しているのかもしれない、何がしかの対価を払って逆に自分がお客の立場になったとき、その反動として上から目線な態度に出てしまうしまうのだろうか。

ささいなミスを大げさに取り上げて文句をつけ、過度な「おわび」を要求するのが「モンスタークレーマー」だという。しつこく絡んできたり、時には脅し文句を吐いて威嚇してきたりと、たちが悪いケースもあるらしい。

何時ごろだったろうか「モンスターペアレンツ」という言葉が流行った。学校などに対して自己中心的かつ理不尽な要求をする親を意味する。元小学校教諭が命名したらしい。

私自身現役時代、お客から「土下座」を迫られたことが2度ある。一度目は高級住宅街の支店を任されて間もないころ。当時月に一度だったと思うが「お客様感謝デー」というのがあって、その日の新規口座開設や定期預金の受け入れなどの来店客に「粗品」をお渡しするというものだった。

シャッターが閉まった後「支店長に」との電話を取ったら、顧客の女性からの苦情だった。店頭で「行員が粗品を渡すとき、失礼な態度を取った」というような内容。「初期消火が大事、丁寧に対応すべき」と手土産をもって住所のアパートを訪れた。30代半ばぐらいの女性が出てきて、「ものがほしいから苦情を言ったのではない、支店長が家の前で土下座したら許してやる」という。このときは土下座せずなんとかおさめることができたが。

この女性には当日1000円の普通預金口座開設で、粗品を渡していた。地域の金融機関の支店長の会で集まったとき、話題となり解ったことであるが、他の銀行支店でも同じようなクレームをつけていることが分かった。

二度目は2店舗目の支店で。「銀行のミスなのに謝らない」との苦情。対応していたこの支店の次長、「暴力系などには、非を認めると付け込んできて謝礼など要求されるので謝ってはいけない」と、研修か何かで聞いてそう思い込んでいた。「一週間ほど前から毎日のように支店長の土下座を要求してきている」とのこと。これも「支店長まで出してしまうと」と、この次長の思い込みで当日まで私には黙っていた。

応接室に通したこのお客さん、確かに「怖い」印象。少し話してみると、どうもモノの要求が目当てではなく銀行の対応の悪さに「怒りが収まらないだけ」というのが分かった。丁重にお詫びを申し上げたところ、「応接にまで通してもらい、支店長から頭を下げてもらった。私としてはそれで十分」ということで機嫌よく帰っていただき、その後も何の問題もなく丸く収まった。

いまこの時代、このような人たちを下手に扱ったら、ツイッターとかSNSで一方的に叩かれて拡散炎上とかになりうる。

ますます便利になる現代社会、とりわけ日本はおもてなしの心で接客することが美とされ、サービスも競い合うほど。しかしそのサービスにつけこんでやってくるお客様、そうクレーマーは、どこにも必ず一定数はいるようです。

冒頭のお客様に対しては、いただいた会費を突き返すことで一定期間ただ働きになってしまった。が、開き直ることで私の胸はスッとしたが、「お客様は神様」を一瞬忘れた対応となってしまった。いい歳をしてキレてしまった私が恥ずかしい。














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おもいつくままに№191   2018.7

「修證義」2

「生を明らめ死を明らむるは佛家一大事の因縁なり、生死(しょうじ)のなかに佛あれば生死なし 但(ただ)生死即ち涅槃(ねはん)と心得て、生死として厭(いと)うべきもなく、涅槃として欣う(ねごう)べきもなし、是時初めて生死を離るる分あり 唯(ただ)一大事因縁と究じんすべし」

我がふるさとのお寺は禅宗の曹洞宗、上記は田舎での法事や葬儀などで必ず唱える「修証義1章」の最初の一節である。法事などの参列者には「修證義の経本」が配られ、全員が唱和します。「開経偈」もそうですが、この修証義も禅宗らしさがあって好きなお経です。修証義は日本一難解な哲学書といわれる道元禅師の「正法眼蔵」からその文言を抜き出して編集されたものです。

上記は06.11.25 このホームページへUPしたときの書き出しである。今回は全5章からなる修証義の「さわり」の意味を考えてみたい。

現代語訳

生きるとは何なのか、死ぬとは何なのか。気付けば大地の上に立っていたこの自分という存在の生き死にを明らかにすることが、真実の道を歩もうとする者にとって何よりも重要な問題である。
自分の思いと関係なく生まれ、死ぬこの人生は、思いどおりにならない苦しみで満ちている。しかしその苦の真実、生きること死ぬことの真実を悟ることができれば、人はこの世を安らかに生きることができる。
だから、人生を嫌わず、この人生のほかに安らかな世界が存在するとも考えず、今生きているこの人生のなかで、幸せをその手で摑んでほしい。幸せとは何かを知ることこそが、人生において究め尽くさなければならないもっとも重要な事柄なのだ
。禅の視点-life-より

12年前にも書いているが、我が家のお墓は今から20年以上も前に吉野郡から今の住居に近い橿原市の香久山霊園に移しています。わが故郷東吉野村にある禅寺「瑞芳山 蔵心寺」の前住職は、2014年85歳で京都宇治にある日本曹洞宗最初の寺院、興聖寺の住職(管長)に就任されました。そのお齢になられるまで、盆やお彼岸には東吉野からご自分で車を運転し、私たち村外の檀家にもお参りに回ってきて下さいました。今は同村にあるやはり曹洞宗の別のお寺からご住職がお参りにきていただいています。

前回、曹洞宗について書いたそのころから、私も一回り歳を重ね、8月には74歳となる。あれから少なくと12年は死に近づいており、その間当然「死生観」というものも変わっては来ている。毎週日曜日朝、「般若心経」と、「修証義」1章づつを、唱えるようになって久しい。難解なりに年々少しづつ、ほんの少しではあるが、解ってくるような気がするのは不思議なものである。









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おもいつくままに№190  18.06

故郷の言葉と「だぢづでど」

「(家に)いぬ 1」  「(物を)いぼる 2」  「(匂いを)かざがく 3」  「きける 4」  「くちな 5」   「けなるい  6」 (家具を)ずる(づる?) 7」 「せんき  8」「(美味しいものを)たばう(たばいもの) 9」  「だんない 10」  「てしょう 11」 「ふぐったれ 12」  「・・・にや 13」 「ねき 14」 「べろ 15」 「まくれる 16」 「まわりする 17」  「めんぱ 18」 「よき 19」  「よごみ 20」。
 私が子供のころ使っていた田舎の言葉です、分かる言葉ありますか?

 ざ行とだ行の区別がつきにくい。これは奈良県の南部から和歌山県にかけての人に多いと聞いている。「全然」が「でんでん」、となり、「お膳」が「おでん」となって(関西で関東煮ともいうあの「おでん」に間違われる。「ざじずぜぞ」の発音がほとんど「だぢづでど」になってしまう。

(中学まで)村にいたころは周りの人も同じなので、でんでん(全然)問題を感じてなかったが、大阪や東京で働くことになり、このことに気が付くようになった。意識するようになってからは喋る言葉はかなり正しい発音をするようになってきた。しかし最近でも、文章を書くときの(PCの)ワープロで変換しても目的の言葉が出て来なくていらいらすることがある。

 それもそのはず、先ほどの「お膳」という字をだすのに「おでん」とうってみたり、「象」をだすのに「どう」とやってしまっているからであり、原稿を書いていてよくこれをやらかす。考えすぎて、アウトサイダーと書くのを逆にアウトサイザーと書いて笑われたこともある。

 私の子供のころ使っていた言葉で、「まわりする」=準備する 、「ねき」=そば、「しまう」=格納する、などは奈良中部や大阪の一部でも通用するが、吉野からちょっと離れると通じない言葉がある 。いわく「いぼる」=触る、「かざがく」=匂いを嗅ぐ、「くちな」=蛇、 「けなるい」=羨ましい、「きける」=疲れる、「ずる」=担ぐ、、「たばいもの」=お菓子など後の楽しみの為残しておくもの、等々。

 田舎でも古い人は今でも使うかも知れないが、若い人の間ではもう使われていないのではないか?。消えていく前に保存しておきたい気もする。漢字がわかれば語源などが探れるが、しゃべり言葉だけで漢字がわからないのが多い。どなたか他の地区でも使っているところがあったり、漢字ならどんな字になるのか知ってる方は教えてほしい。

1帰る 2触る 3(匂いを)嗅ぐ 4疲れる 5蛇 6うらやましい 7担ぐ・持ち上げる 8(なんか脚?の病気)? 9(食べない)でとっておく 10どおってことない 11お皿 12(有明海の)ムツゴローのような川魚=絶滅?)13(・・だよ)ねえ 14傍(そば) 15舌 16こける・転ぶ 17準備する 18(木製?の)弁当箱 19斧 20ヨモギ

 












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おもいつくままに№189 2018.05

悪魔の証明

(安倍)昭恵夫人が名誉校長をしていたばかりに、法外な値引きの用地買収に関与しているに違いない、そうでないなら「値引きに加担していない」という証明をしろ」!。夫人の軽率な行動に問題がなかったとは言えないが、天真爛漫な彼女に他意があったとは思いにくい。
また、安倍晋三さんと加計学園の理事長、かねてからの親友だから獣医学部開設認可に関わったに違いない、潔白なら「認可にかかわっていない」という証明をしろ」!。

例えば「アイルランドに蛇はいる」ということを証明するとしたら、アイルランドで蛇を一匹捕まえて来ればよいが、「アイルランドに蛇はいない」ということの証明はアイルランド全土を探査しなくてはならないので非常に困難、事実上不可能である。[英] devil’s proof. [ラ] probatio diabolica. 悪魔の証明。
このことを「悪魔の証明」と言うらしい。

終わっているはずの森友問題は、朝日新聞の「財務省決裁文書改ざん報道」で再燃した。これは安倍さんの問題というより省庁の問題であるはず。
その後こんどは野党やマスコミは加計学園問題で「首相案件」という省庁のメモを問題視し、野党は追及している。

加計・・は「首相案件」であったのは当然。加計学園認可は国家戦略特区の獣医学部新設案件であり、国家戦略特区は省庁利益に走った岩盤規制突破を目的として総理大臣権限としたからです。決して「内閣総理大臣職にある安倍晋三個人が加計学園という個別主体に便宜を図る特定の案件」ではない。

モリ・カケ、どちらも初めから「安倍総理が怪しい」と決めつけ、印象操作をした野党とマスコミ。野党は国会で政権をチェックするのも仕事であるから理解できないわけではない。ハナから政権をとる気がない(取れるはずがない)共産党などの「反政権」=「商売」であるから仕方がない。しかしこれら国会等のやり取りを報道する中立であるはずのマスコミがこの印象操作に手を貸しているとすれば大問題である。

最近国会や予算委員会の中継を観る機会が多くなった。これらを報道する新聞やテレビのニュースでは「嘘の報道」をしているとまでは言わない。「報道しない自由」というらしいが、政権側にとって報道すべき「やりとり」を排除し、「不利なこと」のみ安倍さんに関連付けて大々的に報道する。一般の視聴者はそれを鵜呑みにし支持率が低下していく」というスパイラルに陥っている。

こういったことはマスメディアに接することが多い中高年こそ特に影響を受けやすい。かっこいい二代目小泉などはインスタ映えならぬTV映えするので、単純なおばさんなどの支持が大きい。次期首相に期待する政治家は?などの質問にいつも上位に挙がってくる。私に言わせればミーハー人気。芸能人の人気投票に似ている。

意外なことに、SNSなどインターネットなどから情報を仕入れることが多い若者たちに自民党・安倍政権を支持する人たちが多い。私も歳の割にPC・タブレット・スマートホンなどからネットの情報に触れるのが好きである。ネットの世界では良識的な保守派の人たち、真にこの国の行く末を案じる良識的な人たちに安倍さんを支持する人は多い。現にネットによる世論調査では安倍内閣の支持率は80%を超えるものもある。

できるはずのない「悪魔の証明」を迫られた安倍首相はやむなく昨年10月解散総選挙に打って出た、有権者に対する信任投票である。安倍さん応援団の私でさえこの選挙は「かなり厳しい」を思ったが、選挙結果は予想外の大勝利、これで禊は終わったはず。それが一部の左翼新聞によるスクープでまたしても「もり・かけ」追求の再燃。これではなんのため国民に信を問うたのか解らない。

我が国には「愛国・国益・国防に対する、強いリーダーシップを持った政治家は困る」という勢力がかなりいる。中韓寄りの政治家、とそれを援護射撃する中韓寄りのマスコミである。彼らは(国籍は)日本人でありながら日本の国益を否定する人たちである。安倍さんが先の選挙の街頭で、演説を妨害した奴らに「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言った、「明らかにプロの左翼活動家」に対してである。それもマスコミは意図的誘導的に報道した。

その後も、
・ 財務省次官のセクハラ問題、「任命責任をとって麻生大臣辞めろ」で野党の審議拒否。
・ 下村元文科相の発言「福田財務次官は女性記者に嵌められたのではないか?、日本のメディアの報道は国を潰そうとしている」、私も全くその通りだと思うのだが。
・ 林文科相公用車問題、政務で疲れてのヨガ通い、ちょっとぐらいええやんか。
今この国でこんなことばかり問題にする野党がおかしい、こんなことばかり報道しているマスコミはもっとおかしい。

大きく動こうとしている半島問題。かねてからの対中・対ソ問題、対米貿易交渉など問題山積の国際情勢のなか。証人喚問と辞任要求しかできない野党の連中は外交で実績を上げている安倍さんを倒して日本をどうするつもりなのだろうか?。












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おもいつくままに№188 2018.04

たかが痔、されど手術は!      

症状が出て肛門科へ ; 1月末からのホーチミン旅行を控えた12月中旬ごろから持病の痔が悪化してきた。私の場合、脱肛、少し歩くと出てくる。そうなるとどこかへ座り、中へ入ってくれるのを待つことになる。

ゴルフをやってた頃、スイング(というほどのものではないが)のとき、やはり下肢に力が入るのか出てくることが多かった。ホールごとティーショットの順番を待つ(抽選以外で最初に打つことはあまりなかったが)ときなど芝生へ座り、お尻の下にゴルフボールを、これで押されて中へ入ってくれることが多かった。私がゴルフをあまり好きになれなかった原因の一つであること否定できない。

海外はいつもの10人前後のメンバー。向こうで悪化すると同行の人たちに迷惑をかけるかもしれない。そこで前回切ってもらった市内の肛門科へ。「月末から海外へ行くので歩くのが困難になると困るので何とかしてほしい」と。その時は「最近では切らずに注射で固める方法もある」との事であったが、1週間後に外来へ行くと診断の結果「手術しましょう」の一言。

痔は46歳ごろと58歳ごろ過去2回手術している。この病?は場所が場所なのであまり公にしない人が多い、特に女性は。まあ、私ぐらい齢を重ねた痔のベテラン?になると、「何に注意すれば痔にならないか」を伝えることも意味があると思い、オープンにするとともに、ここへも書いてみることにした。

診察に行ってまず聞かれたのが「排便にどれくらい時間をかけていますか?」。私の場合毎日20分以上、長い時は30分を超えるので新聞を持って入る。50年近く愛読している日経新聞を、トイレでほとんどの記事が読めてしまえる。長いのといきむことが一番いけないらしい。医者から「10分でも長すぎる、世の多くの人は3~5分で済ませている」とのこと。そこでもらった薬は軟便になる薬とチューブの塗り薬。

術前検査と入院前日 ; 入院の1週間前に術前検査、胸のレントゲンや血液検査を、そして入院前の夜飲む下剤と浣腸の座薬を処方してもらう。

入院&手術 ; 当日朝は粥食、9時からは絶食。病室で点滴の吊スタンドを自分で持ったまま手術室へ。手術は院長と息子先生が執刀、手術台では背中を丸めて下半身麻酔の注射、これが痛いし歯医者の麻酔に比べて少し怖い。数分で下半身の感覚が全くなくなり、手術中は医者や看護師の声が聞こえるが、どこをどうされているのか全く分からない。

手術後小便の管もつけられ、今度は寝台にのったまま病室へ。ベッドに移し替えられてもあまり動くことができない。頭を上げると麻酔の後遺症で頭痛になるとのこと。この時が一番つらい、夕食の粥も寝たままカミさんに食べさせてもらうことに。

翌々日初めての排便、やはり痛い。4日目だったか、トイレシャワーを中ぐらいにしたら痛いと同時に便器の中が真っ赤に。

入院中から退院 ; 手術して8日目、医者の「指入れ」というのがある。手術後の治り具合を指を入れて診るらしい。中より外のほうが治りが早いと問題が起こるとのこと。この「指入れ」に合格すると「退院許可」がもらえる。

退院後2~3週間は長く歩くことも酒もダメとのこと。これだけ長い間酒を飲まないのは入院の時ぐらい、これからビールが美味しくなるというのに。

まだまだやりたいことがある、それでも今回の手術でまあ最低10年もってくれれば十分。それから先は仮に生きていてもそれほど歩くこともあるまい。この入院で人に会うことや仕事から少し遠ざかってしまった。4月からはスイッチを「ON」にしてもう「ひと頑張り」しなきゃならないと思っているこのごろであります。











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おもいつくままに№187 2018.02

働き方改革と裁量労働制

働き方改革での「早い退社時間」には賛成です。昔銀行にいたころ、同じ業務であるはずの支店間において、やたら退社が遅い支店と結構早く帰る店があった。人事から警告が出るような店はえてして業績も良くなかった。「これだけやってる」という言い訳に遅くなってた感は否めない。 

40年以上も前のことなので書いてもいいと思いますが、1970年代に入って少ししてからの事、ある支店にいたころ。良かったはずの成績優良店舗が急に業績が低迷しだした。焦った管理者が毎晩二階の「作戦会議室」なる部屋へ渉外担当者を集め、夜の夜中まで明日の数字だけを詰める日々が続いた。この会議を私たち渉外担当者は「明日なき戦い」と名付けていた。

連夜となると疲れてくる、好きな麻雀も、ちょっと一杯など気分転換する時間もない。朝出勤しても元気が出ない、意欲も減退し仕事に力が入らない。どうせ今夜も遅くまでツメられるのだろうと「昼間は適当に」という気分になる。悪循環の日々が続いた。

それから30年の歳月を経て

同じ銀行へ契約社員で再入社、ビジネスマッチングコーディネーターをやっている頃、お客様同士の次のような会話を耳にした。

こだわりのモノづくりをされている金型不要の高速試作鋳造業社長と、ある技術力の高いパンチングメタル加工メーカーの常務を引き合わせたことがあった、このときの両者の会話である。

社長 「かなりの徹夜が続いても、案外過労死はしないものです。好きなモノづくりを突き詰めていけば、不可能と思っていたことができるものです。奇跡が起こるんです。


常務 「私にも同じような経験がありました、どうしても解決できない問題があり、納期があと数日に迫っており、もう駄目かなと思いながら寝ないで仕事を続けていたとき、突然解決策がひらめきなんとか納期に間に合った」。
 

いま安倍内閣が力を入れている「働き方改革」のなかの裁量労働制。労働時間制度の1つで、労働時間を実労働時間ではなく一定の時間とみなす制度のことです。 労働時間と成果・業績が必ずしも連動しない職種において適用される。 

野党はそろって反対していますが、私はこの制度、あってもよいと思います。

一般的には出社時間も退社時間も決められていないため、お昼に出勤しても問題とはならないし、反対に午前中で退社しても早退扱いにもならない。要するに、1日の時間を労働者の自由に利用できるため、その人のライフスタイルに合わせた時間の使い方ができるし、やりやすい時間に仕事を行うということも可能となる。 

人は「自分の意思に反し、上からやらされている」と思っている限り、ただ疲れるだけで成績も上がらない。これが上記ものづくり会社の人たちのように「やりたいという自分の意思」でやる限り成績もついてくるし、少々の長時間仕事でも死ぬほどのことはないのだと思うのですが。













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おもいつくままに
№186 2018.01

ひろ坊の独断と偏見

Face BookでのTweet 直近3か月

                (「コスパde昼飯」は 割愛 )

12/26  世論調査でいつも気になるのが、内閣の長の「人柄が信用できない」の比率が高いこと。安部さんのどこが信用できないかが私には解らない。安部さんは矮小な損得なんか考えてはいない、これほど国益を考えている政治家はそんなにいない

12/26  我が家のパグ犬4代にわたりお世話になったペット美容室?さんからお花がとどいた。特に可愛がってくれたこの店の息子さん、花を届けてくれ、ゴン太のために泣いてくれた、遺影にその花を。

12/22  マッチング関連の会社、企業12社と、ビジネスアソシエイト40名ほどの年末懇親会。会場出たらクリスマスモードの御堂筋。

12/19  昨朝、愛犬ゴン太が死んだ、15才2ヶ月バグにしては長寿らしい。夜、葬儀社の大きな車が家の前に、中には焼却の設備も。
我が家のパグ犬4代目、家には30年以上ずっとパグ犬がいた。朝起きたらいつもいるはずのゴン太はいなかった。

12/15  夫婦二組の忘年会、飲み放題食べ放題のしゃぶしゃぶのあといつもの カラオケへ。日付がかわるまで、(私は)今日は森進一1本で。

12/10   70を過ぎてからキレやすくなってきた。来年からは気をつけよう。

12/1  師走の候  今年も残すところ1か月となりました、 お元気でお過ごしのことと存じます。
11月26日信州伊那市に行き、お取引先関連の工場見学と、初めてのリンゴ狩りを楽しんでまいりました。

 国の内外では、北朝鮮のミサイル発射という地政学リスクや、大手メーカーの検査体制問題・データ改ざん等のニュースがあっても、日経平均株価が連日高値を維持しております。

 今月の‘おもいつくまま’には企業の法令順守について「過剰コンプラ」を、‘ぶらり旅・散歩’へは「信州伊那市の写真」をUPしました。ご訪問のほどよろしくお願い申し上げます。‘ひろ坊’で検索「ひろ坊のほーむぺーじ」へ。

11/26  工場見学とりんご狩りで信州(伊那市)に着きました。

11/18  講演会の中のミニコンサートで真ん中のひと、私は誰でしょう?ヒント♡♡♡.バンバン。

11/17   1年でだいぶ変わりましたなぁ、嫌いな政治家変わらずだけど、好きだった女性政治家3人のうち小池さんは本性見た感じで嫌に、あとの二人はカムバック期待しています。 嫌いな女政治家ワースト3、蓮舫 辻元清美 山尾志桜里。好きな女政治家ベスト3 、稲田朋美 高市早苗 小池百合子。  ←1年前UP

11/12  トランプ大統領って政治家と言うより、アメリカのビッグなディラーだ。 

11/9  最近バス(近鉄)もピタパで便利になった。

10/31 (官邸さんよ)それ程野党やメディアに遠慮する必要があるのか?、国民の信任を得たのだから、もっと堂々と進めばいい。

10/29  拝啓 菊花の季節となりました。お元気でお過ごしでしょうか。解散総選挙はいろいろあり、政権交代か?とまで騒がれた割には自民圧勝で決着となりました。

 HP11月号 おもいつくままに へ「小池希望惨敗」を、エンターテイメントには「倍賞千恵子コンサート」をUPしました。また、仕事のHP、「ビジネス・サポート」小リニューアルしました。お時間がございましたらご訪問いただければ幸いです。

 「ひろ坊」で検索、「ひろ坊のホームページ」、ビジネスネットワークで検索、「ビジネス・サポート」へ。

10/29  安倍首相のこと、お友だち内閣とか批判してるけど、小池希望 比例で友達の樽床一位、元部下の井上二位当選、馬渕三位で落選。三人の得票 惜敗率見て驚いた。でも馬渕氏は誰のせいにもしていない。

10/29  若狭氏、あれだけよくテレビに出られるなあ。めんぼくないとか恥ずかしいとか、ないのかなあ。人のこと評論する資格あんのかなあ。

10/27  (国会でまたしてもモリ・カケ追求) 野党よ、それしかないんか?。もっと議論すべきことあるやろ。

10/26  元民進党希望議員、責任転嫁の小池パッシング。こんなやつらは希望にいけなかった立憲議員もよく似たもの。

10/23 (安倍政権を全面承認したのではない) 日経までが社説でこの主張。安倍自民、これ程勝ったと言うことは信任されたということ。モリ・カケなどもメディアの印象操作だったことが有権者に理解されたということ。

1021 「アブラ」食わすてっちり屋懐かしい。(座敷を見渡して)初めての客が居たら出さない。こわごわ食べたが美味しかった。

10/21 昨年の今日、香港・マカオは台風直撃でえらい目にあいました。

10-17 「安倍一強が悪い」、野党は声を揃えるが。「良いから、支持あったから」強くなった。弱い、力の無い指導者の方が良いというのか?。馬鹿げた主張だ。

10/17  朝日や毎日系のテレビに出る人達は、局の意向を忖度してか、左に寄った発言する人が多い。テレビからお呼びがかからなくなったら困るもんなあ。

10/15  維新、小池氏と手を組んだのは間違いだった?。

10/15 メディアの報道偏向ぶりにいまようやく気がついた人が多いだろう。それは小池に対するエエことばかりの報道が違っていたのが分かってきたから。安部政権批判は逆の偏向報道。

10/9  朝日 毎日の偏向報道がどれほど酷いのか?、それを読んでる人、その系列のTVを見てる人には分からない。

10/9  吉野三町村(吉野郡・東吉野村・川上村)雇用創造協議会で(3時間)お話します。
2017.10.20 18:00~21:00  貸す側と借りる側を経験したからこそ言える「上手な銀行利用法&ビジネスマッチング」について。題して「社長!銀行は上手に使いなはれ」(チラシ 左上=私)

10/8  世論調査で安倍政権を支持しない理由、「人柄が信用できない」。それなら小池氏はもっと信用できない。

10/8 公明山口さん、立憲民主党ではなく、一見民進党。この人演説巧い。

10/8 前原さん、「安倍政権を倒すためには何でもする」後はどうなってもいい?、安倍さんそれ程悪いことをしたの?。政治的信条は近いはず、何か個人的恨みでもあるとしか思えない。

10/6 和歌山県側から見た三重県熊野市の木津呂、近くに奈良県境も、行ってみたい。

10/5 お客様のところへ急ぐ途中、平らなところでつまづいて転倒。手のひらと向こう脛のところをスーツのズボンごと擦りむき。歳やなあ!情けない。

10/4 上本町新歌舞伎座、倍賞千恵子with小六禮次郎コンサート カミさんと。何で倍賞さんかって?、私が唯一言葉を交わしたことのあるスター。
 歌は55年前の彼女のヒット曲、下町の太陽から始まった。S41年東京支店開店の日、彼女は窓口担当の私の横に座った、当時銀行のイメージガールだった。23才、彼女の一番綺麗な時期だったと思う。その時二言三言 言葉をかわした。
 彼女の家には何度も行った、振り込まれた(松竹からの)映画のギャラを定期にしてもらいに。
 失礼ながら今はあのお歳だから声の方は大丈夫かと、あの透き通った声は健在、高音も無理なく出ていて、いい曲ばかり、素晴らしいコンサートだった。アンコールはさよならはダンスの後で。

 

読売新聞読者が選ぶ10大ニュース

2017年日本の10大ニュース

【1位】14歳棋士、藤井四段が29連勝の新記録 6/26

【2位】天皇退位特例法が成立。19年4月末退位、5月改元へ 6/9

【3位】横綱日馬富士が暴行問題で引退 11/29

【4位】眞子さま婚約内定 9/3

【5位】衆院選で自民圧勝。立憲民主が野党第1党に 10/22

【6位】陸上100メートル 桐生、日本人初の9秒台 9/9

【7位】神奈川・座間のアパートで切断9遺体10/31

【8位】上野動物園でパンダ誕生 6/12

【9位】「森友」「加計」問題などで内閣支持率急落 6/17

【10位】稀勢の里が第72代横綱に 1/25

〈11〉トランプ米大統領が来日

〈12〉九州北部で記録的豪雨、37人死亡

〈13〉フィギュア・浅田真央が現役引退表明

〈14〉都議選で自民惨敗、都民ファ第1党

〈15〉フリーアナ・小林麻央さん死去

〈16〉毒針持つヒアリ、国内で初めて確認

〈17〉スキー場雪崩、高校生ら8人死亡

〈18〉世界フィギュア、羽生結弦がフリー世界最高得点で逆転V

〈19〉森友学園前理事長と妻を逮捕。補助金詐取容疑

〈20〉日産で無資格社員が検査。スバルでも。検査データ改ざんの企業も続出

〈21〉「プレミアムフライデー」初実施

〈22〉「沖ノ島」世界遺産に

〈23〉東芝、原子力事業で巨額損失

〈24〉サッカー日本代表W杯出場決定、6大会連続

〈25〉早実・清宮が高校通算111号本塁打

〈26〉安倍首相が2020年の憲法改正目標表明

〈27〉箱根駅伝、青学大が3連覇

〈28〉東名死亡、あおり行為の男を「危険運転」で起訴

〈29〉テロ準備罪法が成立

〈30〉世界卓球混合複、日本勢48年ぶり優勝

 

2017年海外の10大ニュース

【1位】トランプ米大統領が就任1/20

【2位】 北朝鮮が6回目の核実験。弾道ミサイル発射も相次ぎ強行   9/3 6回目核実験 11/25 長距離ミサイル火星15号

【3位】金正男氏、マレーシアの空港で殺害 2/13

【4位】ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ氏 12/10授賞式

【5位】韓国・朴大統領の罷免決定 3/10

【6位】仏大統領にマクロン氏。最年少39歳 5/7

【7位】英政府がEU離脱を正式通知 3/29

【8位】米ラスベガスで銃乱射、58人死亡 10/1

【9位】トランプ氏が「パリ協定」離脱表明 6/1

【10位】メキシコ地震、死者369人

〈11〉国連で核兵器禁止条約を採択

〈12〉エジプトのモスクで爆弾テロ、死者300人超
〈13〉英コンサート会場でテロ、22人死亡

〈14〉ロヒンギャ迫害問題、難民60万人超に

〈15〉韓国大統領に文在寅氏











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おもいつくままに№185 2017.12月  
 
過剰コンプラ

2017.9.29日産自動車が新車の完成検査を無資格の従業員に行わせていたこと、それらの検査を、提出書類上は有資格者である従業員が担当したかのように偽装していたことを公表したのに続いて、10月8日には、神戸製鋼所がアルミニウムや銅製品の一部で、顧客企業との契約上の仕様を満たしているかのように強度などの性能データを改ざんして出荷していたことを公表した。日経BizGate

アルミニウム製品などの検査データを改ざんしていた神戸製鋼所は26日(10月)、子会社コベルコマテリアル銅管(東京)の秦野工場(神奈川県秦野市)で、データ改ざんにより日本工業規格(JIS)の認証が取り消された、と発表した。また神戸製鋼の自主点検の結果、機械事業部門などで4件の不正が新たに発覚した。神戸新聞NEXT

11月16日、スバルでも同様の問題が指摘された。 完成検査の問題で揺れている日産自動車とスバル。問題となっているのは、生産の最終過程において、国土交通省の指定する完成検査が無資格者によって行われていた法令順守の問題である。

さらに、11月24日午後三菱マテリアル 竹内章社長は、都内で記者会見し、子会社2社による製品の品質データ改ざん問題でお詫び。さらにさらに東レハイブリッドコードによる製品検査データ書き換え問題も。


コンプライアンス(法令順守)がやかましく言われるようになったのはいつごろからか?。調べてみると1995年の「大和銀行事件」まで遡る。大和銀行ニューヨーク支店の行員による約11億ドル(当時の日本円で1100億円)もの巨額損失を発見できなかったこと等を機に注目され,2006年5月1日に会社法が施行されたことに伴い,明記されたようです。

昔、セーフ?だったことが今では法令違反になることが多い。おもいつくままに列挙してみた。 

インサイダー取引 私が社会人になって間もないころ、「ある銀行が信用組合を合併することになり、内部情報で誰かがその信組の出資金を取得して儲た」とかの噂を聞いた。また、証券会社からの(リリース前)情報で株式を取得して大儲けしたとかも。当時においてはそれほど珍しいことではなかったし、それほど悪いことだとも思ってないようだった。

総会屋 あのころはどこの上場会社でもたいていは総会屋との付き合いがあった。会社の株主総会を仕切り、株主からの質問をうまくかわすようにタイミングよく「意義ナーシ」などの声で議事進行してくれた。企業を強請るような反社会的な反面、会社にとっても利用する価値はあったようだ。

談合 公共事業の土木工事・建築などの入札につき、業者が入札価格などを談合し、順番に落札するなどは当たり前のことだった。競争入札で、資金繰りなどの為採算割れの工事の入札を余儀なくされたこともあったようだ。業績悪化で倒産に至ることを考えれば業界にとっては必要悪ともいえた。

パワハラ・セクハラ 入社したころの会社では、オフィス内で女性のお尻をうまく触る名人がいたのを覚えている。触られた女子社員もうまくかわしたり、「いやねえ」というぐらいで、それでどうこうはなかった。ある意味、職場の潤滑油のような役割をしていたのかも知れない。まあ、こういった行為はする人にもよる。慣れない人がやったら本当にサマにならない。

パワハラについては幸いというか私自身された経験も、した経験もほとんどないが、当時(S40年代)は大声で怒鳴ったり、「ノルマが達成できるまでは帰ってくるな」と夜遅くまで外交をやらされる話はいくらでもあったし、部下に手を出したという上司の話も聞いた。いずれにしてもパワハラ・セクハラなどの言葉が出てくるのはかなり先のことではある。

政治資金規正法なる法律もかなりおかしい。かつては数億円の賄賂がやりとりされた政治の世界。小沢一郎氏が建設会社などから巨額の賄賂を取得していたことの証拠がほぼ出そろっても、「政治資金報告書の虚偽記載」だけで国会が1年近く混乱した。

反面当時の前原誠司外相が、わずか25万円の政治献金で辞任したりもした。

法による「報告書に記載されているかどうか」だけで、罪多いはずのほうが無罪になったり、取るに足らないことでも大きなペナルティとなるのは納得がいかなかった。

2003年に施行された個人情報保護法も厄介な法律。この法律はあくまで「個人情報を扱う事業者からの個人情報の漏えいを防ぐ法律」のはずです。場合によっては悪事を働いて他人の利益を侵害した者まで保護するという異常不法な事態を生じている現実があります。

銀行などの職場でもコンプライアンスはもとより、この個人情報保護法に過剰反応し、Faxで済むところを「送付先間違い」があってはならないと、わざわざ届けたり、E-Mailにしても、こんな便利なものをあまりのチェックの厳しさで使いにくくしているという、笑えないようなことも起きている(た)。

冒頭のニッサン・スバル・神戸製鋼所の問題、資格のある人でも検査ミスを犯すこともあろうし、(資格の)ない人でも厳格に検査することもあると思う。会社に検査を任すのであれば法律上の資格所持云々そのよりも会社を信頼するしかないように思える。

最近、茨城県つくば市と東京・秋葉原を結ぶ、つくばエクスプレス(TX)が「20秒早く発車で謝罪」というニュースがあった。

コンプライアンスは重要な事であるが、日本中があまりにも「法令・ルールにとらわれすぎ」てはいないかを思うこのごろではあります。

















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おもいつくままに№184 2017.11月   

「小池希望」惨敗
 

i さま
おはようございます。

先日固定電話に「選挙情勢」の調査電話がありました。「次の選挙にはいきますか?から始まって奈良3区は誰に投票しますか?、まで6~7問でした。

「小池百合子の野望と経歴」※ 拝見しました。彼女の人となりがよくわかります。

政治的(というより策略的)能力の高さではある意味安倍さんより上、「右に出るものがいないくらい高いとは思います。

彼女に比べると安倍さんも石破さんも前原さんもお人好しの政治家に見えるくらいです。※よくいかれる講演会の感想や政治・経済ネタなどワードやエクセルにうまくまとめたものをいただくことが多い。
 

小池さん、リーダーシップのとれる人には違いないと思いますが、部下がついてくるかどうかが問題。機を見るに敏な勝負勘・たぐいまれな政治的能力と、野望のために人を踏み台にしていくくらいのしたたかさは、彼女のもろ刃の剣。

いずれにしても今回の選挙で旧民進中心の希望が勝つようなことがあれば、鳩山民主党の二の舞。野党は「安倍さんさえ倒せば」と声を揃えますが、彼はそんなに悪いことをしたのでしょうか。ここが私には理解できません。

野党やマスコミの印象操作だと思いますが、100歩譲って仮にモリ・カケに関与があったとしても、それで賄賂を得たわけでもなく、彼の実績からみるとどっちでもいいことこと。経済的・外交的なことはもとより、安保や憲法論議をここまで進めてきたのは安倍さんにしかできなかったことだと思います。

また近いうち4人で飲みながら議論しましょう。

10月7日 松場 弘人

松場さまへ 

 おはようございます。ご意見同感です。

 私の考えですが、希望の党は惨敗すると思います。

まともな有権者であれば入れない。都議選は明らかに悪代官がいましたが、今回は違う、TVに出ていても知事選や都議選時と違い小池さんの顔に悪女や狡猾な面がにじみ出てきているように思われる。 

 1、東京で我々の直接関係なかった選挙と今回は違った目で見ていることもある。都議自民が悪すぎたことも一因。今回はそうでない。

 2、世界に通用する日本の政治家として誇らしい安倍さんを言い負かそうとしている。取り上げられれば取り上げられるだけ自分がクローズアップされることをキャスターのセンスでわかっているからである。・・・・狡猾

 3、男を手玉に取り、内部分裂を誘う。・・・悪女
公明党の山口さんや石破さんへ首相指名で観測気球を上げたり、選挙区対応をする。山口さんも石破さんも不快感を示し非難しているが、選挙結果後まで見据え、安倍おろしのためには、たぶらかそうとしている。

 4、日本人の心に一番大事な「思いやりの心」、「憐憫の心」がない。これば多感な幼少時、外国で過ごし西洋に近い人格形成、パーソナリティが確立し、日本的ではないからと思う。政界の渡り鳥はそのいい例で、損得で人と引っ付き、信頼してきた多くの人を裏切ってきたことがわかる。・・・直近では前原がいい例で、都民ファーストを離脱した2人も分かり易い。 

 以上、知れば知るほど出てくるが、ブームだけで躍進はしないしそう望みます。    10月8日 y.i 

i 氏は同市内に住む 政治経済談議・カラオケ好きの飲み友達である。夫婦4人で飲んだ(食った)後朝方までカラオケに興じることもある。

上記は衆議院解散公示日10月10日、の2~3日前のやり取りである。その後選挙戦に入って「排除」発言、上納金問題、ツーショット写真代請求などあって、小池氏への「風が止み逆風となる」前のことである。
この時点(公示前)で i 氏は希望の党惨敗を予想していた。私としては自民負けないまでも、2~30議席は減らしてかろうじて安倍政権の継続となるぐらいにはと思っていた。この i 氏、実は都知事選でもはじめから、ひょっとしたらではなく、小池氏の圧勝を予想した。2度ともあまり見事に当てたので、二人のやり取りを今月の「おもいつくままに」へUPすることにしました。












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おもいつくままに№183 2017.10月  

いま国政は安倍さんにしか任せられない

     
小池さんは都政に専念すべき

東京都の小池百合子知事が27日午前、都内のホテルで「希望の党」結党の記者会見に臨んだ。「しがらみのない政治を」。約7分半熱弁を振るった後、記者の質問は2人で切り上げ、この日は都議会定例会の本会議で一般質問を控えているとあって、20分余で慌ただしく会場を後にした。国政政党と首都のトップという「二足のわらじ」への批判には、結党メンバーが「履き分けられる」と反論する一幕もあった。

小泉劇場を彷彿!。「崖から飛び降りるつもりで」都知事選に挑戦した時は私自身投票権はないものの「小池都知事熱烈歓迎」だった。都議会のドンの問題や石原自民都連の煮え切らなさもあって「都知事は小池さん」と思ったが、しかし今は違う。

安倍内閣の衆議院解散、民進党が前原体制となって少しはマシになるかと思う間もなくスキャンダルによる山尾幹事長構想の頓挫、その前から続く離党ドミノ、野党第1党が末期的症状。安倍政権にとって怖いのは小池人気のみ、北朝鮮の問題はあるものの、小池新党準備が整わないうち、解散は今しかないと思ったのは当然だ。「大義がない」とか「モリ・カケ隠し」と野党は口をそろえるが、政権政党が解散してくれるのなら、野党にとってチャンスと思うのが普通だろう。

ところが間に合わないはずの小池新党が間に合ってしまった。しかも党名の意匠登録や新党のPR動画まで用意してあった周到さ。国政は若狭氏に任せていたはずが突然のリセット、まあ、選挙の顔がこの人ならあまりパッとしないのは若狭本人も思っていたのか「リセット」には複雑な表情。

前原党首は党員総会で「希望の党で戦えるようにする」といって賛成を取り付けたようだが、小池氏は「全体を受け入れることはない」との発言。BSフジのプライムニュースに出ていた細野議員からも「全員の受け入れはなく、三権の長を経験した人は遠慮するべき」とも語っていた。

民進党「三権の長」経験者といえば菅さん・野田さん、他の大物岡田氏・蓮舫氏など党首経験者。リベラル派というより私から見れば左翼の赤松グループ・辻元・福山などは小池さん受け入れないだろうが、そんな人らも受け入れたらそれこそ選挙互助政党。

前原氏は民進党にいるのが不自然と思うほど右寄りだと思っていたし、この党の数少ない「まとも」議員だと思っていた。ところが今回の言動には理解不能なところが多い。「安倍政権を終わらすだけ」のためには何をしてでも、これって「公党の目的とは違うだろう」と思ったし、党首が自党から立候補しないなんて「ありえーへん」というしかない。

小池氏 公務キャンセル相次ぐ 

 「希望の党」代表に就任した東京都の小池百合子知事が、知事としての「公務」を相次いでキャンセルしている。衆院選最終盤と重なるパリ出張も、「最後の訴え」を終えた後でも出発が間に合うようなスケジュールが組まれた。都は公務を取りやめた詳しい理由を明らかにしていないが、党代表としての「政務」に充てるとみられ、都幹部からは都政運営への影響を懸念する声も出ている。(9/27(水) 12:39 掲載毎日新聞)

たぐいまれな勝負勘で、この原稿をUPするときには小池氏本人の立候補も決まっているかもしれない。知事になっての実績って何?、市場も東京五輪も他の何一つ前には進んでおらず、混乱させただけ。
 この人ほど上昇志向いや出世欲が強い女性はあまりいない。「都知事」は野望のための踏み台と思われても仕方がない。それでも不思議に人気は衰えない、それはこの人の持っている幻惑術、マスコミさえもうまく利用されている。こんな「みどりの狸」に目を眩まされてはならない。

実感がないと人はいうが、いま我が国は、アベノミクスによって景況感を一変させている。あのデフレ不況のどん底から、景気回復期間はいざなぎ越えを果たし、有効求人倍率は史上最高を維持、それに企業業績を反映し株価も高値安定している。
 北朝鮮の脅威や中国の海洋進出など国際情勢が厳しいなか、国際舞台でリーダーシップをとれる政治家は安倍さん以外には無理であろう。まさに「国難対応解散」である。













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おもいつくままに№182 2017.9月  

マスコミの偏向報道

【櫻井よしこ】偏向報道メディアに大激怒!スタジオ凍り付く・・NHK・朝日・毎日新聞・ワイドショー印象操作に怒りが収まらずww こんな櫻井よしこ初めて見た・・“クールな政治”。
私もBSプライムニュース見た、櫻井よしこ偏向報道をバッサリ、気持ちがすっきり。

安倍首相に関する森友学園、加計学園問題。相手の失策でしか(いや失策ででも)点が取れない民進党ほか野党と、何としても安倍政権を終わらせたいマスコミが組んでの偏向報道はあまりにもひどかった。 メディアが何故これほど安倍政権を憎むのか、と言えば「憲法改正に反対だから」しかない。

テレビや新聞からでしか情報がとれない国民の大部分の意思は、これら報道により「支持率」というおかしいモノに表れてしまった。これだって、調査する側の誘導もあるだろうし、その証拠にメディアによっていつもかなり違う。

結局何の収穫?も得られないまま時間だけが過ぎた加計学園問題。獣医学部新設にかかわった関係者が次々と安倍総理に有利な証言をして冤罪だったということが確定しつつある。

ひろ坊マスコミへモノ申す「独断と偏見」 
 (以下は私のFeceBookへの投稿Tweet、「青字」は報道 に対して)

8/13投稿(以下同じ) ; 石原新党とか、橋下さんの維新の時は期待するものがあったが、小池の威をかるだけの若狭の新党なんて何の興味も抱けない。自分のこと、昔の日本新党細川さんと勘違いしとるんちゃうか

8/4 実力内閣となると女性大臣精々2名、私に言わせりゃこれでも多すぎ。いま民間企業の中でも、無理しての女性管理者の登用、その弊害が出ていないか?。ほんまに実力ある女性管理者には失礼な話だが。

8/4 この度の内閣改造で一番の目玉は河野外相。親父とはかなり違う、面白い人選だ、この人に期待!。次に意外性はないが小野寺防衛相、この人はかなりしっかりしている、わが国の防衛に期待!。

7/27 加戸氏の「報道しない自由」「印象操作」指摘 新聞各紙ほぼ報じず ; そうなんだ。朝日とか毎日は典型的

7/27 民進党の蓮舫代表が辞意 ; 残念です。あなたが党首でいる限り自民党は安泰でしたのに

7/26 二階氏自民批判「耳貸さず」 ; 「幹事長よく言った!」と言いたいところ、でもまた歪曲して報道するんだろうな、マスコミ酷すぎる。

7/25 「民進党は共産党の二軍」 長島昭久氏の講演詳報 ; そうか、そうだったんだ。

7/25 「前川喜平氏の印象が『加計ありき』の根拠」自民党・青山繁晴氏が追及 ; 省の次官と言えば、昔の大蔵省なら銀行へ天下ったら頭取?クラス、それ位偉いはずの元文科次官。この程度の奴やったか

7/24 閉会中審査の民進党玉木の質問と言うより尋問。(自民党)支持率低下についても言及 ; お前が言うか?、お前の党はどうやねん。首相が気の毒と言うより拷問、マスゴミは敵やから耐えるしかない。民進は見方やから何でも言える。これこそ不公平。

7/23 内閣の支持率が続落26%毎日(新聞) ; マスコミの印象操作が奏功、さすが極左毎日。それにしても操作通りになる単純な人達、安倍内閣より良い内閣あるわけないこと、わからんのかなあ?。

7/21 まともな首相でまともな内閣なのに、潰すことしか考えない野党とマスコミ。これではこの国の発展はないと思いますけど。次、誰がやっても結果は同じでしょう。

7/21 教師の「窓から飛び降りろ」報道、児童の問題行動と発言切り取りを同じクラスの保護者が指摘 ; これも偏向報道。マスゴミこそ報道の暴力

7/12 マスメディアにとって、どうして「国益」が邪魔なのか理解不能。国を貶めるためなら、籠池も前川も、「こんな人たち」も味方にする。もうやってられない。

7/10 閉会中審査。青山議員(国益派)の質問に答えた前川(国賊派)証人元文科事務次官、と加戸証人元愛媛県知事(憂国の士)。特に加戸氏、老境に関わらずしっかりした口調で、岩盤規制に穴を開けた内閣に対する評価をした答弁に目頭が熱くなった。野党とマスコミが組んでまで仕掛けた安倍さん降ろし、こんな反日の奴らに負けてはならない、証言を引き出したのはさすが青山氏。

7/5 蓮舫代表続投へ党内に不満も ; この人が代表である限り自民はまあ安心、解散しても票は民進へは行かないやろ。野田幹事長もまるで民進党が勝ったようなコメント。共産もそろそろ限界だろうし、安倍さんよ、ミーハー人気の小池さんが国政への準備ができるまでに解散した方が?。それにしても今の政権を倒して?、あとどうするつもりなの?民進さん。その事も考えずあの詐欺師籠池と組んでまで、ただ闇雲に安定していた安倍政権を陥れる。これ程政治に対する無責任は無いと思うけど。

7/2 小池知事が過半数、自民大敗の見通し 都議選出口調査 ; 都民ってもうちょつと賢いかと思っていたが、単純な人ばっかりや!。小池忍術と偏向マスゴミに目を眩まされた。

7/2 片山と言い北川と言い中田といい かつて名首長?といわれた人、評論家になってしまうとマスゴミ好みの発言が目立つ。ひょーろんかっちゅうのもなー。

6/25 麻生副首相、豊田真由子氏を「あれ女性ですよ」。識者は「ありえない性差別」と批判 ; 政治家の言葉尻で騒ぎ立てるのは、もういい加減止めたらどうや!。政治混乱諸悪の根元はマスゴミと民進党

6/25 都民ファーストバブルで小池チルドレンのアホなやつが結構当選するんやろなあ。都民の皆様よ、マスコミの偏向報道に踊らされないように。

6/23 蓮舫暴走に野田もお手上げ。民進党崩壊へのカウントダウン ; あかんわなあ!

6/23 (豊田議員)アホな女議員は民進党だけかと思ったら、自民党にもいた。党に迷惑をかけたくないと、早い離党届け、同じアホ議員でも頭はいいかも

6/21 ; 1000歩譲って、安倍さんの意向だったとしてそれがどうした。なんか大変なことのように騒いでる民進党とマスコミ、ええ加減にせえ!。

6/20 小池氏「豊洲・築地を両立」 ; これはあかんやろ!(私自身)知事選のときは熱烈支持だったが、今は?。小池劇場に踊らされたみんなは、それでも都議選にファーストをえらぶのか?

6/19 内閣支持率急落 自民「厳しい」 ; 民進党やマスゴミの印象操作に、影響をうけた結果だと思います。これで政権が民進党にいくわけでもなく、政権の支持率低下で経済などに悪影響はあっても、国益にはならない。民進は自党の政策など何もなく相手の適失でしか、点をとれない。一番説明責任を果たしてないのは党首の二重国籍。

6/16 これが日本なんだ!「ケータイを紛失したけど、やっぱり無事見つかった」=中国報道 ; 日本人として嬉しい話。

6/15 小出恵介、未成年女性側と示談成立 ; こんなアバズレ女でも18才未満と言うことで淫行とかの罪になる。嵌められた、地雷を踏んだ小出が気の毒。このような事件でいつも思うのだが、相手の女も相当ワルい。













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おもいつくままに№181 2017.8月    
シルバー川柳「歴代入選作の抜粋編」
                           公益社団法人全国有料老人ホーム協会                                      
 同じ市内の住人で、(長男小・中学のママ友)夫婦ともども親しくさせ
 ていただいている友人から入手、あまり面白いので了解を得て 転載させていただきました。
第1回(H13年 第1回(H13年) 第2回(H14年) 第2回(H14年)
すらすらと 嘘が言えます ボケてない 昼寝して「夜眠れぬ」と 医者に言い 徘徊と 噂されて 散歩をやめ 歳の差が だんだん開く 妻の謎
第3回(H15年 第3回(H15年) 第4回(H16年 第4回(H16年
まだいける もう一度だけ 犬を飼う 年を取り 美人薄命 うそと知る 「ボケちゃった!」難を逃れる 名セリフ 「愛してる」じじの返事は「馬鹿言うな」
第5回(H17 第5回(H17年 第6回(H18年 第6回(H18年
いびきより 静かな方が 気にかかり この動悸 昔は恋で 今病 化粧品 ムダだと妻に まだ言えず 医者と妻  急に優しく なる不安
第7回(H19 第7回(H19年 第8回(H20 第8回(H20
その昔 惚れた 顔かと 目をこすり 千の風 聞いて買おうか 迷う墓 年寄りに 渡る世間は 罠ばかり 来世も 一緒になろうと 犬に言い
第9回(H21 第9回(H21年 第9回(H21 第9回(H21
お辞儀して ともによろける クラス会 バラに似て 妻も花散り トゲ残し その昔 恐竜見たかと 問うひ孫 証人が 一人もいない 武勇伝
10回(H22 10回(H22年 10回(H22 10回(H22
つまづいた ふと見た床に 段差なし 動かない エレベータや 押し忘れ 厚化粧 笑う亭主は 薄毛症 脳のシワ 顔に出てると 孫が褒め
11回(H23 11回(H23年 11回(H23 11回(H23
お迎えは どこから来るのと 孫が聞く 「いらっしゃい」 孫を迎えて去る諭吉 目には蚊を 耳には蝉を 飼っている まだ生きる つもりで並ぶ宝くじ
12回(H24 12回(H24年 12回(H24 12回(H24
日帰りで  行ってみたいな 天国に 味のない 煮物も嫁の おもいやり 目覚ましの ベルはまだかと 起きて待つ おじいちゃん 冥途の土産はどこで買う?
13回(H25 13回(H25年 13回(H25 13回(H25
欲しかった 自由と時間 もてあます メイドカフェ?冥途もカフェがあるんかえ? 「先寝るぞ」「安らかにね」と返す妻 期限切れ 犬にやらずに オレに出す
第14回(H26年 第14回(H26年) 第14回(H26年) 第14回(H26年)
粗大ゴミ そう言う妻は 不燃物 素っぴんに 隣の犬が 後ずさり 補聴器を はめた途端に嫁、無口 妻乱心 オレにも欲しい 自衛権
15回(H27年) 15回(H27年) 15回(H27年) 15回(H27年)
徘徊も タスキかければ パトロール マイナンバー ナンマイダーと聞き間違え 年賀状 出さずにいたら 死亡説 アルバムに 遺影用との 付箋あり
第16回(H28年 第16回(H28年 第16回(H28年 第16回(H28年
猫までが 妻の真似して 俺またぐ やっと立ち 受話器を取れば 電話切れ この歳で 止めてどうする 酒たばこ 五郎丸 まねて念仏 かと訊かれ




















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おもいつくままに№180  2017.7月 

拝啓 上田先生様 

梅雨とはいえ、天気のいい日が続いておりますが、お元気でお過ごしのことと存じます。去る六月17日には三十数年ぶりに四郷中昭和35年卒業生の同級会を開催することができ、11名(同級全員で24人)とお孫さん1名計12人の参加を頂きました。ただ一人物故者となられたN西君へ黙祷の後、名古屋から駆け付けてくれた上本君の乾杯の音頭で宴が始まりました。

93歳でますますお元気ながら都合で不参加となられた恩師上田先生と、病気で不参加を余儀なくされた S司君には参加者全員の寄せ書き色紙をお送りしております。

前日まで参加予定で体調不良のM田君、数日前まで参加予定で怪我のため不参加のN灘(旧姓U田)さん、法事?のため不参加となったT澤(O田)さん、ご家庭の事情で不参加のT井(U西)さん、達がその場にいなかったことは残念でした。なかには卒業以来57年ぶりに会うこととなった人もいて、近鉄八木駅前に集まった皆様の御顔を拝見して「誰だったかな」と言うこともありましたが、マイクロバスが がんこ橿原店についたころはもう、中学時代のみんなに戻っておりました。3時間弱の宴会では名残惜しさもあり、参加者全員で二次会「カラオケ」で歌うことにも。

残念ながら今回参加いただけなかった方たちも次の会には参加いただき、出席者が増えることを願っております。
向暑のみぎり、お身体には十分お気を付け下さい。敬具

2017年6月19日          幹事 白代勢子  松場弘人

この同級会は、30数年ぶりで、「93歳となられた先生がお元気なうち」ということで企画しましたが、「何年か前から酒席などすべてお断りしている」との先生のご意志で参加いただけなかった。その先生と、病気入院で参加を余儀なくされたS司君に対する手紙です。

峠を越えるとそこは隣県となる、奈良県の最東端四郷村(現東吉野村)。山と清流以外何もない(昔はそう思っていたが、実は自然豊かな)この山村で育った私たちは、小学6年と中学3年同じ先生が担任だった。


極めて出生者が少なかった終戦時生まれ(昭和19・20年生まれ)で小学卒業の時の同級生は男7人、女3人の10名で、24の瞳どころか20の瞳だった。同村にある二つの小学校から中学に進んだ同級生は24人となりました。100名に満たない小学校や中学校であったが、分校ではなくれっきとした本校であり、小学生の時は6学年6学級あり、中学も3学年3学級ともそれぞれ担任の先生もおられた。


中学生となって4キロほどある校舎へ通わなくてはならなかったが、自転車通学は禁止されていたため、毎日4キロの往復は結構大変だった。その中学で3年になった時、担任は小6と同じ上田先生となり、親たちは大変喜んだという記憶があります。教育者と言うに相応しい人格・識見を備えた方で、親たちも安心したのだと思う。

また、同じ大字【(村→大字(=おおあだ)→垣内(=かいと)】に住んでいたということもありご自宅にもよくお邪魔した。お母様にも奥様にも大変良くしていただき、恩師と言うにあまりにも相応しい方であった。。同級生は就職(当時は高校へ進学せずに大阪方面などへ就職する者が殆んどだった)や進学の問題で大変お世話になり、同級生皆んなにとっても生涯の恩師と思っていると思います。



















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おもいつくままに№179  2017.6月 

 吾輩は犬である「老犬介護」

吾輩は犬である、名前は(パグ犬)ゴン太。
久しぶりに大阪中央区にある会社を訪ねた。事務所にいつもいた黒い犬が現れず、違う犬がいた。聞いてみると19歳で亡くなったとのこと。すごく人間の気持ちが分かるおとなしく賢い犬だったらしい。犬嫌いだった奥様もその犬に出会って犬好きになったという。この会社の社長(今は会長)はこの犬の晩年を相当優しく介護したようで、悔いはないらしい。


事務所にいた紀州犬のような犬は、保険所で貰い受けたとのこと。捨て犬でガス室に送られるはずのその犬、前の子とは違って性格が少し悪いらしい。何かの理由で人間不信となっているのであろう。保健所や愛護センター等の施設に収容されているペットは募集期限を過ぎると殺処分となる。里親になるために、受け取る人の審査のようなものが結構難しいとのこと。「飼う場所は?」里親となる人の年齢が高い場合は「後継者の承諾が要る」だの、いろいろと大変だったようです。 


私たち夫婦の両親は4人ともすでになく、次には夫婦のどちらかが動けなくなったりボケたりするまでいま我が家には「老人介護」というのはない。ただ2002年生まれのパグ犬ゴローが15才、パグにしては長生きらしいが、この犬もいよいよ「恍惚の犬」となっており、我が家は「老犬介護」で大わらわ。


パグ犬「ゴロー」はいつの間にか「ゴン太」と呼ばれるようになっている。我が家での飼い犬はこの子でパグばかり4代目。初代は長男が小学生のころ飼い始めたパグの雌犬チーちゃん。チーちゃんにお見合いさせ3匹の子供が生まれた。生まれてすぐ2匹は死に、残った1匹が2代目「ハジメ」ちゃん。「パグ犬物語(当HP)」


この親子、子供のハジメちゃんが先になくなり、この子たち親子が死んだあと、急に侘しい我が家となっていった。そんなある日カミさんがペット屋さんで運命の出会い(目が合い「貴女の家に行きたい」と言われたようだった」と)。買ってきたのはまたしてもパグで3代目となる「サクラ」。この子にもお見合いをさせたが、大きなお腹なので中には複数いると思っていたのが1匹しか入ってなく、大きくなりすぎた子犬を取り出すため帝王切開で生まれたのが4代目ゴロー。

今年で15才のゴン太を我が家では長年LDKで飼っている。「恍惚」としてきた彼は、大体昼は寝ているが、夜中に吠えることが多くなった。トイレ用のシートで用を足していたのが、今では大も小もところ構わず。目はほとんど見えない、耳は少し聞こえるが、一番頼りの嗅覚もかなり衰えてきている。しかし食事の場所と水飲む場所へは椅子などにぶつかりながらなんとか行ける。長年の住み慣れた場所なので「勘」で行けるのだろう。このレイアウトは当分変えることができない。

それでも食欲だけは衰えない、とにかくよく食いよく飲むので大は1日2回、小は漏れっぱなし。犬用の紙パンツはいろいろ試したがどれも合わないくていつの間にか脱いでしまっている。ゴン太は日に日に立つのが難しく、立ったら今度は座るのが大変となってきている。立ち上がれないで、あるいは踏ん張れないので「うんこ」が大変、介護が必要。座り込んでしまって立てなくなりわんわん吠える、立たせてやろうと抱え上げると「ウーツ」と怒る、かなり意地っ張りな奴ではある。

年老いてペットロスと言うのはかなりこたえる、だからすぐ飼いたくなるものらしい。冒頭の会長からも「もし亡くなったら次も飼う方がいい」と聞いた。私たち夫婦ももういい年、子犬だと飼い主の方が先に逝く確率が高い。「夫婦だけになったら寂しくなるだろうな」と言いながら二人して老犬介護に手を取られているこのごろではある。 













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おもいつくままに№178  2017.5月 

日本人で良かった  憲法9条で国を守れるか

海外旅行に行っていつも思うこと、「日本人で良かった」。いままでいったアジア・東南アジアの国と地域。中国・台湾・香港・マカオ・韓国・タイ・ベトナム・カンボジア・マレーシア・ミャンマーそしてインド。

我が国の良いとこまずは平和なこと、言論の自由がある(あり過ぎて困ることも)。治安がいい、重要物の入ったカバンを胸のまえで抱きかかえなくてもいい。マラリア・狂犬病など怖い感染症がない、サソリなど毒虫が少ない。トイレが圧倒的にきれい(シャワートイレがある)、タブの外で洗う風呂がいい。宗教に寛容・制約が少ない。テロが起きていない、(大きなものはオウム以来起こっていない)。

 四季がある、桜がきれい、紅葉がきれい。どこの地方へ行っても町や村がきれい、ゴミも少ない。山がきれい、大雨の時以外は澄んでいて川がきれい、他の国のそれはたいてい土のような色をしているか濁っている。水を安心して飲める、食べるものがどこのものより美味しい。

旅行に行って帰るときは、白くて丸い日本のお米が恋しくなる、東南アジアのコメはどこへ行ってもほとんど食べない、あんなパサパサの長いやつカレーか焼き飯などでごまかして食べるしかない。帰国の途上、日本が近づくと無性にうどんが食べたくなる、それもキツネ。他の国々では「出汁」と言う文化はないので、スパイスや何かで味にインパクトをつけるしかないのだろう。

それでも私(たち)が好んで東南アジア行きを選ぶのは、世界遺産は別として、発展途上の活気ある街と人々を観たいのと、もう一つは日本の良さを再認識したいが為なのだろう。

今日も平和な一日が過ぎていく。しかし今、紙一重で明日は地獄と化す恐怖が隣り合わせにある。核にしろ、化学兵器にしろ、普通の爆弾にしろ打たれたら大変なこと。いま何とか平静を保っていられるのは、アメリカの空母カールビンソンや、釜山にいるという巡航ミサイル原潜ミシガンなどが抑止力となっているのだろう。

百田尚樹がTwitterで呟いているのを見た。もし北朝鮮の核ミサイルが日本に着弾し、自身が死ぬようなことになったら、きっと「これは私のせいだと思うだろう、そのような事態になるまでに憲法を変えられなかった」こと、「狂ったメディアを止められなかったこと」、そして「お花畑の文化人や学者を止めることができなかった」ことについて、自身に責任がある と。

私自身、いまほど我が国が自国を守ることの重要性について強く考えたことはない。国防と言うことに関してはアメリカなしでは一人で立つこともできない乳幼児のような日本。そしていまほどそれら国防と言うものに邪魔し続けてきた人たちに腹が立つときはない。

 民進党(他野党)・文化人と言われる人たち・元凶マスゴミ・・・・は今も「テロ等準備法案」に反対している。反対の理由は「花見の準備をしていたら捕まるかもしれない」など、アホとちゃうか」と疑いたくなる、これこそ「反対のための反対」。

もう取り返しができないところまできているのかもしれない。日本にいる日本人なのに反日の人たちよ、いいかげん目を覚まして「憲法9条」が国を護ってくれないことに気が付くべきだ。そして何より違憲である?自衛隊を合法化し、「軍隊のある当たり前かつ一人前の国」にしなければならない。頑張ってくれている自衛隊員たちをいつまでも日陰者扱いにしてはならない。それともあなたたちは日本が被弾することを望んでいるのか!。












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おもいつくままに №177  2017.4月 

「忖度(そんたく)」(森友学園問題)

工事中の森友学園前に集まった 小池・福山(元凶辻元はいたかな?)・福島・森たち共産・民進・社民・自由党などの政治家をみて吐き気さえ覚えたのは私だけだったのだろうか?。(この場には予算委員会のメンバーと言うことで自民山本委員長などもいたが)、これら左翼政治家たちは、国会において自分たちで何一つ前向き・生産的な提起ができず、相手与党の敵失しか得点できない政党であるということを露呈した。国益など頭の隅にもない人たち、相手のミスを見つけた嬉しそうな?顔、情けなくて言葉も出ない。

私のほーむぺーじ「おもいつくままに」の内容について知人から、『政治ネタもいいが、政治にかかわる評論などはマスコミはじめどこにもある。「あなたの日常で感動したこと」など貴方しか書けないものの方が観てもらえる人が多いのではないか、特に女性には』との助言をいただいた。私自身もいつも考えている事なので素直にその通りだと納得し、今後少しは政治ネタから離れてみようと思っていた。

そんな矢先、森友学園問題で国会・マスコミ等が騒ぎだし、またしても関心を持たざるを得なくなり、用意していた原稿を先送りとし、この問題に触れてみたくなった。知人のいうとおりマスコミで誰もが報道するようなことではなく、独断と偏見かも知れないが。「私の思い」を記してみたい。

この幼稚園について、当初の感想は「面白い教育をする園がある」と思った。マスコミは古いことを教えていると批判していたが、「教育勅語・修身」などを学習させることは「決して悪いことではない」と思っていた。その後「安倍さんへの思い」や「安保法制決まって良かった」などを園児に合唱させたりするに至っては、「安倍さん応援団のつもりが、逆に邪魔をしているな」と感じるようになった。

森友問題について誤解を恐れず私の考えを吐露してみたい。国会・予算委員会で安倍首相の関与、特に「安倍さんから学園への寄付」に集中している感があるが、まず思うこと、口をきいてなにがしかの金をもらったのなら「収賄」というれっきとした罪であるが。100万円の寄付が(籠池側のでっちあげだろうが)仮に事実であったとしても、「寄付」のどこが悪い?ということ。

安倍さんにしてはこのような些事にかかわっている暇がないと、早く幕を引くために「関わっていたら辞める」とまで言ってしまった。これがいま野党どもの格好の攻撃材料となっているが、これまた国益のために早い決着をと宣言したものであることをそれこそ「忖度」しなくてはならない。

「忖度」と言う言葉が今年の流行語になるのかわからないが、「忖度」はする方の問題であって、される方にそこまでの責任はない。100歩譲って、昭恵夫人に対する忖度によって8億円安く払下げたとしても、安倍首相を失う国損の方が何百倍も大きい。ロッキード事件で5億円もらったとして逮捕された田中角栄元首相を思い出す。日本の優れた指導者を怖がったアメリカの力が働いたという説もあるが、この稀代の政治家を巣鴨に送り込んだのはあの作家立花隆やマスコミたち。

これによる国の損害は、もらったとされるたった5億?のこれまた何百倍もの損失と言えるのではないか。正義は大事であるが、政治の世界では「事実」を究明することだけがそれほど重要なこととは思えない。そのとき角栄氏をひきずりおろした人たちは「正しいことをした」と思っているのだろうが。

3月26日付日経にも「海外のテロや自然災害、閣僚の不祥事などの危機管理では安定感ある対応をしてきた安倍政権。首相官邸は国有地売却を巡りこの対応に手を焼いている」とある。

北朝鮮の脅威や、重要法案「テロ対策特別措置法」の成立などいま急がなければならない課題が多い。この稀代の詐欺師的教育家に翻弄されているのは、この国の国益を良しとしない政治家たちと、それを強大化・矮小化して報道するマスコミのせい。

安倍さんへの追及によって民進党の支持率が上がっているわけではない。冒頭の政治家たち、本質から離れて矮小化した事柄を執拗に追及すればするほど良識ある国民の気持ちが党から離れていくことが分かっていない。 共産党や絶滅危惧種の社民党はともかくとして一度は政権の座についた民進党は自民に何かあったときとって代わることができるように、アラ捜しだけではなく「政策」で勝負すべきであろう。実績ある首相より、こんな嘘で固めた元学園理事長の方を信用するのか?バカらしいにもほどがある。












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おもいつくままに№176  2017.3月  

近畿大阪関西みなと銀行 

 

大手銀傘下の関西地銀3行が統合検討 親会社の枠超え

日時 2017年2月20日 18:02 JST

三井住友フィナンシャル銀行(FG)とりそなホールディングスが、傘下の第二地銀3行の再編に向けて検討していることが分かった。実現すれば、総資産は単純合算で11兆5000億円と地銀上位(6位?)に匹敵する規模になる。

複数の関係者によると、統合を協議しているのは三井住友系の関西アーバン銀行とみなと銀行、りそな系の近畿大阪銀行。3行とも関西地区に本店を置き、店舗展開している。統合方法や時期などは検討中という。(中略)

3行統合をめぐっては、日経新聞と読売新聞が先に報じた。日経は、三井住友とりそなが共同持ち株会社を作り、系列地銀3行をぶら下げると報道。一方、読売によれば、りそなは関西アーバンとみなとの両行に対し株式公開買い付け(TOB)を行うことを視野に、三井住友からの保有株取得を検討しているという。 Bloom berg

 

企業の合併ニュース、社員にとっては生活にかかわる一大事であるが、OBにとってもBIGニュース。「地銀の再編はまだまだこれから」と理解はしていても長年自分が勤めた銀行の名前が消えていくのは寂しいものである。都銀からメガバンクに至る 合従連衡(がっしょうれんこう)の最中も旧行名を並べたり、まったく新しい名前にしたりといろいろあった。名前が並ぶのはやはりどこかに自分の銀行の名前が消えていく寂しさから来ているのであろう。

 

SMBCの海外戦略のための関西アーバン・みなと銀行系列2行のリスク資産外しと、りそなのKO(近畿大阪)銀行の取り扱いという双方の利害が一致したからなのだろう。思い起こせば私が近畿相互銀行に入行してから50年以上になる。いろいろあったが、その間名前が残ってきたことこそ幸運だったのかもしれない。

 

昭和40年代の後半ごろ当時の相互銀行の順位は、1位東京の日本相互銀行(→太陽→太陽神戸→さくら銀行→三井住友銀行)、2位は九州の西日本相互銀行(→西日本→西日本シティ銀行)。当時大阪は相互銀行が強いと言われていた。3位から6位までは近畿が基盤の、近畿・兵庫・幸福・福徳相互銀行、そしてその少し下に関西相互があった。

 

50年近くも前、ある日新聞をみて驚いたのが近畿・兵庫、関西相銀2強の(全国3・4位)の合併ニュース。この合併話はその後流れてしまうことになったが若手行員だった私たちに与えるインパクトは大きいものがあった。

 

その後兵庫相互銀行は相銀の一斉地銀への転換により第2地銀兵庫銀行となり、日本相互・西日本相互が都銀などへ卒業していった後では、バブル時期業容を急拡大させ一時期 相銀(第2地銀業界)ダントツとなった。が、バブル崩壊とともに破綻、みどり銀行として再生したもののもう一度破綻、みなと銀行として再度再生を果たした。

45年以上も前の合併報道が、巡り巡って近畿大阪となっている近畿相互と、みなと銀行となっているかつての兵庫相互との合併報道、なんとも縁とは不思議なものである。

 

話が進んで統合となったとき、新行名も変わると思うが、残念ながら近畿銀行となることはありそうもないし近畿大阪関西みなと銀行ともならないだろうなあ。












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おもいつくままに№175  2017.2月  

香港と上海

 

毎年OB飲み会の旅行でアジア・東南アジアの旅を続けている。①韓国、②台湾、③ベトナム北部・カンボジア、④インドネシア、⑤マレーシア、⑥ミャンマー、⑦ベトナム中部の計7回、7か国。次は3月⑧インドが決まっている。
 他にも仕事の関係や他の友人とも何度か、これら私の海外はすべてアジア。

 

 昨年10月は久しぶりにカミさんと香港・マカオ。夫婦での海外は韓国、タイ、台湾と今回で4度目、5か国(地域)。いずれにしても徹底してアジア・東南アジアである。 

昨年の香港は私が三度目(マカオは初めて、カミさんはマカオも含めてディズニーランドなど何度か)。これだけアジア・東南アジアへ行っていると、やっぱり次もアジアの地域に行きたくなってくる。特に東南アジアの猥雑ではあるが活気あるあの雰囲気へはまた行きたくなる。

 

中・高生のころの私にとって外国はアメリカでもなく、ヨーロッパでもなく、「上海」と「香港」だった。小説などで知った中国ラストエンペラーのころ、中国、租界などがあった世界最大の夜の魔都と言われた上海。李香蘭が活躍したあの時代の上海に強い興味があった。

 

 また、香港にも興味があった。理由は、高校時代(‘61)突然日本の映画スクリーンに登場した香港の女優尤敏(ユーミン) 。彼女の前には吉永小百合(サユリスト)も星由里子(当時一番輝いていた)も、色あせて見えた。

 

 この香港女優、宝田明と共演した東宝映画’61「香港の夜」、‘62「香港の星」、’63「ホノルル・香港・東京」の3部作が上映され、また当時の森繁久弥主演の社長もの人気シリーズ、‘62「社長洋行記」、’63「続・社長洋行記」にも登場した。

その絶世の美女尤敏の居るところで同じ空気を吸ってみたいという気持ちが強かった。

 

香港へ初めて行ったのは四半世紀以上も前、タイに工場があったある会社から工場見学の誘いがあった。「タイ・バンコク行きなどは考えてもなかったが、香港には行ってみたかった」という私に、「それではタイ2泊にして香港(1泊)に回りましょう」。ということでバンコク→香港はキャセイのファーストクラス、後にも先にもファーストクラスはこの時だけ。映画は大きなスクリーンでアメリカの封切映画、食事は洋食フルコース。

 

当時今のように安い海外ツアーはあまりなかったが、あとで回ってきた請求書を見て腰を抜かしそうになったのを覚えている。ちなみにこのときは香港の金融街に私の銀行の駐在員事務所(のちに香港支店)があった。

 

二度目は返還直前、会社の研修を兼ねた中国・香港視察旅行。上海から列車で蘇州へ、この地で蘇州経済特区を見学し、翌朝また上海へ。ここでも経済特区である上海浦東新区の見学。当時八百半(やおはん)という地方(静岡)のデパートがこの地に進出し、ピカピカの建物にナイキ(やったか?)など高級ブランド品があふれんばかりで自動車まで売っていた。

 

そのあと上海市内の観光、豫園での名物焼売の味はよく覚えている。一泊のあと香港へ飛び、ここからはミニバスで九龍半島(クーロンではなく現地ではカオルーン)を大陸方面へ。途中 税関を通過して中国入り、深圳・東莞へ。そこでは船井電気など日本からの進出企業の工場を見学した。その後また香港へ戻り、そこで食べた飲茶など香港料理が、大変美味しかったのが記憶に残っている。道中まずかった中国本土(食は広州にありというが)のそれと比べて。

 

返還前の二度の香港は、世界一危険と言われたカイタック(啓徳)空港。3度目は数年前のマレーシア旅行の際の乗り継ぎで。ここでは近くの島へ引っ越しした広い空港に往路復路とも4~5時間滞在している。3度目の香港と書いたが、この乗り継ぎを含めると今回で4度と言うことになる。

 

今回の香港・マカオは台風の影響で散々であったが、ビクトリアピークからみるビクトリア湾の夜景は晴天のときもう一度行ってみたい。上海、あれから20年になる、ずいぶん変わっているだろうなあ。

 












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 おもいつくままに№174  2017.1月   

安倍外交 日米和解の力&返せ北方領土

【ホノルル時事】 安倍晋三首相とオバマ米大統領は(2016)27日午前(日本時間28日朝)、旧日本軍が1941年に米国との戦端を開いた真珠湾を訪れ、犠牲者を慰霊した。

 オバマ大統領の広島訪問には好感をもったが、首相の真珠湾慰霊演説も感動的であった。チョイ右(?)の私にとっても、いままで真珠湾奇襲については疑問に思うところがあった。「宣戦布告」が遅れたのは大使館員の怠慢と言われていたが、ごく最近になって「わざと遅らせた」との資料がみつかったという。

  いづれにしてもアメリカにとっては不意打ち、これによって突然2400名もの米兵士の命が奪われたのであれば、「屈辱の日」として米国民に記憶されてきたのも無理はない。特にアメリカ人はアンフェアーを嫌う国民のようだ。 

 首相はこの後の演説で、二度と戦争を繰り返さない決意を表明するとともに、戦後に強固な同盟を築いた日米の「和解の力」を国際社会に向けて発信した。


  【首相官邸】 平成28年12月15日、安倍総理は、山口県長門市でロシア連邦のウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン大統領と首脳会談等を行いました。(中略)

  総理は、会見で次のように述べました。

「プーチン大統領と約3時間にわたって首脳会談を行いました。
 私の地元での開催、そしてまた、地元の皆様が温かく迎えていただいた結果、大変いい雰囲気の中で首脳会談を行うことができたと思います。
 (中略) この後、 日本とロシアが共に取り組んでいくことによって様々な問題を解決していくことができるということについて会談を行いました。
(以下略) 首相官邸ホームページより

 浅田次郎の作品の中でもあの名作「終わらざる夏」(集英社刊上・下)、そこには。「1945年、夏、国民は玉音放送で日本の無条件降伏を知って、日本中が打ちひしがれているそんな時、日ソ中立条約を破棄し、北の最果ての島へ上陸してきたソ連軍」があった。

  まさに「火事場泥棒」、こんな国を相手にして、果たして盗まれた島々は戻ってくるのだろうか。会談前、2島返還について少しは期待もしていたが、やっぱり難しそうだ。あの広大な国土を持つロシア、条件付けず2島ぐらい返したらどうや。

  ロシア・シベリア地方のイルクーツク市で、人体に有害なメタノール入りの入浴剤を安い酒代わりに飲んだ住民49人が死亡したというニュースがあった。ことほどさようにロシアの経済は良くないようである。

  プーチンとしては原油価格の低迷や、欧米各国などからの制裁もあって厳しい経済をなんとか成長させるために我が国を利用しようとしている。安倍さんにはあせらず交渉負けしないようにお願いしたいものである。

 いずれにしてもロシア最強の大統領と、久しぶりの長期安定政権安倍さん、この両首脳でダメならもう2度とチャンスはないだろう。  


これら米ソに対するTop外交、安倍さんにしか成し得ないことではある。
 


 

墓碑銘 2016年に逝った(私が知っている)有名人  (ひろ坊のコメント)


2016年
1月9日 
三代目桂 春団治( かつら はるだんじ)  上方落語の四天王

2016年2月16日 はかま 満緒(はかま みつお)  ラジオパーソナリティ

2016年2月18日 津島 佑子(つしま ゆうこ)  太宰治の娘 小説家

2016年2月22日 秋田Bスケ(二代目)(あきたびーすけ)  

2016年3月6日  多湖 輝(たご あきら) 心理学者 頭の体操

2016年3月13日 出目 昌伸(でめ まさのぶ)  忍ぶ糸、天国の駅

2016年3月19日 夏樹 静子(なつき しずこ)  推理小説

2016年3月21日 四代目江戸家 猫八( えどや ねこはち)  動物モノ真似

2016年4月3日  望月 三起也(もちづき みきや)  漫画家 名前は知っていたが読んだことはない

2016年4月10日 山岸 章(やまぎし あきら  連合会長

2016年4月18日 金子 満広(かねこ みつひろ)  共産党書記局長

2016年4月23日 山本 功児(やまもと こうじ)  ロッテ監督

2016年4月26日 戸川 昌子(とがわ まさこ)  シャンソン歌手、小説家 本職どっち?
2016年4月30日 
竹内 宏(たけうち ひろし)  長銀出身エコノミスト

2016年5月3日  佐藤 信二(さとう しんじ)  父佐藤栄作 伯父岸信介

2016年5月12日 蜷川 幸雄(にながわ ゆきお)  鬼の演出家

2016年5月18日 伊藤 ユミ(いとう ユミ)  良かったなあ ザ・ピーナツの歌

2016年5月30日 後藤 次男(ごとう つぐお、)  阪神監督

2016年6月3日  モハメド・アリ  格闘技最強の男、あの時の猪木はちょっと?

2016年6月14日 白川 由美(しらかわ ゆみ)  夫 二谷英明

2016年6月15日 牛若丸 原田(うしわかまる はらだ)  ファイティング原田のことか?

2016年6月16日 米沢 隆(よねざわ たかし)  民社党委員長

2016年6月21日 鳩山 邦夫(はとやま くにお)  友達の友達はアルカイダ、兄は宇宙人

2016年7月7日  永 六輔(えい ろくすけ)  6・8・9上を向いて歩こう

2016年7月12日 大橋 巨泉(おおはし きょせん)  クイズダービー ハッパフミフミ

2016年8月6日  梅津 栄(うめづ さかえ)  悪役多い

2016年8月12日 武 邦彦 (たけ くにひこ)  東京支店時代 府中競馬場でみた

2016年8月14日 豊田 泰光(とよだ やすみつ)  日経スポーツ欄で

2016年8月27日 松山 善三(まつやま ぜんぞう)  妻 高峰秀子 名もなく貧しく美しく

2016年9月9日  加藤 紘一(かとう こういち)  大将 加藤の乱

2016年9月17日 山本 一義(やまもと かずよし)  広島監督

2016年9月25日 アーノルド・ダニエル・パーマー  傘のマーク

2016年10月5日 井上 竜夫(いのうえ たつお)  おじゃましまんにゃわ
2016年10月13日 
ラーマ9世 プミポン国王(タイ)  息子王はちょっと

2016年10月20日 田部井 淳子(たべい じゅんこ)  山女

2016年10月21日 小坂 憲次(こさか けんじ)  大臣

2016年10月22日 平 幹二朗(ひら みきじろう)  佐久間良子と離婚の原因 オトコがいた? 

2016年10月27日 三笠宮崇仁親王(みかさのみや たかひとしんのう)  もと軍人、歴史学者

2016年10月30日 小林 正彦 (こばやし まさひこ)  だあい好きな裕ちゃんプロの番頭

2016年11月11日 りりィ(Lily)日本シンガーソングライター  私は泣いています♪

2016年11月15日 藤原 てい(ふじわら てい)  新田次郎の妻、数学者で日本の品格の藤原正彦は息子

2016年11月16日 奥野 誠亮(おくの せいすけ)  保守本流の鑑 御所市選出 

2016年11月29日 小川 宏(おがわ ひろし)  小川宏ショー ワイドショーの草分け

2016年12月11日 加藤 初(かとう はじめ)  巨人にもいた

2016年12月14日 小里 貞利(おざと さだとし)  総務会長、 大臣

2016年12月16日 島木 譲二(しまき じょうじ)  もとボクサー パチパチパンチ 

2016年12月18日 森下 洋一(もりした よういち)  松下電器社長

2016年12月25日 ジョージ・マイケル(George Michael)  イギリスのシンガーソングライター













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おもいつくままに№173  2016年12月  
 
トランプ、プーチン、パク・クネさん  

トランプ

 誰もが予想できなかった米大統領選、「トランプになったらわずかばかりの持ち株が急落!ヒラリーなら上昇?」、全く個人的セコい考えもあって内心ヒラリーを応援。開票日(翌日)電車の中でタブレットの開票速報と株価の変動を凝視。投票直前、FBIはヒラリー氏の訴追を断念したこともあって朝方から日経は上昇、しかし開票が進むにつれてもクリントンの票が伸びない。 

 そのうち株価が下がる、下がる。こんな時インターネットのニュース速報より、相場の変動の方がゼニかかっとるだけに情勢を読むのが速い。午後になって日経平均一時1000円以上の値下がりにがっかり。(翌日はそれ以上の値上がり)、底で売った人もいるはずだがあまりにも悲劇。

 トランプになったら株価急落も含め経済は勿論、政治的にも大変なことになると思ったのは私だけではなかったはず。 そのとき思わず「なんちゅーこっちゃ またしても ありえーへんことが 」、とFeceBookへ投稿。イギリスの時もそうだったが、いままでのグローバル化に対する常識が・価値観が変わりつつあるのか。

プーチン
 安倍さんの日ロ関係についての発言がトーンダウンしてきている。米大統領選が大きく影響しているのだろう。欧米から敵対視されているなか、トランプに代わることにより欧州はともかく米ロ関係は良くなることが予想される。ウラジーミル・プーチンにとって「日本」というカードの値打ちが低下しているのかもしれない、いずれにしても海千山千のロシア大統領、そう簡単にはいかないだろう。

 政府としては「状況が厳しい」と、リークすることにより、「二島返還でもよし」との世論をつくっているようにも思えるが、それならそれでいいのだが。

 

朴 槿恵

 今となっては大統領の顔を観ていて「可哀そう」と思うのは私だけだろうか。韓国と言う国の風土がそうさせたのに違いない。歴代の韓国大統領たちの壮絶な最後が暗殺・投獄・死刑、悲惨すぎる韓国大統領の末路。無事だった人がいない。本人、または家族が何がしかの不幸に遭っているのである。 

 公人となっても近親・友人知人を優先しなくてはならないという、この国の根底を変えないことには問題は解決はしないのであろう。また民衆も民衆である、デモによってパク大統領を引きずりおろしても、次は誰が?と考えると国民皆が満足する政治にもっていくのは難しいように思える。暴言ではあるが、彼女にとって打つ手は「戒厳令」しかなかったんではないか?。ひょっとしたらこの国は、もう一度父大統領のように強権でもって引っ張っていくしかないように思えるのだが。
 

そして安倍首相

 その後のトランプ勝利宣言、などでは暴言を封印し常識的・紳士的な態度に。また意に反して急激なドル高(円安)、ニューヨーク株式市場も東京市場も大幅続伸中。ただ安倍さんとの会談直後TPP離脱宣言は、ビジネスに携わる者にとってはちょっとショック。 

 次期ド素人米大統領、もとKGBこわもてロ大統領、引きずりおろされた韓大統領。いまこそ安倍首相の出番、米に代わって経験・人格・識見で世界の首脳をリードしてほしいものである。 


 国際政治学者イアン・ブレマーも言っている、「世界の真の指導者、安倍首 相ら3人のみ」
















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おもいつくままに№172  2016年11月 
 
あした会う人のいる幸せ

毎年10月、銀行のOB会がある。2,500人以上はいる卒業生のうち毎年1割ぐらいの人が集まる。70歳まで(63歳から)は契約社員として2度目の勤めをしてきており、同じ建物のなかで開催されてきたことと、代表世話人が現役最後のときの直属の上司と言うことで当然のように参加してきた。 

昨年は「現役時代も契約社員時代も勤務したその建物でやる最後」と言うことで参加したし、今年は代表世話人交代と言うことで次の世話人も親しい方なので「行かないわけにはいかない」と参加した。今回もかなりの盛況、今まで来ていなかった若い(私より)世代も多くきていた。     

今年の会場は、本部機構がグループ本社ビルに移転したため、その建物においての開催となった。見渡せば見覚えのある顔の人が多いこと。 

私は合併の前日2,000年3月31日に他社へ転籍のため55才で退職した。現役時代の人たちは勿論、63才から銀行二度目(合併後の)の御奉公で、合併後知った顔ぶれの方も結構多い。社長も現役時代はほとんど会うことがなかったが、二度目の勤めで知り、今回も会うことができた。また合併後契約社員として2度目の勤務で同じ部にいた女性が従業員組合委員長になってこの会に招待されていて話を交わすことができた。

また、昨年70歳で起業(というほどのではないが)した営業代行・ビジネスマッチングの営業で週2~3日は大阪に出てお客様のところへ出向く。県内にもお得意先ができている。もともと血糖値が高いということもあって仕事の日には5,000歩から多い日には13,000歩ぐらいは歩く。しかしなにより会ってくださる社長がおられること、また、総務部長や営業の責任者にもお会いできるのが嬉しい。このOB会で、いまの仕事でお会いしている方とも顔を会わせることができた。 

毎月決まった日に行う飲み会で会える人がいるのもうれしい。第2金曜日は鶴橋で、第3水曜日はミナミで。二金会は銀行出身だけでなく、2度目の銀行勤務で知り合った異業他社出身の人たちや、お客様などにも。 

三水会の飲み会メンバーでは、有志約10人で毎年アジア・東南アジアの世界遺産などを巡っている。いつもだいたい1週間弱であるが、この間寝食を共にするということで、それぞれの距離感が縮まっており、これらの楽しみは何物にも代えがたい。

何かの番組できんちゃんこと萩本欽一が語っていた、「あした会う人のいる幸せ」を。












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おもいつくままに
№171  2016年10月    

都知事は小池さんで良かったんじゃない
小池都政に思う



 橋下さんがツイッターで豊洲市場問題をツイートしまくっている。それはかなりの頻度で私のスマホに入ってくる。はじめは小池都政に対するフォローかと思えばそうではなく、批判ともとれる文脈である。橋下びいきの私が見てもちょっと尋常でない。

 要は「5000億円(いや6000億近いが)という都民や国民の金を無駄にするんか」ということであり、「盛土より空洞の方が安全かも知れないじゃないか」と言うことでもある。また「溜まった水は地下水で有害な物質は含まれていない」という報告もでてきた。すると、「それみたことか、えらいこっちゃで」とまたツイート。

 

舛添の時はあれほど攻撃したマスコミはいま小池さんを援護しまくって、滅茶苦茶な報道ぶりとなっている。一番問題であるはずのベンゼンが確認されていないのに、自然界の何分の一にも満たない数値の「ヒ素」がでたとか、微量の鉛が検出されたとか。

 

橋下さんのいうように、盛土よりコンクリートの箱の方が建築費が安くつき、安全だったかもしれないし、あのまま移転しておれば「食の安全」含む市場運営に大した問題が無かったかも知れない。少なくともネズミだらけの築地よりはよほど清潔なのかもしれない。こうなってくると「何が問題」なのか、わからんようになってくる。

 

小池さんは、どこで何を決めているのかわからない伏魔殿東京都のブラックボックスに光を当て、彼女が言ういわゆる都民ファーストの視点で都政をリードしたいのだろう。仮にコンクリの箱の方が良かったとしても、盛土で決めたのに誰がどうして変更したのか、なぜ公表しなかったのか、そこのところを明るみにだし、ガバナンスを確立したいのだろう。我々としてはそれよりなにより「利権」にメスを入れてほしいし、彼女もそのつもりだろう。

 

法違反や不正が出てこなかったら小池さんはどうする、危険な賭けだ」という意見もある。仮に犯人を見つけても5000億を大幅に超える移転費用の弁償は100%不可能だろう。

 こうなった以上、単なる「落としどころ」では都民も、国民も納得できない。たしかに6000億円は大きいが、いま問題になろうとしている都立広尾病院の不可解な青山移転はじめ、膨らむ一方の今後の東京五輪の費用などを考えても、談合や利権の闇をさらけ出して都民・国民の金を極力無駄遣いしないようにしてほしいものである。












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 №170  2016年9月  

十二(千)支を6周
都知事は小池さんでいいんじゃない?

 

  8月27日は満72歳の誕生日だった。申年に生まれて12支を6周した。72才からこれからの12年間はまさに最終コーナー、競馬に例えれば第4コーナーを回って、ホームストレッチ。次の申年84才がゴールとすれば、最後まで走りきれないとしても何とか元気で行けるところまで行きたいと思うこのごろである。

 

  65歳の時、熱と全身の痛みで原因不明のまま入院したことがあった。病院で来る日も来る日も検査検査で、それでも原因は分からない。この時は「がん」でも仕方がないから早く原因が知りたい、分かれば対処のしようも、覚悟のしようもあると思ったりもした。病院のベッドで、家に帰る日が来るのか?とまで考えた。

 

当時銀行の契約社員として仕事をしていたが、「職場の仲間」が業務のことで病院へ来てくれたことがあったが、「正直言って仕事なんかもうどうでもいい」と言う感じだった。65歳を過ぎていても、長期間休んでも銀行が待っていてくれたおかげで、70才まで勤めることができた。その余力で今も週に2~3日は大阪へ出て契約社員だったころのライフワークとなった「企業縁結び」の仕事を続けることができている。

 

退院したとき「やり残したことはないか」を考えたし、「エンディン・ノート」を買ってきたりもした。2020年東京オリンピック招致が決まった時も、自分とは関係ない事と思ったりもした。そのころ「まだ孫の顔見てない事」も心残りであったが、その後二人の男の子を見ることができている。

 

今では、これからのホームストレート12年間の中で、4年後の東京オリンピックが視野に入ってきたし、その年の前半には金婚式も迎える。孫の成人式・結婚式は到底無理にしても、ピッカピカの (上の子)中学生、(下の子)小学生の姿は観られるかもしれない。

 

閑話休題
リオが終わって小池さんが旗を持って帰ってきた。「五輪旗はそう重くはないが、責任は非常に重い」という言葉が印象的。ただ、スーパーマリオになって地中を抜け出た安倍さんもそうであるが、このままでは二人とも開催までに任期が切れてしまう。私としてはこの二人(国と開催都市)の「長」がその日を迎えるのが一番いいように思えるが?。

 

前月号でも述べたが、都知事はやはり小池さんで良かった。リオで旗を振る着物姿はちょっと太めだったが、増田さんよりははるかに華があったはず。また時代錯誤と毎日・朝日(新聞)的考えの鳥越では都知事は無理だろう。

 

小池さんは度胸があるし能力も高い。突破力があり、リーダーとしての資質も高いと思う。あまりにも膨らむ東京五輪の費用、築地市場移転地の問題点及び膨らんだ建設費、どちらも大きな「利権」が絡んでいるように思えてならない。

 今後オリンピックの森、都議会の内田、両ドンはじめ、多くの既得権益を守りたい人たちや敵対都議員を敵に回してどんな戦いぶりを見せてくれるのか。幸い今のところ舛添とは違ってマスコミや国民が好意的、大変ではあるがこの人ならやれると思う。

 ついでに民進党代表選挙、こっちの方のあの女性、美人でしっかりしていそうだが何故かあまり好きくない。ともすれば国損に寄っていく反対ばかりの党では、2大政党時代は来ない。前原・長島あたりなら是々非々で国益ということも考えた党運営になると期待したい。














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おもいつくままに№169  2016年8月    
都知事は小池さんでいいんじゃない?

 

この原稿は告示直後に書いている、月末直前UPするので翌日か翌々日には選挙結果が出てしまいますが、敢えて勝敗を予想をしてみたい。自民・公明など与党推薦の本命増田寛也、民進から共産まで野党共闘の対抗鳥越俊太郎の二候補ををおさえて孤立無援無所属の穴馬小池百合子が勝つような気がする。2位増田、3位鳥越。

 

民進党は民主党のときから何をやってもいつもおかしいが、今回の都知事選に関しては自民党も相当おかしい。安倍さん応援団の私にとってもそう思わざるを得ない。

 

まず民進党、都知事2代続けてカネの問題で自民推薦が失敗したこともあって、岡田代表が「独自候補」にこだわっていた。なのにぎりぎりまで候補者を擁立できず、「増田はこっち」みたいな発言で「相乗り」の言い訳づくりをやっていたような気がする。だれも頼んでないのに「野党共同推薦なら」といった石田純一にも少しは傾いたような気さえする。都連の松原さんが「古賀さんに出馬要請」を報道で見た、鳥越が手を挙げたら舌の根も乾かないうちに即そちらへ。

 

そして共産党、宇都宮氏には共産党が良く似合う、これまで両者のタッグでそれなりの都民の反応もあったのはず。鳥越さんが出ると決まったら今まで2度にわたって推薦してきた宇都宮健児を袖にし野合的推薦となった。

 

鳥越氏、「先の参院選で改憲勢力が3分の2になったので都知事に」と言うのはどう考えてもおかしい、それなら国政に行くべき。また立候補の会見ではジャーナリストの大物?らしくない稚拙かつ無知な発言と行動が目立った。それに体力的なこと、「いま一番調子がいい」とは言うが、激務の都知事をこの人に託した民進党は無責任と言わざるを得ない。都民もそこは分かっているだろうから、老齢かつ病後のこの人にどれだけ票が行くのか。

 

次に自民党、石原さんとか都連のやり方と言うのがよくわからない、今ではバリバリの自民党員が手を挙げているのに、要領を得ない対応で、あえて無所属で官僚出身の増田氏に。「政治とカネの問題でまた週刊文春などにやられたら」と言うのがあったと思うが、それにしても自民党はなぜこうまで小池さんに冷たいのか。党を渡り歩いて、常に陽の当たる場所にいたことに嫉みや、やっかみがあるからなのか、地位とかに対する嫉妬心は男の方が強い。。

 

増田氏、県知事の経験や実務能力を言うが、世界有数の巨大都市東京のトップに求められているものとはちょっと違うような気がする。やはり東京都知事は実務能力よりも大きな発想力がある人が求められる、官僚的な人では面白くないし魅力も感じない。

 

小池氏、いつごろからか、都知事選はぎりぎりまで表明をしない「後出しじゃんけんが有利」といわれているのに、あえて一番に手を挙げた小池さんは勇気がある(小泉元総理)し華がある。都知事として相応しいと私は思うのだが。












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おもいつくままに№168  2016年7月    

イギリスの選択は、正しかったのか?

 

23日に英国で行われた欧州連合(EU)を離脱するか、残留かについての国民投票で、離脱派が約1,740万票(51.9%)を集めて勝利した。残留派は約1,600万票(48.1%)だった。

私自身は残留派が勝つと思っていたので、残念だし、信じられない思いもする。これほど英国人はEU嫌いだったのか。

 

投票の翌日(6/24)午前、仕事で大阪へ出る電車の中、タブレットで「株と為替の動き」を見ていた。前日までのさる調査機関の調査では残留52%、離脱48%、との予想で東京市場株価は高値で始まった。そのうち一部の地域で開票が始まり離脱派がリードと言うことで円高株安、そのうち残留派の多い地区の開票がまだだということで戻したり、いろいろのニュースが流れ、株と為替はジェットコースターのごとく乱高下。

 

巷間いろいろ言われていたが、私の思いはイギリス人といえども「銭の損得」を考えている人は多いはず、まあ、残留派が負けることはないだろうとたかをくくり、持ち株は「そのまま」と決めて開票の進むのを待った。離脱の可能性から下げていた日経もこれを機会に戻し、年末18,000円ぐらいはあるかも」とたかをくくっていた。鶴橋に着いて目的の会社がある蒲生4丁目に向かった。

 

商談の後、この会社近くの旨いラーメン屋(焼き飯も旨い)へご一緒し、糖尿には一番いけないラーメン+焼き飯(半チャン)を注文。社長と別れてタブレットを見たらなんと離脱派が勝ち、為替は一時99円台。この日の日経平均終値は1,286円安の15,000円割れの大幅安となってしまった。私の選んだ株どもも、枕を並べて討ち死にとなり、長期塩漬けがほぼ確定した。それにしても日本の株はなぜこれほど売られ過ぎるのか、我が国の経済にまでそれほど影響があるとは思えないのだが。

 

今回イギリスは国民投票で離脱派と残留派で英国は大きく2つに割れた。

残留派を率いたキャメロン首相は10月の保守党・党大会をめどに辞任することを表  明した。

今回の国民投票の結果ほど「予想がつかない」と言われた選挙はないといってよい。

複数の世論調査では離脱派と残留派の意見が拮抗した上に、これまでのような総選挙と違い、過去の結果と比較しながらの判断ができなかったからだという。

 

残留派は高い教育を受けた人、国際的な経験があってグローバル化の恩恵を受ける人、高収入がある人、そして一部の若者層。一方 離脱派はグローバル化の恩恵を受けない人、それほど教育程度の高くない人や労働者階級の、そして一部の高齢者という形に割れたことから、まさに階級の差が出たのだという。

 

離脱の場合、今後下院でこの問題を議論する見込み。

離脱交渉を開始するために、リスボン協定(EUの基本条約)の第50条を発動させると、2年以内に交渉を終了する必要があるという。 いま離脱に反対する人々の署名がかなりのものとなっており、この2年の間に「再投票」と言うこともあるかもしれない。

 

米国の大統領選でトランプが出てきたのは仕方がないとしても、英国ではせんでもええ国民投票をやってしまった。まあ、キャメロンの読みの浅さというか、国民がよもやこんな選択をするとは思わなかったのだろうが。

 












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おもいつくままに№167  2016年6月  

タックスヘイブンとセコすぎる舛添問題

 

2016年4月、パナマ文書問題が衝撃的に報道された。

2001年か2年ごろ、仕事の関係でケイマン諸島という文字を目にしたことがある。それはある会社にいたとき証券がらみ(とばし)で問題あった子会社のことを調べているうち、その会社の設立がケイマンで行われていたことが分かった。「タックスヘイブン」と言う言葉も知ってはいたが、この時直面することとなった。

 水が低きに流れるごとくマネーの動きに堰を作ることは難しい。現代の国際金融取引においては、租税負担の軽減を目的として、多くの資金がタックス・ヘイブンを経由して動いており、もはや企業の競争力維持のために必要不可欠な存在であるとさえ考えられている、税金のない国で税金払わないのは合法ではある。

 

出るはずのない企業や経営者、国の首脳の名前まで出てきたのだから驚きである。

パナマの法律事務所によって作成された租税回避行為に関する機密文書。1970年代から作成されたもので、総数は1150万件に上るといわれる。いったん整理して今は別の会社になっている前出のあの会社の名前もあるのだろうか。

 

税率の低い(あるいは無い)国や地域に実体のない子会社を設け、利益を移して税負担軽減を狙う目的に使う企業も少なくない。文書にはオフショア金融センターを利用する21万4000社の株主や、取締役などの詳細な情報が書かれている。これらの企業の関係者には、多くの著名な政治家や富裕層の人々がおり、公的組織も存在するらしい。

 

合法であっても、国家の税金を徴収する側の首脳の名前まででたからその国のマスコミも国民もおさまらない。プライムニュースだったか出演した識者の話で数字の記憶は定かではないが、税逃れの金額は(諸説あるが)、世界で300~500兆円、日本でその10分の1として30兆から50兆円ぐらいあるのではないか」と言っていた。これらの税逃れ資金を捕捉できれば、消費税増税など必要ないともいえる金額である。また世界中の税逃れ資金に課税できたら最貧国の飢える人たちの救済など有効に使うことができるのではないか。

 

2016年5月、またしても週刊文春。湯河原公用車報道を発端に都知事のセコすぎる公私混同問題がマスコミを賑わすこととなった。最初のころは「公用車使用?、ちょっとぐらいええやないか」と感じたし、『マスコミは例によってまた、海外出張のファーストクラス使用がどうとか、ホテル代が高いとか。「大東京の首長やねんからそれぐらい、ええんちゃう」』と思っていた。

 

その後のマスコミの徹底した調べ(ここまでやるか)で、正月に行った家族旅行の宿泊費をホテルの部屋で「大事な会議をした」とか、値上がり目的の絵・掛け軸などの美術品や漫画本を購入して「資料代」と称したり、世田谷区の自宅に毎年多額の事務所費を支出したり…。セコすぎる「公私混同とその言い訳」に、私の腹の虫もおさまらなくなってきている。


 自分が選んだ 「厳しい第三者?の公正な目」はどういう結論を出すのだろうか。

最終的にはモラルの点で問題あっても「違法」との結論にはならないのだろう。

「大東京の将来図」なんて言っていたが、こんだけセコい人物がそんなもの描けるはずがない。オリンピックが迫っているし、選挙したらまた金がかかる、今度推薦した人が落ちたらそれこそ政府自民党のメンツ丸つぶれ。石原さんの後のあの人、今の都知事よりよっぽどいい、いや最適やった。「5000万円カバンに入れなかったら」と条件が付くが。

パナマ文書と舛添問題、税金逃れと税金私用使い、似たようなもので「違法ではないから」では済まされない。












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おもいつくままに№166  2016年5月 
 

戦後70年、敗戦から復興を果たした日本
そこには復興を後押しした5人の
キーパーソンがいた。Ⅳ  
松下幸之助
          (前月「エンターテイメント」からの続き)

私が契約社員で再入社した銀行で、パナソニック出身の人とビジネスマッチングの仕事で机を並べたことがあった。他の会社を卒業した人もおり、我々はみな相手の会社を「御社」と言った、だが彼の電話では「お会社さま」。

 この言い方には当初は少し違和感を覚えたが、彼の誠実な勤務態度といい、この「お会社さま」という言い方といい、やはり人には長く育った出身企業の「会社柄」が出るのだろうと感心したことがあった。経営の神様松下幸之助さんの「仕事に対する取り組み方や、お客様を大切にする気持ちの影響がこの人にも現れているのか」と思ったものである。 

私が銀行のあと転籍した家電量販の社長は、当時NEBAの会長をされていた。NEBAとは今はもうないが日本電気大型店協会という業界団体。当時ヤマダ・コジマ・ヨドバシなどはこの団体に入ってなく、いわば家電業界のアウトサイダーだった。幸之助氏は「これらの電器屋には売りたくない」と頑張っていたと聞いた。メーカー主導で販売体制を確立していたナショナル電器(当時)としては、仁義なき安売りで業界秩序を乱してほしくなかったのだろう。

 これまで大企業は別として多くの経営者に会う機会があった。会社員として入り事業を拡大したり、経営の危機を乗り越えた中興の祖と言われる経営者も偉いが、大小にかかわらずオーナー社長は雇われ社長より偉い、創業者はもっと偉いと私は思った。

 その「偉い」をすべてもち、一代で世界的メーカーに育てあげたこの人ほど「偉い」経営者はあまりいない。 
 
 松下幸之助、1894年11月27日―1989年4月27日。パナソニックを一代で築き上げた経営の神様。和歌山県出身。創業は鶴橋でソケットの製造販売、事業拡大で野田の大開町で松下電気器具製作所を創業。

 私が銀行の支店で4年間、肌着の会社で3年間計7年も勤務した地、大阪福島野田阪神近くにある小さな公園に記念の碑があって、野田へ行ったときにはたまに寄る。 

主な著書・関連書籍に「松下幸之助成功の金言365」「松下幸之助から未来のリーダーたちへ」「松下幸之助「一日一話」 仕事の知恵・人生の知恵」「松下幸之助夢を育てる」「松下幸之助の哲学 いかに生き、いかに栄えるか」「松下幸之助経営回想録」「松下幸之助若き社会人に贈ることば 自分の幸せは自分でつくれ」「松下幸之助 人を活かし育てるプロの教え」「松下幸之助日々のことば 生きる知恵・仕事のヒント(上・下)」「松下幸之助 私の行き方考え方」「松下幸之助発想の軌跡 経営の道・人間の道」「松下幸之助・経営の真髄」「松下幸之助散策・哲学の庭」「松下幸之助の予言 三度の不況を乗り切った日本人の信念」「松下幸之助は語る 情熱がなければ人は動かん」「松下幸之助が今の時代に伝えたいこと」「松下幸之助に学ぶ経営学」など多数。 

 

松下幸之助の名言集より

失敗の多くは、成功するまでに
あきらめてしまうところに、原因があるように思われる。
最後の最後まで、
あきらめてはいけないのである。

石の上にも三年という。
しかし、三年を一年で習得する努力を
怠ってはならない。

いかにすぐれた才能があっても、
健康を損なってしまっては
十分な仕事もできず、
その才能もいかされないまま
終わってしまいます。

では健康であるために
必要なことは何かというと
栄養であるとか、
休養とかいろいろあるが、
特に大切なのは心の持ち方です。

命をかけるというほどの熱意を持って
仕事に打ち込んでいる人は
少々忙しくても疲れもせず、
病気もしないものです。

こけたら、
立ちなはれ。

「天は二物を与えず」と言うが、
逆に「なるほど、天は二物を与えないが、
しかし一物は与えてくれる」
ということが言えると思う。

その与えられた一つのものを、
大事にして育て上げることである。

すべての人を
自分より偉いと思って仕事をすれば、
く大きな仕事ができるものだ。 

現在与えられた今の仕事に
打ち込めないような心構えでは
どこの職場に変わっても
決していい仕事はできない。

たとえ平凡で小さなことでも、
それを自分なりに深く噛みしめ味わえば
大きな体験に匹敵します。
とにかく、考えてみることである。
工夫してみることである。
そして、やってみることである。
失敗すればやり直せばいい。

どんなに悔いても
過去は変わらない。 
尽くすことである。

人の心は
日に日に変わっていく。
そして、人の境遇もまた、
昨日と今日は同じではないのである。
悪い時が過ぎれば、
よい時は必ず来る。

おしなべて、
事を成す人は必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、
静かに時の来るのを待つ。

人類の生命は無限。
だからその未来は無限。
だから、まだまだお互いに
進歩しなければならないのである。

冷静ほど、
大事なことはないのである。

失敗すればやり直せばいい。
やり直してダメなら、もう一度工夫し、
もう一度やり直せばいい。

知識はなくてもいいんや
熱心ささえ
誰にも負けなかったら
必ず道は開ける。












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おもいつくままに№165  2016年4月 
 
「保育園落ちた日本死ね」「女性にとって大切なことは、子どもを産むこと」
   
東京都杉並区の田中裕太郎区議(40)のブログが「炎上」。     2016年3月13日のブログで、「保育園落ちた日本死ね」と書いて話題になった匿名ブ ログを、「便所の落書き」、「『死ね』というほど日本が嫌なら、日本に住まなければ良い」と語った、ワイもそう思う。日曜日、テレビに出 て「日本が悪い」ばかり言うあのウーマンリブの左翼おばはんと一緒にどっかの国に行ったらどうや。
 

   また、田中議員はブログで、5年前の震災で2万人近くの人が命を落としたにもかかわらず、よくも「日本死ね」などという暴言を思いつくものだ、などと書いた。「日本死ね」などと書く不心得者や、そんな「便所の落書き」をおだてる愚かなマスコミ、そうしたことにいちいち振り回されている政治家を愚かだと憂いた、まったく同感。

このブログの内容どこが悪い、「よくぞ言った」。
 

ところがアホのマスコミめは、「お金がないんだからしょうがないでしょー!」とか、「保育園入れないから、子供産めない」と言う巷の女性にインタビューして、いかにも弱い者の味方のように、この区議を追い掛け回して問いつめる。こっちの方がよっぽど被害者であろう。 

(少し前にあった)大阪鶴見区の中学の校長さんの発言に対してもそうだ。 

  鶴見区の市立茨田北(まったきた)中学校の2月末の全校集会で「女性にとって最も大切なことは、子どもを2人以上産むこと。仕事でキャリアを積むこと以上に価値がある」などと発言した寺井寿男校長(61)が12日、朝日新聞の取材に応じ「人口が減るなかで、日本がなくならないためには女性が子どもを産むしかない。間違った発言とは思わない」と述べた、間違ってないよ。
 

それに対してやはりマスコミは、子供を産めないという事情をもった女性をインタビューして、「教育者としてあるまじき発言」などという。大阪市教委が「不適切な発言」と懲戒処分を検討とか、あほらしくてものが言えない。

そりゃー子どもを産まない選択肢も当然あるし、産めない事情の人もいるだろう、そのことと校長が言ってることは違うのである。若い中学生に「将来、女性として子供を産み育てることの重要性」、を教えるのは決して悪いことではないと思うのですが・・・。

有識者会議に出てくるおばちゃんとか、出世したキャリアウーマンたちは声を揃えて「働く女性が働きやすい環境づくりが大事」というが、現在、20代の女性の過半数は「働くよりも専業主婦になって子供や家族と過ごしたい」と願っていることが、正式な調査で結論が出ているそうです。


多くの若い女性は家庭的で、子供が好きで、どっちかというと、旦那に外で働かせて、落ち着いた専業主婦を望んでいるらしい。

やっぱ、少子化対策は昔のように専業主婦(主夫でもいい)が一番いいのと違うやろ か。












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おもいつくままに№164  2016年3月 

マイナス金利

 2016年2月、長期金利がはじめてマイナスとなった。長期金利の指標(目安)となっている10年国債の利回りが初めてマイナスとなったのである。
 黒田日銀総裁のバズーカ砲第?号、日銀始まって以来のマイナス金利の導入と欧米市場などの株安を受けて安全な国債を買う動きが活発になったからだという。

 金利とは、長かった銀行員生活でずーっとついて回ったものであるが、昭和の終わりごろ、営業店しか経験のない私が、思ってもみなかった資金証券部への転勤で、金利にまつわる貴重な経験をした。 

 それまで営業店の渉外畑を歩いてきた私にとって金利とは、「預金の金利」であり、「融資の貸出金利」がすべてでした。当時、銀行の貸付金利は長・短プライムレートに準じて決まっていた。長期プライムは興銀(みずほの前身の一行)や長銀(破綻して外資→新生)など三長銀と言われた銀行が発行する利付債券の利回りから来ているのは知っていたが、それ以上のことにはあまり興味がなく知らなかった。 

 昭和63年4月、旧い本店の一室、資金証券部に配属された。そこでの私の肩書は「資金証券部次長兼市場営業課長」。市場営業課とは、当時銀行の収益の柱とまで言われた国債のディーリングセクション。そこには東京分室と併せ7~8人のディーラーがいた。 

 この部署では国債や地方債の売買でさやを稼ぐのが主な仕事だったが、ディーラーたちは1日中10インチぐらいの画面に向かって国債を売り買いをしていた、いわゆるディーリング業務である。売買の中心となる10年物国債の銘柄を、冒頭のように「指標銘柄」と言った(今も)。証券会社や銀行のディーラーが世界の政治・経済情勢(ファンダメンタル)から判断して「金利が上がるか、下がるか?」の判断で売り買いをする。私の行ったそこはまさに「金利」そのものを売買する場だったのである。 

 日銀のマイナス金利は、中国経済の急減速やアメリカの金利政策、また地政学リスクなどによる行き過ぎた円高や、世界同時株安などからのわが国経済への影響を考え、行ったものである。 
 地政学リスクと言えば、シリア内戦など中東情勢や、北朝鮮の水爆実験。昔なら有事のドル買いとなるはずが、最近では「円買い」。 

 「長かったデフレスパイラルからやっと脱出できそうになったいま、何とかしなければ、物価上昇率2%の実現はおろか、せっかくのアベノミクスが崩壊しかねない」とのことからの思い切った政策ではある。 

 このサプライズ会見の結果、為替への効果が他の影響もあってか円安とはならず、株価は一時上昇したもののその後は一進二退、いまのところうまくは行っていない。

 いま、銀行の貸出金利を聞いて驚く、事業融資がとっくに1%を割っているのは知っていたが、住宅ローン金利が0.5%だとかの新聞記事には驚くほかない。私の中の預金金利は定期預金5.5%のまま止まっており、貸出金利は金融引き締め時の9%を思い出す。

 預金利息に下げる余地はないし、リスクをとって貸してもこんな金利では収益が上がるはずがない。脳無い銀行はやはり手数料収入などの増加に走るのだろうが、いまこそ銀行はリスクを厭わず将来有望なベンチャー企業を育てて欲しいものであり、これこそが銀行の使命である。この分野なら金利もとれるはずであるが・・・・ただそういう融資のできる行員を育てるのは大変だろうが。 












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おもいつくままに№163  2016年2月 

嵌められたか 甘利とカネの問題

甘利明経済再生担当相(66)=衆院神奈川13区=は28日夕、内閣府で記者会見し、週刊文春が報じた金銭授受疑惑の責任を取って辞任すると表明した。甘利氏はこれに先立ち、安倍晋三首相に辞意を伝えた。首相は平成28年度予算案など重要法案の審議や今夏の参院選に影響を与えかねないと判断した。野党は首相の任命責任への追及を強める構えだ。(産経新聞)  28日Yahooニュース速報

 28日の会見をLiveですべて見ていたが、「ちょっとした脇の甘さ」がこれだけの大事になってしまった事の悔しさが垣間見えた。甘利さんの涙には同情するにアマリある。

 

 SMAPやベッキーのことなど、どうでもいいことでこれほど騒ぎまくるマスコミに毎度ながらあきれていた。「それだけ日本が平和ということか」と思っていた矢先。 今回の甘利氏のニュースには「ビックリポン」、我が国にとってちょっと困ったことに。

 

「政治とカネ」の問題は尽きないが、どうでもよい議員なら「またか」で済まされる。ただ今回のことはアベノミクスの推進役という重要大臣で、安倍さんにとっては菅さんとともに一番大事な人。TPP交渉など今迄のタフな仕事ぶりには、首相はもちろん、我々国民にもかなりの信頼感を持たせてくれた。

 この重要閣僚に「何かの力が働いた?」となると、事の根が深いようにも思える。 この国には「国益を良しとしない何かがある」と思えてならない。

 

2016年1月20日 – 衝撃告発「私は甘利大臣に賄賂を渡した!」(週刊文春)。 TPP問題の大事な時、 タイミングが良すぎ(悪すぎ)、何らかの力が働いた可能性も。

 

元週刊文春編集長花田紀凱氏はこう言っている

このスクープ、ちょっと気になる点がないでもない。

一つは告発した総務担当という一色武なる人物は実名を出しているが、会社名が匿名ということ。それと秘書とのやりとりを録音したり、毎回記録を残し、渡した現金のコピーを取るなどあまりに用意周到なこと。普通、ここまでやらないだろう。一色武なる人物の経歴が知りたい。もしかしたら、警察関係か。(企業の総務には警察関係者の天下りが多い)。

もう一つは、別件、外国人のビザ申請で清島健一公設第一秘書秘書に20万円渡した時、『週刊文春』の記者を同行させて、写真を撮らせていること。勘ぐれば、そのシーンを撮らせるために、わざわざ金を渡したのではと勘ぐることもできる。

 

    FaceBookにも独断と偏見で言わせてもらったが、田中角さん(好きな政治家なのであえてさん付け)や金丸、小沢ならともかく、金まみれでもないまともな(私にはそう見える)甘利さんや、前の小渕さんなどがこうなるのだったら、国益優先で「大臣任期中は追求禁止」とか、極端な話、記載したかしないかだけで天国か地獄か?の「政治資金規正法」なる法律を変えるしかない。いつもいつもこんな問題で政治が停滞するのだったら。

 共産党はともかく、相手の敵失=国難をよろこんでいる枝野や安住をみていると腹が立つ。私の一番嫌いなのは、「自分は何もできないのに他人の批判をするだけの人」。こんな時、大所高所から政治の停滞を防ぐような「大人の対応」ができる民主党だったら国民も支持するはず。相手のミスでしか得点できないこんな野党なら解党しかないだろう。











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 おもいつくままに№162  2016.1
  
日韓外相会談 慰安婦問題で最終的解決を確認

日本と韓国の外相会談がソウルで行われ、慰安婦問題を巡って、日本政府は責任を痛感し、安倍総理大臣が、心からおわびと反省の気持ちを表明するとしたうえで、日韓両政府は韓国政府が設置する財団に日本政府の予算からおよそ10億円の資金を拠出し、元慰安婦への支援事業を行うことで合意しました。また、両政府は、この問題が「最終的かつ不可逆的に」解決されたことを確認しました。  9 NHK NEWS WEBより

「ひろ坊のコメント」

我が国がこれほど譲歩したというのに、韓国世論は「不満」だと!。両国が歩み寄るためには「多少の譲歩も止む無し」とは思っていたが・・・・。各国にある「慰安婦像」を撤去するのが一番重要、少なくともこれだけは呑ませるべきだった、いやこれだけは譲れない。各国へ悪口言いふらし、失礼な態度の数々、謝ってほしいのはこっちだ。

韓国文化は嫌いではない、料理も旨い、韓流ドラマにはまったこともあった。しかし李明博×竹島以降「飲み屋」だけが目的で一度だけ行ったが、韓流ドラマは一切観てない。気持ちよく行き来できるように、あとは韓国の出方次第。 

 2015年逝った人々

名前

死亡年月日

生年

職業など

コメント

吉行あぐり

2015.1.5

1907

美容師

吉行淳之介・吉行和子の母、100才を越えて

も矍鑠としていたハイカラおばあさん

石井光三

2015.1.6

1931

芸能プロ

タレントから事務所(強烈な個性の)社長に

矢吹 健

2015.1.19

1945

歌手

あなた、あなた、あなた あなたのブルース

斉藤 仁

2015.1.20

1961

柔道9段

オリンピック金メダル6個、東京はそっくりの

息子に期待。

陳 舜臣

2015.1.21

1924

歴史小説家

台湾→中国→1990日本国籍

10代目     

坂東三津五郎

2015.2.21

1956

歌舞伎俳優

八十助→三津五郎、映画「武士の一分」

ドラマ「功名が辻」など。若い、残念

四島 司

2015.2.23

1925

銀行家

福岡シティ銀行元頭取、私の記憶では同銀行の

中興の祖

辰巳 ヨシヒロ

2015.3.7

1935

漫画家

手塚治虫文化賞大賞受賞

汐月弥栄子

2015.3.8

1918

茶道家

著書で「冠婚葬祭入門」が大ヒット

3代目

桂米朝

2015.3.19

1925

落語家

人間国宝、弟子にざこば、枝雀がよかった

三條 美紀

2015.4.19

1928

女優

カミさんの父がファンで、名前の一部をとって

つけたと聞いた

愛新覚羅溥任

2015.4.11

1918

愛新覚羅溥儀の実弟

清朝ラストエンペラー新覚羅家の4男、こんな

に生きていたんや

小島 功

2015.4.14

1928

漫画家

色気あるカッパの絵、黄桜のCMが懐かしい

愛川欽也

2015.4.15

1934

俳優・タレント

きんきんと言えばうつみみどり、そしてトラッ

ク野郎のヤモメのジョナサン

加瀬 邦彦

2015.4.20

1941

作曲家

ザ・ワイルドワンズ リーダー

船戸 与一

2015.4.22

1944

小説家

この人の本を見つけたのは4~5年前、「猛き

箱舟」迫力ある小説だった、ボクと同い年、もう少し

生きてほしかった

萩原 流行

2015.4.22

1953

俳優・タレント

ようわからん死に方だった

谷 桃子

2015.4.26

1921

バレリーナ

日劇ダンシングチーム→谷桃子バレエ団

滝田 裕介

2015.5.3

1930

俳優

準主役というか脇役で多くの栄華やドラマに

 

野村 孝

2015.5.5

1927

映画監督

日活で活躍、好きだった裕次郎の「夜霧のブ

ルース」や、吉永小百合の「いつでも夢を」な

どを監督

宮崎 剛

2015.5.22

1928

プロ野球打

者・監督

1940大阪タイガース、大洋コーチ・監督

富田 勝

2015.5.26

1946

プロ野球打者

全球団から本塁打

今 いくよ

2015.5.28

1947

漫才師

千日前の会社にいたころ昼飯屋でよく出会っ

た。ボクにとって女性漫才は「いくよ・くるよ」で、

終わった。

今井 雅之

2015.5.28

1961

俳優

まだ若い、亡くなる前のTVインタビューは

痛々しかった

小泉 博

2015.5.31

1926

俳優・司会者

元NHKアナウンサー、東宝のゴジラ映画、サ

ザエさんのますおさん役など

町村 信孝

2015.6.1

1934

自民党政治家

文科大臣などを経て第75代衆議院議長

横井 弘

2015.6.19

1926

作詞家

心の窓にともし灯を・川は流れる・下町の太陽・

虹色の湖・ネオン川。夕焼雲・

貴ノ浪 貞博

2015.6.20

1971

音羽山親方

大関貴ノ浪

エフゲニー・プリ

マコフ

2015.6.26

1929

ロシアの政治家

第3代ロシア連邦首相

大竹 省二

2015.7.2

1920

写真家

女優など人物のポートレート写真が多い

田邊 誠

2015.7.2

1922

社会党委員長

日本社会党→社会民主党→民主党

中邨 秀雄

2015.7.3

1932

吉本興業社長

アチャコや大村崑のマネージャーなどを務め林

正之助会長の死で社長に。

岩田 聡

2015.7.11

1959

任天堂社長

任天堂第4代社長、オーナー山内氏に実力を買

われ社長に、ニンテンドーDSなど世に送り出

藤岡 和歌夫

 

2015.7.13

1927

広告プロデュ―

サー

電通退社後、「ディスカバー・ジャパン」をプ

ロデュ―ス。山口百恵「いい日旅立ち」

堀場 雅夫

2015.7.14

1924

堀場製作所創業者

「ピッツコン・ヘリテージ・アワード」を米国

人以外で初めて受賞

高橋 一三

2015.7.14

1946

プロ野球投手

巨人→日ハム 通算167勝、いかり肩で「え

もんかけ」などと言われた

川崎 敬三

 

2015.7.21

1933

俳優

大映で長谷川一男なきあと、二枚目で大女優(山

本富士子・若尾文子など)と共演

加藤 武

2015.7.31

1929

俳優

文学座代表、最近まで釣りバカなどによう出て

いた

阿川 弘之

2015.8.3

1920

小説家・随筆家

読んだのは「日露戦争」「山本五十六」、若い

人にとっては「阿川佐和子」の父上

山口 鶴男

2015.8.3

1925

日本社会党議

社会党→社会民主党、村山内閣の総務庁長官

花紀 京

2015.8.5

1937

吉本新喜劇

横山エンタツの二男、活躍していたころ昼の番

組で「吉本新喜劇」よくみたなあ

柳原 良平

2015.8.17

1931

イラストレーター

昔「壽屋」だったサントリーのトリスウイスキ

ーの宣伝を思い出す。同社宣伝部には開高健、

山口瞳がいた

美里 英二

2015.8.20

1941

大衆演劇俳優

大衆演劇、一度行ってみたいとは思うけど

秋田 Aスケ

2015.8.24

1922

漫才師

上方漫才全盛のころ、Aスケ・Bスケ、ダイ・

ラケ、蝶々・雄二、いと・こい、お浜・小浜、

啓助・唄子、人生幸朗・幸子、かしまし娘、漫

画トリオなど数え上げればきりがない

原 節子

2015.9.5

1920

女優

日本映画黄金時代の永遠の処女、小津安二郎や

黒沢作品のヒロインを演じた。突然表舞台から

消えていた。モノクロの映画「東京物語」「め

し」など亡くなってから最近観た。

小中 陽太郎

2015.9.5

1933

実業家

元富士ゼロックス会長、元経済同友会代表幹事

庄司 永建

2015.9.15

1923

俳優

大河ドラマの常連、裕次郎の映画にもよく出て

くる西部警察の刑事係長

塩川 正十郎

2015.9.19

1921

政治家

小泉内閣の財務大臣、塩爺は好きな政治家だっ

た。「母屋でおかゆ」のたとえは有名

ゴーマン美智子

2015.9.19

1935

マラソン選手

日本出身で米在住のマラソンランナー、ボスト

ンマラソン優勝

松原 徹

2015.9.20

1957

労働組合プロ

野球選手会長

プロ野球の労働組合、初代は中畑清

ヨギ・ベラ

2015.9.22

1925

米プロ野球捕手

NYヤンキースなどで活躍、1972年米野球殿堂

入り、

中村 勝弘

2015.9.23

1949

元プロ野球選手・

監督

阪神→オリックス、阪神監督→ゼネラルマネー

ジャー

川島 なお美

2015.9.24

1960

女優・タレント

「私の体はワインでできている」、死ぬ間際ま

で頑張った女優魂には心打たれた。やさしい旦

那がいてよかった。

6代目

宝井 馬琴

2015.9.25

1935

講談師

講談教会副会長などを歴任、紫綬褒章受章

奥西 勝

2015.10.4

1926

死刑囚

名張毒ぶどう酒事件

8代目

橘屋 圓蔵

2015.10.7

1934

落語家

5代目月の家園鏡→橘屋圓蔵

 

熊倉 一雄

2015.10.12

1927

声優

「ひょっこりひょうたん島」「ゲゲゲの鬼太郎」

などの主題歌歌う

香取 環

2015.10.12

1938

女優

ピンク(女優第1号)映画で活躍、「肉体の市

場」

モーリン・オハラ

2015.10.24

1920

米女優

ジョン・フォード作品や、ジョン・ウエインの

西部劇に多く出演

佐木 隆三

2015.10.31

1937

小説家

直木賞作家、代表作「復讐するは我にあり」

深江 章喜

2015.11.1

1926

俳優

小林旭「渡り鳥シリーズ」など日活映画に数多

く出演、ほとんど悪役。

加藤 治子

2015.11.2

1922

女優

3大「日本のお母さん」、望月優子?三益愛子?

古いなあ

安井 健太郎

2015.11.10

1918

プロ野球選手

南海軍グレートリング→阪急ブレーブス

江森 陽弘

2015.11.12

1932

ジャーナリス

朝日新聞→ニュースキャスター

山根 伸介

2015.11.14

1937

コメディアン

チャンバラトリオ

 

阿藤 快

2015.11.14

1946

俳優・タレント

あ、とうかい!

下妻 博

2015.11.15

1937

実業家

住友金属工業→関経連会長

佐藤 茂雄

2015.11.20

1941

実業家

京阪電鉄最高顧問、大阪商工会議所会頭

北の湖 敏満

2015.11.20

1953

相撲協会理事長

55代横綱、優勝24回、一代年寄北の湖部屋、

憎たらしいほど強かった、ほんまに

ケン・ジョンソン

2015.11.21

1933

プロ野球メジ

ャー

1964ノーヒットで敗戦投手

金 泳三

2015.11.22

1927

韓国の政治家

第14代大統領

水木 しげる

2015.11.30

1922

漫画家

ゲゲゲの鬼太郎

平良 とみ

2015.12.6

1928

女優

沖縄のおばあ女優

野坂 昭如

2015.12.9

1930

作家

闇市派作家といわれる、アメリカひじき」「火

垂るの墓」は読んだけど、「おもちゃのチャチ

ャチャ」の詩、この人とは知らなんだ。

半田 孝淳

2015.12.14

1917

天台宗の僧

総本山比叡山延暦寺の大256世天台座主

安藤 昇

2015.12.16

1926

ヤクザ・俳優

安藤組組長から松竹映画「血と掟」安藤昇役で

主演

アルフレッド・ギ

ルマン

2015.12.23

1941

米の科学者

ノーベル生理学・医学賞受賞

 












o161


おもいつくままに №161 2015年12月 

安倍晋三と橋下徹という政治家

2015年も残すところ40日を切った11月22日、大阪ダブル選が行われ、投票権はないものの「気持ち」で「維新」を応援していました。接戦かとおもいきや開票前に「当確」がつくような予想外の大差で府・市とも維新(正式にはおおさか維新の会)の圧勝となりました。

投票内容をみてみると、私のように安倍さんびいきの多くの人も、自民には入れず維新に投票したと思えます。また橋下さんに政治の世界から消えてほしくないとの思いも強かったのではないかと思います。

 いま我が国は久しぶりに、安倍さんというまともなリーダーを得ていると思います。「この国を守る」ということに対し、いままで「タブー」であったことに次々と挑戦していっています。世界にも稀な「国を守れない」憲法や法制、そしてリベラルという名の左翼や偏ったマスコミを変えて普通の国にしたいと思っているのです。

この安倍さんに、橋下さん率いる「おおさか維新」が発展した国政政党、この2大勢力で一気に憲法改正へと進んで行ってほしいと思います。 

産経・FNNの合同世論調査で、「今、日本のリーダーにふさわしい人」の問いに26.1%が安倍晋三首相と答え、他を大きく引き離した。

政界引退を表明しながら安全保障関連法案で、維新の党の対案作りなどを通して影響力を示した橋下徹大阪市長(維新の党最高顧問)が11.9%で安倍首相に続いた。

政党の支持層別では、自民党の56.4%、次世代の党の60%が安倍首相と答えた。民主党の支持層では「ふさわしい人がいない」が44.9%で最多、同党の岡田克也代表は17.3%。橋下氏の名前を挙げた回答者も11.2%いた。

無党派層では「ふさわしい人がいない」が52.6%で最も多く、次いで橋下氏(11.8%)、安倍首相(10.8%)、石破茂地方創生担当相(9.2%)の順だった。 

安倍首相は世界のリーダーに最も相応しい! 米ニュースチャンネル『フォック  ス・ビジネス』やブルームバーグが日本の安倍首相を絶賛!

米ニュースチャンネル『フォックス・ビジネス』とブルームバーグが安倍晋三首相を高く評価する文章を掲載している。フォックス・ビジネスは「世界のリーダーたちは安倍首相のようにあるべきという見出しをつけている

 
安倍首相は世界のリーダーに】
 アメリカが国際的影響力を失った今、このまま世界のリーダーシップが不在というわけにはいかない、とフォックス・ビジネスは報じている。誰かが脱落すれば、代わりの者が必要だ。ロシアのウラジミール・プーチン大統領はわめき散らすばかりで、国内がおろそかだ。中国の習近平国家主席は、国内の不満と増加する中産階級を制御しようとしているがうまくいっていない。また経済大国と言えるまでになってきてはいるが、まだまだ。


 同メディアが世界の次期リーダーとして指名しているのは、日本の安倍首相だ。ドイツのアンゲラ・メルケル首相よりもはるかに優れた能力を持ち、イギリスのデーヴィッド・キャメロン首相よりも重要な存在だという。 

 また、ドイツとイギリスの与党は力が弱まっているが、安倍首相の率いる自由民主党は、今現在勢いがあり、精力的に活動している。これは何より安倍首相の活躍に負うところが大きいと指摘している。

「安倍は世界のリーダーシップをとれる」と的確で素早い行動力を米メディアが絶賛。

 










o160


おもいつくままに№160 2015年11月 

ミャンマーという国

「ビルマの土は赤い、岩もまた赤い」、昭和31年(1956)日活映画「ビルマの竪琴」のトップシーン。吉野の山奥にあった中学校の体育館で上映された映画のこのシーンだけは何故か今も覚えている。まだカラー映画が世に出ていない当時としては当然のモノクロで監督は市川昆、主演俳優安井昌二の兵隊姿や竪琴と肩にインコの坊さん姿、北林谷栄が演じる現地人の物売りおばさんなどがまぶたに浮かぶ。その後1985年に同監督が中井貴一主演でもう一度メガホンをとっている。

異国の地で屍となった多くの同胞を弔うため出家し、僧となった主人公の水島上等兵が隊員の仲間から姿を消す。熱望していた帰国の日が迫ったある日、「彼の行方を探していた隊員の耳に涅槃仏の体内から竪琴を奏でる音が聞こえる」というシーンが感動的である。

 映画のためか、私にとってビルマという国には他の東南アジアの国々以上の親近感は抱いていたが、行くことになるとは思っていいなかった。

この映画、名画だったと思うが、竪琴と肩のインコについて、戒律で楽器の演奏が禁じられていることや、動物の殺生を禁じているため、そのようなスタイルというのはありえないらしい。ただ、水島兵のモデルは、ビルマで終戦を迎え、復員後僧侶になった群馬県の住職がそのモデルだったともいわれている。

ここでは映画の感想が目的ではないので、初めて訪れたこの機会に、ミャンマーという国について思ったことを書いてみたいと思います。

この国は非常に親日的な国で、我々日本人としては住んでいる人にとっても、訪れている者にとっても心地良い国だそうですが、旅行していても何となくそれが分かるような気がしました。

とはいえ、1824年に始まるイギリスとの戦いで徐々に領土を減らし、イギリスの植民地(1886)となり、その後、日本がこの国を占領していた(1942-1945)こと、またこの国の国軍成立に大きく日本が関わったことなどは、忘れてはならないことだと思います。また、イギリス・日本と続く占領時代に受けたビルマ人の心の傷は大きく、外国(日本も例外とはいえない)に対する不信感が根強く残っていることは事実だと思います。

この国を旅行して思ったことは、台湾やベトナムなどにくらべて「バイク」や「三輪」、タイの「トゥクトゥク」のような乗り物が少なく、主要道路には自動車が圧倒的に多いことでした。調べてみると、数年前までは年代不詳の旧式の自動車ばかりで、エアコンなし、内装・外装ともボロボロといったものが普通で、ヤンゴンの幹線道路はさながら自動車の歴史を表わすかのような博物館状態だったらしい。

ところが、2011年9月に、中古車輸入の自由化が進められ、ヤンゴンの自動車事情は、わずか1年半の間に一変したとのことです。結果、今月のエンターテイメント、ミャンマー紀行Ⅱに書いたように、いまや90%が日本車で、そのまた9割以上がトヨタというようなことになったらしい。市内で阪急バスが走っていたことも述べましたが、ヤンゴンの公共交通手段の主役であるバスも、日本から輸入され、元の塗装のまま走っていました。
 

この国は、かつてのビルマ式社会主義による事実上の鎖国状態と、その後の軍事政権の民主化抑圧に対する国際社会からの制裁のため、約50年にもわたって世界経済からほとんど隔絶されたような状態にあった。アウンサンスーチーさん(生家を見てきました)が長い間軟禁状態にあったことは周知のとおりである。しかし、文民政権成立(2011)後に、欧米諸国の対ミャンマー制裁が緩和されたことを契機に、ミャンマーは、一躍、アジアのラスト・フロンティアとして脚光を浴びるようになりました。 

文民政権のもとでの経済開放・自由化や外国企業の対ミャンマー投資拡大などを追い風に、ミャンマー経済は高成長を続けており、足元の成長率は中国を上回りアジアでもトップクラスの高さであるという。(経済特区なども見てきたかった) 

また、対外関係正常化と経済自由化を受けて、ミャンマーの消費者心理が高揚しており、私たちが行ったヤンゴンのイオンと言われているショッピングセンターには、ピカピカの新車(日本車ではなかった)も展示されていたし、ファッション、食料品などいいものがあふれていた。

 前述のとおり日本製中古車の販売が急増し、スマートフォンの普及も急速に進むなど、個人消費が急拡大している。また、外資系企業のミャンマー進出増加を受けて、私たちの観光ではあまり感じなかったが、ヤンゴン市内では新たなオフィスビルやホテルの建設ラッシュだそうである。 

約5,800万人の人口を抱え、低廉で質が高い労働力と豊富な天然資源を有する一方で、その政治体制などから経済発展で遅れをとっており、都心から遠い農村部をバスで走っていると、広大な田んぼの中に藁ぶき屋根の家があるものの電柱が見当たらず、まだ電気も来てないところがあるのを目の当たりにしました。 

戦時下ではあったがミャンマー独立実現にかかわった歴史や1968年から20年間の円借款供与などの経済支援を背景に、ミャンマーと日本は、ある意味相思相愛の仲であったが、1988年の軍政以降欧米に倣ったため関係が遠のいていた。このため最大の債権国でありながら、近年では中国や韓国に経済進出で遅れをとっていたらしい。我が国にとって無視できない国であり、今こそこの国の発展に手を差し伸べる時だと痛感している。国民性からどこかの国(2国)のように恩をあだで返すようなことはないと思います。

 












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おもいつくままに№159 2015年10月 

安保法案可決と、共産党提案の国民連合政府

 

1、今国会で最大の焦点となっていた安全保障関連法は9月19日未明の参院本会議で、与党の自民、公明両党、野党の元気、次世代、改革3党などの賛成多数で可決、成立した。  

 安保関連法の成立により、従来の憲法解釈では認められなかった集団的自衛権の行使が可能になる。戦後日本の安全保障政策は、歴史的な転機を迎えることになる。(中略)  安保関連法は、自衛隊法など既存の法律10本をまとめて改正する一括法「平和安全法制整備法」と、自衛隊の海外派遣を随時可能にする新たな恒久法「国際平和支援法」の2本からなる。     

 2、共産党は、安全保障関連法の廃止を旗印にした野党の選挙協力について、大型連休明けに民主、維新、社民、生活の4党などへの呼びかけを始める。
 読売新聞社の試算では、仮に来年夏の参院選で選挙協力が実現すれば、新たに1人区となる選挙区を含め、七つの1人区で野党候補が自民を逆転することが分かった。ただ、他の野党には共産党が目指す「国民連合政府」構想に慎重意見も多い。(YOMIURI  ONLINE)

    今回の法案成立までの民主党の態度やマスコミの報道にはうんざり。「戦争法案」などといいふらし、徴兵制度復活などありえない恐怖感をあたえ、民衆をたぶらかした罪は大きい。共産党や絶滅危惧種の社民党が言うのならわかるが、一度は政権の座にあったこの政党が、対案も示せず、ただ、ただ批判だけするというのは許せない。しかも総理や防衛大臣に対するあの態度はなんだ、一国の首相に対する態度か。ワイが首相やったら「黙れ無礼者!お前に何がわかる」と一喝するだろう。

  まあ、与党も説明不足というより、野党が「戦争法案」というのなら、もっと分かりやすい表現で「平和維持法案」とでも言い表した方が良かったのかも知れない。

 国会開催中もそのあとも、連日多くの人たちがデモに参加していたようですが、多くはそういうプロ的な奴らなんだろうが、テレビに映るのは軽いノリで参加する人や、子供を戦場に送りたくないなどとわけのわからんことを言う一般の人ばかり。また多くの法案賛成派の意見はほとんど映さない。マスコミというものは、なんで自国の国益に反することばかり報道するのか私には理解できない。

  左翼政党やマスコミが信奉する憲法第9条について、百田尚樹が「大放言」という本の中でこう言っている。『もし他国が攻めてきたら9条教の信者を前線に送り出し、他国の軍隊の前で、「こっちには9条があるぞ、立ち去れ」と叫んでもらう、9条の威力が本物ならそこで戦争が終わる』・・・・と。

  野党共闘で大注目だった民主・岡田代表と共産・志位委員長の党首会談。両者は今後も話し合いを続けるとは言うが、25日の第1回は岡田代表が慎重論を唱え、「不調」に終わった。
 共産の提案は、来夏の参院選と次期衆院選での選挙協力と、暫定的な「国民連合政府」の樹立。いずれも目的は自公から政権を奪取して、安保法を廃止に持ち込むことのようだ。

これに対するインタビューで(数少ない)まともな民主党議員長島氏は 、「そこまでおちぶれてはいない」と切って捨ててい たのが印象的。も う一人のまともな人前原氏は最近とみに影が薄い、どこ行ったんやろ、 何人か連れて自民に来たら?。












o158


おもいつくままに№158 2015年9月 

終戦70年、安保法案と安倍談話

8月はお盆と終戦の月、「8月15日」にまつわる言葉について思いつくママ順不同に挙げてみた。ポツダム宣言受諾、無条件降伏、天皇の玉音放送、零戦、B-29、防空壕、空襲、特攻、広島・長崎、真珠湾、山本五十六、戦艦大和、沖縄決戦、ひめゆり学徒、靖国、闇市、焼け野原、国際裁判、進駐軍、オンリー、マッカーサー

毎年この月はこれらにまつわるドキュメンタリー実写フィルムや映画・ドラマが数多く放映される。ことに今年は戦後70年という節目の年でもあり、かなり多かったように思う。また8月に毎年行われる行事として、広島市平和記念式典、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典、そして戦没者追悼式。(記念と祈念?)

私自身戦前昭和19年の8月27日生まれであるから、終戦記念日は71歳直前であるが、まだ満70歳、戦後何年イコール私の満年齢である。

先に述べたように、テレビではドラマなどで戦争の悲惨さを、これでもかこれでもかと訴えていた。視聴者に「我々の記憶から消してはならない」、「戦争は絶対起こしてはならない」ためには必要なことなのであろう。ただ、マスコミは有識者?や、タレントのコメントなどで、いかにも「安倍政権の進める安保法案がこういった悲惨な戦争に向かっている」というように仕向けているように見えて仕方がない。それがママやおばちゃんたちの「息子を戦場にやってはならない」と、安保法案反対につながっていく。

あっちこっちから憲法違反だといわれ、集団的自衛権行使を可能にする憲法9条の解釈や沖縄の米軍基地移転問題、これからの自衛隊のあり方など、日本の安全保障をめぐりさまざまな波紋が広がっています。

安倍さん、高村さん、髭の隊長、稲田さん、小野寺さんはもちろん、橋下さん(外野かな)、外野席の田母神さんも石原さんも桜井よしこさんも青山さんも百田さんも、決して戦争をしたいなんて思っているはずはない。国会答弁をみていても、何の考えもない左翼議員らは何故あれほど偉そうに、安倍さんや中谷さんらを攻め立てるのか、彼らがいかにも悪いことをしているように。安倍さんは自分の内閣の支持率より、戦争が起きないように、国を守ることを大事に思っているのに。

安倍首相の戦後70年談話は、まあ、どこからみても無難なものとなった。ということは安倍さんの本意ではない部分も多く、私には「多少がっかりの気分と、これ以上支持率が下がってもやりにくいし」という複雑な気持ちではあります。ただ、戦争にかかわりのない子供たち、 謝罪云々・・・・」の部分は、「いつまで謝り続けなければならないのか」ということで、ほかの内閣では言えなかったことを言っていたのではないか。

この月28日早朝、二人目の孫(男)誕生。お盆の日、臨月となっていたヨメと息子とその長男(4歳)3.5人が墓参を兼ねて我が家へ。「9月初めの予定ですが少し早くなりそう」と話していた。「27日ならおじいちゃん(私)と同じになるね」の話になってヨメは、そのときは「我慢して1日ずらそうかな(笑)」なんて言っていたが。

 











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おもいつくままに№157 2015年8月 

あの会社でよかった

  禍福は糾える縄の如し(カフクハアザナエルナワノゴトシ);幸福と不幸は、より合わせた縄のように交互にやってくるということ、幸福と不幸は表裏一体で、かわるがわる来るものだということのたとえ。出典「史記」南越伝から 故事ことわざ辞典より

 人間万事塞翁が馬(ジンカンバンジサイオウガウマ);人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。出典「准南子」人間訓から、故事ことわざ辞典より

 人生何が良くて、何が悪かったのか、棺を蓋いて事定まる(カンヲオオイテコトサダマル)」というのもある。 人が死んで 棺に入り蓋がしめられて、 はじめてその人の評価が決まる。「勝負は下駄を履くまでわからない」ということだろうか。

 最近「あの会社へ入って(入れて)良かった」と思うことが多い。それは71歳を目前にしても私のお付き合いの大部分があの会社、銀行時代の人たちということ。先輩・同僚・後輩に恵まれ、いろんなところで助けてもらった。600人以上登録しているスマホにも、KBがお客様の190件の次に多く130人、KO合わせれば170人にもなる。 

転籍で行った家電量販会社では当初2年間は「毎日が暗黒の日々」であった。そんなとき、年に2回、社員販売キャンペーンがあった、私の存在感を出せるのはこの時だけ、売り上げは毎回目標達成、上位を占めた。古巣の銀行の人たちにどれほど協力してもらったことか。職場(本店・支店)から団体で申し込みを、また私指名で来店でのお買い上げ。いま考えれば社員並価格とは言いながら、大して安くはなっていなかったかも知れない。それでも何も言わず私から買っていただいた。

いままた本など出すことになって、「バカなことを」という人もおられるかと思ったが、大いに協力していただいた。この本のことを伝えてくれた方がいて、現役時代雲の上の人だった大先輩から身に余る感想ハガキを頂いた。私自身ゴルフを辞めて5年以上になるが、OBのコンペで、参加してない私の代わりに、本の宣伝までしていただいた先輩もいる。また後輩には、大阪の中心に開店した1000坪もある大書店のメイン通りに50冊も平積みしてもらった。おかげで8月第2刷発刊の運びとなった。

OBの飲み会を母体とした旅行会、毎年東南アジア中心に関空から旅立っている。いつも10人前後でメンバーの異動はあまりない。旅行会社のツアーで行くので、他の旅行客からよく聞かれる。「あなた方はどんな集まりですか?」、「会社のOBです」と答えるとみんな不思議そうな顔をする。ある人など「信じられない、私らは会社の中でさんざん足の引っ張り合いをしてきたので、飲み会ぐらいは義理で参加しても、寝食を共にするなんて考えられない」という人もいた。

最近は毎年1月が定例となっていたが、今年1月マレーシアへ行ったばかりなのに、9月はじめにはミャンマー行きが決まっている。「何で先進国へ行かないのか」という人もいるが、安いのもあるが、途上国ゆえの楽しさもある。いづれにしても未知の国に対してはいうに言えない期待がある。一昨年カンボジア・昨年インドネシアに次いで今年は(マレーシアと)ミャンマー、これで世界3大仏教遺跡を制覇することになる、楽しみは尽きない。

















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おもいつくままに№156 2015年7月 
沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん

自民党の若手議員が立ち上げた勉強会「文化芸術懇話会」の25日の初会合で、出席議員が、沖縄の地元紙について「左翼勢力に完全に乗っ取られている。沖縄の世論のゆがみ方を正しい方向に持っていく」と発言していたそうです。またこの会のゲスト講師百田尚樹氏は「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん」と発言したとのニュースがありました。私自身沖縄のこの2誌を読んだことはありませんが、「朝日新聞が右翼に見える」とまで言う人がいます。

安倍政権は通常国会の会期を戦後最大となる95日も延長して、安全保障関連法案の今国会での成立を目指していますが、国会での野党の主張やメディアの報道を見ていると、どうも当たり前の事実を置き去りにして安保関連法案の「危なさ」ばかりが強調されているように思えます。

 まず今回の安保関連法案の必要性について考えてみると、国会で野党は「日本には危機が迫っているというが具体的に示せ」と質問していますが、これは数字が明確に示しているのではないかと思います。 ・・略・・ 自衛隊のスクランブルの回数は、2004年度は141回だったものが2014年度には943回と、10年で7倍近くに増え、今や平均すると毎日2.6回です。ちなみに、以前は日本の領空に近づくのはロシア機が最多でしたが、この数年は中国機が急増しています。 

 また、尖閣諸島周辺領海への中国船の侵入も後を絶ちません。平均すると1ヵ月に3回、2~3隻で日本の領海に侵入しており、それは昨年秋に安倍首相が周近平主席と首脳会談した後も減っていません。かつ、一昨年1月、中国艦船が海上自衛隊の艦船に対して火器管制レーダーを照射しました。実際には攻撃こそ実施されなかったものの、ミサイル攻撃の標的にされたのです。

   以上が現実だそうです。   ― 青字は「岸 博幸氏の政策ウオッチ」から抜粋 ―

 

冒頭の懇話会で百田氏は「沖縄2紙を潰さねば」、また「どこかの島が中国に取られれば、目を覚ますはず」とも言っています。私も昨年 8月、「おもいつくままに;自衛隊は飾りか」で憲法改正まで時間をかけていると「尖閣はおろか沖縄までどっかの国にとられてしまっている」と書いています。
 都合のいい時だけ「表現の自由」を持ち出すマスコミと野党は、これらの発言を批判していますが、百田氏は政治家ではないし、国益に反する(ひどすぎる)報道機関に対し自分のリスクであえて過激なことを言っているのです。

   マスコミや左翼はすぐ「戦争のできる国に」とか、「自衛隊員のリスク」とか言いますが、まともな人間で戦争したい者はいないと思います。安倍さんも百田さんも「戦争にならないために」頑張っているのです、それは百田さんの本を読んでもよくわかります。また、自衛隊員が一般の公務員と同じように「なんの危険もない」は、ありえないと思います。彼らの多くはいざというとき身を張って国を守るため、日々訓練を続けているはずです。可能な限り「いざというとき」がないように、しっかりとした安保法制を創り上げるべきだと思います。

   60年安保は高校3年生の時で、当時私自身世の中のことがあまりわかってなく、報道などから「安保は悪いこと」のように思っていました。また70年は東京にいましたが、そのころ「朝日ジャーナル」を愛続、気持ちの中で学生運動にエールを送っていた自分を思い出しています。あれほどの反対(若い人には信じられないくらいの)の中で「安保」を強行した当時の岸首相は、今から考えればすごい先見性を持った指導者だったんだと思います。

 












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おもいつくままに№155 2015年6月  

0510(ゼロゴーイチゼロ)

 

放出にある中華料理店の名前ではなく、我が家のクルマのバックナンバ ーであり、5月10日は私たち夫婦の結婚記念日です。

思い起こせば45年前の5月10日も日曜日で母の日でした。以来16,425日間「 お互いよくもったものである」と言い合っている。

私たちは東京は麹町にあった「(鉄道)弘済会館」で式を挙げました。今のように一流ホテルや、工夫を凝らした豪華結婚式場ではなく、屏風の前のコの字型のテーブルで両家合せて40人ぐらいだったか出席者全員が同じテーブルについての披露宴だったように記憶しています。

 

母の日の起源は20世紀の初めごろ、アメリカに住むある少女が亡き母の追悼に母の好きだった白いカーネーションを飾ったことにあるといわれている。1914年時のアメリカ大統領ウイルソンが5月の第二日曜日に決めたらしい。

 

今年も10日が日曜日となり、結婚45年という節目の年となりました。この頃戦後70年とよく言われますが、私の場合イコール自分の年齢そのものでもありますが、昭和45年、結婚したのは私25歳、妻20歳の時でした。この年、大阪で万博が開かれ、横浜に住んでいた関係で、大阪で旅館・ホテルを探しました。どこも満杯で、仕方なくアベノのラブホテルへ泊まったことが印象に残っています。

 

式当日は吉野郡の田舎から両親や妹夫婦、従兄弟などが数人駆け付けてくれた。東京在住の親戚と、合わせても人数が少ないため、職場の上司同僚などに無理をお願いし、相手に人数を合わせた事が記憶にあります。この日は「母の日」だったこともあり、新郎は新婦の母に、新婦は私の母へカーネーションの花束を贈るというサプライズがありました。その後帰省した時、母が少しぼやいていたことがあった。それは結婚式の日取りから式場、参列者までほとんどすべて私が決めてしまい、あまり相談をしなかったことについてである。

 

「息子の結婚式についてあれこれ考え、悩んだり心配したりすることがなかったのが寂しい」と。こちらは、すべて決まった式へ参列してもらうだけなので「楽」と勝手に思っていたが、母とはそういうものではないらしい。両親は9歳年の差があり、「父の死後、母一人の生活は長いだろう」と勝手に考えていたが、母は60歳で死に、父は94歳まで生きた。逆に父は晩年入院生活が多かったが、25年も一人で生きた。人生とは分からないものである。

 

結婚前後は「か弱い彼女を自分が守らなければ」と思ったものですが、いまはクルマもたいてい彼女が運転、どちらかというと守られている感が強い。45年間ボクのパンツを洗い続け、食事を造り続けてくれたヨメさんに「感謝、感謝」である。10日は地元大和牛の肉屋さんが経営する焼肉店で極上ロースなどを二人で堪能した。

私たち夫婦は両親ほど齢の差はないが、私の方が先に死ぬことを勝手に決めている。これだけは順番が狂うことがないように願いたいものです。

 












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おもいつくままに№154 2015年5月    

ドローン・AIIB・安倍首相 日米会談と首相談話

 

犯人に感謝?

5月22日、総理大臣官邸の屋上で小型の無人機の「ドローン」が見つかった。犯人はそう遠からず捕まるだろうと思っていたが、24日夜、福井県の警察署に出頭してきた。この男(40歳無職)が威力業務妨害の疑いで逮捕された。容疑者は関西電力大飯原発(福井県おおい町)から約5キロの小浜市に住んでおり、自身のブログで原発政策への抗議を訴えていたらしい。 

この事件によって総理官邸という我が国の中枢中の中枢の屋上が、こんなにも無防備だったことに驚くとともに、この国はやはりここまで平和ボケのお人好しであったのかと思い知ることとなった。これが「時限爆弾か何かを積んでいたとしたら」と考えるとゾッとする。また、いま、「安倍さんの身に何かあったら」株価急落など国損が計り知れない、被害はなかったのは幸いである、変な言い方であるが警備のアナを指摘してもらったという意味で、国は犯人に「ありがとう」と言いたいぐらいであろう。 


AIIBに参加すべき

中国が500億ドル規模の新たな金融機関、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立を主導している。ふたを開けてみれば、アジアの小国だけならともかく、なぜこれほど多くの先進国が参加を表明したのか、どうにも解せない。

以下は 高橋洋一(※1)の霞が関ウオッチ

AIIBは、BRICS開発銀行と並んで、欧米主導のIMF・世銀体制への挑戦と受け止められている。中国が両方とも主導している。特に、AIIBでは中国だけで出資の半分を占める予定であり、ガバナンスの点で大いに問題がある。

    具体的にいえば、AIIBの融資について理事会の関与がほとんどない。極端な話かもしれないが、中国トップがある国へのインフラ投資を政治判断したら、AIIBはプロジェクトの採算性などを度外視して融資するようなものだ。

    中国の国内システムは、金利の自由化すらまだ終了していない途上国並みのものだ。そのため預貸利ざやが大きく、収益がたっぷり確保されているので、与信審査も甘く、国内の不良債権は巨額にのぼっていると言われているが、十分な開示はなされていない。

    AIIBは、そのような未熟な金融システムを国際版にまで拡大しようとしているかのようだ。今のままのガバナンスであったら、中国政治家主導による国際融資で不良債権の山ができそうである。

   それにもかかわらず、英独仏伊が参加しようとするのは、あからさまな現実主義である。目先の中国の成長は魅力的であり、中国との関係で実利をあげようとしている。

高橋氏のウオッチに私もまったく同感である。      
       ※1 元大蔵・財務官僚、経済学者で嘉悦大学教授

 

安倍首相訪米と戦後70年談話 

安倍晋三首相は28日、オバマ米大統領とワシントンのホワイトハウスで会談した。自衛隊と米軍の新たな役割分担を定めた「日米防衛協力のためのガイドライン」の再改定を踏まえ、東アジアで軍事的緊張を高める中国をにらんだ連携と、強固な同盟関係を確認。両首脳は、アジア太平洋地域や世界の平和構築に向けた関係強化で一致した。会談に合わせ、戦後70年の節目に「新時代の同盟関係」を掲げた共同声明を発表した。(産経新聞)

久しぶりに海外でのまともな首相ぶりをみて日本人として誇らしい気持ち。

この後は戦後70年の「安倍談話」に関心を持たざるを得ない。

 

安倍晋三首相はBSフジの報道番組で、戦後50年「村山談話」に書き込まれた「植民地支配と侵略」「心からのお詫び」などの文言を戦後70年の「安倍談話」に入れるかどうかについて「同じことを入れるのであれば談話を出す必要はない」との考えを明確に示している。

 

村山談話と河野談話を否定して戦後70年に際しての新しい談話を出すことで、「日本の名誉回復」を図ってほしいと思います。そうすることによって中国も韓国も黙らせたいと思うのですが。












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おもいつくままに№153 2015年4月     

代官山 T-SITE GARDEN

 

3月に入って東京は代官山に行く機会があった。昭和41年だからもう50年近く前になるが、東京支店開店で世田谷に住んだことがあり、カミさんと知り合ったのもここ東京。そのころから代官山という地名は知っていたが行く機会がなかった。

「高級住宅街」ということで、しゃれたブティックや高級な飲食店などがあるところと聞いていたが、若かった私たちには縁がない土地だった。平成8年ごろまでは36棟の同潤会代官山アパートメントがあったのは周知のことで、再開発によって取り壊されたことは聞いていた。ここへ銀行時代同じ支店で仕事をした後輩Tさんが私たち夫婦を1泊2日で招待してくれた。

 

支店次長を経て企画の部署で重要な仕事をしていた彼が、その銀行が合併後しばらくして東京へ転職していった。個人資産の管理運用を目的として、設立した会社に入社。その後代表者となり、収益不動産の保有を中心にその周辺事業でこの会社の業容を拡大していった。

ある土曜日、私たち夫婦は久しぶりの新幹線(のぞみ)で、東京駅ではなくそのころは停まらなかった品川へ降り立った、駅には彼が愛車で迎えに来てくれていた。まずはその車で彼の経営する和食の店へ立ち寄り、こだわりの和ランチをごちそうになり、今回主目的の代官山T-SITEへ向かった。

そのT-SITEの通りでクラシックカーを停めて、ベンチで休憩をされている方がおられた。「銀行時代お世話になった元上司です」と、Tさんが紹介してくれたその方は、かの有名なTYUTAYAグループ総帥でCCC創業社長。気さくに私たち夫婦と写真におさまってくださった。

T-SITE GARDENとは、本・映画・音楽といったカルチュア・コンテンツを中心に豊かな生活を提案 する「ライフスタイル提案型商業施設」。4,000坪の敷地にあった大型商業施設の中の「蔦屋書店」は私の想像を大きく超える「本屋」であった。

それは プレミアムエイジすなわちクリエイティブなセンスをもつ50歳以上の、自分の知性や感性を磨くことでより豊かな日常を創り上げようとする「大人たち」を対象にしているという。土地柄か駐車場には小型自動車や軽自動車は皆無で、高級外車がほとんど。国産で停っていたのはレクサスぐらいであった。

この施設は代官山の旧山手通り沿いにあり、手前に並ぶ3棟の白亜の建物が「代官山 蔦屋書店」、その奥に7つのショップやスペースがあった。代官山周辺は立地上高層のビル・マンションなどは高さ制限があり、1号館から3号館まである書店3棟は2階建、地価の高さから何とももったいない気がする。3棟とも1階は書店で2階1号館は映像ソフト、3号館の2階は音楽ソフトの売り場となっていた。文学はじめ、クルマ・バイク、料理、旅行、などそれぞれのコーナーのコンシェルジュが趣向を凝らした売場づくりを行っており、特に雑誌コーナーの列が長いことに驚いた。

本の種類も相当奥深いものまでそろっており、マニアには垂涎ものもあるという。店内には本を手に取って、コーヒーなど嗜みながら自由に読めるスペースの多いこと。素人考えで「立ち読みよりもっとゆっくり試読できると、売れゆきに影響するのではないか」との質問に、彼は丁寧にその「コンセプト」を説明してくれた。

敷地内には書店3棟のほか、無い映画がないという「映画」、「音楽」。「ラウンジ」「文具」店があり、「スタバ」のコーヒー店やコンビニ「ファミマ」とも融合した何ともしゃれたスペースとなっていた。他にはクリニック(といってもそこらにある医院ではない)有名なドクターがおり、訪れる患者も有名人が多いと聞いた。その他ペットショップ店・電動アシスト自転車屋・写真店などどれも垢抜けたお店ばかり。拙い私の説明よりWebサイトを参照いただいた方が早い。
TSUTAYA-T-SITE で検索      

前出の個人資産管理会社を、売上百数十億を大きく超えるまでに成長させ、代官山や湘南の商業施設を誕生させた彼は、昨年からCCCの副社長にも抜擢されている。案内してくれた蔦屋書店のT-SITEは我々が訪問する前日、英国の皇太子来店の報道のせいもあってか、かなりの人出であった。このあと六本木界隈、六本木ヒルズも案内してもらったが、代官山の方が断然人が多く、若い人が多いことも意外であった。5月には大阪駅三越伊勢丹あとに「蔦屋書店」がオープンするが、どのようなコンセプトの店舗になるのか楽しみである。

T-SITEのあとは、(同じ代官山にある)彼が社長を務める会社の本社などを案内してもらったあと、(TSUTAYAの代表的店舗渋谷店を見学。あと六本木ヒルズ・テレ朝などがある港区周辺へいき、日が落ちるとディナーへ招待してくれ、そこでは奥様も同席で半年遅れの私の古希を祝ってくれた。料理も普段はめったに口に入らないものと、年代ものであろうワインをご馳走になった。その夜は彼が用意してくれた白金台のシェラトンホテル都で。

  翌日は、来ることが少なくなっていたカミさんの両親のお墓参りを済ませ、私の大好きな浅草仲見世を歩き、浅草(せんそう)寺に手を合わせた。そして、新装なってから初めて見る東京駅丸の内側のクラシックなたたずまいをカメラに収めることもできた。まえから夫婦で「東京へ行きたい、行こう」と言いながら今日まで来てしまっていたが、大変楽しい2日間であった。

 世界経済中心の一角「東京」という大舞台で、日本の新進大手企業を相手に大活躍の彼の姿を垣間見ることができたという意味でも、大変有意義な時間であった。ビッグになった超多忙な彼が、貴重な1日を私のようなものに割いてもらうことができ、私は幸せ者である。そして彼との親密な関係は私の自慢でもあります。  















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おもいつくままに№152 2015年2月 


    ことによっては人命よりも大事なものがある

 

後藤健二なるジャーナリストが Isis に「処刑された」というニュースを見たのはマレーシアのホテルのテレビ。もうかなり前からではあるが海外でもNHK BS放送は視聴可能、解決しないまま渡航した私たちには結果が気になっていた。平均年齢71歳のツアー一行9人は、放送を聞いてだれともなく「まあしゃあないなあ、政府はよくやった、これで一件落着」。

 

しかし日本へ帰ったら「野党やマスコミは安倍さんをなんやかや批判するやろなあ」、と私。その通りとなっていた。結果が出てからあれこれ言うのは誰でもできる。

国会中継予算委員会を見ていたら、民主の福山がかなりしつこく質問していた。聞きようによっては「テロリストに気を配れ」といわんばかり。

 

総理の中東訪問に関し「そもそも外務省関係者によれば,パリのテロ事件もあり,外務省は総理官邸に対し中東訪問自体を見直すよう進言していた」と報じ,またエジプトで行われた総理の政策スピーチに関し「外務省幹部によると,この内容についても総理官邸が主導して作成されたという」と報じるなど,あたかも外務省の意に反して,中東訪問が行われ,スピーチの当該部分が作成されたかのようなニュース・ステーションの報道があった、という。

 

この報道に対し、私の好きな (独立総合 研究所代表)青山繁晴さんは2月4日の「アンカー」で次のように述べています。

「この報道内容は事実と全く異なるものです。貴社のように社会的に影響力の大きい報道機関が,このように事実に反する報道を行うことは,国民に無用の誤解を与えるのみならず,テロリストを利することにもつながりかねないものであり,極めて遺憾と言わざるを得ません」と。

「この報道に関し強く抗議するとともに,本日の番組の中で速やかに訂正されるよう強く求めます」と。

 

安倍さんはたびたび「人命を第一」と、「テロには屈しない」をいっていた。政治家では絶対言えないこと、それは「一人の人間の命より大事なものがある」ということ。後藤さんはともかく、もう一人の湯川なる人物の正体もようわからん。お金をだしていたらこの非道国家に活動資金を与えることだし、今後多くの日本人が標的になることになるだろうし、欧米との歩調にも祖語が生じる。勝手な行動をした一人の人間のために多くの日本人が迷惑を受け、計り知れないほど国益は損なわれる。

 

そして今度は、シリア渡航阻止にジャーナリストから政府批判相次ぐとのニュース。 「全国民、全人類への挑戦だ。強権発動は絶対に許されない今回の旅券返納は、旅券法19条の規定「旅券の名義人の生命、身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められる場合」に基づくものだ、と。

たしかに日本国憲法では22条で「海外渡航の自由」を保障しており、上記の規定による返納命令は史上初、異例中の異例といえる。が、仮に「自己責任だから何があってもしらないよ」といって渡航を許可しても、もしなにかあれば政府はほっとくことはできないやろ。

 

国会でも報道でも、「総理の人道支援やそのスピーチが悪かったのではないか」と追及しています。百歩譲って野党やマスコミは批判するのが商売でしゃあないとしても、もと与党で官房長官までした爺いの発言を聞いて(2.15時事放談)思わずテレビを消してしまった。日本が外的に対してひとつになって行かなければならない重要な時に、国内を割り、テロリストを利し、日本をテロの危機に陥れて、いったい何の得があるというのでしょうか、日本という国の野党やマスコミや与党OBは国益というもんを考えて行動せなあかんよ、ほんまにあほとちゃうか。












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おもいつくままに№151  2015年 1月 
 
解散総選挙、独断と偏見の総括


2014年逝った人たち

  2015年、あけましておめでとうございます。

  皆様におかれましてはつつがなく新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。本年も70歳になったひろ坊(爺さん)のほーむぺーじをよろしくお願い申し上げます。


選挙速報ほど面白いドラマはない

昨年は終盤となって、急に解散風が吹き出し、あれよあれよという間に総理大臣伝家の宝刀を抜くこととなりました。アベノミクス解散について「大義がない」とか、選挙準備が整っていない野党のすきを突いた「内閣延命の解散」だとか、「費用がもったいない」とかあれこれいわれたが、勝負は勝った方が勝ち。与党は安倍さんの謙虚すぎる「過半数」どころか、3分の2を確保するまでの圧勝となりました。

  また、投票率の低さは、あたかも安倍内閣の責任のように言う人が多い。それもマスコミがいうならまだしも、野党第1党が言う。選挙に行かなくなった無関心の若者が多いのは困ったもんである、投票したくてもできない国もあるというのに。私に言わせれば「投票率の低さ」は「投票に行かなくても、「民主にはまかせられない、与党圧勝が見えてきたから行く必要がない」、と思った人が多かったのに違いない。

  いずれにしても政局が大好きな私にとっては「選挙速報」ほど興味ある番組はない、どんなドラマより面白い。

  開票率0%で「当確」がでる、出口調査済といっても「ホンマに大丈夫かい?」と言いたくなるが、「当確が出て落選」というのはめったに無い。奈良のNHKを見ていたからだと思うが、番組が始まって最初の当確は3区奥野氏、続いて2区高市氏、4区田野瀬氏、1区だけは深夜になって民主の選挙対策委員長馬渕氏の当選が出た。

  海江田さんはあえなく落選、「野党第一党の党首が」である。「豊かな中間層」などと具体性の全くない公約、政権時代の失政を顧みず何でもかんでも安倍政権が悪い、しかもあの失礼極まりない言い方。そしてその民主党の象徴的な出来事は選挙区で落選、比例で最後の1議席に滑り込んだ菅さん、「元首相が」である。

 「優子さんは当選するだろう」と思っていたが、うちわのおばちゃんも当選。特筆すべきは大阪11区の佐藤ゆかりさん、勝てるとは思わなかった。落下傘でしかも民主政権時の元官房長官と維新の前議員が敵、でも勝った、すごい。

今回の選挙で残念だったのは沖縄、与党はことごとく敗れた。沖縄の人たちはどうしてああなんだろう。基地移転について県民はみんな同じ思いではないはず、それがこの結果。仲井真前知事の「親心」がなぜにああも無残に踏みにじられたのか、私には理解できない。

危ない基地普天間を移転させるのは喫緊の課題のはず。またアメリカという抑止力がなくなったら、中国がくる、あなたたちは「中国人」になりたいの?。沖縄の人たちはなんでこんな簡単なことが分からないのだろうか。

安倍さんが「集団的自衛権」を焦ったのはこれがため、沖縄を守るためなのだ。

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悲喜こもごも、この選挙を機に政界から消えていった石原慎太郎氏、よくも悪しくも国を思う大きな人だった。生きてる限り、軟(やわ)な政治家を叱り続けてほしい。

 

2014年逝った人たち ひろ坊のコメント

 

海原しおり、1月3日、享年58歳 女性漫才師;さおり・しおりの小さい方。  

やしき たかじん、1月3日、享年64歳 歌手、タレント;歌もいいが喋りがすごい、死んで分かった人格者。百田尚樹「純愛」読んだ。  

淡路恵子、1月11日、享年80歳 女優;もと萬屋錦之助の妻、キップの良い女優、という印象、波乱の人生だった。

小野田 寛郎、 1月17日享年91歳 元陸軍少尉;1974年にルバング島から帰還。

永井一郎 、1月27日 享年82歳声優;サザエさんのお父さん。

森 徹 2月6日 享年78歳、元プロ野球保守 ;打つ方がもうひとつやったけどGの正捕手の座を長く守ったなあ。

山本文郎、2月26日 享年79歳元TBSアナウンサー;あんなに若いあんなに美人と結婚、「年取ってあんまり頑張ったらあかん」、ちゅうことやろか。

安井昌二、3月3日 享年85歳俳優;中学校の体育館で見た映画、市川昆監督「ビルマの竪琴」の三島上等兵、今でも覚えている。

宇津井 健 、3月14日 享年82歳俳優;ザ・ガードマン。渡る世間・・・・

蟹江敬三、 3月30日 享年69歳俳優;昔は悪役ばかりやっていたけど晩年は渋いええ役も。 

神戸一郎 、4月27日 享年75歳元歌手;十代の恋よさようなら。

渡辺 淳一、4月30日 享年80歳作家;通勤電車で読んだ日経連載「愛の流刑地?」濃厚な場面で周りの人が気になった。

逢坂じゅん、 5月8日 享年68歳漫才トリオ「レツゴー三匹」;晩年は俳優業へ、たしか「半沢直樹」にも。

西森輝門 、5月18日  享年66歳 元放駒親方;八百長問題で大変な時の理事長。

林 隆三、 6月4日  享年70歳 俳優  腎不全のため急逝私と同年

桂宮宜仁 親王殿下、6月8日 享年66歳;今上天皇のいとこにあたられる。

原 貢、5月29日 享年79歳 野球指導者;原監督の親父、菅野のおじいちゃん、DNAやな。 

深田祐介、 7月14日 享年82歳 直木賞作家;「炎熱商人」読んだ、あのころの官僚はすごかった。

三島 敏夫、8月17日 享年87歳 演歌、ハワイアン歌手;ロマン歌謡

米倉斉加年 8月26日 享年80歳 俳優;ユニークな演技、「男はつらいよ」にも出ていた。

龍虎 勢朋 8月29日  享年73歳 大相撲元小結、タレント;めっちゃ持てたらしい。

山口 洋子 9月6日  享年77歳 作家、作詞家;クラブのママ、作詞家、直木賞作家、才能の人。

山口淑子 9月7日  享年94歳女優、元参議院議員;ラストエンペラーの時代、世界一の歓楽街「上海」の大スター李香蘭、→ワイドショーのキャスター→外交官夫人→参議院議員、波乱の人生。

土井 たか子、9月20日享年85歳 元衆議院議員;憲法学者から社会党委員長へ、良いにしろ悪いにしろ存在感のある人だった。

香川伸行、9月26日  享年52歳 去元プロ野球選手;ドカベン早死にやなあ。

田村 元、11月1日 享年90歳 元衆議院議長;「タムゲン」と呼ばれた。

桂 小金治、11月3日  享年88歳 落語家、タレント;昔なぜか「裕次郎」の映画によく出ていた。

高倉 健、 11月10日  享年83歳俳優;これほど追悼された俳優は裕次郎以来か、「・・・黄色いハンカチ」も「遥かなる・・・」も「ぽっぽや(鉄道員)」も「駅・ステーション」、も「南極物語」も「八甲田山」もよかった。でも私の好きな映画は「昭和残侠伝シリーズ・唐獅子牡丹」と「網走番外地シリーズ」。背で~泣いてる唐獅子牡丹♪♪、はるーに~春に追われし♪♪。いよーッ健さん。

 

菅原文太、 11月28日  享年81歳俳優;新東宝がつぶれて、高島忠夫や吉田輝雄らと松竹へ、移ったころを覚えている、その後東映で活躍。深作欣二の広島やくざを描いた実録ものが大ヒット。私は形式美の健さんのやくざの方が好きだった。トラック野郎シリーズもよく見た。

呉清源、11月30日 享年100歳 中国福建省出身、囲碁 昭和の棋聖 

  合掌。












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おもいつくままに№150  2014年12月  

株式相場とアベノミクス解散

 

株価というものは「サプライズ」(予想外、想定外)に大きく反応する。

【急騰】

10月31日、家のパソコンで株価マネーボードを見ていたら突然「日経」が500円以上急騰、一瞬何があったかとネットのニュースを見てみたら。

 

31日の金融政策決定会合で追加緩和を5対4で決めた。長期国債の買い入れを「保有残高が年間約80兆円に相当するペース」に増やすほか、指数連動型上場投資信託(ETF)と不動産投資信託(J-REIT)の買い入れを「それぞれ年間約3兆円、年間約900億円に相当するペース」に拡大する。長期国債買い入れの平均残存年限を7-10年程度と最大3年程度延長する。

とでていた。

 

だれも予想しなかった追加緩和、それもFRB緩和縮小のニュースがあったばかり、絶妙のタイミング。不意を衝くサプライズ、おまけにGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の株式運用比率の拡大方針の発表で、この日の日経平均株価は755円56銭(4.8%)高の1万6413円76銭。上昇率は昨年6月10日以来の大きさで、日経平均は終値で2007年11月以来の高値水準となった。

 

【急落】

11月17日、この日は急落、日経平均株価の下げ幅は一時、-583円となる場面。この日も「何が?」と調べたら、

7月~9月期のGDP(実質国内総生産)速報値が-0.4%(年率換算-1.6%)と、2期連続のマイナス成長となった。

事前の民間予測を大きく下回る数値で消費税増税による景気後退の凄まじさを示しており、結局大引けの日経平均株価は-517円と、2月4日(-610円)に次いで今年2番目の下げ幅となり、1万7000円割れの水準となった。これで来年の増税は「ありえーへん」事態となった。

今度の解散、野党とマスコミは「大義がない」「景気はリセッション、アベノミクス失敗」「株高で潤っているのは一部の人だけ」「物価高」」「実質賃金マイナス」「中小企業は円安による材料高で余計苦しくなっている」「原発」「集団的自衛権で・・・」「特定秘密保護法(決まったが)」「消費税延期で福祉に金が回らない」等々、マイナス面ばかりを強調。

昔の社会党のように何でも反対、政権時代いかに我が国の国益を失い、海外からの評価を貶めていたかの反省がない。ちょっとしたミスに大攻撃、二人の閣僚を辞任に追い込んだが、「えらいことしてしてもーた」と思っているに違いない。。

予想もしなかった解散で慌てたってもう遅い。ありえないことであるが、もし仮に自民が大敗して民主が政権を奪取したら一番困るのは民主党だろう。今まで順調にきた自民党に代わって、この大事な局面を切り抜ける能力がないことは当の民主が一番よく知っているはず、いや海江田なんどはそれさえもわかっていないだろう。「豊かな中間層」などとほざいているがアホか、どやってやるの?、それを示せ。

またマスコミは、今の政権で国益に対して大事なことが大きく進んでいることを、評価しないで、ちょっとした副作用など悪い面ばかり強調。世の中全体をあまりみていない若者やミーハーがそれら報道の影響で自民に反対票を投じるのが怖い、産経のようなまともなメディアが少ないのが残念である。

安倍さんはもとから消費税増税には前向きではなかった。社会保障と税の一体改革は2,012年6月野田内閣の時、民主・自民・公明の3党で合意した。景気判断条項があったものの、消費増税法案で「決まっていた2%の上げる時期」を変更するのであるから国民に信を問う のは当然。ただこれだけでは争点となりにくいことから自ら「アベノミクス解散」と銘打ったのだ。

上記の株価乱高下、調整が長引くと思ったが、GDP発表の翌日には大方戻し、その後は順調にきている。

株高を馬鹿にしてはいけない、資産効果は大きい。安倍さんの言うように、長かったデフレを止める千載一遇のチャンス、これを逃してはならない。アベノミクスの成功を確かなものとする景気回復、この道しかないと私も思います。

でも安倍さん、会見で勝敗ラインを聞かれて過半数とは謙虚すぎる。民主を完膚なきまでに叩きのめし、最低でも「議席増」をはかるべし。野党は次世代や渡辺さんら新保守が集まって作ったらいい。











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おもいつくままに№149  2014年11月 
 
そんなことどうでもええやないか 
         野党もマスコミも ええかげんにせえ

9月の「おもいつくままに№147で、「女性閣僚を目標数字のため無理に作るようなら、これはいかがなものか」と書いた、杞憂ではなかった。 

10月20日、小渕優子経産相と松島みどり法相が相次いで辞任を表明した。第2次安倍晋三改造内閣は発足以来はじめての「逆風」に直面することとなった。女性活躍を掲げて安倍首相が起用した2人の女性閣僚の同日辞任は、野党とマスコミに首相の「任命責任」という格好の攻撃材料を与えた感がある。

 

 電光石火の後任選びは功を奏するかに見えたが、今度は経産後任大臣のSMバー問題。また環境大臣のこれまた政治資金問題、野党やマスコミのアラ捜しはもうええ加減にせえといいたい。
 民主党は相手の攻撃ばかりしとるから、№2枝野にも出てきたやないか、これを「藪をつついて蛇をだす」っていうんや、アホ。

 

 清潔に見えた小渕の諸々の問題は法を犯しているという以前に、お粗末というしかない。政治資金については、観劇会の収支報告など誰が考えても杜撰、中身はともかく収支が合ってない収支報告などは考えられない。我々、飲み会の報告でも1円まできっちり合わせて報告する。また、地元の選挙民に対する贈り物や、ファミリーの店利用など公私混同は脇が甘いといわざるをえない。

 

元首相急死の後釜ということで、地元後援会の路線に乗せられた御嬢さん大臣の悲劇というしかない。

 

 アホやなあ松島の方も、こんなん配ったら選挙違反であること(市会議員の選挙手伝ったことある)私でも知っている。まあ、法的にはそうかも知れんけど、いまどき安物のうちわなんてどっかでもろてもすぐゴミ箱いきや、「価値あるもの」っていえるのか。うちわに柄がついているかいないか、どっちでもええやないか。まして宮沢の18000円ぐらいSMバーへ行こうとおカマのクラブへ行こうとどうでもええこっちゃ。

 

 それでも法は法、責任を取って辞めたのだからそれでいいだろう。野党はしょうもない与党攻撃で政治を停滞させることこそ国損であることを考えた方がいい。

 何よりも心配なのは、安倍政権に傷がつくことや。アベノミクスは当然として、せっかく世界から信頼を取り戻せたし、国民としてもやっと恥ずかしくない首相を持つことができたのに。

 

 いまのニッポン、政治家を含めみんな小者ばかりで重箱の隅をつつくことしかできない、もっと大所高所(たとえば衆議院議長が)で判断して「これでおしまい、ハイ次行こう」とならないものか。

いっそ大臣就任中、「政治資金の問題では追及しない」という紳士協定でもつくったらどうや。

 

 

 もうひとつ割り切れんのはプロ野球のクライマックスシリーズ。巨人が負けたから言うのやないけど、「ペナントレース140試合あまりは一体何やったんや」。これもルールはルールだから文句言うてもしゃーないけど。













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おもいつくままに№148  2014年10月 

   二人の吉田さんと二人の山口さん

この国には何とかして自分の国をウリたい人たちがいるようだ。何としても我が国を貶めたい奴らがいる。日本がよくなることを嫌がる連中がいる。こういうやつらを国賊、または売国奴という、ほかにもいるが最たるものがあの大新聞社。彼らは自分の国を貶めて何の得があるのだろうか。何のために?、そこがわからない。世界の平和を願うため?、いや、私利私欲(左翼層読者の獲得)やろ、まさか中国や韓国から金もらっているなんてことはないやろうけど。

 

前にもどこかに書いたと思いますが、日曜日の「・・・って委員会」に出てくる田嶋陽子の発言を聞いていても、「そんなに自分の国が嫌なら出て行ったら」と思う。彼女の発言は韓国などの肩を持つというより、我が国を貶める発言に聞こえてしょうがない。同じ番組の常連、台湾から帰化した見識ある金美齢さんこそ日本人より日本人。なのにこの国に生まれた日本人の口から、なぜ何故?。

 

横道にそれましたが、多分に左翼的なこの新聞社の体質から「共産国寄り」すなわち親中国の姿勢をとっているのはまだ分らないでもない。しかし「世界に向けてあまりにもひどい性奴隷キャンペーン」を続ける韓国の肩を持つのは分からない。

 

「良いほうの吉田」さん調書

もっとわからないのは原発報道。原子力に反対の姿勢をとっているのは理解できなくはない。だからといって、原発事故の折り取材もしないで、あたかもみんなが職場を放り出して逃げたかのような報道は許せない。東電に対する怒りは分かるが、命を懸けて職場を守った人たちをあんなふうに報道するのは許せない。吉田所長はじめ、あの現場の人たちは国を守るために犠牲になろうとまでしていたのだ。韓国のあの船の船長たちとはわけが違うのだ、日本人ならあんなことはしない。

 

「悪いほうの吉田」証言

ここにきて韓国は少し日本寄りに舵をとりつつある、との報道があります。しかし朴政権の従軍慰安婦問題に対する執拗なまでの姿勢は改まりそうにない。海外へまで無いことないことを宣伝している。もとはといえば、でたらめの詐欺師吉田証言(済州島での強制連行)によるものだという。

 性奴隷との烙印を押されるにいたった吉田証言を、確証も取らずに歪曲記事した朝日新聞の責任は謝罪くらいでは済まされない。また、当時その流れに沿って「韓国の機嫌をとるための談話」を発表した河野も同罪である。

 

元慰安婦だったと名乗り出て記者会見までした韓国の老婆は、そののち「生活が苦しかった母親によって置屋に売られた」と証言を翻している。韓国の慰安婦問題はほとんどがこのケースだろう、当時極貧だった韓国の家庭事情によるものに違いない。朴大統領も振り上げたこぶしをそう簡単に下しはしないだろう。どう責任を取るのだ、朝日新聞、国賊河野ドノ。

河野と朝日は韓国大統領に会って誤解を解いてこい。米国では有名・無名を問わず全マスコミに「捏造報道についての謝罪広告」をだせ、会社の内部留保を全部吐き出してでも。

 

マスコミや世論はそして野党の奴らは「自民の暴走を止めるために、対峙できる野党が必要だ」などと口々に言う。強い野党が必要だったのは鳩山や菅や小沢がいた民主党の政権に対してだった。あのときは毎日毎日、日本が崩れていくのを感じながらどうすることもできなかった。石原さんも見るに忍びなく老体に鞭打って立ち上がったのだ、安倍さんになってその必要性が薄れているのを、誰よりもよく知っている。みんなの渡辺さんも同じ思いだろう。

 

石原さんや平沼さんらの党は、安倍政権に対抗するためでなく、二度とあの民主党のような政党を支持するバカな若者たちを作らないために頑張っているに相違ない。

共産党の奴らはまだ許せる、彼らはバカじゃないから自分たちが永久に政権をとることのない現実がわかっている。子供のような理想を言うために集まっているだけだ。

前政権党の支持率が3%前後、信じられない数字である。党首の発言を聞いていると、まだ自らの党の無能さと政権時代に何をしたのかわかっていない。交代可能な二大政党は理想であるが、この国ではまだまだ無理のようだ。

 

話は変わるが、先月は著名な二人の山口さんがこの世を去った。

山口淑子(李香蘭)、清朝の末期、ラストエンペラーの時代(大正)から昭和・平成を生きた。たぐいまれな美貌と歌声、ときのスーパースターであった。この人の波乱万丈の人生については、ずいぶん前に本欄(思いつくままに№20リー・シャンラン)(2004年9月)に書いた。

 

小さいとき、ラジオから流れる「支那の夜」「蘇州夜曲」などのメロディーに、子供心にも異国情緒を感じた。17年も前になりますが中国へ行ったとき、上海・租界へ立ち寄ったとき思った。清末期当時世界最大の歓楽スポットで魔都といわれた、このあたりのナイトクラブでも李香蘭が「夜来香」などを歌ったんだろうな、と。

 

山口洋子、本職の歌手もプロ顔負けの素人も対戦して勝ち抜いていく番組、「全国歌謡コンクール」に出ていた、当時のあまり売れてない歌手三谷謙を覚えている。五木ひろしの生みの親で「ヨコハマたそがれ」を作詞、そして私の好きな裕次郎の「ブランデーグラス」もこの人が創った。私が東京に行ったころ(S41)、銀座に高級クラブ「姫」があるのを知り、好奇心から昼間、店の前を通ったことがあった。













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おもいつくままに№147  2014年9月
     

   最後の「出勤

  月末のお忙しいところ退職のご挨拶をさせていただく機会をいただき恐縮に存じます。私、一昨日27日で満70歳となりました。

2008年、縁あって契約社員としてもう一度この銀行へ入ることができました。会社員生活最後となったこの6年半、私のライフワークとなった「ビジネスマッチング コーディネーター」を、この年まで続けることができました。これらは一重にこの職場の皆様方のおかげと深く感謝しております。

最後にKO銀行ますますのご発展と皆様方のご健康をお祈りして退職のご挨拶とさせていただきます。本当にありがとうございました。

上記は8月29日(金)夕礼、5階フロアでのあいさつです。当日夜には20名もの皆様が送別の会を開いてくれました。また、前々日の27日(70歳の誕生日)には現役時代職場をともにした人たちが送別会を開いてくれました、ありがたいことです。

ところで安倍さんの内閣改造、石破さん無役で自民党に亀裂か?と思われましたが、最終の話し合いでどうやら「閣内で首相を支える」ということになったようです。自民党はいろいろあっても最後にはまとまる、民主と違うところか。

「閣僚や党役員に女性の起用」をと、数字まで掲げ組閣に臨んでいるようですが、「実力があるなら大いに結構なことですが、目標数字のため無理に作るようなら、これはいかがなものか。いま日本の企業の間にも似たようなことが起こっているように思います。まあ 高市早苗の経産大臣は良いと思いますが。

閑話休題

50年以上も前のことですから「昔」といっても語弊はないと思いますが、1962年、私が社会人になる前の年、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」というクレージーキャッツの歌が流行りました。


私の職場経験を振り返ってみますと、1963年入行は日本橋(3年間)、3年後の66年東京開設(4年半)、70年難波(4年半)、75年野田(4年)、80年鶴橋(4年)、84年奈良(4年)、88年資金証券部(3年)、91年富雄(3年)、94年枚方(2年半)、966年八尾(2年)、98年営業本部(1年半)で銀行卒業。
 
2000年家電量販(従業員1100人)へ転籍(3年半)、(空白 半年)、03年商業施設などの管理会社(200人 1年)、04年下着メーカー(15人 1年半)、(空白 半年)、2度目の下着メーカー(1年半)、08年銀行情報リレーション→ソリューション営業室(6年半)。 

途中半年の空白が2度ありますが、51年間まあよく働いたものです。もともとこんな年になるまで仕事をする気持ちはなかった。家電量販破たんの時は59歳、まだ辞めるわけにはいかなったが、下着屋さん1年半のあと61歳で、辞めるつもりだった。次には65歳になる少し前、銀行契約社員の時、入院した時期があったが、この時も辞めるつもりだった。その後は歳を重ねるほどに「続けたい」という気持ちが強くなってきたのは不思議なものです。

サラリーマンは植木等の歌ほど「気楽な稼業ではなかった」と思いますが、終わってみると楽しいことも多かったように思うこのごろではあります。



















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 おもいつくままに№146  2014年8月    

自衛隊は飾りか・・・「集団的自衛権閣議決定」について思う

集団的自衛権閣議決定についての報道

朝日新聞 戦後日本が70年近くかけて築いてきた民主主義が、こうもあっさり踏みにじられるものか。憲法9条に基づき、必要最小限の自衛権しか行使しないという戦後日本の防衛政策の基軸を守るべき、仮に自衛隊が米軍を守るべき状況があるとしても「集団的自衛権の行使」は必要ない。

産経新聞 経済成長を背景に軍事力を増強し、尖閣奪取を企図する中国、核実験と弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮、といった現在進行形の脅威が存在する。現実離れした9条の下で、日本の平和と安全を守れるだろうか(2013.07.04 社説)。日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中で、日米同盟の実効性を高めるべき、片務性の殻から脱し、両国が対等な相互防衛を確立するためにも必要。

どう考えても産経のほうがまとも。

 石原慎太郎がBSフジの「プライムニュース」で、「アサヒ」は「飲むもので、読むものではない」と言っていた。 さもありなん。 

テレビ番組で、

 「これまで隊員の命は憲法9条に守られていた。だからこそ国際協力という名の海外派遣に参加を 希望する隊員もいた。これからは、海外派遣どころか入隊を希望する若者が減るだろう」 とか、
 「自衛隊員の2割から3割は「そのような役割を担うことを考えて入隊したのではない。今後入隊希望  者が減り、徴兵制度へと進んでいく」 

 また、隊員の母親は、「自衛隊を辞めさせたい」と言う。息子の入隊に賛成したのは、「災害救助で 社会貢献したい」と動機を話したからだ。息子の制服姿を見た入隊式でも戦場に立つことは想像しな かった。

 サンケイ以外のマスコミの報道は大体こんなところ。

 本当にこんな隊員ばかりでは有事のとき、役に立つのか、何のための自衛隊かわからない。自衛隊は災害救助だけのためにあるのではないはずだ。

 一部には「正直に言えば恐怖を感じる、と思う隊員もいるだろう。しかし隊員となったからには「命令は重い、その時にはためらわずに行くしかない」と考えるのは普通であろう。

  そもそも自衛隊の任は、自分の命を賭してでも、この国を守るということではないか。

  「命が惜しい」と公言してはばからない自衛官がいるのなら、辞めたほうがいいのではないか。結果、日本を守り抜く決意を持つ隊員だけが残るなら、歓迎すべきことだ。

 自衛官は、入隊する際に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえることを期するものとする」との宣誓をしていると聞く。 

   メディアは「立憲主義を破壊する暴挙」といい、「憲法を改正して軍の存在と国家の自衛権を明記すべし」という。私も憲法改正して自衛隊を正式な軍隊として認知するのが正解だと思うが、そうなってくるとまた野党やマスコミは集団的自衛権以上に反対をするだろう。それらを説得できる日を待っていたのでは、尖閣はおろか沖縄までどっかの国にとられてしまっている。

  自衛権は独立国として当然の権利であり、集団的自衛権は国連憲章第51条に定められた自然権だ。日本ではそれが、自衛の範囲を超えるとして、40年以上も「持っているが使えない」という異常な状態だった。それを“普通の国並み”に使えるように方針を示した安倍首相は、日本国のリーダーとして、大きな功績を残したといえる。

   「日本は戦後70年近く、一貫して平和国家としての道を歩んできました。これからもこの歩みが変わることはありません。しかし、平和国家であると口で唱えるだけで私たちの平和な暮らしを守ることはできません。私たちの平和な暮らしも突然の危機に直面するかもしれない。
   そんなことはないと誰が言い切れるでしょうか。テロリストが潜む世界の現状に目を向けたとき、そんな保障はどこにもありません。政府は、私たちは、この現実に真正面から向き合うべきだと私は考えます」と。

   安倍さんのこの持論に嘘偽りはないはずである。

 この国を守るために、政権安定にとってはリスクの高いこれらのことに、あえて挑戦し続ける安倍首相にエールを惜しまない。











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おもいつくままに№145  2014年7月
鳧(ケリ)をつけ
         
    
 ある土曜日の朝のことです。

AM10:00ごろ かかりつけの医院から帰宅したとき、

 親雀の倍くらいはありそうな雛鳥が家の前を歩いていた。近寄ると結構速く走るが飛ぶことはできない。15センチほど段差があるガレージへ登ろうとして登れない。

助けてやると今度はさらに15センチほどある庭へ登ろうとする。これも手伝って我が家の庭へ。「ここならカラスや蛇からまずは安心」と、とりあえず家の中へ。

 

20分ほどしてカミさんが帰宅。「車から降りた途端、鳩ぐらいの大きさで足が長いあまり見たことがない「鳥のつがい」が寄ってきて、けたたましい声で必死に何かを訴えてきたという。「うちの子供知りませんか」と言っているように思えたとのこと。

 

「さっきの雛の親鳥に違いない」と確信、すぐ庭へ降りてみたら隅に身を寄せるようにじっとしている。わが家の前で騒ぎまくる親鳥たちから見えるようにと、カミさんと二人で家の前で南側の道路に置いてみたが、走って1メートルぐらい下の水路に落ちてしまった。幸い水路の手前半分ぐらいは水がなく、雑草などが茂っている。拾い上げてまた道路の真ん中に置いても、また走って行って先ほどの水路に落ちる。

 

親鳥たちが道路においてある雛鳥を見つけても、どやって巣に連れて行くのだろうかと議論。私「咥えていくのだろう」、カミさん「重くて無理でしょ、カルガモの親子みたいに引率していくのと違う?」。

 

水没したら大変なので、隣の奥さんにも来てもらって、親に返す方法を協議することにした。家の東側には3年位前から田植えがなされず、雑草地となっている場所がある。その雑草地の北側には、今年も水が入って稲が植えられた田んぼもある。


 ちなみにこの鳥、FeceBookに写真を投稿し教えを乞うたら、銀行現役時代の後輩 Yさんからすぐ返事をいただいた。鳥の名前は「ケリ」。   写真は「ぶらり旅・散歩」参照

 

雑草地の前に置いた雛鳥は茂みの中に入っていき見えなくなった。。「親に会えず死んでしまったら?、私たちは余計なことをしたのだろうか」と後悔したり、「きっと親たちに会える」と自分に言い聞かせその日は暮れて行った。

 

翌朝早く起きて(いつもだが)家の東側から見てみると、雑草地と田んぼの間に昨日の雛鳥がいるではないか。田んぼの中では親鳥がキキキキと鳴いている。「この雛はひょっとしたら昨日の鳥の兄弟かも知れない、いやきっと昨日の雛だ」と自問自答。とそのとき、親鳥2羽が私の方へ近寄ってきて、キキと鳴き屋根のほうへ向かった。あのキキは「ありがとう」だったのか。

 「これでケリがついたのだろうか」

このあとふと思った。少し前「妻に逃げられた男が、他の女に会いたさに幼い男の子に食事も与えず餓死させてしまった事件」を。「犬畜生にも劣る」という言葉があるが、鳥でもこのように必死で子育てするのに。

以下  ウイキベディアから

·  ケリ(鳧、計里、水札、学名:Vanellus cinereus)は、チドリ目チドリ科タゲリ属に分類される鳥類の一種。「けりをつける」、「けりがつく」の“けり”は助動詞の“けり” から来た語だが、「鳧」の字を宛てることがある。「鳧を付ける」

全長約34㎝。雌雄同色。くちばしは短く、黄色で先端が黒い。足は長くて黄色。目は赤橙色で黄色のアイ  リングがある。また。嘴の付け根には黄色い肉垂がある。雌雄同色、雛は淡褐色の綿羽に覆われている。若  鳥は頭部からの胸部にかけて灰色でやや褐色を帯びる。胸帯は薄い。また目は褐色で、アイリング・肉垂とも 小さく目立たない。食性は主に動物食で、昆虫類・ミミズ・カエルなどを捕食する。稀に穀類も食べる。

 繁殖期は3月から7月。抱卵は3月初旬から中旬に始まり、抱卵・ヒナ養育それぞれ約1ヶ月ほどかかる。  クラッチサイズは4卵で、時には3卵、稀に1卵-5卵が確認される。巣は水田内や畦などの地面に藁を敷き作 る。よって農作業による影響が著しく大きい。繁殖期中は時にテリトリーを変えるなどして最大3回営巣を試み る。非常に警戒心が強く、テリトリーにトビやカラストビやカラス、人間などの外敵が近付くと、鳴きながら激しく威嚇し、追 い払う。その為、夜でも鳴き声が聞こえてくる場合がある。

















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おもいつくままに№144  2014年6月 
女性と靴下
                                        
 

 通勤をはじめて52年になる。8月で70歳になるが、まだ一度も席を譲られたことがない。(これが私のモチベーションを保てている要因のひとつ)どころか、たまに奪われることがある。行きは準急で座っていくが、帰りはタイミングよく快速急行が来る(約30分)のでそれに乗る。途中、二つの駅に停まるが、15分ぐらいで真ん中くらいにある一つ目の停車駅(五位堂)に着く。

  この年になると通勤30分の半分ぐらいで座りたいという思いが強くなる。先日もこの駅で前の人が降りそうなので網棚のカバンをとろうとした瞬間、横から滑りこんできた女性に席をとられた。似たようなことがここ数年で数回あった、いずれも女性であるが、特に若い女性が多い。70近い爺さんの前の席を20台の女が奪うのである。 

  足を組んでいる人の前に立っても、その足を引っ込めないのもたいていは女の子。

逆に若い男の場合、長い脚を突き出して座っていることが多いので、その前に立つと邪魔になる。注意したいが余計なことをして怪我でもさせられたら損と思い、我慢をしながらそれとなく態度で示すと結構座りなおしたりする。
 

 かなりの年齢と思える人には、ガラの悪そうな男ほど、席を譲っている風景を見ることが多い、女の子はたいてい寝たふりしている。「慣れ」とは恐ろしいもんで、座席で化粧をしているのを見ても最近ではそれほど嫌悪感はなくなってきている。そのうち前の席を奪われても抵抗なくなるのかなあ。まあ、痛勤もあとちょっとやけど。 

  女性の社会進出度で日本は総合ランキングで、135ヶ国中101位だそうですが、いまアベノミクスの成長戦略でも「女性の活用」についてずいぶん議論されています。上記のような女性の上司に仕えるこれからの男性は大変だと同情します。

  「戦後、強くなったのは女性と靴下(ストッキング)」というフレーズが流行したことがあ りましたが、ずいぶん昔のことになりますなあ。 













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おもいつくままに№143  2014年5月
駆け込み需要
     

 4月に入っていつもの散髪屋に行った。通勤帰りなので行く時間はいつもきまっている。この日は何故かガラガラ、聞いてみると3月の末にかけて大変な混みようだったらしい。それでやっと気が付いた、散髪にも駆け込みがあることを。 

 買いだめに奔走する人たちをテレビでみて、オイルショック時のトイレットペーパー騒動を思い出した。ある日突然、スーパーの店頭からトイレットペーパーが消えた。これに端を発し、砂糖、 しょうゆ、洗剤なども相次いで姿を消す、昭和48年秋の「オイルショック」は、日本全土に 危機的なモノ不足を引き起こした。 

 家や車、家電製品など高額なものを増税前に、というのは解らないではないが、缶詰や日用品を買いあさる人たちの姿を見て「日本人というものは」とつくづく思う。保存がきくものとはいえ、食料品を買いだめする気持ちが分からない。途中で使わなくなったり、食べすぎたりしてかえってムダになるのではないかと思う。  

 我が家の洗濯機は、17年経ってもまだ動いていた。息子の初ボーナスでプレゼントされたものなので、カミさんは購入時期を明確に覚えていた。もう十分働いてもらったのでこの機会にと買い替えを検討した。「3月は駆け込みでよく売れるのであまり値引きしないだろうが、4月に入ると売れなくなるので値引き幅が大きいはず、壊れた時でいい」と考え、購入を思いとどまった。 

 3月もあと1週間ぐらいとなった時、この洗濯機が突然動かなくなった。AV商品などと違って1週間も待つことができないからと家電量販へ向かった。案の定、お気に入りのメーカーのものは10日待ちだという。仕方なしに他の会社のものを買うことになった。  

 「なぜ人は買いだめに走るのか」を考えてみた。これは全くの私見ではあるが、人間の「買い物本能ではないか」と思う。われわれにある「思う存分買い物をしたい」との欲望があり、財布との相談で普段はその気持ちを抑えている。しかしどうせ買うものを増税前に買えば「3%分得する」との考えで、人は安心して買いまくるのではないだろうか。 

















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おもいつくままに№142  2014.4.1                           男の 沽券 財布の中身

 先日は年甲斐もなく、遅くまで飲んで家に着いたら日付が変わっていた。3人だったので二次会のカラオケでかなり歌ったのだろうが、5:30頃から始めたので最初のところでも結構飲んだのかも知れない。最近では現役のころと違い終電車を意識せず飲むことが多い。何故なら 5時台から飲むことが多いので(飲み屋に)少々長くいても 9時半ごろまでには家についている。

この日も終電の時間を全く気にしていなかったため、タクシーで帰ることになってしまった。飲み代とタクシー代の急な出費合わせて約2万円ほどとなったが、それくらいの金はいつも財布に入っているのであわてることはなかった。

 会社員の男が一歩外に出る場合、財布には最低「年齢×1000円」ぐらいは入れておくべきだ」などという記事を何十年も前に、新聞かなにかで読んだことがあります。以来なぜかそれを守っており、若い頃は若い頃なりにピーピーいいながらも、何かのとき恥をかかない程度のお金は持つようにしていた。50才台のときは5万円を切ると補充するようにしてきました。

今は契約社員の身で少ない給料ながらも、いつもそれぐらいのものは持ち歩くようにしています。ところが最近は30才台40才台でも、あまりにも僅かしか財布に入っていない人が多いことに驚きます。

これは家のお金に余裕があるとかないとか、とは別の問題だと思います。男が会社へ行くということはある意味戦場へ出かけることであり、武士がなまくらな刀を腰に外へ出れば心細いと同じように、1000円や2000円しかもっていないと、ここ一番というとき恥をかくことがないとはいえません。

めったにないことですが、「お金を出すべきとき出さない・出せない」では、大げさに言えば「男の沽券にかかわる」ことだ思います。もっと言えば、財布にある程度の金さえも入っていないと「仕事の自信」にも影響するのではないかとさえ思います。

支店にいるとき、既婚の渉外担当者が車のなかでパンと牛乳を流し込んでいるのをよくみかけた。いつもだったので「忙しくて飯屋に行く時間がなくて」だけではないことが想像できた。他の行員との食事や飲み会にも参加したくてもできないようなので、聞いてみたら、奥さんが小遣いをくれないからだと分かった。

我が息子も金融機関に勤めているが、結婚前彼女を連れてきたとき、そんな話をしたことがあった。結婚後彼も自分の必要額を確保してからヨメに渡しているらしい。たまに息子と飲みに行っても最近では彼が払う、「おやじと飲みにいく」と言ったらヨメが「あなたが払いなさい」と言ってお金を渡すのだそうだ。

50歳の半ば頃、カミさんが急に怒り出したことがありました。「この年まで夫の給料明細を見たことがないなんて信じられない」と友達に言われたとか。そのころは私自身まず自分の小遣いを確保した残りが生活費だった。

男が昼飯もろくに食べないで必死で働いている間に、ヨメさんはちょっとしゃれた店で「ランチ」などしているのかもしれません。それにしても若いサラリーマンの奥さんに云いたい。家のローンや子供の学資で大変でしょうが、夫に恥をかかせないぐらいのお金は持たせてあげてほしいものです。

















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おもいつくままに№141-1 2014.3.1  
2月のニュースな7人

①   割烹着姿のSTAP細胞 小保方晴子博士 

 万能細胞STAPを開発したことでメディアに大きく取り上げられている理研発生・再生科学総合研究センターのユニットリーダー小保方晴子さんが、「報道関係者へのお願い」がウェブサイトに掲載された。研究成果に関係がない報道で研究活動に支障が出ているという内容。

理系(リカジョと云うらしい)なのにほんわかな雰囲気の、若い美人研究者、マスコミがはしゃぐのは解らないではない。が写真特集やファッションブランドなど研究以外の人物像を取り上げて、彼女の仕事の邪魔をしているらしい。また本人ならず、親族のプライバシーや友人・知人にまで及んでいるという。メディアのバカさ加減は今までにも「おもいつくままに」に何度か取り上げてきたが「ええ加減にせい」と云いたい。

②   現代のペートーベン佐村河内氏と そのゴーストライター 

 クラシック音楽の世界には疎いが、NHKはじめあらゆるメディアで称賛されてきたという全聾の?佐村河内という作曲家。「この人の共犯者です」と名乗り出たゴーストライターが2月6日謝罪の記者会見を行った。

 ゴーストに甘んじてきた新垣隆氏についてもよくわからない。この人の提供した音楽のCDが大ヒットしても 1円の印税ももらっていないし、報酬の引き上げも求めず、今でも不満を抱いていないという、不思議な人だ。

 18年間に20曲以上を提供、中には大編成の 80分にわたる大作交響曲もあったという。「交響曲第1番HIROSHIMA」18万枚他にも10万枚以上売れた曲もあったらしい。いま、メディアはこの人をたたいているが、現代のベートーベンなどとはやし立てたのはどこの誰だったのか。

③   意外に人格者だった偽悪者やしきたかじん

やしきたかじんは、私自身歌手としてより司会者として良く知っている。「たかじんのそこまで言って委員会(YTV)」は「一番好きな番組」といっていい。この番組の政治・経済・社会を大胆に斬るトークは「他では見られないホンネが聞ける番組」として面白く、一人を除いて出演者みんな右寄りなのがいい。知識人・文化人と言われる左翼な人が多い東京では、批判にさらされるだろう。

たかじんは態度がデカいし言葉が悪いが、この人の死を惜しむ人が以外にも多いのに感心している。 3月3日に「しのぶ会」が行われるらしいが、発起人のなかに、なんと安倍首相が入っている。いままであまり聞いたことなかったが、歌もめちゃ巧いやん、ご冥福をお祈りします。

 司会者が逝ってしまっても、「たかじんの・・・番組の」の冠が取れそうにない。
 司会者が嫌いなのに朝ズバッは何故か見ていたし今も観ている。バカな息子を持った(私と)同い年の某 もんたは生きているのに番組を降ろされて冠もなくなった。この男の嫌なところは偽善者ぶるところだった、二人は偽善と偽悪の対照に思えて仕方がない。

  ④ 第64回ベルリン国際映画祭の最優秀女優賞にあたる銀熊賞を受賞した女優・黒木華

山田洋次監督の映画は「寅さん」はじめ、ずいぶんたくさん見てきた、もうええ齢やけど、この人らしい映画を一本でも多く残してほしい。

   ⑤  橋下市長

⑥⑦ NHK 籾井会長 &百田尚樹委員

 橋下さん。こんな政治家はもうそんなには出てこないだろう、政治生命が終わることがないことを祈るばかりである。

 籾井会長、「公共放送に携わる者、ましてNHKにおいては中立性が求められる」などとみんなは云うが、籾井さんの云ってることのどこが間違っているのか私にはわからない。左方向ばかり向いているマスコミ界で、国営(正式には違うが)放送だからこそ国益に基づいたまともなことを云っただけ。あとで撤回したのはいただけないが。
 百田さんの 「永遠のO]読んだけど、まだ映画観てない。

 いろいろ批判はあるけど、二人の発言、まとめて「これでいいのだ」。 









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おもいつくままに№141-2  2014.3
感動をありがとうソチの若者たち+おじさん

ソチオリンピック

 2月12日 スノボーで日本初の 銀①・銅②、平野歩夢15歳・平岡卓18歳
   〃   ノルディック複合 男子ノーマル 銀③ 渡部暁斗25歳
 2月14日 待望の金④ フィギュアスケート 男子 羽生結弦19歳
 2月15日 ラージヒル 銀⑤ 葛西紀明41歳、な、な、なんと「まだ金を目指す」らしい
 2月18日 ジャンプ団体 銅⑥
 2月19日 スノボ大回転 銀⑦ 竹内智香30歳
 2月20日 フリースタイル女子ハーフパイプ 小野塚彩那 銅⑧ 

 上村愛子さん、高橋大輔くんもよくやった、二人はご苦労さん。高梨沙羅ちゃんは次もその次もある、がんばれ。
真央ちゃんはあとのフリースタイルで金以上の演技、みごとな蘇りに日本中いや世界中が感動、できれば次も。











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 おもいつくままに№140 2014.2 
都知事には誰がいいのか

届け出順で 
1. 宇都宮健児、日弁連前会長、日本共産党、社会民主党、緑の党、新社会党推薦)
共産党など推薦の反日左翼弁護士。出馬会見で、護憲、特定秘密保護法案の廃止、安倍政権の暴走ストップ、原発のない社会の実現(脱原発)、日の丸・君が代条例反対、などを主張。

2. 田母神俊雄、軍事評論家、元航空幕僚長、(維新政党・新風支援)会見に日本維新の会共同代表石原慎太郎、中山成彬・西村眞悟ら国会議員なども同席、個人的に田母神支援を表明 。

3. 舛添要一、元厚生労働大臣(公明党、自民党東京都連支援)
「自民が一番苦しい時期に離党した舛添氏を応援する大義は無い」。小泉進次郎が云うように、政党票で当選した比例選出議員なのに大惨敗を喫した自民党に離党届。その後同党から除名処分を受けている、その自民が支持というのは腑に落ちない。改革クラブの新党改革の代表に就任した就任会見において舛添は、卓上の国旗を「邪魔なんでしょ、これ」と発言し撤去したことがあったらしい。

4. 細川護熙、第79代内閣総理大臣(民主党、生活の党、結いの党支援)
甘利明経済再生相は閣議後会見で、脱原発を争点に都知事選に出馬を検討している細川元首相について「殿ご乱心」と話した。甘利氏はその理由について、「エネルギー政策は国策として、国民の利益を考えて取り組むべきだ」と説明。全原発が停止し、代替の火力発電用の燃料となる液化天然ガス(LNG)の輸入などで、1日約100億円の国民の利益が海外に流出していると指摘し、現状を放置することは「政治家として努力が足りない」と話した、甘利さんの云う通り。

また、細川さんが首相退任に追い込まれたのは、佐川急便からもらった1億円。一度スポットライトを浴びた人はそのときの味が忘れられないようだ。 出馬会見も支離滅裂だったし、「脱原発」以外何も具体的政策はなかった。応援する小泉さんは好きな政治家だったが、このたびの行動には違和感を覚える。

・ 宇都宮氏、昔、大都市の首長に共産党推薦学者などが流行った時代があったが財政が大赤字に。 それに共産党は民主党の次に嫌い。2番目にイヤ。

・ 舛添氏、行政手腕はいちばんあるのでしょうが、4人の中では3番目にイヤ
・ 細川氏、「なんでいまごろ」で一番イヤ
・ ひろ坊としては田母神氏、云いにくい「原発賛成」をはっきり言っている。

  比べてみると皮肉なもんで仕事は猪瀬さんが一番できそう、なんであんなど素人でもやらんことしたんやろ。 

得票は ◎舛添 ○細川 ▲田母神 △宇都宮 の順 を予想。もしかしたら細川最下位?


















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おもいつくままに139  13.12.29  
右傾化といいますが・・・・2013年を振り返って
明けましておめでとうございます。

  皆様おすこやかに新春をお迎えのことと存じます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

  昨年もいろいろありました、年末恒例のふたつのイベントもありました。そのひとつ流行語大賞、この賞は、1年の間に発生したさまざまな「ことば」のなかで、広く大衆の目・口・耳をにぎわせた新語・流行語を選ぶとともに、その「ことば」に深くかかわった人物・団体を毎年顕彰するもの。

  昨年は流行語の豊作年というか一挙に4つも選ばれることになりました。「じぇじぇじぇ」「今でしょ」「倍返し」、そして東京オリンピックを引き寄せた感もある「お・も・て・な・し」。たしかにこの中から「一つだけ」というのは難しい選択になったと思います。あの会場に安倍さんが居たら間違いなく「アベノミクス」がはいっていたと云われています。

  また、2013年の世相を現わす「今年の漢字」は、「輪」に決定した。「漢字の日」にあたる12月12日、京都・清水寺で発表。日本漢字能力検定協会の一般公募で最多だったことを受けて、森清範(もりせいはん)貫主(かんす)が揮毫した。これも東京五輪の輪が一番大きいファクターだったのだろうか。

  日経政治部記者が選ぶ2013年の10大ニュースは以下の通りでした。

  1. 「ねじれ国会」解消      7/21
  2. 首相が靖国神社参拝     12/26
  3. 普天間移設へ再始動     12/27
  4. 秘密保護法が成立      12/6
  5. 消費税、来年4月8%     10/1
  6. 2020年の夏季五輪は東京で   9/8
  7. 黒田日銀総裁が就任      3/20
  8. 中国が尖閣列島含む防空識別圏設定   11/23
  9. アルジェリア人質事件が発生  1/16
  10.首相、TPP交渉参加を表明  3/15

  うち、3つは師走12月に入っての出来事。秘密保護法では首都、普天間は沖縄でデモ、いずれもが識者と云われる人やマスコミの批判が喧しい。秘密保護法に関してはとっくに政界を引退した村山元首相はともかく、野中や武村など元自民・さきがけの老人どもまで批判した。

  2013年の東アジア外交を振り返ってみると、中国と韓国がこれでもか、これでもかと「反日」に終始した。
韓国の反日の最たるものは慰安婦問題、慰安婦は商業売春婦であり、強制連行などの証拠は一つもないはず。それでも各国で我が国の悪口を言いふらす、これを朴槿恵の「告げ口外交」という。

  一方中国は11月、東シナ海を自国の内海化しようと一方的に「防空識別圏」を設定した。
これら中韓に対して安倍首相は堂々たる国益外交をしてきた。26日には念願の靖国参拝も果たした。
  
 「日本は今後も一歩も譲歩せず、強い姿勢で臨むことが肝要だ。それが国益を守るだけでなく、自由と民主政治をアジアにおいて守ることにも直結するからだ。安倍政権の一層の奮起が期待される。(国際政治学者 藤井厳喜 夕刊フジ 12/28 )より

  よく右傾化といいますが、私には「今まで左に寄りすぎていた日本を安倍さんが何とか真ん中=普通の国 に戻そうと頑張っているように思えます。経済に対する影響とか、アメリカの想定外のコメントに危惧する声もありますが。毅然たる態度こそ重要、これでいいのだ。
















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おもいつくままに138 2013.9.13
朴槿恵どの、これほどの反日でいいのですか

  95歳の韓国人男性が「日本の植民地統治は、良いことだったとワシは思うよ」との発言をしたところ、居合わせた男が老人の杖を奪い、頭を何度も叩き死亡させるという事件が起こった。 「愛国心ゆえ」の犯行だと男は供述、韓国内のネットなどからも擁護の声が上がるという、あまりにも惨い事件。韓国のポータルサイトに配信された問題の記事のコメント欄には。老人を「殺されて当然」とし、犯人を擁護する投稿が上位に入っているという。

  2009年カミさんと台湾へ行ったとき、70才台のガイドさんも言っていた、「日本統治時代はいろんなものを残してくれて良かったが、中国になってからは何もいいことがない」と。

同じく 2013.09.13
   朝鮮日報は、東京電力福島第一原発の汚染水問題について、安倍首相の福島原発事故をめぐる演説を「大言壮語」と主張、信ぴょう性に疑いがあると論じた。
  中国のネット掲示板でさえ、2020年東京五輪の招致活動に対し、官民挙げて"妨害工作"を行った韓国への批判・疑問が相次いでいるという。「バカ国家」「低俗」などと痛烈なものもあるらしい。韓国はもと宗主国である中国に擦り寄っているが、市民のレベルでは高い壁があるのが実態のようだ。

その1ヶ月前 2013.8.15
  「日本製品を使うな。(日本に)侮辱されても(韓国人は)日本製品が良いというから、日本の右翼が安心して侮辱してくる」「必要な原材料以外は(日本製品を)一切輸入するな。レクサスやホンダなどの輸入反対全国民運動を始めよう」
などと、日本製品のボイコットで対抗すべきだとの意見が相次いだ。
  韓国のネットメディアによれば、 「『放射能食品展』でも開いていろ」などという不謹慎な書き込みも見られたという。

2013.9.30
  韓国の海洋水産大臣は、福島県など8県の水産物輸入禁止措置について、「 日本が汚染水を(海に)流すとは思わなかった非道徳的だ」と述べ、東京電力福島第1 原発の汚染水漏れに関する日本の対応を強く批判した

2013.10.8
  韓国の世論調査で周辺国の指導者に対する好感度調査を行ったところ、日本の安倍首相が最下位に選ばれた。
この調査は9月に19歳以上の男女1208人を対象に実施されたもの。好感度の割合が最も高かったのは米国のオバマ大統領 71%。中国の習近平主席 48%、ロシアのプーチン大統領 31%だった。一方、安倍首相に対しては「好感が持てない」が89%に達し、「好感が持てる」と答えたのはわずか3%。いつ攻撃してくるかわからない敵国の金正恩でさえ6%なのに。

2013.11.20
  韓国側による、日本と日本人を貶める卑劣な工作活動がまた発覚した。韓国系団体は現在、米国や欧州で慰安婦の像や碑の設置計画を進めているが、何と、沖縄県・宮古島に慰安婦の碑を建てていたのだ。12カ国語で日本を批判する碑文。自国の現実に目をつぶり、日本たたきに奔走する韓国側の暗躍ぶりはあまりにもひどい。

2013.11.22  
  初代韓国統監の伊藤博文元首相を、中国のハルビン駅で暗殺した独立運動家・安重根の石碑を、同駅に設置する動きが中韓の間で進んでいるという。
  韓国の動きに菅官房長官は「安重根は犯罪者だと韓国政府にこれまでも伝えている、日韓関係のためにならないのではないか」と不快感を表明。世耕副長官も「死刑判決を受けた人物だ、それに尽きる」と述べた。 

  100年にわたる我が国の経済援助・戦後補償・ODAによって、漢江(ハンガン)の奇跡を起こし、世界の最貧国であった韓国がここまできたのではなかったのか。これら莫大な援助は1000年の恨みを買うに至っただけなのか。

  いま、韓国経済が急激に悪化している。サムスン以外の大企業は業績が大幅に低迷し、巨額の負債で資金繰りが悪化するなか、大量の社債償還期限が迫る。自営業者や家計の借金苦も深刻だが、パク・クネ政権は打開策を打ち出せない。こうした惨状をメディアは「新韓国病」と呼ぶらしいが、朴さんの反日姿勢によって病状はますます悪化している。

  また、経済の低迷を背景に、韓国の銀行が重大な危機に陥っているらしい。その深刻度は1997年のアジア通貨危機や2008年のリーマン・ショック以上で、「今まで体験したことのないような危機的状況」という人もいる。企業の業績不振や家計の過剰債務によって、経済の血液である金融の停滞が続けば、複数の金融機関の破綻が起こりかねない。
  
  こうしたなか、韓国国内からも「朴大統領の反日はやりすぎだ」という声が出始めたという。内容は「国家指導者は、ときには国民感情を乗り越えて未来を見なければならない」(朝鮮日報)、「嫌いな人とも対話するべきだ」「冷静で理性的な国益計算が必要だ」(中央日報)。「歴史問題では朴大統領が広く手を差し出す時だ」「手遅れになる前に首脳会談を行なうべきだ」等々。

  朴槿恵どの、このような声が出るのを待ってたとしたら、あんたは辛抱強い、土下座して謝るのは「今でしょ」。















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おもいつくままに137   13.10.27  
マスコミの言葉尻報道
  少し古くなってしまいましたが、2013年9月7日 ブエノスアイレス IOC総会におけるプレゼンテーションで、安倍首相は福島の状況を「The situation is under control」(状況はコントロール下にある)と発言。 

  2013年10月9日 同じく安倍首相、水銀汚染の防止を目指す「水俣条約」採択会議の開会記念式典に寄せたビデオメッセージの中で「日本は水銀による被害を克服した」との趣旨の発言をした。

これら二つの発言のあと。

  IOC総会数日後、東京電力側が、福島県で開かれた民主党の東電福島第一原発対策本部会議で、同原発の汚染水漏れの現状について、「今の状態はコントロールできていないと考えている」と説明したとの報道。マスコミはじめ東京電力、民主党は、あたかも「首相が嘘言うた」と言わんばかり。

  何いうとるんや、もともとおまいら東電と民主が悪いんとちゃうんか。安部さんは「オリンピック開催地東京に影響がない」と言うとるんや。

  また水俣問題では、水銀が引き起こした水俣病には今も多くの人が苦しんでおり、被害関係水俣条約会議で「被害を克服」と言った安倍発言に反発の声が上がったとの報道。
  「克服と言ったのは、その後の水銀汚染対策が成功した」と言うてるんや。また、経験をした国であるからこそ世界から水銀の被害をなくすため、先頭に立って力を尽くす責任が日本にはあるといっているのだ。

  安倍さんは、いままで左翼政治家・知識人・マスコミなどに、さんざんにされた国益と、日本国民の自信を取り戻そうとしているのがわからへんのか。おまいらマスコミは「国益」というものを考えたことがあんのか。安倍さん発言の真意を理解して、それをうまく伝えるのがおまえらの役目とちゃうんか、われー。

  もひとつ小泉発言。「経済界では大方が原発ゼロは無責任だと言うが、核のゴミの処分場のあてもないのに原発を進める方がよほど無責任だ」。 「原発の必要論者は『将来はゼロにする方がいいが、今はダメだ』と言う。しかし、早く方針を出した方が企業も国民も原発ゼロに向かって準備もできる、努力もできる、研究もできる」と。
  思うに、原発を廃止しても核のゴミ処理問題は残る、むしろ原発を推進しながらの方が処理の問題も進んで行くように思う。

  もともと小泉政権では原発推進ではなかったのか、との記者の問いに、「感性の問題だ」といったとか。それにしてもいまここに来ての小泉さんの「原発ゼロ発言」。「もっとも」な話に聞こえなくもないが、空気をみての多数派に迎合する発言だとしたら、小泉さんらしくないと思うけど。















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おもいつくままに136   13.09.28  
半沢直樹
  「ぜってー負けんじゃねーぞ!!」 「出向が怖くて銀行員なんかできるか!!」 

  半沢直樹のヨメ 花(ええなあ上戸彩) のセリフです。夫を立てる、癒やす、慰める、励ます、ハッパをかける、すねて甘える、機転がきく。あの手この手で夫をリード。

  このドラマのことは、(もと銀行員ではない)製薬会社を勤め上げた机を並べる同僚と、話好きの取引先アパレルメーカー会長から聞くまで知らなかった。2話目が放映された後だったが、話好きの会長から1・2話のストーリーを詳しく話していただいた。3話目からは録画をとったが、見逃した1.2話を自分で目にしたうえで観たかった。便利なもので放映が終わった番組でも鑑賞することができるWebサイトがある。

  あくまでもフィクション。オーバーかつドラマチックに描いており、40%以上もの視聴率をたたきだすだけの面白さはある。私自身の銀行員生活と照らし合わせてみると、メガと地銀との違いはあっても、経験と重なるところが結構多い。直樹の夕食のシーンがありますが、他のホームドラマのような家族での食事シーンなど一度もない。子供に食べさせ、寝させてから深夜の夫の帰りを待つ、銀行勤めなら当然である。
 
  日々の業績推進はしゃあないとして、今思い出しても気が重かったのは 1.「国税局の査察」、2.「当局の検査」、3.本部検査部(監査)検査。そしてつらかったのは 4.「転籍先での部下からのいじめ」

1つ目、国税査察。
  もう半世紀も前のことなので「時効」と言ってもいいと思い話しますが、入行して間もないころ、その支店に国税の査察が入った。50年前の相互銀行のころ、その支店の耐火金庫には、いつでも持ち出せるように風呂敷に包んだ台帳があった。
  上司から「どこかへ隠せ」との指示で、風呂敷包みを持ち出すところを出口にいた査察官に見つかった。「証拠物件隠滅」ということで調書をとられ、「新入行員が自分の意志で書類を隠そうとするはずはない、指示した上司が誰かを言えば許してやる」「こんなことで将来を無にしていいのか」とかなり厳しく追及されたが、このときは最後まで「私の一存でやりました」と言い切った。

  査察を行う査察官は、逮捕権はなく相手の抵抗等があっても身柄拘束はできませんが、警察官の応援を求める事ができるそうです。犯則事件を調査するため必要ある場合、国税犯則取締法にもとづき裁判所の許可を得て臨検・捜索・差し押えを行うことができます。あの片岡愛之助扮するおネエの主席?査察官も大きな権限を持っている。銀行へ税務署が来るなどは日常茶飯事、脱税額の大きいものは国税庁がくる。その後も何度か遭遇したが、彼らの殺し文句はドラマでもあったように「場合によってはシャッターを下してもらう」。

2つ目、大蔵省検査(いまは金融庁)
  検査初日、本部か東京支店などに臨店があれば、全店に連絡がはいり、自分の銀行にMOF(大蔵省)検査の着手があったことがわかります。検査官の抽出により、翌日からは一般の店舗にも入ることになります。その場合、本店で検査官が車に乗ってから運転士に「行き先支店」を告げることになっていたようです。本部から車が向かった方向から推測、反対方向の支店はホッと胸をなでおろし、可能性のある店舗は緊張を強いられることになります。

  そのころの検査団は7~8人、予告なしで検査が入る可能性のある店舗(大型店舗や何か問題のある支店)の支店長や幹部は、開店まえ通用口のブザーが鳴ろうものなら心臓がドキドキとなります。2店舗目の支店長のとき、ピンポンと同時に通用口から本当に入ってきたときは、心臓が口から飛び出すのではないかと思うくらい緊張しました。うまく乗り切って当たり前、なにか問題でもあれば大変である。

  当時、地銀の検査には大蔵省銀行局の検査官が来るのが普通でしたが、私のいた銀行で一度だけ「大蔵省銀行局」ではなく「証券局」の検査に遭遇したことがあります。

  銀行は集めた資金の大部分は「企業や、個人事業者の営業資金、住宅ローンなど個人への融資で利ざやを稼ぎます。あまった資金はそのまま置いておくのはもったいないので、資金証券部が資金市場で運用したり、有価証券を買ったりすることになります。銀行の投資勘定で行うこの運用は銀行本来の業務なので、大蔵省でも銀行局の検査対象となっていました。 

  同じ資金証券部でも「市場営業課」などの名称で「証券業」を営む部署がありました。銀行は株式の売買は認められていませんが、国債や地方債など債券の売買(ディーリング)や、取次業務など「商品勘定」にて証券業務を営むセクションがあります。ここはある意味「銀行の中の証券会社」とみなされていたため、銀行局ではなく証券局の検査対象となっていたのです。

  ドラマでは、金融庁検査のとき検査官に見られたくない書類を自宅に持ち帰るところがありました。上戸彩演じる妻の機転(だったか?)で書類を実家に転送し、絶体絶命のピンチを逃れるシーンがあります。
  上記証券局検査のとき、私もすこしやばいと思われる書類を家に持って帰ったことがありました、このときは課長だった私の一存で。
  
  当局の検査では「臨店検査」だけではなく「資産査定」も大変でした。決められた日時までに、徹夜などして(「点滴をうけながら」の時もあった)。作り上げたラインシートをもとに、決められた検査官の下で支店長・貸付の責任者などが説明に当たります。この日のために貸付先資産内容(保全状況など)は当然として、当該企業の沿革・業種・業界の動向・業績・経営者の人物などを必死で頭の中にたたき込むことになります。

  査定当日、検査官から要注意債権や、破たん懸念先などに査定されると、ドラマでもあったように、「引当金」を積まなくてはなりません。これによって銀行の収益が左右されることから、少しでも悪い査定を免れるため、全身全霊で説明をしたものです。

そして3つ目、本部検査 
  本店検査(監査)で、判子の押し方が歪んでいるだの、線の引き方がおかしいなど本質とは関係の無いことを多く指摘された事がありました。講評のとき「本部は何もしてくれなくてもいいから、店の邪魔だけはしないでほしい」と云った事があります。事務検査などではあまり良い評価はもらったことがありませんが、営業成績は悪くなかった為か、このあともなんとか支店の責任者を続けさせてもらえました。

最後に出向先(転籍先)でのいじめ
  半沢直樹の同期行員が出向したタミヤ電機で、部下から陰湿ないじめにあう場面があります。私の場合は、相手先の強い要請により即転籍で行くことになった家電量販店での出来事。「おもいつくままに」の№13「死ぬほどつらかった転籍先でのいじめ」をご参照ください。















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おもいつくままに135   13.08.27  
憲法改正は必要か
  今年もまた8月15日がやってきて過ぎて行った。14日にはカミさんと映画「終戦のエンペラー」を見に行った。少し前に本屋大賞受賞作家百田尚樹の「永遠の0(ゼロ)」を読み終わり、半月ほど前から浅田次郎の「終わらざる夏」を読み始めたところだ。そしていまNHKドキュメンタリー「零戦~搭乗員たちが見つめた太平洋戦争」のVTRを見ながらこの原稿を書いています。

  映画や小説の感想は「エンターテイメント」に書くとして、いままた「あの戦争はなんだったんだろうか」を考えると同時に、安倍さんの進める憲法改正について考えてみたい。

  終戦のエンペラーで、GHQは「天皇の戦争責任」について追及しょうとした。昭和天皇は太平洋戦争に反対だったのに反対だとしっかり意思表示をしなかったのか。統帥権は軍部ではなく、天皇が持っていたのに、軍部の暴走を止めることができなかった。政治が軍事に優先するシビリアン・コントロール(文民統制)が働かなかったという事でしょうか。

  左翼の政治家などは論外として、一般の人たちの中にも(多分にマスコミの影響で)「憲法第9条」の改正によって徴兵制度の復活や、軍国主義的気運が広がり、あの悪夢の戦争へと進んでいくのではないかとの不安を訴える人はいる。
また戦後の驚異的な経済発展は「戦争をしない9条があったため」とか、「徴兵されないのは、9条のおかげ」という人もいます。経済のことについて言えば、その通りだったという一面もありますが、わが国の今おかれた環境(朝・中・韓)を考えると今後もそれでいいのかというと疑問が残ります。

  いま、(私はそうは思わないが)右寄りと云われている安倍さんはじめ、右翼と云われる人たちでも、戦争を望んでいる人など皆無と言っていいと思います。ではなぜ今改正が必要なのかをいうなら「日本人が自信を取り戻す」ために必要だということです。心配しなくても今の日本、これからもシビリアンコントロールは効きすぎるぐらい効くと思います。

  あの戦争の陸軍というより関東軍の暴走には、目を覆いたくなるものがありますが、戦後GHQが日本の学校教育を巧みに操作して「戦時中、大量虐殺を行った」「侵略戦争だったという意識を植え付けた」といわれています。結果、日本人は自信を失い、愛国心を持てなくなったということです。この「戦後レジームからの脱却」こそが安倍さんのもっとも志すところだと思います。『憲法改正によって国民として当然持つべき「愛国心」や「国益」というものを国民の心に取り戻してもらいたい』と思うからでしょう。

  建て増しやリフォームを繰り返し、どうしようもなくなってしまい、「建て直したほうがいい」と思う家のように、憲法もあまりにも多くなってきた矛盾を「解釈」だけで繕うのはもう無理だと思います。憲法改正はあまり難しく考えず、「今の現実の正しいところ」に合わせていく作業が必要だ」と思うのです。

  憲法9条第2項には「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあります。
  自衛隊の歴史について調べてみました。1950年(昭和25)、連合国最高指令官マッカーサーは、75,000人の国家警察予備隊の創設と海上保安庁定員8,000人の増加を指令。これにより「警察予備隊」創設、1952年「保安隊」に改称。

  1954(昭和29)年3月、「安保条約」に基づく軍事的義務を履行することの決意を再確認し、自国の防衛力および自由世界の防衛力の発展および維持に寄与し、この協定をうけて同年6月防衛2法(自衛隊法・防衛庁設置法)が成立,翌7月陸・海・空の3軍を備えた自衛隊が発足することとなる、これが軍隊でないはずはない。
  「集団的自衛権」なども今後の安全保障を考えるうえで重要なことだと思います。

  震災や災害であれほど国のためにやってくれた自衛隊を、正式に「国防軍」と位置付け、憲法のもとで認知することが必要だと思います。これにより、より誇りを持って国を守る職務についてもらえるのではないかと思います。ひいてはわれわれ国民も対内外に安心感を持つことができると同時に、使い勝手の良い新しい家に住めるというものではないでしょうか















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おもいつくままに134   13.07.27 
老人妄言
   足腰弱って口だけ達者の筈が、近頃は足腰の上に口まで覚束無くなってかなり前途が暗くなり、

  身体を動かすのに始動時間やアイドリング時間がやたらと長くなり、

  立ったり座ったりするのに「ヨッコラショ」とか「ドッコイショ」とか、知らぬ間に声が出ており、

  頭髪が抜けて地肌が透けて冬でも夏向けの頭となり、敬老でなく軽老の日と言われて納得し、

  要らぬことは喋るくせに、都合の悪いことは聞こえないふりをして知らん顔をし、

  時々俳句らしきものをつくって、われながら見事な駄作だと感心したり、

  目玉焼きは黄身から食べるか、白身から食べるか迷いに迷い、

  ライスカレーとカレーライスとどう違うのか聞かれて、「知らない」というのも癪だからおいしいほうが  カレーライスだと答え、

  尻の肉が痩せ落ちた分だけ腹が出てきて変なバランスがとれ、

  ピッタリ身体につくシャツが窮屈となり、だんだんゆったりブカブカのものを着てますます不恰好な姿に  なり、

  買い物忘れをしないように克明にメモを作り、そのメモを、忘れて買い物に出かけ、

  メシが出来たと呼ばれる身になって、餌を待ってる犬の気持ちが、分かるようになり、

  メタボと云われて腹を立て、太っ腹と云われて気を悪くし、

  ズボン下を後ろ前に穿いて公衆便所で用が足せず立ち往生し、

  血圧で塩分を控えるように云われ、糖尿で糖分を控えるように云われ、メタボで飲食量を控えるように云  われ、

  そのうちに、高齢で生きているのを控えるように云われそうで気が気でなく、

  同窓会名簿の生きている人より、死んだ人の名前のほうが気になり、

  洋式便器では立って小用を足すべきか腰かけてするべきか、判断がつかず、立ったり座ったりし、

  補聴器の広告を見ては、まだまだ聴こえるふりをして、買うのを先延ばしにし、

  缶ビールの半分でほろ酔い、1本で泥酔、2本で酒乱となり、

  快食・快眠・便秘気味と何故か最後に変な出し惜しみをし、

  虫歯が1本もないことを自慢したら、入れ歯が虫歯になる訳がないじゃないかと云われて素直に納得し、

  趣味は何ですかと聞かれて、デパ地下の試食と本屋の立ち読みと答え、後でそのようなものが趣味に入る  かどうか自分でもギモンに思い、

  置時計が止まって動かなくなり、時計店に持っていったら、これデンチ切れですヨと云われて、ボケもこ  こまできたかとガックリし、

  「ボケてやる 夫婦げんかの 捨てゼリフ」という川柳をみて、うまいことつくるもんだと感心し、

  デジカメってどんな亀だと聞かれて、説明する気にもならず、

  寿司にマヨネーズをつけて食べるのを好きだと云ったら、周りの人から気持悪がられ、

  その上漬物にマヨネーズをつけるとおいしいとと云ったら、珍獣を見るような目で見られて何だか食べ難  くなり、

  朝寝坊、昼寝が好きで宵寝して、起きては時々うたた寝をするという超過剰睡眠型ナマクラ老人となり、

  オーストラリア産の安いステーキ肉は固いゴム底を噛んでいるようでなかなか噛みきれず、思いっきり噛  んだら入れ歯にヒビが入ってしまい、

  翌日歯医者に「何を噛みました」と聞かれて返事に困り、アノ肉はヒョットしてカンガルーの肉ではなか  ったかと思い、

  駅の自動改札機は大人と小人をどうやって見分けているのか不思議に思い、一度小人切符で通ってみよう  かと、不良老人は悪だくみをめぐらしたり、

  便所の中で本を読む悪癖があり、長時間閉じこもっているため、周りの人が使用できず、「早よでろ」と  いわれるけどなかなかフンギリがつかず、

  髪の毛の少なくなった分、散髪代を安くしてくれないかと云ったら、毛の少なくなった頭のほうが散髪   は むつかしいんだと云われてヤブヘビとなり、

  静かな図書館で私のケイタイが高らかに鳴りひびき、周りの人から一斉に白い目で睨まれて穴があったら  入りたくなり、

  入れ歯をはめ忘れて買い物に行き、フガフガ喋りとなってはじめて入れ忘れてきたことに気が付いて周章  狼狽し、

  美しく老いたいと思いながらこと志に反し、醜く老いてゆく現実に落胆しながら、尚しぶとく厚かましく  年をとり続けるこの根性に我ながら感心し、

  何十年間も貧乏神に家賃ももらわず居座られて難渋し、私、いっぱいいっぱいでございます。

    
  47年も続いている飲み会の幹事をして、その時の写真をお送りした際、寝屋川の大先輩より「友逝く」の漢詩と、上記の文を いただきました。あまりにも良くできているので私が読むだけでは惜しいと思い、ご了解を得て転載させていただきました。
  
  本人様は「寝屋川の暇老人」と称しておられますが、今年6月にお目にかかったときは大変お元気で、 「老人妄言」では  「老い」を嘆いておられますが、あの歌舞伎役者のような容姿もほとんど衰えておられず、そのような老人とはとても思えません でした















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おもいつくままに133   13.06.29  
FOMC バーナンキの発言
  日本時間の6月20日未明に公表された米国FOMC(※1)の結果、金融政策は現状維持でしたが、直後のバーナンキ議長の記者会見が大変注目されました。

  (※1)FOMCは、アメリカの中央銀行ともいうべきFRB(連邦準備制度理事会)の理事7名や 地区ごとの連邦準備銀行総裁5名で構成されており、アメリカの金融政策を決定する 最高意思決定機関である。定期的に約6週間ごと年8回開催される他、必要に応じて 随時開催される

  「経済が予想通りに改善(現在 7.6%の失業率が 7%近辺への低下)すれば、今年後半に国債などの買入れを減少させ、来年半ばに量的緩和を終了させる可能性がある」と明言したことです。
  これによって「米景気が強い」との見方でドルが買われ、95円を割っていたドル/円が97.18銭までドル高(円安)となり、NYダウが353ドルも急落した。それを受けた東京市場は円安に振れたにも関わらず、株価は230円も下がった。予想より大きく反応したのが米国10年国債利回りで、5月初めは1.6%だったものが2.4%まで上昇した。

  米景気が悪くないのに、「逆に金融が引締められるかも」との観測でダウが下がる。為替・株価・そして長期金利、なんやようわからん。これこそが金融相場と言えるゆえんだろう。

  FRBとはアメリカの中央銀行と思っている人は多いと思う。ついでにちょっと勉強してみる。

  連邦準備制度(れんぽうじゅんびせいど、Federal Reserve System, FRS)はアメリカ合衆国の中央銀行制度を司る企業体で、ワシントンD.C.にある連邦準備制度理事会 (Board of Governors of the Federal Reserve System または Federal Reserve Board, FRB) が全国の主要都市に散在する連邦準備銀行 (Federal Reserve Banks, FRB) を統括する組織形態を特徴とする私立銀行群。英語では主に the Fed と略称する。(ただし正式な略語では無い)

  日本での略称は FRS だが、実際には連邦準備制度と制度を運営する「理事会」はあまり区別されず、両者とも FRB と呼ばれることが多い。また、連邦準備制度理事会の長は議長 (Chairman of the Federal Reserve Board) と呼ばれる。2006年2月1日からはベン・バーナンキ議長。          ウイキペディアによる

  自民党安倍総裁の誕生、政権奪回後のアベノミクス効果と日銀総裁となった黒田さんの異次元金融緩和で上げ続けて、5月22日には 15,627円まであった日経平均株価が、23日突然 1,143円も下がり、その後乱高下を続けている。1000円以上も下がるというのはブラックマンデーのような恐慌のときぐらいだと思ってました。最近、日本の株に入っている外資は28%くらいわれているが、必ずしもヘッジファンドなどの仕業ではないとの説もあります。それにしても空売りや先物をつかって相場を操っているものがいるのは確かです。

  今後は金融相場から業績相場に移行していくのでしょうが、業績で買われている銘柄でも日経平均が下がればつれ安で元の木阿弥。やはり安定的に上ってほしいものです。仕事を辞めて毎日が日曜日になれば、ささやかな金額ではありますが、我が家のディーリングルームで、マネーボードを見ながら日々の売買をしたいと思っています。

  でも、今のような相場が続けば、少額の投資家や素人が逃げて行ってしまい、株式相場に資金が入ってこなくなるのを恐れます。もうすこし健全な市場になってくれるのを期待するこの頃ではあります。


 金融政策とは関係ありませんが、どうしても今言いたいことがあります。
  鳩が中国で「(尖閣諸島)は中国側から見れば盗んだと思われても仕方がない」と言ったらしい、国賊罪(そんな罪名ないけど)で投獄して口を封じよ。こんなんが総理大臣やってたんやからなあ、官房長官が唖然とするのもムリはない。海江田さんよ細野さんよ、あんたらの親分やったんやど。「参院選立候補自粛でだれも立てず」ぐらいしたらどうや。

 ついでにもひとつ
   朴槿恵韓国大統領が27日、我が国を無視して中国を訪問した。思うに、本当は好きな彼(日本=安倍さん)がつれない(毅然として冷たい)ので、その彼の一番嫌いな男(中国)にモーションをかけた、なんだかこんな気がする。

 どこへ行っても売るほど大量のお土産を買いこまれる Iさん、中河内の住人いまはお菓子業界のMさん。岸和田のY大先輩、和歌山のA大先輩、赤い羽根ちゃんNさん、最近ご無沙汰の松露庵の仙人さん、写真家のKさん、同級生のNさん、アパレル業界のN社長、30年ぶり梅田でバッタリのMさん。
  毎回ご返信いただく奈良市在住のF先輩。いつもコメントをいただける(南河内の富豪)Hさん、(声が大きいのも男前も衰えていない)Yさん、(政界事情通で少しタカ派の)I先生、(保険業界へいって頑張ってる)Iさん、年取ってからの同僚Fさん、この私の見方ヘンでしょうか?    














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おもいつくままに132   13.05.26  
それを言っちゃあ おしまいよ橋下さん、西村さん
  5月13日、橋下徹大阪市長・日本維新の会共同代表の発言 

 1. 「第二次世界大戦中の従軍慰安婦は、必要だということは誰でもわかる、世界各国が持っていた」
 2. 「(2007年の第一次安倍内閣の閣議決定に言及しつつ)日本政府自体が暴行脅迫をして女性を拉致したという事実 は 今のところ証拠に裏付けられていません」。
 3. 「沖縄の在日米軍に関連して、沖縄米軍の司令官に対して日本の風俗業を活用してほしい」

  17日の西村真悟衆院議員の発言

 4. 「売春婦はまだ日本にうようよいる、韓国人。大阪の繁華街で『お前韓国人、慰安婦と言ってやったらよろしい、戦いましょう」。
  西村さんは私の好きな?(というより、ハマコーさんのように言動が面白い)政治家の一人ではあるが、この発言、政治家としては論外。これでi維新の会はクビのようだ、嘘は言ってないんやけど、口は災いのもとや、しゃあない。

  橋下さんともあろう人が、この時期なぜこのような発言をしたのか。云ってることは分かる人にはわかることではあるが、マスコミというものはこういう報道の仕方をし、それを見た(聞いた)世のヒステリーどもは、どのような反応をするのは十分わかっていたはず。

  このところの代表としての注目度の低下や、維新支持率ダウンの危機意識(その意味では効果あり?)からの話題提供なのか。沖縄の米兵暴行事件など、米軍に対する問題提起やろとおもうけど。もう一人の共同代表、の発言なら、「暴走老人なら言っても当然」と、あまり問題になってなかっただろう。
  「みんな」の渡辺さんも大人げない、選挙の逆風を恐れてるのはみえみえ、もうちょっと気の利いた反応をしてもいいと思うのですが。

  そもそも橋下さんの保守性や歴史認識について、安倍さんとの違いが認めがたい。野党維新としては参院選での自民党との対立軸が必要としているので、こういった過激な発言になってしまうのだろうか。

  日経の春秋欄だったと思いますが、橋下発言について、「男はつらいよ」をひきあいにした批評があった。確かにフーテンの寅さんは、映画の中でおいちゃんやおばちゃんによく言っていた。「それを言っちゃあ おしまいよ」。

  橋下さん、「おしまい」にならないように、「自分の蒔いた種」うまく収拾してほしい。これで終わるような人ではないと思うと同時に、せっかく出てきた強烈な若手リーダーが政界からいなくなっては困る。














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おもいつくままに131   13.04.28  
甘利越え
甘利越え
隠し切れない デフレ香が
いつしか日本に しみついた
誰かに盗られる くらいなら
バブルを起こしていいですか
値乱れて サプライズ
九十九折り 常連の買い
株あがり 円落ちる 肩の向こうに
あなた・・・・しま(兜町)が燃える
何があっても もういいの
くろだと燃える 火をくぐり
あなたと越えたい 甘利越え
作者は双日総合研究所 吉崎達彦副所長
(4/20付 夕刊フジより)

   安倍政権の滑り出しは上々、それに安倍一次内閣と比べて自民の人材は豊富やないか。週刊誌などで総理との不協和音が報道されたりするが、幹事長もしっかり首相を支えているように見えるし、他の閣僚や党の女性幹部もみんなしっかりやっている。今最も重要な「防衛とTPP」、防衛大臣も意外とちゃんとした考えを持っているようだし、TPPに関しても今の農林大臣はしっかりした説明をしている。

  「最低でも県外」といって国を混乱に陥れた宇宙人首相はいないし、国益より中国や朝鮮半島のことのほうが大事に見えた元市民運動家?首相もいない。要人に握手してもらいに中国へ大勢の議員を連れて行った「限りなく塀の中に近かった」あの人もいないし、日教組幹事長もいない。また、被災県の知事にあんなに偉そうに云う奴はいないし、防衛のど素人を自認する大臣もいない。

  上の替え歌はアベノミクスの経済政策・成長戦略を任された、甘利明経済再生担当大臣に関するもので本人もお気に入りだとか。甘利さんは2月の講演で 年度末13000円をぶち上げた(その日の「日経平均」は 11000円)。3/末こそ未達であったが、4月5日にはあっさり甘利越えとなった。

  歌にあるようにあれほど長く続いた円高が一時100円に迫るほど下落した。これにより我が国のメーカーは、一息ついたどころか息を吹き返した会社も多い。3月決算会社のこれからの発表が楽しみである。

  私が日々訪問している中小企業でも、まだアベノミクスの恩恵を受けるところまではいってませんが、今後に期待が持てることから社長や営業幹部の方の表情は明るい。
  先日訪問した輸入のウエイトが高い会社でも、「円安は社にとっては厳しいが、モノづくりの国、わが国にとっては良いことだ」と、国益重視のお考え。このように安倍さんを支持する経営者が多く、うれしい気持ちになります。

  まだ始まったばかりなのに、野党・識者ら?は「物価だけがあがり、借金の山が残り、悪性インフレに苦しむことになる」と、「うまくいかなかった場合」ばかりをいう。たしかにその心配はないではない、だからといってあのまま円高やデフレスパイラルが続いたらこの国はどうなってしまうのか?長い間誰もよう止めへんかったやないか。

  日本国債暴落の危険性が前から言われていた。確かにGDPに比して我が国の国債残高は極めて高い。世界各国の「破たん確率ランキング」が発表され、日本国債のリスクは大幅に低下しているという。アベノミクス効果により市場関係者が「安全資産」とみるようになったとのこと。これも「アベクロ」効果だという事か。
















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おもいつくままに130   13.03.24  
ならぬものはなりませぬ Ⅱ
  今年のNHK大河ドラマは「八重の桜」。韓流ドラマの影響か、毎週観るより、録画で貯めたものを一気に鑑賞する習慣がついている。そのためまだ中身は観てないが、録画をしているとき1作目の題名に「ならぬものはならぬ」というのがあった。

  会津藩に白虎隊も教えを受けたといわれる日新館という藩校があった。その校則に「什の掟」というのがあり、子供たちには理屈ではなく「ならぬものはならぬものです」と教えていたという。

  昨年12月、大阪の市立高校で、体罰が原因でバスケットボール部のキャプテンである高校2年生の男子生徒が自殺 したという、痛ましい事件があった。その後教育的指導のための叱咤か、いじめか・暴力かで意見が分かれるところかと思ったが、橋下さんの一言で「暴力・いじめ」として処分が行われた。
  また柔道女子日本代表の監督が選手15人から暴力行為などを告発されたという事件もあった。

  小学校の頃、そろばんやチョークで頭をたたかれたり、クラスで誰かが不始末を犯すと連帯責任で全員が割った薪の上に座らされたことがあった。またバケツを持たされ立たされているクラスメートもいた。いまの父兄なら抗議の一つもあるのだろうが、その頃は「よく叱ってくれた」と感謝こそすれ、先生に文句をいう親などいなかった。少なくとも高校生くらいまでは、身体に覚えさせるという教育も必要であろう。

  横浜ベイスターズの三浦投手が、高校1年の冬に「夏の大会でレギュラーとして出場した後、新チームの練習をサボり始めたという。野球部を辞めることまで口にしたとき、同級生は泣きながら三浦を殴って説得し、監督も手をあげた。これ以降野球への取り組みが一変した」という記事があった。(おもいつくままに№122 ’12.07.29ハマの番長vsジャイアンツ)。

  バスケの指導者の場合、あそこまでやるとそれは陰湿ないじめと暴力以外の何物でもないと思うし、女子柔道においても15人もの選手が告発するということは、尋常ではなく、大方の部員によほどつらい思いをさせた(言葉の暴力を含めての)暴力だったに違いない。

  要は指導する立場の者が「叱る」ために多少の体罰的なものがはいっても、愛情を持って行われたものであれば、指導される者も恨んだりはしないだろうし、そうでない場合に「暴力・いじめ」になってしまうのではないだろうか。
















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おもいつくままに129   13.02.24  
「そうじをすると得をする」
○ 答えを行ってしまうと、 実は、  
  そうじをすると、得することが  あるんじゃな

○ 拾うと何かが  
  自分の中で起こる。  何かが変わる。
  その何かは 拾った人だけがわかる

○ ゴミを1つ捨てる者は、
  大切な何かを 1つ捨てている。(信用を捨てている)
  ゴミを一つ拾うものは、
  大切な何かを 1つ拾っている

○ すべては、  
  たった1つから   はじまるんじゃよ。
  その意味で   「0と1の差」は
  1ではなく、実は、   とてつも大きい・・・、
  それこそ、
  「0と1の差」は  百も、千も、 万も、億も、違う

○ そうじとは
  「気づき」を 教えてくれる
  もっとも安上がりで、
  最も簡単な トレーニングなんだ

○ 誰かに見られているから
  仕事をするのではない。
  「自分が見ているから、 自分が納得するように
  仕事をするのが 気持ちいい」

○ 「1つのことを やりつづけること」
  の  大切さ。
  辛抱することや、 バカになって
  物事に打ち込むこと。
  能率、効率を 上げるために
  工夫するということ。
  「何物にも左右されない、 裏表のない
  人間になること」

○  問題は、
  「気の遠くなるほどの量」 があるということ
  だった。
  普通に損得勘定で動く 大人だったら、
  そんなことは、 とてもやろうとも
  思わないだろう

○  「たくさん」が
  とてつもなく 大きな存在だとしても、
  仮に1万から、 いや1億から
  1を引けば 残りは間違いなく
  9999万9999になる。

○  あれこれ考えるよりも、
  「まず、自分が行動を 起こすこと」。
  誰がやったのか、 だれの責任なのか。
  また誰がやるべきか、 誰に頼んだらいいのか・・・・」。
  そんなことを
  考えているよりも 「まず、自分が
  行動を起こすこと。

○ 「人が喜ぶ顔を見るのって
  パワーになる」 んですよね。 ということは、
  人のためとは言いながら、
  実はやっぱり 「自分のたため」
  なんじゃないか。
  「してやってる」んじゃない。 「させていただいている」
  んだ。

○ 仕事とは「気づき」
  である。
  そうじは「気づき」を教えてくれる最も安上がりで最も簡単なトレーニング
  「拾った人だけがわかるんじゃよ」


 なぜそうじをすると人生が変わるのか?  
志賀内 泰弘著    ダイヤモンド社     2010.11.26 初版    2011.3.14 6刷    「そうじ小説」より















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おもいつくままに128   13.01.24  
アベノミクス
  1月16日から、カンボジアとベトナムを旅行してきましたが、ホテルのテレビは韓国LG製、ベトナム・ハノイの空港にSONYやPANASONICの看板があるにはあったが、SAMSUNGやLGの広告が目立つ。乗った観光バスはHYUNDYE、両国ともわれわれがいくところ歓迎の音楽は「アリラン」、ああ。

  安倍さんは党総裁に選ばれた直後から、「景気」を最優先課題としてアピールしてきた。そして政権を奪取するや素早く、長引くデフレと不況、民主党時代の失われた3年間を取り戻すべく、大胆な金融政策を打ち出した。金融緩和期待による円安、円安による株高と、あれよあれよという間に低迷していた株式市場にようやく活気が戻ってきた。

    アベノミクス :
(またはアベノミックス、安倍ノミクス、英語表記、Abenomics)は、自由民主党の政治家・安倍晋三が掲げる経済政策である。安倍とエコノミクスを合わせた造語。(ウィキペディアより)

  アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の3つを基本方針としており、安倍さんはそれを「3本の矢」と表現している。個別の政策としては、2%のインフレ目標、円高の是正、政策金利のマイナス化、無制限の量的緩和、大規模な公共投資(国土強靱化計画)、日本銀行の買いオペによる建設国債の引き取り、日本銀行法改正などが挙げられる。

金融緩和
  評論家や野党の連中は「市中のお金を増やしても銀行が貸さなければ」とか、企業には余剰金が十分あり、資金が投資には向かわない」とかいう。だからと言ってこのまま手をこまねいていていいのか。 わたしも長年金融機関でいただけに「日銀」についてすこし思うことがある。最大の任務は公定歩合の上げ下げ、過去には景気の調整弁としてのこの操作はかなりの効果があった。

  日銀といえばいつも「中央銀行の中立性」、をいう、民意で選ばれていないのに大方の人とは違うことにあまり固執してもどうかと思う。。資金証券部にいたころ、ディーリング業務の報告で、毎月1回近畿財務局と日銀大阪支店を訪問していた。財務局は大蔵省(当時)とはいえ、まあどこにでもあるような雰囲気の事務所であったが、日銀はセキュリティからして違うし、この役所?には近寄りがたい何か?があった。

   「物価の番人」というのならデフレに対しても、もっと何らかの方策を打ち出すべきだった。日銀は政策金利の下げる余地がなくなってから、なすすべをなくしたかにさへ思える。リーマンショック後もアメリカなど他の国は市場への多めの資金供給でそれなりの効果を出している。

20兆円緊急経済対策
  についても、「うまくいかなければ赤字が残るだけ」とか、「土建業へのバラマキで、前の自民党と変わらない」とネガティブな意見が横行する。 ほかに即効性のある政策があるのか、あるならいってみろ。
  景気の安定・底上げを図るには財政出動が当然、これにより公的需要・総需要を増加させ、GDPや民間消費などの増加促進を図る。需要の増加による失業者の雇用機会の創出も見込まれる。不況期の景気刺激策としては当然。

  これらにより、景気をあげつつ成長分野への後押しを図っていくべきであろう。

  とにかく参院選に勝って、こんどこそ長期安定政権にし、強い「美しい国」を創ってほしい。そのためマスコミもくだらん政権のあらさがしをしないでほしい。
















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おもいつくままに127   12.12.29  
世襲議員・お友達内閣でどこが悪い!
  あけましておめでとうございます
 
  昨年野田総理は、年内はないと思われていた解散に踏み切った。これを「自爆テロ解散」といった人がいた。
  2012年12月16日の総選挙は安倍自民党の圧勝で終わった。マスコミや他党は「自民が勝ったのではなく民主党が惨敗を喫したのだ」という。無能・無策・無責任、 民主の歴史的惨敗はその通りであるが、自民が大勝したことには変わりない。勝負は僅少差でも勝ちは勝ち、増してこの大差、多くの人が自民に政権を托したのだ。安倍応援団の私としては大満足の選挙結果ではあった

  民主党政権の3年3ヵ月でどれほど国益を損なったかは今更論じる必要もない。野田さんの突然の解散宣言は、国のためを思う解散だとそれなりに評価した。
  ところが選挙戦中、厚かましくも「党首を比べて投票してほしい」との訴えをしていた。とんでもない党を率いている自分を選べとは無茶な話だし、安倍氏とどちらが首相に適しているのかなんて、なんとも身の程知らずな演説ではあった。

  選挙前、世襲議員についての是非が喧しかった。何人も職業の自由は保障されているはず、能力があるのならば、国のためになるのならば親の地盤を継いでどこが悪い。小沢チルドレンのような全然知らない人より、「あの政治家の息子なら・孫なら」で選ぶほうがまだましかも知れない。

  安倍さんの親父は大願成就する前、無念の病死をしているが、祖父の岸さんは、(政治のことがあまりわからなかった)当時の私にとって、安保を強行する悪い人との印象があった。その後、世のなかのことが少し理解できてくるにつけ、国を思うすごい人だったことがわかってきた。

  それに、小泉さんの息子進次郎氏の成長は著しい、将来のこの党を背負って立つのは間違いないところであろう。また、政界から角栄さんのDNA(冒頭の真紀子さん)が消えていくのもさびしい、なぜならあんなに面白いフレーズがスラスラ出てくる人は少ない。
  1998年の凡人・軍人・変人(小渕恵三・梶山静六・小泉純一郎)や、このたびの暴走老人発言、この言葉が気に入ったのか石原氏も選挙戦でたびたび使っていた。

  ついでにいうと、今年は自分で「元やくざ」といってはばからなかったハマコーさんが亡くなった。バリケードを一人で破壊する姿はテレビでよく流される。この時に、「いいか、断っとくけどなー、かわいい子供達の時代のために自民党があるってことを忘れるな!お前らのためにだけ自民党があるんじゃないぞ!」という演説。
  政治的功績はともかく、政界にハマコーやマキコ節が聞かれなくなっては淋しい気もする。

  もう一つ、マスコミや一部の政治家が言う「仲良し内閣」の是非ではあるが、官邸など気心の知れた志をともにする人たちで固めるのは当然であり、仕事が速い。このたびの組閣を見てみるとお友達もいるにいるが、結構専門家や実績のある「適任者」を多く登用している、やっぱり民主党に比べれば人材の差は歴然だ。

  また、今回の人事で党の要職に就いた(奈良選出の)高市早苗氏、まえに「第二次安倍内閣の女性初の官房長官」と書いた(思いつくままに№102(710.11.27「安倍内閣をもう一度」)。また初入閣の山本一太氏は「安倍さんいのち」の人ではあるが、二人とも仕事ができればそれでいいのだ。

















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おもいつくままに126   12.11.24  
解散総選挙 やはり安倍さん
  衆院は11月16日に解散となり、12月16日投開票に向けた事実上の選挙戦が始まっている。定数480の議席を争う国政政党は、公職選挙法などで定められた要件を満たすところだけでも、14に上る。離合集散の動きが相次ぎ、なお政党数が定まらない。

  11月、野田首相が「伝家の宝刀」を抜いた。ついにというべきか、党内の大勢は粘れるだけ粘ると思えたときだっただけに、意外感で野田さんを見直した人も多かったに違いない。一時60議席を割るのではないかとまで言われた与党民主党であるが、この解散声明で、なんとか100議席は確保できるかもしれない。

  それにしても民主党の分裂が止まらない。沈む船から逃げ出すネズミのように、ずいぶんいろんな人が民主党を離れた。そしてとどめは創業者?の鳩山さん、公認してもらえず辞めることになった。

  私自身今まで一度も民主党に投票したことはないし、これからも一票を投じる気持ちはさらさらないが、出ていくやつは出て行かせ、人数が減っても野田さんや前原さんでしっかりした政党を創っていくほうがいい。

  2大政党に対抗する「第3極」勢力が、2極になろうとしている。一方は暴走老人と手を組んだ維新の会。橋下氏は「みんなの党」、との団結を訴えている。これがまとまれば相当の勢力になるだろうが、難しいようである。
  他方は「維新の会」と「みんな」の連携からはじかれた「減税日本」が22日、亀井さんらとの合流を発表。「反増税・脱原発・反TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」で一致できる「国民の生活が第一」(小沢一郎代表)との連携も検討しているらしい。 

  この雑文を書いている間に滋賀県知事の嘉田さんまで「この指とまれ」と言い出した。汚いイメージの小沢のもとでは「国民の生活・・・・」も全員討ち死にの懸念さえある。クリーンなイメージの嘉田さんのカラーに塗り替えて、何とか一人でも当選させたいとの考えが見えてきた。小沢にそれほど力が残っていtるとは思えないが、振り回されないことを願うのみ。

  政策の違いで政党を選ぶのが常道なのだろうが、こうなってくると石原氏がいうようにそんな小さなこと?はどっちでもいい、状況は刻々と変わるのだからマニフェストなんてあまり意味がない。これだけ多くの党が乱立してしまうと「党の顔と方向感」で選ぶしかないのだろうか。

  「原発中止やTPP参加の是非は状況を見て判断をし、決めたら党内一本化」でやったらいい。選挙前の公約にしてしまったら、経済状況やその時の世論に対応しにくい。
  中道(と民主は云うが私から見ればかなり左の人が多い)の民主、保守の自民、そして第3局は既成政党とは違った「統治機構改革」=維新、「原発」=未来・・という構図が見えてきた。
 
  小異を捨てて大同のもと合体した石原と橋下さんは、両者とも大変魅力のある人ですが、この党のもとで当選してくる議員たちは、はたしてどこまでやれる人達なのか?かなり疑問ではある。場合によっては民主党の二の舞にならないとも限らない、そこは腐っても自民党、この党にはまだ人材が居る。国民生活の向上や福祉の充実を考えるのならば、民主のバラマキではどこかを削るしかない(年金が狙われる)。パイを増やすために、自民の景気政策に期待したい。

  われわれ世代年金生活者にはデフレ気味のほうがいいのだろうが、息子や孫の代を考えるとそうはいかない。まずデフレの脱却と円高の是正をやり、景気を回復して財政再建を進めていくことが必要。安倍さんの金融緩和政策や日銀法改正について、民・自党首の対決姿勢が熱を帯びてきた。また、あやふやな「自衛隊」では頑張ってる隊員も浮かばれない、国防軍論争も大いにやるべきだ。
  
  石原御大・橋下さんも捨てがたいし、「みんな」の渡辺・江田氏も嫌いではない。しかし私は安倍さんの国家感、政治家としての誠実性(北朝鮮拉致問題に対する真摯な取り組み、突然の病気による退任もこれによる)、に期待したい。経験・年齢、どれをとっても今の日本にはこの人しかいない。

  私の一番好きなTV番組「開票速報」まであと半月余りとなった。















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おもいつくままに125   12.10.28  
石原新党
  このHP(「おもいつくままに№116」「ついに立ち上がるのか石原新党」)」を書いたのが今年1月、もう無理かと思っていただけに十分驚きに値するニュースではあった。

  10月25日の会見で石原氏は

 「命のあるうちに最後のご奉公をしたい」「日本を支配する、硬直した中央官僚の支配制度を変えないと駄目だ」と述べ、新党の政策として中央集権体制の打破や現憲法の破棄などを挙げた。「(新党の結成は)今日でも明日でもやる。準備はできている」とも話し、たちあがれ日本の政治塾生30~40人の中からも候補者を擁立するとした。

  また、次期衆院選で自民党が過半数に届かないながらも第1党になると予測したうえで「今の自民党は評価していない」と発言。野田政権の原子力政策にも「緻密な計画を練って何%依存すべきか論じたらいい。それもなしに30年代でゼロにするなどというのは提案にもならない」と批判し、民主、自民両党に対抗する第三極の立場を強調した。維新との関係についても「連合になるかは分からないが、あるステージになればそうなるかもしれない」と連携に意欲を示した。

  何も決められない無能な民主党が政権に居座り、国力を日に日に劣化させるなか「このままでは日本が沈没してしまう」と、80歳という老体に鞭打っての出馬表明となった。
  昨年11月、氏の著書「新・堕落論―我欲と天罰」の書評(エンターテイメント№97)で、「国益を考え、日本の国を思う真に保守的な政治家がほとんどいなくなってしまった現在、政治家たちの間ではタブーとなっている言葉をちゃんと云え、国民の愚を叱ってくれる人は他には少ない」と書いた。

  しかし、維新の会にしてもそうであるが、新党が現実味をおびてくると、私の期待していたものとちょっと違ったものに なりそうなのが気になる。

  維新のほうは中身の議員たちを見てみるとあまりいいのがいないし、これからど素人を当選させて数が増えても人材がいなければ、いまの民主のようになるのがオチ。こういった観点からかつての勢いがなくなってきているのだろう。
  石原新党にしても「立ち上がれ」に良い人もいるが、何分みなさん年を取りすぎている、橋下さんと話し合いがつかないと意味がない。

  せっかく安倍政権が現実味を帯びてきているのに、自民票がこちらに流れたのでは何もならないし、連携を呼びかけている橋下さん側もいまのところ慎重さを崩さない。

  選挙の結果は、民主100(245)、自民200(117)、石原・維新100、( )内10/24現在 ぐらいとなるだろう。石原・橋下の連携がうまくいき自・公・石・橋が連立となれば、圧倒的安定保守政権となるのだろうが、そううまくはいきそうもない。

  切り札石原さんの使い方として、自民から比例で出て、憲法改正大臣ぐらいになってもらったらよかったのかも。















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おもいつくままに124   12.09.29  
原発・消費税・オスプレイ
   9月、ほぼ時を同じくして2大政党の党首選があった。政権与党の代表選より野党の総裁選びのほうがよほど盛り上がったのは、明らかに民主党政権を見限っている人のいかに多いことかを示している。次の選挙後も民主党を政権につかせるほど我が国の国民もバカではないと思いますが、安倍総裁・石破幹事長、安倍フォロアーの私にとって、もうこれ以上望めない布陣で選挙戦を迎えることとなる。

  2大政党の役員人事もきまり、来週には内閣改造も行われると思いますが、原発・消費税・オスプレイこれらの課題は残る。

   「消費税・原発・オスプレイ、反対」には似たようなところがある。原発も消費増税もオスプレイも無いに越したことはない。
選挙しか考えない政治家は反対、反対と言っておれば無難、あえて賛成といえばマスコミと有権者を敵に回すことになる。
  野党的立場の人たち(民主党にもいる)は、なんとでも言っていいが、大臣や副大臣・政務官など政権当事者の人たちはそうはいかない。

  原発に頼らず電力はホンマにだいじょうぶなんか、それでなくとも出口のないデフレの中、脱原発は経済に深刻な影響を与えることはないのか。
  人類は原子力というバンドラの箱を開けてしまっている。使用済み燃料棒は世界にごまんとある、これをどやって処理するのか、日本で廃止しても、これからどんどんつくりそうな隣の国の灰はどうやって防ぐのか。これらを含めて安全な原子力の普及についてもっと言う人がいていいはず。

  消費税について言えば、90兆の予算で税収入が42兆円、どう考えても国民みんなで負担するしかない、それは誰でもわかっている。負担が増えるのを喜ぶ人はいない、でもこれ以上先には延ばすことができないはずである。

   オスプレイにしてもそうだ。沖縄や岩国の人たちの気持ちは十分わかる、しかしそれでなくとも隣国中国の軍事的脅威に対してどう備えるのか。北朝鮮はもとより最近は韓国・友好的なはずの台湾まで我が国を挑発してきている。オスプレイはすごい能力をもった軍用機のようだ。抑止力のためにいかに有効な飛行機であるのかを、もっと国民にうまく説明すべきではないのか。

  安倍さん・石破さん、1日も早くダメ党を解散に追い込んで、まともな政権を創ってください、応援してマース















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おもいつくままに123   12.08.26  
なめたらいかんぜよ 李明博
  38個ものメダルを獲得したロンドンオリンピックに心を奪われている前後、2つの隣国の許しがたい行為があった。8月10日李明博韓国大統領竹島上陸、17日尖閣諸島に香港の活動家が不法上陸。

  これに対し、元総理大臣である支離滅裂宇宙人がまた変なことをのたまわった。「私が首相のときはこんなことがなかった」。アホも休み休みに言いたまえ、その後の迷走政治や一連の出来事はあんたの無責任発言「最低でも県外」から始まっている」というのが、ホンマにわかってないのかこの人は。

  野田さんも「遺憾」とか「毅然たる」とか言いながら、前回(sengoku38)同様役所任せで即釈放、その政治的見解など一言の説明もなかった。国を守るという気概も策もない今の政府は他国からも完全になめられている。

  その後24日には、竹島や尖閣諸島をめぐる問題で臨時会見し、日本固有の領土であることを改めて強調した。このことは鳩山さんは論外として、菅さんや他の民主党左翼政治家とはちょっと違うことを証明した。
  本当に国益を考えるのなら少しでも速く「我々ではとてもやっていけません」と謝って、国民に信を問うべきだ、それしかない。

  中国については、「どうせそんな国だから何をされても驚かない」という側面はある。しかし韓国の李明博についてはちょっと違う。

  私たちの少し上の世代の人たちは、バブル期ごろまで「ある目的」で韓国を訪れていたという印象は否めない。いまそんな目的で訪韓する日本人は皆無に近いだろう。それらの世代は韓国に対する偏見、朝鮮人蔑視の気持ちは拭いがたいところはあった。それでも外貨に目がくらみ、見て見ぬふりをしてあまり文句は聞こえてこなかった。従軍慰安婦の問題も似たようなところがある。

  その年代にぎりぎりで属している私自身は偏見はないと自負している。それが証拠に韓流時代劇で観た1000年の都新羅のあった慶州など歴史めぐりや、世界遺産観光・明洞や南大門散策・済州島など歴史面では兄貴分の韓国を、ここ数年で4度も訪問している。
  東京は新大久保、大阪は鶴橋のコリアタウンのにぎわいなど民間レベルの文化交流を通じても、両国間の距離は相当縮まっていたはず。

  これらの友好関係を李明博が一瞬にして破壊した。就任時親日的なことを言っていたこの人が、私欲(辞めれば即逮捕の現実が待ち受けているのだろうが)で竹島へ上陸。1000歩譲って、この暴挙は韓国内事情で仕方がなかった」としても、天皇陛下に対するあの発言は常軌を逸している。

  経済面では兄貴分としてウオン安を容認したり、700億ドルもの円・ウオンスワップを提供してきた。文化財では朝鮮半島由来の図書「朝鮮王室儀(ぎ)軌(き)」を引き渡したりもした、そのお礼が総理大臣親書の送り返しか。

  それらの恩も忘れて、天皇陛下に「来たかったら」とは何事や、「訪韓してください」と言ったのはあんたのほうじゃなかったのか。土下座して謝っても許されない。衰えたとはいえまだまだあんたの国には負けへん、あとで吠えずらかくなよ。もうすぐなめられないちゃんとした保守政権が生まれるはず、石原さん安倍さん橋下さん、それに渡辺さんたのんまっせ。














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おもいつくままに122   12.07.29  
ハマの番長vsジャイアンツ
  今年のジャイアンツは強い、阪神ファンの皆さんご愁傷様。
  家で飲むときは缶ビール350ミリリットル、プラス黒霧島の水割り大カップ一杯で十分。ほろ酔い気分で巨人が勝つナイターを見るのが楽しい。地上波のG中継が少なくなったがこの頃はBSでほぼ全試合観られる。

  子供のころから何故かジャイアンツ。理由はこのおもいつくままに №38「弱い巨人の試合なんか見たくない」にも書いたが、中・高生のころの裕次郎(~長島)大好き人間がGファンになっただけ。

  もう30年近く前になるが、(私がG党なのに)なぜかトラキチの小学高学年だった息子を連れて、甲子園の阪神側スタンドで観戦したことがあった。この時Gのタイムリーで思わず手を叩いてしまって、周りの猛虎会に睨まれて怖かったことを №22「プロ野球ファン気質」に書いた。

  今年7月5日、DeNAvs巨人をテレビで観た。ベイスターズのピッチャーは三浦大輔、彼が投げた時だけ相手がGでもDeNAを応援している自分に気がつく。私の高校の後輩、甲子園にこそ出ていないが母校一番の有名人、ハマ一筋で150勝。

  彼が150勝を達成する少し前、6月25日の日本経済新聞「駆ける魂」欄に、三浦(38歳)が登場。
「横浜一筋21年、その間に親会社は2度代った三浦大輔は大洋ホエールズのユニフォームを着た経験を持つチーム唯一の選手だ、DeNAベイスターズとなっても変わらぬチームの顔。年輪を重ねた巧みな投球は今も色あせることなく輝いている」とあった。

  またこの欄に彼の高校時代のことも書かれていた。
1年の冬に「夏の大会でレギュラーとして出場した後、新チームの練習をサボり始めたという。「とにかく遊びたかった、野球部を辞める」ことまで口にしたという。同級生は泣きながら三浦を殴って説得し、監督も手をあげた、これ以降野球への取り組みが一変した」ともあった。

  これこそが部員たちの真の友情であり、師の愛のむち。このことが今の三浦につながっているのは間違いないだろう。
ここ1~2年の成績はもう一つだったが、今シーズンは見事に復活した。オールスターにも出て超スローボールで球場を沸かせた。43歳まであと5年はマウンドに立ってほしい、毎年10勝で名球会入り、ちょっとしんどいかもしれへんけど、頑張れダイスケ。















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おもいつくままに121   12.06.30  
民主党というこの前代未聞のバカ与党
     衆議院は26日午後の本会議で、社会保障と税の一体改革関連8法案の採決を行い、民主、自民、公明など与野党の賛成多数で可決した。
8法案のうち、記名投票となった社会保障制度改革推進法案は賛成378票、反対84票、認定子ども園法案は賛成377票、反対85票、消費増税を含む税制抜本改革法案は賛成363票、反対96票で可決された。消費増税を含む税制抜本改革法案への民主党内からの反対は57票あった

    「正直者が損をする」「努力した者が報われない」、国としてこれだけは絶対やってはならないことだと思います。民主党当初の「国民年金の加算」案では、低所得者への年金加算額は月額6,000円。家族全員が住民税非課税で、年金収入が年間約77万円以下の人が対象だ。民主党がマニフェストに掲げた「全額税による7万円の最低保障年金」、これに合わせるため、国民年金の満額で月6万4,000円に6,000円をプラスしようとした。

  支給が少ない人の基礎年金(国民年金)に加算する案ではあるが、努力して保険料を納めたために加算を受けられない、加算のある人より年金額が低くなる「逆転現象」も起こる内容だった。また、国民年金基金に加入していた人や、受給開始年齢を遅らせて月の年金額を増やしている人も「年収が77万円を超すと加算はない」という内容だった。
  
  この矛盾をつかれた野田内閣唯一の女大臣は「不公平は起こるが、対象になる人が少ないから仕方がない」というような答弁を行っていた。いま大事なことは社会保障制度の信頼を取り戻すべき時、多く掛けても少なく払っても将来受け取る金額が同じか、逆転することが分かっている年金制度が信頼されるはずがない。ますます国民年金の不払いが起こるのは自明であろう。生活保護についてもそうだが、頑張る人を応援するような仕組みにしないと国は滅びる。

  その後民主党は、最低保障年金創設を柱とする新年金制度について、自民党が提案する「社会保障制度改革国民会議」で議論すべきだとの認識で一致した。

  民主党というこの未熟なバカ与党は「内紛とバラマキ」以外に一体何をやったのだろうか。そしていままた党内党の小沢グループが反乱を起こしている。事の是非はともかくとして重要法案をやっと一つ決めようとしたことが、このざまである。首相の、「やるべきことをやらずに何が何でも増税」ってのもおかしいが、徒党を組んで何に対してもみな反対ってのももっとおかしい。

  野田さんは「反乱者には断固とした処分をする」と言っていたが、幹事長がどうも信用できない。処分についてその輿石さんに一任とか言っている。いま選挙になれば負けるのが分かっているので、のらりくらり分裂を避けようとするのだろうが、もうええ加減にしてくれ、国民の信を問うべき時である。

  それはそうと小沢グループの広告塔ヤワラちゃんはどうすんねん?どうでもええけど。















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おもいつくままに120   12.05.27  
日本よ!今こそ保守結集の時 
   「全く何も決められない政治」をこれ以上続けさせることはできない。何もかも遅れていく、、韓国に負けていく、北朝鮮や中国にいいようにやられる、アメリカともうまくいかなくなっていく、世界から取り残されていく、教育が危ない、株価が危ない、経済が危ない、日本が危ない。

   東京都の石原慎太郎知事は18日(5月)の定例会見で、尖閣諸島購入に向けた寄付金が同日正午現在で7億6000万円を超えたことについて、「国民の志に改めて感謝を申し上げる」と謝意を示した。また、政治塾について、大阪市の橋下徹市長率いる「大阪維新の会」が開いた「維新政治塾」との連携にも意欲をみせ、「日本維新の会をつくって、人材を育てたい」と語った。
また、
  「亀井静香国民新党前代表が言うように既存の議員を集めて第三極を作ることには、全然興味がない。有志の議員が入っていることは結構だが。(中略)平沼赳夫代表、園田博之幹事長、藤井孝男参院代表、そういった連中を含めて、亀井も入って、結束かけて大きな勢力にしていくことは必要。ただ、小沢一郎民主党元代表と俺が手を組むことは全くない」とも語った。

  本欄 12.01.29で「ついに立ち上がるか石原新党」で石原氏へエールを送ったが、その後「白紙にもどす」ことに言及し、かなり温度が下がっているかに見えた。そんなおり、滞在中のワシントン(4/16)で「尖閣諸島を東京で買い上げる」というセンセーショナルな演説があり、私自身も拍手喝采をおくったことは記憶に新しい。

  「新党については一旦白紙に」と言ったのは、「ごり押し亀さん」との関係であろうことは容易に想像はつく。「何が何でも増税反対」や、(何年か前、金融のことをわかりもせず)「モラトリアム」法案を押しとおしたりで、尻尾が胴体を振り回してはばからない亀井さんと一緒ではまともな体制が敷けるはずがないし、小沢さんと連携などももってのほか。前出のたちあがれのメンバーは悪くは無いが何分お年寄り、是非橋下さんと連携をとって、新しい保守党を作ってほしいものだ。

  「石原・橋下党」は大歓迎だが、維新塾や石原とりまきだけでは年寄りと素人集団になってしまう。一度ガラガラポンをしたうえで、自民・たちあがれ・みんななど保守系の既成政党からそれぞれ必要な人を集める必要がある。そこでできた新党の「無責任人事」を石原総理に代わってひろ坊の独断と偏見でをやってみた。

   まず党人事、幹事長に橋下徹、政調会長は民主からいまの前原誠司でいい。国対委員長は園田氏にやってもらおう、内閣は副総理兼外務大臣(次期総裁含み)には自民から安倍さん、同じく防衛大臣に石破さん、自民の若手の小泉さんや、今の幹事長石原2世、安倍さんの応援団長だった山本一太にもなんかやらせてみたい、他に髭の佐藤さん。

   他党から、財務大臣に’みんな,から渡辺さんか江田さん、新党改革から舛添さんに重要閣僚を。

  厚生・労働、経済・産業、には民間から経・産OBの古賀さんか岸さん。二人とも大臣として行ったら面白いことになりそうだ。行革大臣に東京都の猪瀬副知事。中田宏・東国原・田母神元幕僚長にも参加を、憂国の女性ジャーナリスト櫻井よし子、台湾から帰化した金美齢にもなにかの役割を。

   今の与党からなら、党で起用の前原のほかには細野・玄葉・長島あたりなら使えそう。
  
  そうそう肝心の官房長官を忘れていた。こうしてみると女性が少ない、内閣官房には女性がいいかも知れない。舛田さんの元嫁片山さつきもいいが、そうだ我が奈良県選出の高市早苗を起用してみたら?、いやまてよ、これからは稲田朋美だ、この人の愛国度はかなりのものとみた。

   総理大臣はその国の伝統・文化を尊重し、国や国民を守る気概を持った人でなくてはならない。大臣たちはその国の優れた人たちであることは当然として、その分野で一番詳しい(または、詳しくなるように勉強する)人がなるべきである。このようなメンバーなら何も決められない今のド素人民主内閣と比べれば数段上の政府となるだろう















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おもいつくままに119   12.04.28  
もと上司・先輩の死を悼む  その2  
    人事部→難波調査役→資金証券部→副社長

毎月第3水曜日にはミナミの飲み屋に集まる人たちがいる。もと副社長を中心とするOBの飲み会である。昨年夏ぐらいまでは元気に顔を出しておられた。「ちょっと調子が悪いので欠席」と聞いていたが、昨年暮れ亡くなられたと今年になって聞いた。

  昭和41年ごろの休日、独身寮の先輩と心斎橋を歩いていて偶然お会いし、喫茶店へ入った事を覚えている。初対面で言葉を交わすことになった、そのころ人事部におられた、しばらくして私は東京支店開設準備の辞令をもらうことになるが、どうやらこの時の偶然の出会いでそうなったようだ。

  2度目は難波支店、渉外担当だったころ人事部から調査役(次長待遇)としてこられた。
このころのことは(このHP(おもいつくままに№64 ’07.06.30)  「人を育てる・・・ K次長とG課長」にも書いた。取引先の会社(上場=当時11大商社)の経理課長と仕組んでまで、部下で新米企業担当者の私に、自信をつけさせようとしてくださったことはあとで知ることとなる。

  3度目は資金証券部、このころは役員になっておられ、この部の部長をされているとき、次長兼市場営業課長の辞令をもらった。直前まで奈良の次長をやっており、営業店で動き回ることが仕事だと思っていた私に、「デスクワークでの人事管理」というものを教わることとなる。この部は約3000人の行員の中で30人、「1%の別世界」とよく言っておられた。

  難波支店の後、富雄支店の開設委員長をされることになるが、私が初めて支店を任されることになったのもこの支店、私で7代目であった。

  この方ほど本が好きな人を私は知らない。わたし自身、本に関しても大きな影響を受けた。いつも型の崩れたような鞄を持っておられ、中には数冊の本を入れておられた。鞄を持っておられない時、駅の売店であまりどうでもよいような本を買っておられるのを見たことがある。「活字依存症と言うか、とにかく活字を見ていないと不安になる人なんだ」と勝手に解釈したこともありました。

  ビジネスというもの、ある時は理性を忘れ極端な方向へ動くことがある。バブルのころがまさにそうだったが、役員会でごく少数の人だけよく異論を唱えておられたと聞く、そのような方が副社長まで行かれた。トップに反対意見を述べる人を容認する会社もよかったというべきか。

   4月の24日から4日間、上記の飲み会「三水会」のメンバー中心10人で台湾へ行ってきました。写真はTopページと「ぶらり旅・散歩」にUpしました、紀行文は次回「エンターテイメント」に。















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おもいつくままに118   12.03.26  
もと上司・先輩の死を悼む  その1
   昨年から今年にかけて、勤務先で親しくさせていただいた元役員3名の方が亡くなられた。
 東京支店長→社長→会長
  入行して2店舗目、その銀行の東京進出で開設準備委員として他の寮生とともに上京した時、市場調査などのため先に行かれ待っていてくださった。その時初めてお会いした準備委員長=初代東京支店長、その後社長になられた。吉野の山村で育ち、大阪でさえ都会に馴染めなかった自分が東京へ。会長(東京支店開設の皆んなは尊敬と親しみをこめてこう呼ぶ)からは上司としての仕事のことはもとより、社会人として教わったことのなんと多かったことか。

   世田谷の寮に落ち着いて間もないころ、われわれを、日本橋界隈だったか?(映画監督の)山本 嘉次郎さんがよく来るといわれていた)洋食屋へ連れてくださったことがあった。生まれて初めて「カタツムリ」を食べた日だった。

   このHP (思いつくままに№11「忘れえぬ6月8日)にも書いたように、1966年(S41年 )6月、東京支店開店から45年たった昨年まで、毎年開店当時のメンバーの会長を囲む飲み会「東都会」が開かれており、12年後の1978年以降一度として顔を合わさない年は無かった。昨年も少しお歳を召されたと思うところはあったが、普通に参加され、2次会でお好きなカラオケを楽しんでおられた。

   東京開店前、全員そろった1966年3月「われらの仲間」と題するガリ版刷りの小冊子が配られた。開設メンバー全員のプロフィールを綴ったものである。いま内容を見てみると会長の欄には、趣味:「読書・評論・執筆」とあり、ご自分の長所として「話が分かる、気がつく」とあり、短所には「話が分かりすぎる、気がつきすぎる」とある。

   「趣味」にあるように書くことがお好きだった、社内報へは群山一郎などのペンネームで評論などを書かれていたことも、50年近く前のことなのによく覚えている。いつからだろうか、勤務先支店や本部へ、退社してからは自宅へFAXて送っていただく「雑感」は毎月の楽しみでもあった。確か米寿までと決められていたようで、その後はいただけなくなり、雑感を送ってくださった期間が長かっただけにさみしさを感じたものです。

   仕事においては徹底した合理主義を貫かれるが、趣味の読書では太宰治などかなりロマン主義的なものがお好きのようであった。当時「旧い体質の銀行」を根本から変えるような改革をされ、社長になられてからも「地位に恋々としない」を地で行くようにスッパリ辞められ、会長になられてからも専属の社用車を自ら辞退されたことなども覚えている。
   われわれ駆け出しの行員にも、決して呼び捨てや君(クン)呼びはされず、○○さんと読んでくださった。家庭では奥様をちゃんづけで呼ばれ、あれほど皆が夢中になったゴルフも、「日曜ぐらいは家で」ということでついにクラブを手にされることは無かった。

   東京支店から大阪本店へ転勤される時、上野不忍池畔にあった中華料理店東天紅で送別会が行われた。そのとき私から「徹底した合理主義と、ロマンチックなものが、どのように支店長のなかで同居しておられるのか」と質問したことを記憶している。

   酒・歌・麻雀をこよなく愛され、俳句やモーツアルト作品にも造詣が深かった。カラオケなどなかった東京支店開店当時、飲み会に銀座の流しを呼び、ギターの演奏で歌った事もなつかしい思い出となっている。
   麻雀のお付き合いも何度させていただいたことか、東京時代遅くなった時は寮までいくタクシーの途中渋谷の三軒茶屋で降りられ、翌日必ず昨日のタクシー代を払ってくださった。その後大阪へ帰ってからもミナミの雀荘で卓を囲んだことも思い出となっている。

   ミナミと言えば千年町のスナック「やまと」にもよくご一緒させていただいた。多く飲まれても乱れるようなことは一度もなかった。少し電話魔なところがあり、酔うと同席の者の家族に電話をされたり、どこからか色紙をとりだされ得意の和歌を独特の書体で書いてくださった。会長からいただいた数枚の色紙の中の1枚には「新年よ些事は忘れて飲まんかな 虎二」とあり、いま改めて拝見すると、ちゃんと落款まで押されている。

   会長が常務だったころ、飲み会で私があまりに煙草を吸うのをごらんになって、(かつてはヘビースモーカーだった常務から)数日後私の勤務する支店へ「肺のカラー写真」を送ってくださったことがある。「あなたの肺はこのように真っ黒になっている、早くやめなさい」との添え書きがあった。また飲み会などで「1週間に最低1日だけでも肝臓を休めるため休肝日を作りなさい」と常々言っておられた。この二つの教えは今も守っている。

   大正10年9月14日、茨城県は土浦市でお生まれになり新聞社勤務を経て銀行へ。享年91歳。

















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おもいつくままに117   12.02.26  
小沢一郎という政治家
  小沢さんが増税反対で動き出した。いよいよ解散の風が吹いてきたのであろう。

  何も決められない野田内閣と、反対しかできない自民党に愛想を尽かした人たちはみな橋下さんに期待をする。何も決められない最大の原因が、党内野党小沢グループの存在だろう。そしてその御大の裁判は無罪となる公算が大となってきているようだ。

  少し前になるが、「私の関心事は天下国家の話で、それに邁進(まいしん)する日常を送っているつもりであります」「私は常にマスコミの批判の対象となってきたが、有権者は真実を理解してくれている」。
小沢氏は裁判で、「会計業務は秘書の自主性に任せており、いちいち干渉していたのでは意味がない」とし、身の潔白を主張した。

  よう云うわ。なんぼ(汚い金で)何十億円も持ってる小沢さんでも、4億円もの金を「知らなかった」は通用するわけがない。あとで疑問を挟まれないようにするためにも銀行を利用するはずである。まともな金なら現金で処理するなど考えられない。

  「この政治家は一体何なのだろう」「何をしたんだろう、これからどうするつもりか」と思うことがよくある。手法は田中角栄の金権政治と数の論理で動いているのだろうが、角さんは政局以外にも日中国交回復や列島改造などやるべきこともやっており格が違う。力があるのは100人ものチルドレンがいるのをみてもまちがいないが、その力たるやなんなのか、やはり金の力なんだろう。云うこともその時々で変わるし、いったい何をしたいのかもわからない。考えているのは政局と選挙のことだけのように思える。

  昔この人が書いたという「日本改造計画」なる本を読んだことがあるが、角栄の「日本列島改造論」の焼き直し、しかも官僚が書いたというのが定説である。イデオロギー的に見ても保守ではないし、かといってリベラルとも思えない。外交についても語らないし、国益のために何をなすべきかもこの人の口からあまり聞くこともない。

  彼の後見人金丸信は銭まみれで倒れ、師匠角栄はロッキードで塀の中に落ちた。裁判所も、もういい加減にこの人も有罪にして、(経政会的政治家には)政界から消えていただくのが国益というものではないか。















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おもいつくままに116   12.01.29  
ついに立ち上がるのか「石原新党」
      国民新党の亀井代表、たちあがれ日本の平沼代表、東京都の石原慎太郎知事が25日夜に都内で会談した際、3月末までの新党結成を目指す方針で一致したことが、26日分かった。 3氏は既に党綱領づくりも進めている。民主党、公明党などとの選挙協力を検討することも確認したという。
 平沼氏は25日の記者会見で、新党構想について「自民党、民主党の一部にも働きかけ、70~80人を糾合することが目標だ」と語っている。3氏は今後、新党参加の呼びかけを急ぐ構えだ。2012.1.27 Yahooニュースより

   いままでにも石原新党の話はあるにはあったし、私も待望する一人でしたが、歳も歳、都知事4選でその芽がなくなったと思っていた。昨年末表面化したこの事が、ここにきてにわかに具体性をおびてきた。石原慎太郎79歳、亀井静香75歳、平沼赳夫72歳、この歳で立ち向かうということは、政治的野心というものではなく、よほど今の国の行く末と政治状況に危機感を感じるからなのだろう。

  慎太郎氏と亀井氏の関係は「青嵐会」と思いこんでいたが、発足時の名簿には亀井氏の名前がない。このひとは政治家としてのパワーはあるのだろうが、「無茶苦茶」「ごり押し」の印象が強く政治的信条はよくわからない。平沼氏は「保守」のひとであるのは当然として、小泉さんの郵政改革では反対を通し、その後党へ戻ることを潔ぎよしとしなかったことで、「信念の人」との印象が強い。慎太郎氏とともに国家主義的タカ派である。
  
  他党などは「政策が見えてこない」と冷ややかな反応を示しているが、①わが国の国柄を守る、②「小さな政府」と「中福祉」を目指す、③デフレを克服する、④長期的に貿易立国を目指す、など綱領の柱も見えてきている。
  また、「国民に大人の自覚を持ってもらう」と訴え、「国を愛する教育と人づくり」に向け、政策をまとめていく考えのようだ。

  テレビのインタビューで、橋下さんは「(石原都知事から)そのような話は伺ったことはありません。"もう年だからやらねえよ"とずっと言ってましたからね」と、以外にも冷やかな反応。このままでは保守派憂国老人の集まりにすぎなくなってしまう可能性もあるが、「橋下さんと連携」ということになれば、政治が大きく動くことになるのは確実であろう。

  私の好きな安倍晋三さんや前原誠司さんらにも呼び掛けて、本当の意味での保守政党をつくってほしいと思うのですが。


















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おもいつくままに115   11.12.29  
2011年重大ニュースにコメント
      2011年  「読者が選ぶ10大ニュース」 YOMIURI ONLINE
日 本
1.   東日本大震災、死者・不明者約20,000人
2.   サッカー「なでしこジャパン」世界1
3.   福島第一原発事故で深刻な被害
4.   大相撲で八百長発覚、春場所中止に
5.   新首相に野田佳彦氏
6.   スカイツリー「世界1」634メートルに到達
7.   大型台風上陸相次ぎ記録的被害
8.   大阪ダブル選「都構想」で共闘の橋下氏が大阪市長、松井氏が府知事に初当選
9.   テレビ放送が地デジに移行
10.   節電の夏、37ぶり電力使用制限令
番外  円相場が戦後最高値

世 界
1.   タイで洪水被害、日系企業も大打撃
2.   ウサマ・ビンラディン殺害
3.   チュニジアで長期独裁政権が崩壊、エジプト、リビアにも「アラブの春」
4.   ニュージランド地震で日本人28名を含む180人以上死亡
5.   ユーロ危機深刻化、欧州各国に波及
6.   中国高速鉄鉄道で追突事故、40人死亡
7.   米アップル社のスティーブ・ジョブズ会長が死去
8.   世界人口が70億人突破
9.   中国が日本を抜き世界第2となった
10.   英ウイリアム王子が結婚
番外.  金正日総書記 死去

 
 新年のご挨拶を申し上げます。

  上記から、2011年の重大ニュースを「ひろ坊」が順不同で7つづつ選んでみました。

【 日 本 】
   ○ 東日本大震災、死者・不明者約20,000人
  第1位は「東日本大震災」、2・3・4がなくて5にも6にも東日本大震災、信じられないような津波が去った後には海と陸の境目もない目を覆うばかりの惨状があった。
  三陸沖を震源とする国内観測史上最大のマグニチュード(M)9の地震が3月11日、発生した。岩手、宮城、福島3県の沿岸は、高さ10メートルを超す大津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた。

   ○ サッカー「なでしこジャパン」世界1
  そんな沈みきった日本に勇気を与えてくれた「なでしこジャパン」。サッカーの第6回女子ワールドカップ(W杯)、ドイツ大会の決勝が7月17日に行われた。日本代表「なでしこジャパン」は、米国を下し、初優勝した。貧乏だった彼女らは、あきらめずに頑張りそれなりの報酬を得られることになった。挑戦もしないで格差社会などと不満を言う一部の若い人たちは見習うべきだ。

   ○ 福島第一原発事故で深刻な被害
  東京電力福島第一原子力発電所で3月12日から15日にかけ、東日本大震災による全電源喪失で冷却不能になった1、3、4号機の原子炉建屋で、相次いで爆発が起きた。
  政府の対応の悪さもさることながら、こんな大事故を起こした「東電」のその後の対処の仕方や、責任をとろうとしない企業体質には、怒りを通り越してあきれるばかりである。

   ○ 新首相に野田佳彦
  民主党の野田佳彦前財務相は9月2日、第95代、62人目の首相に就任し、野田内閣が発足した。直後の読売新聞社の緊急全国世論調査で、内閣支持率は65%を記録した。
  「今の時代にはたして無難だけのリーダーでいいのだろうか」と、「112回、おもいつくままに」に書いた。やろうとしていることはわかるのだが、強いリーダーシップを発揮できていない。マニフェストの1丁目1番地、「コンクリートから・・・」の象徴だった「八ツ場ダム」もご覧のとおりとなり、支持率も危険ラインに近づいている。

   ○ 大阪ダブル選「都構想」で共闘の橋下氏が大阪市長、松井氏が府知事に初当選
  大阪府知事選と大阪市長選は11月27日に投開票された。橋下徹前知事が大阪市長、松井一郎前府議が知事にそれぞれ初当選し、橋下氏率いる地域政党・大阪維新の会が完勝した。
  政府も与党も野党も官僚も、だれも「責任をとらない」最悪の政治環境の中、やっと現れた真のリーダー。傾きゆく我が国を何とかしてくれるのはこの人だ、こころざしある人よあとに続いてくれ。

   ○ テレビ放送が地デジに移行
  地上波テレビのアナログ放送は、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県を除き、7月24日に終了し、地上デジタル放送(地デジ)に完全移行した。
  私自身ミレニアム2000年から家電量販会社に席を置いたことがある、そのころから「2011年の地デジ移行」は家電業界の救世主になると張り切っていたことを思い出す。

   ○ 円相場が戦後最高値
  この歳になっても銀行で好きな仕事ができる幸せを感じているこの頃、多くの中小企業の経営者の方々とお会いするが、経営に命をかけておられる方たちのためには、この円高とデフレ脱却させる政策こそを最優先させるべきだ。

【 世 界 】

   ○ タイで洪水被害、日系企業も大打撃
  タイ中部で9月以降、大規模な洪水が発生し、700人近くが死亡、200万人以上が家屋浸水などの被害を受けた。中部アユタヤなどでは七つの工業団地が水没し、入居する日系企業約450社の工場が打撃を受けた。この影響でサプライチェーン(部品供給網)が寸断され、周辺国や日本、北米の自動車工場までが生産停止を余儀なくされるなど、混乱は世界に広がった。このため特需的な受注が大阪モノづくりの会社にもあったようです。これをきっかけに、大阪に工場が戻ってきたらいいのに。

   ○ チュニジアで長期独裁政権が崩壊、エジプト、リビアにも「アラブの春」
その後、民衆デモはエジプトにも飛び火し、2月にムバラク政権が倒れた。長期独裁体制に対する民主化要求の動きは、リビアやシリア、イエメンなどアラブ諸国に広がった。民主化の流れは止まらない。

   ○ ユーロ危機深刻化、欧州各国に波及
巨額の財政赤字を抱えるギリシャの財政危機が、10月以降、イタリアなど欧州各国に波及し、ユーロ圏全体の信用不安に発展した。我が国経済にとって一番心配なのはこれだ

   ○ 中国高速鉄道で追突事故、40人死亡
  7月23日中国東部の浙江省温州で、高速鉄道の列車が別の列車に追突し、乗客40人が死亡した。  このニュースそのものより、事故直後電車を埋めてしまった「中国という国」に驚いた。

   ○ 米アップル社のスティーブ・ジョブズ会長が死
  米アップル社の共同創業者、スティーブ・ジョブズ氏が10月5日、56歳で死去した。あまりにも惜しい人がこのような若さで、世界の損失。

   ○ 中国が日本を抜き世界第2となった
  中国の経済規模が、日本を抜いて世界第2位となった。そやけど一人当たりではまだまだ。日本の貴重な技術をほとんど取られてしまった、我が国の戦略のなさが情けない。

   ○ 金正日総書記 死去
 北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記が12月17日、死去した。69歳だった。民衆は「もう嘘泣きはしたくない」といっているとか。


  「日本」「世界」そして「私」、大震災直後の4月、我が家に待望の初孫、男の子が誕生した、今年良かったことはこれくらい。世界中でいやなことばかりがありすぎた、そんな1年を振り返り「もう何もないやろな」と思っていた矢先の12月某日。 このままいけば「ボードに名前を連ねるのも時間の問題」と思っていた(私の所属する部の)部長氏から「会社を辞める」との決意を聞き、一瞬耳を疑った。

  リスクをとろうとしない人が多いこのごろ、「46歳でしか決意できないことがある」と、次の仕事に挑戦しようとするMさんの、今後の成功を祈らずにはいられない。

















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おもいつくままに114   11.11.26  
TPP (環太平洋戦略的経済連携協定)について思う
  今月の大阪秋の陣、維新の会圧勝、既成政党民主・自民・共産まで相乗りした候補を圧倒しました。意外だったのは石原都知事の応援、余命少ない憂国の都知事も傾きゆくわが国をこの人に託すしかないと思ったのでしょう。既得権益を守ろうとする勢力が、橋本さんに対しかなり露骨なネガティブキャンペーンをおこなったようですが、大阪を、日本を改革するには彼のような強烈なリーダーシップしかないと思う人が多かったのでしょう。

  いま、TPP参加問題が国論を二分している。

  参加について野田首相は、11月10日記者会見する予定だったのを急きょ1日延ばし、「交渉参加に向け関係国との協議に入る」と表明をした。これを受けてうれしそうに発言をしている反対派のドン山田元農水相を見て、「ナニコレ」と思ったのは私だけではなかったはず。
  この表現が山田さんら反対派の考えに一致したのか、1日延ばしたことと配慮した発言でメンツが立ったのか、政治の世界ってのはこんなものなのだろう。

  私自身は、「デフレからの脱却ができず、円高に対する対策もみだせない今、行き詰っている日本の経済のためにはイチかパチかこれに賭けてしまうしかないのではないか」、また「農業問題にしても、このまま座して死ぬのを待つくらいなら動くしかないだろう」と思っており、参加に賛成であった。野田さんの「活力ある社会を発展させていくにはアジア・太平洋の成長力を取り入れなければならない」というこの点については同感である。

  しかしながら、議論が白熱化するほどメリット・デメリットが分からなくなってきている。

 環太平洋戦略的経済連携協定TPP(Trans-Pacific Partnership、)は、経済連携協定 (EPA) の一つ。 加盟国の間で工業品、農業品を含む全品目の関税を撤廃し、政府調達(国や自治体による公共事業や物品・サービスの購入など)、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどにおけるすべての非関税障壁を撤廃し自由化する協定。

    2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国が域外への経済的影響力を向上させることを戦略的な目的として発効し、運用している。環太平洋経済協定、環太平洋連携協定、環太平洋パートナーシップ協定ともいう。2011年7月現在、TPPには4カ国のほか、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアの全部で9カ国が交渉に参加している

  日本の政治家・有識者 
曰く
  ・ TPP加盟によって関税が撤廃され、物品の輸入が増えることは、総合的に見れば日本経済に良い影響を与えるものだとの  意見
  ・ 海外の安価な物品が大量輸入されることによって、日本の国内生産は深刻なダメージを受けるものだとする理論。
  ・ 農業の崩壊
  ・ 日本が世界に誇る国民皆保険制度の崩壊
  ・ 日本のTPP加盟は、米国への隷属体制になる
  ・ 米国型医療格差の発生を危惧 
  ・ 米国型の法定損害賠償が日本にも導入された場合、知財訴訟が激増する可能性
  等々、ほとんどが「我が国にとって不利となる」という意見である。

  野田総理は当初9カ国が出席した首脳会議にオブザーバーとして出席し、交渉参加に向けて日本の立場を説明したい考えだったようだが、大詰めの協議には招かれず、厳しい外交交渉の洗礼となった。いまや落日の平成闇将軍も「交渉力は大丈夫なのか」などと言っていたが、私もこの点が一番心配である。

















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おもいつくままに113   11.10.29  
ふるさと(丹生川上神社)の祭り
  10月9日、30年ぶりにふるさとの秋祭りに行ってきました。

  吉野郡の北東端「東吉野村」、吉野川の支流、四郷川・高見川の合流点のところに赤い橋がかかっている。そこに、子どものころ「ありどっさん(蟻通神社)」と呼んだ神社がある。ここで行われる「秋祭り」はそん所そこらにある半端な祭りではない。「小川祭り」、別名「けんか祭り」と呼ばれる秋祭りで、8ヶ大字より1トン以上もある各太鼓台が勇壮に境内を練り歩きます。 

  美しい場所にある神社丹生川上神社中社は、675(白鳳4)年創建と伝わる古社で、水に関する一切を司る罔象女神(みずはのめのかみ)が祀られている。江戸時代までは「蟻通神社」と称していたそうです。境内の石燈籠は国の重要文化財、狛犬は宇太水分神社と同じ名石工 丹波佐吉の作。

  また、境内に「史蹟吉野離宮址」の石碑があり、説明によると丹生川上神社の神域に離宮があったと推定されるとある。調べてみると656年 斉明女帝のとき吉野に遷都したことがあったが、離宮も宮滝にあったというのが定説であるが定かではない。

  「何故長い間郷里の祭りに行かなかったのか」、それなりの理由と複雑な思いがあります。
高校卒業後、堺の独身寮から大阪日本橋の支店へ通うころ、古里への想い断ちがたく、何とか田舎へ帰れないものか(が仕事がない)と悩んだ末、天王寺の予備校へ通う自分がありました。堺・浅香寮の一つ前の駅にあった市立大学の2部に入って、教員の資格を取って東吉野に帰るつもりだった。

  まあ、その後(受験寸前東京へ転勤など)いろいろあって、(30年くらい前一度だけ息子を連れて見に行ったことがあったらしいが)、正直言って「祭り」のことは忘れていした。その理由はこのホームページ「娘の嫁ぐ?日」を見ていただければ多少はわかってもらえると思います。

  今回、高校の同級生N君(と言っても東吉野出身ではありません)から、強い勧めがあって行くことになりました。彼は子供のころ、校長だった父の転勤で何年かこの村の大字小川というところに住んだことがあったそうです。村に残っている其の時の同級生らとのつながりで、堺に住みながらふるさと納税までしてこの村にイレ込んでいるのです。

  前日、N君と「やはた温泉」に浸かり、小学校跡を利用した「ふるさと村」に宿泊。夜にはその同級生ご夫妻とTさん(後述)で、カモなど具たっぷりのよせ鍋を囲み乾杯となった。翌朝空が明け始めたころ、国見山(1248m)の麓にある7滝8壺に行ってみたが、まだ少し薄暗くてよく見えなかった。
  若き(小学生か?)巫女さんたちが神殿から下りてくるころ、私たちは丹生川上神社に到着した。泊まった「ふるさと村」からお宮さんまでおくってくれた人は(このたびN君の紹介で知り合うこととなった)、この村の有名人Tさんで、本日の祭りの司会を務めることになっていた。聞けば中学・小学校の私の後輩で、今は同じ橿原市に住む。この人の伯母さんが私の小学2年の担任だったことも分かった。会場となる神社に早めに着きすぎた関係で、少し待ちくたびれたころ最初の太鼓台が境内に入ってきた。神社に奉納した後、青年に肩車をされた乗り児を見た。

  この祭は。太鼓台に乗った「乗り児(のりこ)」が神聖視され、祭が終るまで地面に足を付けてはいけないという決まりがありました。実は私、小学5年の時、大字三尾の太鼓台にのせてもらった事があり、「ひょたにい(兄)」と呼んでいた近所の青年団の人の肩車で移動したことを覚えています。

  三尾からこの神社までの2キロほどを太鼓台に乗って行く道々、子どもにとっては結構高いところに乗っていたこともあり、太鼓台が傾いたりして怖かったこと、でも、担ぎ手には(今は亡き)父親や近所の親しい人たち、力もちの青年の人たちが担いでくれているので「絶対大丈夫、守ってくれるはず」と思う事で安心し、一心不乱に太鼓をたたいていたことを思い出しました。

  年とって涙腺が緩くなっているこの頃、この時最初のウルウルがきました。

  この祭りを司会する前出のTさんの名調子で祭りは佳境を迎えました。それは、今年は8つの集落、全部の神輿が集合したようで、その8つの太鼓台が本殿の前に揃ったときは、この一体感に感動し涙を抑えることができませんでした。
最後に餅まきがあって今年の秋祭りは幕を閉じました。

  30年ぶりにふるさとの祭りに導いてくれたN君ご夫妻、ふるさと村の人たち、帰りには橿原市まで車で送ってくれた司会のTさん大変お世話になりました。

 「ふるさと村」」「やはた温泉」「日本百名水 7滝8壺」「神社の前の美しい川原」「吉野離宮址の石碑」」「幼き巫女さんたち」「太鼓台させさせ」「太鼓台2台」「太鼓台8台 揃い踏み」「乗り子たち」「祭りの司会」等々写真は「ぶらり旅・散歩」で画面をクリックし拡大してご参照ください・

















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おもいつくままに112   11.09.27 
野田政権スタート
  1か月経ってしまいましたが、 民主党代表選は意外な結果となりました。私の予想では1回目で前原さんが2位、決選投票でどっちが勝つか予想がつかなかった。最悪のシナリオ小沢傀儡号泣宰相の誕生か?と思う反面。、なんぼアホな民主でも良識のある議員もいるだろうと「前原」氏の逆転勝利を期待した。結果、無難な選択となったのだろうが、今の時代にはたして無難だけのリーダーでいいのだろうか。

  わずか9日間の経産大臣、素人しかいない民主党をさらけ出したボケな防衛大臣、唐突なたばこ増税の厚労大臣、嫌いではないがあまりにも軽そうな財務大臣、前途は多難のようだ。

  共同通信社の世論調査で、新政権が優先して取り組むべき課題(2つまで回答)は次の通りであった。

1.「東日本大震災の復旧・復興」63・7%
2.「景気・雇用対策」33・5%
3.「原発対策、エネルギー政策の見直し」27・3%
4.「税金の無駄遣い一掃など行財政改革」20・9%
5.「社会保障と税の一体改革」11・0%

  今後、野田新政権はどのような問題に直面するのか?避けて通れないと思われる問題を上記の世論調査に基づきいくつか挙げてみた。

   まずは①大震災の復興と②景気・雇用対策。
日本は今、「国難」と呼ばれる戦後最も困難な時期、3月11日に大震災が発生し、国内経済は深刻な打撃を受けた。デフレが長期化、株価は低迷、円高の流れは止まるところを知らない。仕事上中小企業の社長や営業の責任者と会う機会が多いが、ものづくり経営者の方たちは円高と産業空洞化による(国内)受注の減少に悲鳴をあげておられる。

   ③福島第1原発の放射能漏れ事故で、原発利用に関する論争も活発化した。菅政権は「脱原発」色が強かったが、すぐにすべてを利用しなくなるというのは現実的ではない。 北海道の高橋はるみ知事は8月17日の会見で、北海道電力泊原発の営業運転再開について容認する勇気ある表明を行った。
 今後、この問題は与野党間のみならず与党の中においても激しい論争が展開されるだろう。

   ④⑤民主の税調(藤井裕久会長)は、党所属の全国会議員を対象にした総会を開き、東日本大震災の復興財源を賄う臨時増税の議論を続けている。一部議員から増税に対する異論は出たが、増税対象の税目に消費税や相続税を含めるべきだとする意見も挙がっている。増税反対論が根強いなか、党内をまとめるだけでも大変だろう。

   他に重要なことは日米関係、TPP問題。野田首相が国連総会出席や日米首脳会談などのために訪米し、外交デビューを果たした。東日本大震災では米軍の「トモダチ作戦」が日本中を感動させたが、オバマ大統領から基地問題につき「結論を出すべき時期」と迫られたようだ。気まずくなりつつあった日米関係をどうにかして修復してもらいたい。

  少なくともこの事(日米関係、TPP問題)に関しては、はっきりとした考えを持っている前原氏に総理になってほしかった気がします。
















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おもいつくままに111   11.08.27  
民主代表選への独断と偏見
  8月26日、やっと菅さんが正式に退陣を表明し、代表選(首相選び)がスタートした。ひそかに期待したことは「やぶれかぶれ解散」(菅さんならやりかねないと思ったが)。これがなくなった以上、当分民主党政権が続くことになる。私の希望は保守本流の自民「安倍政権」であるが、民主なら前原さんしかいない。

  各陣営のなりふりかまわぬ「小沢詣で」にはうんざりだが、立候補の挨拶ぐらい行くのは仕方ないとしても、やはり前原さんは一線を画する態度を表明したようだ。これにより最大派閥「闇将軍」と「あほポッポ」グループ、一時は過去の人西岡議長を擁立する声まであったようだが、どうやら海江田さんにおちついた、幹事長ポストを渡す約束をしたか、海江田からならとれると思ったのだろう。ようは130億円の政党交付金と繰越金(かなりあるらしい)の金庫を握りたいのだろう。

  そもそも130人もいるといわれる小沢グループって何なのか、要は選挙のときに金を配っただけではないのか(われわれの血税に灰色の金も足してかどうか知らないが)、それだけで親分が「右向け」といったら向くのだろうか。なんぼ1年生議員でもそんなポンスケ(評論家の三宅さん流に言うと)ばかりではないはず。

  海江田も一時は反小沢だったような記憶がある、政治家の豹変はある程度仕方ないとしても、私から見ればあれがなければベストではないがベターな候補だっただろう。菅さんに梯子を外されたとき、大臣辞任の時期を失したことと、どう考えてもあの号泣はいただけない。一国のリーダーとして認めるわけにはいかない。

  前原氏の献金問題をつく人がいるが、法律に違反していれば悪で、違反さえしていなければいいのか。「若い時から応援してくれていたおばちゃんがたまたま在日韓国人」(確かに法的には×だが)だっただけではないのか。(小泉さん流にいうと)そんなことは大したことではない。吐き気さえ催す菅さんの売国奴的北献金に比べれば。(法的に問題なければそれでもいいのか)

  小沢の政治と金の問題にしてもそうだ。政治資金規正法で政治資金収支報告書という帳簿への記載がどうの、虚偽記載を知っていたかどうかばかりで争われている。巨額の汚職が見え隠れしていても、瑣末なことばかりを問題とし、物事の本質まで行かない。その巨悪が数の力でまたまた民主党を牛耳ろうとしている。

  次の内閣の最大の課題は、震災復興と原発問題、デフレ脱却と円高対策を含む経済政策。前原氏は外相時代TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加について、国内総生産(GDP)構成比1.5%の農漁業を守るために、残り98.5%を犠牲にすべきではないとの認識を示している。また電力問題にしても、政治家は口をそろえて脱原発を唱えるが、我が国経済にとって本当にそれでいいのか。

  前原さんは、極左や左寄りが多い民主のなかではかなり保守的、首相になれば日米関係は劇的に良くなるだろうし、中国・韓国などへも毅然たる態度をとっていくだろう。北朝鮮拉致問題だって何らかの進展はあるかもしれない。(8/27付夕刊フジにはこれに関する前原誹謗記事もあったが)

  今後海外へ「日本を売り込む」ことなど率先してやってくれるだろうから、財界からも期待する声が多いと思う。

  さあどうなる? 月曜日(29日)には新代表すなわち内閣総理大臣が選出される。衆参民主党議員さんの良識を期待する。
















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おもいつくままに110   11.07.30  
ありがとうなでしこジャパン 我慢の限界菅内閣
  Jリーグなど観たこともない「にわかサッカーファン」の私が久しぶりにLiveにくぎ付けとなり、決まったときは感動のため涙腺が緩んだ。見ているほとんどの人が2度目先行されたとき、「もはやここまで」と思ったに違いない。が、彼女らはあきらめていなかった。いまのニッポン、彼女たちが救いだ。
  民主のKY菅さんが「澤キャプテンのリーダーシップに学びたい」と言ったという・・・・。あんたが大将では国が滅ぶ、民主の政権では復興も無理、経済も死ぬ。

  「日本の政治はどこまで落ちていくのか。いっこうに底打ちする気配の見えないこの国の政治の低迷は、全世界周知の事実である。今や政治の現状を嘆くのが、あいさつ代わりとなった。」  40年も前から読み続けている 日経新聞(2011/06/22付)「大機小機」の「政治の質を決めるものは何か(与次郎)」の書き出しの部分である。

  この国難の時に・・・・。事実、ビジネスマッチングで中小企業の経営者と会う機会が多い私にとっても、上のような会話が挨拶がわりに交わされています。ペテンにかけてまで居座っている間に、災害の現場ばかりでなく、我が国の経済が世界の中で大きく取り残され、さらに産業の空洞化が進んでいることに気が付いているのでしょうか。政府が国益の邪魔をしているとしか思えない

  三権の長たる西岡参議院議長の菅批判が止まない。立場上やってはならないはずの官邸批判を続けている、「民主党出身の議長」がである。いわく「『脱原発』という単純なものの言い方を首相が軽々しく口にすべきではない」、「1日たりともこの政権が続くことは日本の将来のために許されない」

  一方、財界総理、日本経団連の米倉弘昌会長この人も、福島の原発事故の政府対応について「極めて拙劣」としたうえで、「政府の責任をもっと明確に示すべきだ」と強調。「政府がこれほど無責任だと、企業内行動の倫理観にも影響する」と苦言を呈した。
  また、首相が中部電力に対し、浜岡原子力発電所の全面停止を要請したことについても、「電力不足の中、今後30年間に87%の可能性で東海大地震が起こるという確率論だけで 本当にそういうことが言えるのか」と指摘。「民主党政権は結論に至る思考の過程がブラックボックス、唐突感は否めない」と批判、その後も会見の度に菅政権を面罵し続けている。

  そして民主党の若手議員、党執行部、閣僚まで批判を止めない。かねてこれほどひどい政権はあったでしょうか。記憶に新しい麻生内閣末期、支持率10%を切った森政権でも今ほどひどくはなかったように思いますが。

  2週間ほど前の日経に、日本の稼ぎ頭である「車・造船・電機」で韓国企業にシェアを奪われている旨の報道があった。さもありなん、無策のド素人内閣では抜かれるのは時間の問題だ。

  佐々木監督や澤キャプテンのリーダーシップを、今の民主党に求めるのは無理と言うもの。
















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おもいつくままに109  11.06.26 
生を明らめ死を明らむるは 修証義-2
   「生を明らめ死を明らむるは・・・・」は、 曹洞宗のお寺で唱えるお経「修証義」の導入の部分である。山村の禅寺にまつわる少年時代の思い出を、前に(おもいつくままに№58 修証義 06.11.25)に書いた。

   
生は來(らい)にあらず、生は去(こ)にあらず、生は現(げん)にあらず、生は成(じょう)にあらざるなり。しかあれども、生は全機現(ぜんきげん)なり、死は全機現なり、しるべし、自己に無量の法あるなかに、生あり、死あり・・・・(正法眼蔵)。     難しい、解らん。

  「清貧の思想」の中野孝次は「道元断章」という本のなかで、「ともあれ自己を超えたものの働きとして生が現成し、死が現成する以上、その生死を絶対としてそのまま受け入れ、認め、その中で生きるしかないのだ」と解している。

  表題から・・・仏家一大事の因縁なり、生死(しょうじ)の中に佛あれば生死なし、但(ただ)生死すなわち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として欣(ねご)うべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯(ただ)一大事因縁と究盡(ぐうじん)すべし。へと続く。

   (意訳)
生死の迷いの世界に仏にあうことが出来れば迷いはない。ただ生死も悟りの世界と心得えれば、生死を厭うこともなく、又悟りを願うこともなくなる。この時はじめて生死の迷いから離れることができるのだから、もっとも大事なこととして極めるべきである

    修証義は、私が週に一度(日曜日)、仏壇に向かって一章づつ唱えています。修証義(しゅしょうぎ)とは、曹洞宗の開祖・道元の著作である『正法眼蔵』から、特に在家への布教を念頭におき、重要な点を抜粋し全五章・三十一節にまとめたもの。修は修行のこと、証は悟りのことで、この二義についての義(ことわり)をまとめた物である。
 
  今から考えれば、死に瀕するというほどの病気ではなかったかも知れませんが、一昨年、突然熱と筋肉の痛みに襲われ、1か月以上も原因が分からず、入院して検査・検査で明け暮れたときがありました。来る日も来る日も、検査しても原因が分からず、氷枕でベッドに横たわっているとき、『もし、もう一度家に帰れて、あと何年か生きることができたら「残された時間」をいかに生きるべきか?』を真剣に考えたものでした。

  そのとき、65歳という高齢者の仲間入りしている自分(来月67歳)、「あと残りの人生は、やりたいことだけをやろう」と思っていました。幸い治療法も見つかり、退院して少し楽になったとたん、仕事への復帰を考えていた自分が不思議な気がします。私自身それほど仕事人間でもないし、毎日が日曜日になったら、あれもやりたいこれもやりたい、趣味もそこそこはあると思っていたのに。今の仕事の「おもしろさ」が、そうさせたのに違いはありません。

















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おもいつくままに108   11.05.28  
メルトダウン
   東京電力福島第一原子力発電所1号機の海水注入中断をめぐり、「55分間の中断は存在していなかった。」

  東京電力」は、福島第一原子力発電所の2号機と3号機でも核燃料が溶け落ちるメルトダウンが起きていたとする報告書を発表した。

  上の二つの発表を聞いて唖然とした。

  「55分間の中断」についていえば、当初、政府の発表では、海水注入の開始時刻は3月12日午後8時20分としていたが、東電が公表した資料では、午後7時4分に海水注水を開始し、同25分に停止、午後8時20分に海水とホウ酸による注水開始、「55分間の中断」としていた。
  26日記者会見した副社長の説明によると「(継続してしても)再臨界の可能性はほとんどないと判断していたが、官邸の「空気」を読んで事実を隠ぺいしたようなことを言っていた。

  思い起こせば当初菅さんが「原子力安全委員長斑目さんの(再臨界の可能性云々の)助言で中断したようなことだった。この発表で斑目さんが「私は何だったんだ」と憤るのも無理はない。
  そもそも海水注入を中断しようとしたこと自体が誤りだったようだ、たぶん現場の所長の判断が正しかったのだろう。官邸や本社から何と言われようと、すべての責任を負うつもりで正しいことやろうとしたに違いない。信念の人であろうと思う。

  メルトダウンについていえば、東京電力は12日、福島第1原子力発電所1号機で、燃料棒が原子炉の底に崩れ落ちた可能性があると発表した。
  その後23日、2号機と3号機でもメルトダウンが起きていたと発表した。水位計が故障して実際の水位が低かった場合の2つに分けて燃料の状態を分析した。 結果、どちらの場合でも燃料が溶け落ちるメルトダウンが起きていたと分析した。

  メルトダウンと言えば最悪の事態ではないのか、あれほど「大丈夫」と言っていたのは何だったのか。
  ここにきて事実(ほんまに?)を発表したのは、「IAEAの査察を前に・・・」ということだそうだが、こうなってくると何を信じていいのかわからなくなってくる。

  昔、「フロントがアホやから野球ができない」といった選手がいた。今回の震災で強く感じたのは、この国の救いは上層部より現場がしっかりしていることである。東電でも本社はバカだが前出の所長や原子炉内で働く人たちは偉い、官邸はボケだが自衛隊や末端の町村長などの頑張りに頭が下がる、議員はアホだらけだが民間ボランティアの頑張りがある、国に人はいないが、経済界には人材がある、

  G8での菅さんをみて、メルトダウンを起こしている(政権を担当する)民主党と、この非常時に尊敬できるリーダーを持たない我が国の不幸を嘆くばかりである.

   いまのようなときのリーダーは市民運動から出たような人ではだめだ、本当に「国を想う、国益を考える」保守の人が必要であろう、 10.11.27 「102 安倍内閣をもう一度」でも述べたように自民党の安倍さんしかいない。

  ここであなた(菅首相)にできることは、解散してこの未曾有の国難を導く政党とリーダーを選びなおす機会を作ることだけである。
















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おもいつくままに107   11.04.23  
初 孫
  4月8日といえば「はなまつり」、お釈迦様が誕生した日。

  生まれて間もなく、天から甘い露が降り注いで身体を清めるとお釈迦様はすぐに立ち上がり、7歩進んで右手で天を指し左手で大地を指し、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言ったそうです。

  2011年4月8日、我が家の初孫が誕生した。39年前の長女のときも、36年前の長男の時も、埼玉にあった妻の実家近くの産院で出産したこともあり、誕生したその日には会うことができなかった。孫には生まれたその日に会うことができた。

  病院のガラス越しに3人の新生児が並んでいたが、どうみても断然わが孫がかわいく見えた、カミさんも同じだったという。あとで、早くもジジバカ・バババカがはじまっているのに気がついて笑い合った。

  この頃は便利なもので息子のヨメから毎日のように携帯で孫の写真と母親となった彼女の心境がメールで送られてくる、時には動画まで。携帯のカメラで撮ったものでも写真を2Lぐらいに引き伸ばしても結構きれいな写真となる。毎日のように増える写真をプリントしたり、パソコンの中の画像をスライドショーで見るのが日課となっている。

  ちなみに「天上天下唯我独尊」とは「この世に自分より尊いものはない。つまり人間ひとりひとりが一つしかない命をいただいている尊い存在である。」いうことを意味しているのだそうである。

  大震災で多くの尊い命が失われた。いまなお多くの人が不自由な避難所生活を余儀なくされている。また原発事故により、想像に絶する困難と闘っている人たちがいる。人災としか言えないこのような事故を引き起こした「東電の役所以上の役所といわれる経営体質」。「右往左往としか思えないア菅(あかん)内閣の危機管理能力のなさ」に今更ながら腹が立つ。

  孫の時代には、この国に真のリーダーが育っていることを切に願うこの頃であります。
















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おもいつくままに106   11.03.26  
東北地方太平洋沖地震に思う 
  3月11日金曜日、その日は年休をとっての通院の日であった。一昨年の入院以来完治したと思えるものの、最近では2カ月に1度となっている病院から帰宅し、2階のわがパソコン部屋に落ち着いて3時のコーヒーを待っていたころ、ゆらゆらを感じた。これくらいの揺れなら大したことないと思ったものの、少し揺れが長いのが気になった。

  これがこの日午後2時46分ごろ東北地方を襲ったマグニチュード 9.0 を記録する大震災の揺れであった。新聞等報道機関では東北関東大震災、東日本大震災、東北・関東大地震、東日本巨大地震、3.11大震災 とまちまちな名称で報道したが、気象庁は本地震を「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名した。

   震源は三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近)、深さ約24km、震源域は岩手県沖から茨城県沖までの広範囲に及ぶ。宮城県栗原市で震度 7、激しい振幅は2分間続いた。震度7を観測したのは、2004年の新潟県中越地震以来である。仙台では震度 6弱(宮城野区では震度6強)、東京では 5分にわたって揺れ、震度 5強を観測した。大阪や奈良でも震度 3を観測した。東京大学地震研究所の解析によると、本震の揺れは東日本全体で約 6分間続いたという。

   このたびの地震では揺れによる倒壊や火災の怖さもさることながら、テレビを通じて津波の恐ろしさをまざまざと感ずることになった。あのどす黒い猛りくる巨大波。おもちゃのように流れる家、木の葉のように浮く自動車。「言葉にできない」とはまさにこのことで、津波が去った後には海と陸の境目もない目を覆うばかりの惨状があった。

  犠牲者の皆様方には謹んでご冥福をお祈りいたします。とともに被災者の方々には心よりお見舞い申し上げます。
  被災地で家族と再会し、「生きていただけでありがたい」といった人の声や、避難所でマイクを向けられた女性から「私は十分です、ほかの方々を助けてあげてください」と言っておられるのを聞いた時、思わず涙しました。不便でつらい避難所生活を余儀なくされていながら、気丈に頑張っておられることに対し、頭が下がる思いを感じております。
  また、世界中から被災者の忍耐強さと秩序立った様子に驚きと称賛の声が上がっている。米メディアでは、「なぜ日本では略奪が起きないのか」不思議がられているという。

  つぎつぎと寄せられる海外からの支援要請や義捐金の申し出には、「地獄で仏」の思いを感じた。空母で応援に来てくれたアメリカ。ヘリポートも確保できない状況で、飛行場を持ってきてくれたように頼もしく感じたのは私だけではなかったと思う。なんといっても頼りになるのはこの国、基地移転問題をむちゃくちゃにし信頼を失いかけた宇宙人はどう感じているのか。他にも隣国韓国はじめ世界中から支援が集まっています。震災直後の国連の発表「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が 全力で日本を援助する」という、世界中に感謝。

  こんなときは「困ったことときはお互い様」の精神が必要。チェーンメールなどで呼びかけてきた「節電」などには、「協力しなければ」と待機電力の元を切ったりしたものの、「商用周波数」の違いで関電や中電からは限られた電力しか送れないという。また、5月には夫婦で海外旅行を予定していたが、いいのか悪いのか「そんな気にはなれない」と予約を取り消した。「われわれも何か」とは思うものの、今できることと言えば些少ながらでも募金に応ずることぐらい。

  それにしてもなぜ災害は、政府が弱い時、指導者が軟弱な時を襲うのか。神戸の時の眉毛の爺さんを思い出す。リーダーシップのない菅さんや、素人大臣枝野さんの一所懸命ぶりは伝わってくるものの、原発への取り組みや計画停電のことなどは、分からないことや混乱が多すぎる。経済の停滞や政治の乱れで国民の閉塞感が漂うとき、このような未曾有の大災害が我が国を襲った。「日本の姿が変わる」転換期なのかもしれない、「日はまた昇る」を信じて頑張るしかない。

  政府・東京電力のガバナンスと危機管理能力が問われる中、福島原発に対し、命をかけて放水等を行っておられる自衛隊・消防の皆様方、経営陣とは裏腹に被ばくをも恐れず、現場において不眠不休で復旧を続ける東電作業員の皆様方には頭が下がる思いです。















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おもいつくままに105   11.02.26  
大相撲は再生できるのか 大相撲最大の危機
  大相撲の八百長疑惑について、東京都の石原慎太郎知事は2月4日の定例会見で

 「今さら大騒ぎするのは片腹痛い。私の知っているかぎり相撲はそういうもの。昔から当たり前のこととしてあった」。土俵から近い席で八百長を目撃した話も披露。「日本の文化の神髄である国技というのはちゃんちゃらおかしい。私はそれ(八百長)を知っていたから横綱審議委員を固辞した。ならなくてよかった」と語っている。
  日本の歴史・文化を尊重する最も保守的な政治家・作家の言である。

  私の子供時代、娯楽が少なかったこともあって相撲の人気は大きかった。ベッタン(めんこ)も、野球選手や俳優などより力士のものが多かったように記憶している。典型的なあんこ型鏡里や、対照的に背が高く筋肉質の千代の山など人気横綱。好きだったのは安念山、褐色の弾丸房錦、内掛の名人琴ヶ浜など魅力ある脇役もよく覚えている。

  相撲の起源は非常に古く、古墳時代の埴輪・須恵器にもその様子が描写されているという。日本の相撲発祥の地と言われる当麻寺が我が家から電車で25分ぐらいのところにある。近鉄南大阪線当麻寺駅から寺へ向かう参道の途中に相撲の開祖と言われる當麻蹶速の塚がある。垂仁天皇の御代と言われるので当麻蹶速も伝説上の人物だ。出雲の野見宿禰との勝負に敗れたが、郷土が誇る日本最初の力士として知る人ぞ知る。

  八百長イコール相撲、明治時代の八百屋の店主「長兵衛」に由来するといわれる。八百屋の長兵衛は通称を「八百長」といい、大相撲の年寄と囲碁仲間であった。囲碁の実力は長兵衛が優っていたが、八百屋の商品を買ってもらう商売上の打算から、わざと負けたりして年寄りの機嫌をとっていたらしい。

  また、相撲の世界には、人情相撲というのがあり、落語にも歌舞伎にもなっている。日本人独特の「(武士道にある)「敵には憐みをかけ」や「阿吽の呼吸」、そういったものすべてを含めたものが大相撲というものだと思う。それを一概に八百長というのは野暮というものであろう。

  わが国には「和の精神」「譲り合いの精神」など素晴らしい文化がある。いま世の風潮として、マスコミのせいではあるが、「何でもかでも表面に引っ張り出してヒステリックにやっつける」というのがある。世界規模では「ウイキリークス」、「外交における密約問題」「国家機密であるはずの尖閣ビデオ流出を是とする風潮」等々。

  例えば「談合」、誤解を恐れずいうなら一概に悪と決め付けられない。使いようによるが、これなども「日本人の知恵」「必要悪」として続いてきたものであろう。また公益通報者保護法(思いつくままに№25:「内部告発」)も嫌な法律であり、仲間をウルことなど日本人には馴染みにくい。

  とはいえ「単に保身と銭金だけで、いともたやすく携帯で星のやり取りをしていた」というのが表に出て、知ってしまったからには・・・・。













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おもいつくままに104   11.01.29  
日本の財政破たんは防げるのか
  「やはり来たか」。1月27日 米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)が日本国債を格下げした。S&Pが格下げ対象にした日本の長期国債格付け。従来の「AA」から「AAマイナス」に1段階引き下げられた。それでも機械的に投資対象から外されるダブルA格ラインはなんとか死守した。

  我が国の2010年債務残高 997兆7098億円 GDP比 約200%、 米国(同) 90や英国同 82、ドイツ同 81、 先進国で最も高いイタリアの132%に比較してもダントツに高い。国内では、「これだけ景気が悪いし、今後の成長も見込まれないのだから、長期金利が上がるわけない」と思っている人は多い。

  昔銀行で資金証券部にいたころ(昭和の終わりから平成の初めごろ)、国債のディーリングを経験したことがある。このとき、国債を売買するということは「長期金利」を売り買いすることである」ことを知った。債券価格が下がれば長期金利が上がり、債券の価格が上がるということは長期金利が下がる」ことだということも理解した。この当時の国債残高は150兆円そこそこだった。(おもいつくままに#28 公務員に損益感覚を 参照) 債務カウンタをクリックしてください

  日本の国債市場では、海外勢を中心に将来の「国債暴落」を見込んだポジションづくりが進んでいるという。世界的に見ても上記のとおり対GDP(国内総生産)比率が極めて高い国債残高を抱えており、これまでのような長期金利の低位安定が続くはずないと予想しているのだ。

  また「ギャンブル」として考えても、「これだけ低金利であれば、日本国債の価格下落に賭けた方が儲けは大きい」という考えが働く。
「つまりいつ国債が暴落(金利が上昇)してもおかしくない」ということであり、このたびの格下げはこれに対する警告と思っていい。

  そんなおりもおり、いくら経済音痴の菅さんであってもあの答弁はいけない、会社でいえば社長が自社の株価や時価総額に「疎い」とコメントするのと同じなのである。ど素人の菅さん首相にレクチャーする人がいないのもこの政権の深刻さを露呈しているといっていい。この政党に、この社長に日本株式会社の経営を任せておけばいずれ倒産するしかない。

  首相をコロコロ変えるのは良くないことは分かっているが、ここまできたら解散して国民の信を問うしかないであろう、受け皿はいまの谷垣自民党ではダメですが。
















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おもいつくままに103   10.12.31  
ひろ坊が選んだ2010年重大ニュース
 
あけましておめでとうございます。
  昨年もいろいろありました、それにしても bad ニュースの多かったこと。

2010年1月 日本航空が会社更生法を申請し、事実上破綻  : 
親方日の丸の経営体質もさることながら、複雑な組合問題もあったし、展望なき航空行政の被害者でもあったんやろなあ。

2月 朝青龍が引退。: 
「横綱としての品位」というのをよく言われ、暴行問題に対し責任をとった。憎らしいほど強いときもあったし、良くも悪くも大相撲を盛り上げたのは事実。それにしても最後まで銭でもめていた、親方の指導が悪かったンとちゃうか。それにひきかえ、白鵬は立派な横綱になった、63連勝もすごかったけど、言動に責任感と風格が出てきた。

3月 小沢氏批判の生方氏を解任 : 
その後小沢氏は、世論の反発を受けて、生方副幹事長氏解任の撤回に追い込まれた。生方さんがどんな人かよく知らんかったが、当時のこわもて幹事長に楯突くなんて「勇気あるなあ」とは思った。民主党のごたごた内紛は今も続いている。

4月 新党が続々登場 : 
たちあがれ日本 平沼赳夫代表・与謝野馨共同代表、新党改革舛添要一代表・荒井広幸幹事長、日本創新党山田宏代表・中田宏代表幹事など。舛添さん、飛び出す時期を間違えたんとちゃうか。日本創新党ちゅうのもひとつようわからん。

4月 3Dテレビ発売 : 
新しいもん好きで衝動買いの私でも、3Dは要らん、あんなんみたら酔うてしまうわ。

4月 事業仕分け第2弾 : 
強制力がないためか、手を変え品を変えゾンビのように復活しているのもあるというやないか。だんだん、パフォーマンスということがバレてきた。

5月 上海万博 : 
184日間で約7300万人(ちなみに大阪万博は6421万人)が来場、万博史上最多とはいうが、日本の10倍以上も人がいるんやからなあ。毎日会場に通い続けた日本人女性「万博おばあさん」を友好の象徴として温家宝さんが取り上げた。ギスギスした日中関係のおり、ほっとした一瞬やった。

5月 鳩山首相が基地を辺野古に移設と表明 : 「
最低でも県外」、稀代の無責任総理のこの言葉で民主政権の迷走がはじまり、日本の政治を混乱に陥れた。自分のやったことが分かっていない、全財産を国庫に納めて弁償しろ。

5月 日本で iPad発売、スマートフォンも大ブレイク :
 去年3月、ソフトバンクに替えるのが嫌で、ドコモスマートフォンSC-01Bに買い替え大失敗。8ヶ月後10月にギャラクシーが出たので申し込んだらモノが無い、3か所予約してやっと手に入れた。ええ年してなんでこんなに新しもん好きなんやろ。iPad・iPhonからビジネスツールの革命が始まった

5月 社民党が連立離脱 : 
いい悪いは別にして、瑞穂さんのほうが筋が通っている。民主党は尻尾に振り回されたのに、また社民に頼みに行って「ブチギレさせないで」といわれた。最近では舛添さんに秋波を送ったり、与謝野さんと会ったり、こんなことばっかりやっていて、日米問題やTPPなど重要なことはどうすんだよ菅さん。

6月 鳩山首相が辞任、新首相に菅直人氏 : 
一時的には支持率回復も、決断しない総理に、国民もイライラ、わてもイライラ。

6月 力士の野球賭博 : 
11月場所、豊ノ島はよう頑張って復活したけど、辞めさせられた琴光喜はいまなにしているんやろ?

6月 小惑星探査機「はやぶさ」が地球へ :
 久々の快挙、国際的にはどんな評価なんやろか、あまり伝わってこない、PR不足?

7月 高速道路の一部無料化実験 : 
お金余っているんならともかく。あえて収入源を絶つことないと思うけど。

7月 参院選で与党過半数割れ、ねじれ国会 : 
今年の法案成立件数は最悪とのこと、国会運営も大変。亀井さんの郵政見直し法案も先送りに!これは廃案にするべき。

8月 高齢者が各地で所在不明 : 
日本人のモラルもここまで落ちたか、情けない。

8月 記録的な猛暑 : 
昔、家電量販にいたころ、社長がよく言っていた。「電機屋ではなく天気屋」だと。猛暑ビジネスの好調で経済効果はかなりあったはず。それにしても熱(暑)かった。

9月 中国船船長逮捕 : 
あのVサインに腹が立つ。

9月 民主党代表に菅直人氏が再選 : 
ほとんどの国民は拒否してるのに、議員の中にはあれほど小沢支持があるとは。昨年の政治資金が公表されてわかった、お金もろてたさかいや、その金の出どこが問題なんや。

9月 大阪地検の検事を証拠改竄で逮捕 : 
検察の権威失墜ここに極まれり。村木局長ドラマにまでなった、まずはめでたし。

9月 尖閣諸島を巡る外交問題 : 
中国ちゅう国は!なんちゅう国や。主張せん日本も悪いけど。

10月 小沢一郎氏を強制起訴へ : 
12月土壇場になって「政倫審出席」、年貢の納め時やと思うけど。

10月 鈴木章氏、根岸英一氏がノーベル化学賞受賞 : 
はやぶさと並んでの日本人としてうれしいニュース。根岸先生がエスコートしたヴィクトリア王太子は、スウェーデン王位の法定推定相続人であり、英国の王位継承権もあるらしい、だいぶ後順位やけど。

10月 チリ鉱山事故、33人を無事救出 : 
今世紀最大のドラマの一つ、よほどリーダーが偉かったンや。

11月 ロシア・メドベージェフ大統領が北方領土を訪問 :
 火事場泥棒で奪い取った4島まとめて返せ、なめたらいかんぜよ。

11月 尖閣衝突ビデオがYouTubeに流出 : 
マスコミは「国民の知りたい権利」とかいうが、国家秘密をばらした罪は公務員として許されるべきものではない、保安官の意図や如何。「仙石38」ってなに、それにしてもずいぶんUチューブの宣伝になった

12月 小沢氏政倫審出席 : 
出たってほんまのこと言うわけない。思いきって除名したら?

12月 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP) : 
我が国の今の閉塞感をうち破るのはこれしかない。グスグズしとったら大変なことになると思うけどなあ。

     上記のほか今年も児童(老人)虐待・育児放棄・いじめによる自殺があとを絶たなかった。我が子にこんなひどいことができるのか、どう考えてもわからない。いじめというのも残酷なものや。
今年は good ニュースが多いとええんやけどなあ。












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おもいつくままに102   10.11.27  
安倍内閣をもう一度
  ひどい、あまりにもひどすぎる ど素人内閣、支持率も急落して危機ラインの30%を切った。次の調査では20%を割るのではないか。

  すべては、朝令暮改・支離滅裂・軽佻浮薄バカ総理、あの宇宙人総理の「最低でも県外」から始まった。こんなにもひどい人とは知らなかった私は、民主党への流れが止められないなら「ベストじゃないが人柄がよさそうな鳩山さんなら不幸中の幸い」くらいには思っていた。

  その後「オバマさんにトラストミー」といっておきながらあの体たらく。米海兵隊の日本駐留の「抑止力について知らなかった」云々、こんなことはそれこそど素人の私でもわかる。「幹事長も辞めていただきたい」といっておきながら小沢の応援、とどめは「首相経験者たるもの・・・」、そして事実上の辞めない宣言。これらの節操のなさぶりはあまりにもひどすぎる。

  今回の中国尖閣列島問題、ロシアの北方領土訪問もまた沖縄基地問題と離しては語れない。米国との微妙な関係に乗じたものであるのは明白である。これらのことでわが国が失った国益は計り知れない、国民として損害賠償請求したいくらいである。なんぼ大金持ちの鳩山家の全資産を没収しても損失の100分の1も埋めることができないだろう。

  菅政権になって高支持率のスタートを切ったのは、小沢さんに距離を置いたのが功を奏しただけ。あの厚生大臣時代エイズ問題の処理、野党時代の鋭い舌鋒はなんだったんだろう。これほどリーダーシップに欠ける人だとは思わなかったのは私だけではないだろう。胡錦濤主席との会談(というより雑談)で、メモを見ながらのあのオドオドした態度が網膜から離れない。このままいくと、覇権主義国家中国は、尖閣・台湾・沖縄を手中にした後、日本を属国としかねない。

  「自衛隊は暴力装置」の仙谷失言、小沢国会召喚問題に対しても菅総理の指導力は全く見えない。柳田法相事実上の解任と引き換えに補正予算を通そうと思ったが、それでは筋が違うという野党の声は当然。法務大臣失言のあと「大臣の国会答弁について役所に指示した」なんて言っていたが、これでは「官僚の言いなり」がばればれだ。

  今やっている事は野党時代に自民党を攻撃したはずのことばかり、恥ずかしくないのか。それにここにきて民主政権唯一のヒット商品「事業仕分け」も単なるショーだとわかってきた。

  いま思えば自民党にはまだしも人材があった。少なくとも「国を想う」人たちがいた。なんといわれようとも断固として靖国へ詣った小泉さんはこのことに関しては文句のつけようがない。後任では惜しい人を短命総理にしている。その1、「美しい国」と「戦後レジームからの脱却」の安部さん、この人ならこんなに中国になめられることはなかったと思う。その2、あれだけぼろくそに言われ、自民政権の幕を引いた麻生さんでも、「自由と繁栄の弧」を主張し、外交にはそれなりの考えがあったように思う。またその3、亡くなってしまったが、あの酔いどれ財務大臣、この人もわが国の国益を考える政治家だった。

  それにしても今の内閣、なにをされても「遺憾」「遺憾」、でどこまで卑屈な外交を続けるつもりだ。

  そんなおりもおり、北朝鮮のヨンピョンド砲撃、今の内閣では到底この種の危機に対応できるとは思えない。ほんまにどないかしてーな。もうこうなったら解散に追い込んで自民党政権に戻すしかない。

  前原さんやみんなの党と連携して真の保守党内閣を作ることだ。総理は安倍晋三がいい、小泉進一郎初入閣大抜擢、官房長官は女性が良い、わが奈良県選出の高市早苗でどうだ。桜井よし子さんにも外相か何かで是非参加してもらいたいし、大阪の橋本知事にも一肌脱いでもらいたい。鴻池さんとか西「村(真悟)さん、片山(虎之助)さんらも歓迎。石原慎太郎はもう歳だから顧問格でにらみをきかせてくれたらと思うが如何。  
















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おもいつくままに101   10.09.26 
屈辱外交か高度な政治判断か
  「TOPページ」「おもいつくままに」「エンターテイメント」と「ぶらり旅・散歩」は毎月1日、更新するようにこころがけています。たいてい月末に一番近い土曜日に原稿を書いて翌日の日曜日にUPする。

  今回は23日、『花田紀凱(もと週刊文春編集長)も「前原新外相よ、中国に一歩もひいてはならぬ」と言っている、前原さんなら大丈夫だろう。と書いておいた。

  翌24日、「尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と衝突した中国漁船船長(41)の釈放が突然決まった」とのTV報道を見てわが目と耳を疑った。 
しかもあの賢いはずの仙石さんが「検察当局として決めたこと」と言っているのを聞いて唖然とした。

  閣僚級以上の交流停止、10,000人の日本向け観光客の足どめ、学生1,000人の万博招待延期、拘束された4人のフジタ社員、レアアースの輸出禁止等々。中国は今回の事件で、ありとあらゆる嫌がらせをやってきた。これ以上こじらせれば国益を損なう、という判断も確かにあっただろう。
  
  米国のクリントン国務長官は23日、日米外相会談で尖閣諸島は日米安全保障条約の適用対象になるとの見解を示していた。にも関わらず釈放後、クローリー次官補は、「適切な決定」と評価し、日中間の「緊張が大幅に緩和されると信じている」と語っている。米国もこれ以上面倒なことに引き込まれたくないのだろうか。

  しかし、これ(釈放)による中国の反応はなんと「日本側に謝罪と賠償を求める方針」という。領土、人民、主権の3つは国家の基本的人権みたいなもの、領土あっての国家である。尖閣諸島の実効支配を狙う中国が、船長逮捕を機会に強引な策をとってきたのはある意味戦略。それに引き換え、わが日本の外交はなんと稚拙で弱腰なことか。

  中国の要求を丸呑みした今回の釈放劇は、尖閣諸島の危機のみならず、日本と日本人に多大の災厄をもたらすことになる、民主党政権に国家を担う統治力がないことも明白になった。
 「それとも成熟した国の大人の判断」だったのだろうか。


















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おもいつくままに100   10.09.23  
ヤワラちゃんには小沢の隣より、柔道着が似合う
   民主党の代表選挙、菅さんが地方議員や党員・サポーター票では圧勝したにも関わらず、国会議員では僅差での勝利となった。

○一般党員・サポーター投票 (郵便投票=300小選挙区各1ポイント)
 小沢一郎候補 51 ポイント、 菅直人候補 249 ポイント

○地方自治体議員党員投票(郵便投票=全国100ポイントをドント式で配分)
 小沢一郎候補 927 票 40 ポイント、 菅直人候補 1,360 票 60 ポイント、 無効 7 票、(有権者数 2,382)

○国会議員投票(直接投票=各2ポイント) 
 小沢一郎候補 200 票 400 ポイント、菅直人候補 206 票 412 ポイント、無効 3 票、(有権者数 411)

◎獲得ポイント合計
 小沢一郎候補 491 ポイント、 菅直人候補 721 ポイント

   民意と議員とのねじれに驚いた選挙結果だった。これほど世論が脱小沢を望んでいるのに国会議員らの中に小沢を支持する人が多いのはなぜなのか。もし小沢が勝っていたら、多くの国民を敵に回しての内閣となり、国会運営などが最悪の状態になり、またしても短命となるのは目に見えていた。
 
  これほどリーダーを次々と変えることが、どれほど国益を損なうかを考えてのことだったのなのだろうか。「それでもなお小沢」というのには、単なるポストを巡る内輪争いだけではなく、われわれ素人(国民)ではなく、玄人すじ(議員)しかわからない、「何か」があるのだろうか。

  政治資金規正法について、「収支報告書への記載についてアウトかセーフか」ばかりがいわれている。我々国民にとって記載が不実であったとかどうとかより、限りなくクロに近いゼネコンからの献金や、政治資金団体「陸山会」から氏個人への不動産取引。あの金丸信を彷彿させるこんな金権政治家を、国のリーダーにいただくことはできないはずである。

  小沢グループはこの先、菅内閣がコケるのを待つのか、何か仕掛けるのか、いずれにしても与党の多くの政治家が国益より選挙に勝つことと、党内の主導権争いだけを考えているとしたらこの国は本当に大丈夫なのか。

  小沢チルドレンなどと言われる1年生議員の多くが、何故小沢グループなのか。なかでも谷亮子が小沢の広告塔になっていたのが、ひときわ目立った。スポーツ界や芸能界からのタレント議員であっても、その道で功成り遂げた人が第二の人生を参議院で頑張るというのは悪くはない。

  彼女には次のオリンピックでの活躍を期待したいし、子育てもこれからのはず、それらを終えてからでも遅くはないはず。日本柔道連盟がついに引退勧告を突きつけたのは当然と言える。ヤワラちゃんには小沢の隣より、柔道着が似合うと思うのだが。

  なにはともあれ、菅改造内閣は予想外の高い支持率となり、脱小沢が高く評価されたことになる。なかでも前原さんを外務大臣にしたのは大正解。
 日本の主権を侵して日本の領海内で無法に操業し、とがめられると体当たりして日本の巡視船を破損した中国の漁船を拿捕したのは当然。小沢が大勢の議員を引き連れ、中国共産党詣でをやったのは記憶に新しい。こんなことをやっているから日本がなめられるのだ。

  花田紀凱さんも夕刊フジの’天下の暴論’で「前原新外相よ、中国に一歩もひいてはならぬ」と言っている。前原さんなら大丈夫だろう。

















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おもいつくままに99   10.08.28  
こんな日本に誰がした 
   テレビを見ながらこの文章を書いている。鳩山(さんをつける気もしない)が「民主党代表選に関し「国難ともいえる時で、小沢さんのパワーが今まで以上に必要な時と思う」と言ったのはまだしも、「政権交代と私を首相まで導いてもらった恩返しをするべきだ」と述べたのには驚きを通り越して「おまえはあほか」と思わず言ってしまった。

  数々の迷走劇と朝令暮改・支離滅裂・無恥蒙昧ぶりを演じた首相であったが、辞任の決断に追い込まれたとき「幹事長の小沢さんにも辞めていただきたい」といったときと、「今季限りで政界引退」を表明した時だけはこの稀代の「こんにゃく首相」を一瞬だけ見直した。その後、菅続投支持を表明した舌の根も乾かないうち今度は前述の「恩返し」発言。ほんまに東大を出たのか、疑いたくなる。

  そしてもう一人あほなおっさんがいた、あの大作「徳川家康」の作者山岡宗八の娘婿(らしい)某副代表(もう一人 ピンとかいう変なんもおるけど)、余計なことして小沢氏を「やる気」にさせた。「円高・株安・デフレ・景気減速懸念」で大事な時に、またしても政策より政局にしてしまった罪は大きい。

  昔(昭和22年)  こんな歌があった。
     
飢えて今頃 妹はどこに 
     一目逢いたい お母さん
     唇紅(ルージュ)哀しや 唇かめば
     闇の夜風も 泣いて吹く
     こんな女に誰がした    
 
         昭和22年の流行歌清水みのる作詞、利根一郎作曲「星の流れに」3番。

   ついに逮捕者が出た。高齢者の所在不明問題の発端となった東京・足立区で生きていれば111歳の男性が遺体で見つかった事件で、男性名義の年金をだまし取っていたとして81歳の長女が逮捕された。長崎県壱岐では200歳の男性が戸籍上、生存していることが分かった。江戸時代文化7年の生まれで、当時の侠客国定忠治と同い年ということだそうだ。ほかにも日本中でこうしたことがどんどん明るみに出てきている。

  自治体の怠慢は責められて当然としても、一般市民の中で平気(かどうかはともかく)で親の葬儀をせず、死亡届も出さず、死んだ親の年金をあてにして生活する者がいること自体、日本人もここまで落ちたかと情けなく思えて仕様がない。また頻発する子供の虐待、年金の未納、子供の給食費を払わない人、NHKの受信料を払わない人等々日本人の質の低下と政治の貧困を嘆かざるを得ない。

  民主党に期待したのは「政治主導」。ど素人政権では今のようにバラマキで国民の機嫌を取ることしかしかできず、当面の危機円高・株安に直面しても何の手も打てず、市場の失望を買う政府より、その道のプロ、少なくとも頭脳だけは優秀な官僚に任したほうがなんぼかまし。解散はあまり考えられない今、あと3年民主政権が続くのであれば、経済音痴とはいえ、前こんにゃく首相や金まみれの闇将軍より、なんぼかましな菅さんで行くのが筋というものではないか。

  いま我が国はGDPで中国に抜かれ、国際競争力にいたっては世界27位といわれる。もはや経済大国とはいえなくなりつつあり、このままいけばお隣韓国に負けるのも時間の問題。言いたいのは「こんな日本に誰がした」ということ。「あほなトップや政治家」と、それを選んだ我々国民だといいたい。民主党政権になるとこんなことになるのは、私にでも見えていたのに。












o098


おもいつくままに98   10.07.25  
相撲取りと飲んだ記憶 問われるごっつあん体質
    大相撲界に激震が走った。

  すったもんだの揚句、NHK中継のない前代未聞の名古屋場所が開かれた。元横綱 朝青龍の引退劇もさることながら、親方の暴行事件、力士の大麻使用、そして今回の野球賭博とスキャンダルの絶え間がない。
  相撲界の悪いことばかりが報道される昨今、私自身、40年前力士たちと飲む機会があり、穴があったら入りたいような経験をしたことを思い出している。。

  大阪場所の前後だったと思うが、N支店当時数名が「ある相撲部屋」のちゃんこに招ばれた。身の程を知らないというか、その時部屋のただ一人の関取(今もしこ名を覚えているが)の前でA上司と飲み比べをした。
  その頃の喫茶店には、ミックスジュースなどを入れる普通のコップの倍ほどもある筒型のグラスがあった。同じようなカップに日本酒をなみなみと注いだものを一気飲みに飲んだことまでは覚えている。

  あとは全く記憶がなく、それでもそのまま寝てしまったのでも、つぶれてしまったのでもなく、2次会にも3次会にも先輩たちについて行ったと後で聞いた。翌日出勤の土曜日(そのころ各週五日制)だったが、眼が覚めても頭が割れそうに痛く、とても出勤できるような状態ではなかった。それでも連絡だけはと、飲み比べをしたその上司に「休ませてください」の電話をした。さすが課長はちゃんと出勤しておられた。

  このときちゃんこ宴席のスポンサーもタニマチだったのだろうが、力士というのは人のお金で何でもやってもらう「体質」はそう改まるものではないだろう。

  今回の事件で問題の中心となったのは野球賭博、「ごっつあん体質」で金銭感覚のなくなった力士たちのその賭け金額には呆れてしまう。結果、現役の日本人力士の最高位大関琴光喜と貴闘力のしこ名で鳴らした大嶽親方。ともに外国人力士全盛の時代において、日本人にとってなじみ深い力士、その二人が解雇となった。

  その後貴乃花親方までが「暴力団とかかわっていた」との報道に接することとなった。
もっとも、相撲界と暴力団の関係は今に始まったものではないと言われている。明治時代、困窮していた力士らに暴力団が手を差し伸べたのがきっかけとなり、深い関係を持つようになったというのを聞いた。
  各地域の暴力団との関係がなければ、地方巡業も成り立たないといった事情ももあったようだ。反社会的勢力と完全に縁を切るのは並大抵ではないだろう。

  今の大相撲を支える最大の功労者、横綱白鵬も賭博にかかわっていたとの報道もあったが、暴力団が胴元の野球賭博ではなく「仲間内の賭けごと」だったという。賭ける金額の多寡にもよるのだろうが、内輪での「麻雀や花札・オイチョカブ」まで処分の対象となったのではたまらない。
  白鵬のこの場所の頑張りと日本人以上の「日本人らしさ」は、惨憺たる名古屋場所の救いとなり、相撲協会の救世主となった感がある。  
 
   相撲取りと飲んだ話の続きであるが、日ごろ仕事はもちろん、何をしても力が及ばなかったこの上司(その後役員にもなられた)に、「ひょっとしたら酒くらいは勝てるかもしれない」と思い、無謀な挑戦となったことを覚えている。
  このときの苦い経験が良い薬となり、長いサラリーマン生活の中で、前日の飲酒で会社を休んだのはこの時一度だけ。その後は(会社の人たちとの)飲み会の翌日だけは、どんなことをしても出勤するように心がけたつもりである。

















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 おもいつくままに97   10.06.26  
2010年参議院選挙
    参議院選挙がスタートした。

  死にかけの民主がラベルを替えて生き返ったかに見える。鳩山・小沢のダブル退任で政党支持率がV字型回復。はたして世論調査のように民主の信任となるのか?。 日ごろビジネスマッチングで話を交わすことが多い関西の中小企業の社長さんらは、異口同音に民主党への失望感を口にする。そして、お隣韓国が国を挙げて産業の後押しをするのをうらやましがる。社会主義に近づいていくかに見える民主党では経済が持たない、財政がもたない。やはり自民党に頑張ってほしいという経営者は少なくない。

  政権交代後、初めての参院選が24日公示され、各党の候補者は全国で舌戦のスタートをきった。安定した政権運営の基盤を固めたい民主、国民新党の連立与党、何としても連立の過半数確保を阻止したい自民党との、過半数をめぐる攻防は激しいものになりそう。また自民党離党者を中心とした、キャスティングボードを握りたい新党の乱立で、乱戦模様となっている。

  総選挙前の昨年9月、流れが大きく民主に傾いていたころ、本欄に「無責任においしいことばかり言っている民主党で本当にいいのか」と書いた。(おもいつくままに09.8.01 №86)新政権になってすぐ、鳩山さんが「個人献金問題か沖縄基地移転問題で意外に早く辞ーめた」と云うような気がします」と書いて(同 09.11.23 №99)その通りとなった。そして基地問題・子供手当・無茶カメの郵政改革逆行行動・モラトリアム法案など(同 10.03.27 №103)で「ほんまに大丈夫か民主党」と言った。

  ここにきて新総裁 菅さんが消費税を言いだした。選挙にはタブーと言われる「増税」をあえて口にしたのは、巷間言われているように「脱小沢」「カナダG8」サミットデビューを意識しての発言であろう。これから年金生活に入る私たち世代にとって「消費税」は非常に痛いことではあるが、これ以上国の借金を増やすことは限りなく「ギリシャ」に近づいていくことになる、財政破綻などはあってはならない。いずれにしてもあえてリスクを覚悟しての菅さんの発言は評価していいのではないか。

  「おもいつくままに(№94)」で「ほんまに大丈夫か民主党」の最後のところに、民主党には期待できないが「前原総裁・枝野幹事長なら話は別だ」と書いたが、半分は希望通りとなった。菅さんは保守というイメージからは遠いものの、現実主義者という点で前の宇宙人よりはましな気がする。そして何よりこれ以上「国のトップがコロコロ替わっていいのか」ということもある。

  今まで民主党に票など入れたことのない私であるが、さあどうしよう。













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おもいつくままに96   10.05.29  
はじめて納豆食う (ナットクウ=納得)

私には食べ物の好き嫌いがあまりない。ただ65年前に生まれてこの方納豆だけは口にしたことがなかった。というより食べられなかった。
もうひとつ長い間食べたことがなかったものに鮒ずしがあった。

  周知のようにこの「なれずし」は琵琶湖固有種のニゴロブナ鮒をご飯に漬け込んで発酵させたものであり、滋賀県の人たちは異口同音に「これほどうまいものがない」という。
鮒ずしは「強烈なにおいがするということを聞いていたから、多分食べられないだろうな」と勝手に思い込んでいた。いつか懐石料理に出た(選択できた)ことがあり、勇気をもって食べてみたが、それほど臭いもきつくなく、意外に美味しかった事を覚えている。

  鮒ずしは他府県の者にとって、希少で高価なだけにあまり食べる機会がなかったが、納豆は日常食であり、昨今では食べようと思えばいつでもどこにでもある。

  中学卒業まで吉野郡の山村で育ったが、当時村の中で納豆を食べている人を見た記憶がない。高校時代下宿させてもらった親せきの家でも食事の時出てきたことがない、その後社会人となって堺の独身寮に3年いたがここでも食べる機会がなかった。成人になる頃まで全く縁がなかったといえる。
 
  その後転勤と同時に東京は世田谷の閑静な住宅街にある独身寮へ。20歳代20人が入寮していたが、朝食時献立にはなかったはずの(寮母さん夫妻が関西人だからか)寮生に中で納豆を食べる者が現れた。このときはさすが東京だと思った、藁で包んだそれを早朝売りに来ていた。それを買って食べていた仲間から勧められたが、食べる気はしなかった。

  カミさんが東京出身ということもあって、我が家ではいつごろからか自然に母子3人で食べるようになっていた。美味そうに納豆を食べる妻やわが子を、何か「不思議なものを見る」思いで見ていた。

  昨年、65年間食べたことがなかった納豆を食べた、というより食べてしまった。食ってみるとあれほどいやだったあの臭いも、あの粘りもそれほど抵抗がなく口の中へはいって行った。
なぜ食べる気になったのかというと、健康上の問題。前々からカミさんからは「身体にいいから食べたら」と勧められていた。昨年、初めての入院(盲腸と痔以外で)以来痩せた体がなお細くなり、体力の低下を著しく感じるようになった。健康に自信がなくなったことで、身体にいいものであれば食べてみようと思ったのである。

  食べてみればどおーってこともないものを、なぜ65年間かたくなに食べなかったのかと考えてみると、納豆を食わないのは「関西人としてのポリシー(?)」みたいなものだった。「そんな意地など健康には替えられない」と考えたら納得(納豆食う)できたのである。













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95   10.05.01  
ひろ坊の暴論 2 デフレの元凶
   アメリカの経済が予想以上に回復しているようだ。それでも我が国の物価の下落が止まりそうにない。

  数年前、「毎日が日曜日」になったときの退屈を思い、46インチの液晶と、その時は珍しかったデジタル専用DVDレコーダーを買った。配達してくれた量販店の人が、「この大きさのTVを運ぶのは初めて」とか言っていた。価格は合わせて50万円台半ばだったと思う。それが今、買いようによっては三分の一で手に入る。
  パソコンにしても7年前買ったXP搭載のノートが、メモリ256MB、HDD60Gで15万円はした。昨年カミさんが買ったノートは10万円そこそこで2Gのメモリ、500GのHDDがついていた。  

  それに、昼食が安くなっている。仕事柄「ウイークデーの昼食はほぼ100%外食」の私たちには助かる。あまり入ることはないが、すき家の牛丼が280円に値下げして大いに売り上げを伸ばし、安売りの元祖吉野家が苦戦しているらしい。それにしても現役のサラリーマン時代「280円」で昼飯を食うことはできたか? 牛乳とパンぐらいならともかく、20年以上前でも昼飯代は7~800円ぐらいはかかったように記憶している。

  そう遠くない昔、M家電量販にいたころ。その会社の社長が日本電気大型店協会(NEBA)の会長を務めておられた。今をときめくヤマダ電機や安売りで有名だったコジマなどの関東勢は協会に入っておらず、いわばアウトサイダーだった。ずっと昔、関西の家電トップメーカー松下電機産業の社長が「安売りするからスーパーダイエーへは売りたくない」と言ったことがあったように記憶している。メーカーからみれば、ヤマダやコジマなどNEBA加盟企業以外の会社はアウトサイダーだった所以である。

  最盛期には加盟93社あったその協会も「果たす役割が終わった」として解散したのは記憶に新しい。ちなみに今「協会長会社だったマツヤがアウトサイダーだったヤマダの傘下に収まっている」のは、ひと時とはいえ身を置いたことのある私にはそれなりの感慨はある。

  物価の下落は一見消費者には良いように見えても、それらで働く会社員の給料に響き、デフレスパイラルに陥っていく。
 私の暴論を言わしてもらうならば、量販が強くなりすぎると家電など「メーカー」がせっかくいいものを創っても、、すぐ値崩れしていき、適正な利潤さえ上げられない」。「モノづくりの会社より流通業者の立場が上」、のような事態は私にはどうにも納得できない。

  また、衣料品で一人勝ちのユニクロブランドのファーストリテーリング社は、そのビジネスモデルが称賛されているが、本場関西の中小アパレルや百貨店業界を追いつめ、100円ショップは中小モノづくり会社に影響を与えている。これらはデフレスパイラルと、雇用環境の悪化(海外生産による)に一役買っているように思えてならない。

















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おもいつくままに94   10.03.27  
ほんまに大丈夫か民主党
  今の内閣「やることなすこと支離滅裂、わずか半年でこの支持率。この政党を選んだ多くの人たちに「だから言わんこっちゃない」と言わずにはいられない。

 1.  ほんまに大丈夫か5月の基地問題決着

  せっかく決まりかけていた普天間基地移転は、余計なことをして期待を持たせた県民と、トラストミーの米国のどちらを説得するつもりか、鳩山のノーテンキコメントを聞いていると、アメリカさんと密約でもあるのかと思いたくなる、多分それはないと思うけど。
 
 2.  亡国(財政破綻を招く)のこども手当法案

  2万6000円のうち1万3000円は決まってしまった。最大、防衛費とほぼ同額の5.2兆円、金のある時ならともかく、これほど多額の赤字国債をだしてまでばら撒くつもりか。一度支給してしまうと、(財政破たん寸前になっても)止めるのは難しいですよ、ほんまに大丈夫でっか。

 3.  やる気あんのか拉致問題

  「朝鮮学校無償化から除外」の問題で思いだしたが、最近まったく話題にも上がらなくなった拉致問題。横田さんご夫妻も余命が少なくなってきたはりまっせ、どうするつもりやねん民主党。


 4.  また暴れだした「無茶苦茶カメさん」。

  この前は副大臣の大塚さんらが、カメさんの顔を立てながらモラトリアム法案を骨抜きにし、「中小企業金融円滑化法」としたことで、まあなんとかなった。
  今度のは、さすが他の閣僚からも異論が出ている。最大の天下りとなった郵政社長人事に続き「官から民へ」の流れを完全に「民から官へ」と変えようとしている。
  職員を10万人正社員化するのに4000億円?、小泉憎しで国を破たんに追い込むつもりか、そんなことしてこの国はほんまに大丈夫でっか。
  「首相の了解を得た」に対し「閣議で決まってないことを・・・」どっちがほんまやねん。こんな大臣がいてほんまに大丈夫でっか。

 5. なかなか辞めない幹事長。

  生方副幹事長「更迭」が急きょ「撤回」に。小沢さんへの風当たりをいかに減らすか、たいへんでんなあ民主党さん。民主党に一番イメージが合わないはずの政治家小沢さん、このまま幹事長でほんまに大丈夫でっか。でも居座りは自民やみんなの党にとっては参院選の好材料やけど。

  長期政権の賞味期限切れで誕生した民主政権ではあるが、いろいろ比較してみると自民党にはまだ責任政党としての「何か」はあった。小泉政権では郵政民営化を旗印に「官から民へ」、を強力に推し進めようとした。民主党のようにいいことを言うばかりではなく、「自己責任」や「痛み」を訴え、老人医療や福祉など国民に痛いことも要請した。

  結果、国民の貧富拡大などクローズアップされることとなったが、格差が開いたのではなく、景気の悪化で全体の水準が下がってしまったのだ。平蔵(竹中)さんがいうように、「改革を途中でやめたから」であることに異論はない。
  
  いまこの国の政治に必要なことは国民が分け合うパイを増やすことであろう、そのための成長戦略をはっきり示せる政党を私は支持したい。
  この政党でも前原首相、枝野幹事長になるなら話は別だが。

















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おもいつくままに93   10.02.27  
血液型について

いままで65年間、家族・近所の付き合いから始って、学校、会社・友人・知人、一体何人の人たちと接触してきたであろうか。
  血液型に関して、若い時文庫本一冊(能見さんの)程度は読んだように記憶しているが、周りの人々のABO型による性格判断を自分勝手にきめてしまっていることが多い。

  日本国民のABO式血液型の分布は大まかに、A型が約40%、O型が約30%、B型が約20%、AB型が約10%となっている。当たり前のことであるが、普通10人おれば4人がA、3人がO、2人がB、AB型は1人しかいないはず。ところがいま一緒に仕事をしている高齢勤務(60歳以上の)の仲間4人は血液型が見事に4通りに分かれている。ちなみにメンバーは私S19年、あとの3人はともに団塊の最初年22年生まれ。
  血液型で相手の性格を決めつけてしまうのはいけないと思いながら、つい「あんたはB型やからな」などと言ってしまっている自分に気がつく。
  私が勝手に思い描いているA型のイメージは「真面目・几帳面・慎重」。B型ですぐ思い浮かぶのがミスターG 長嶋、に代表される「ひらめき派」(ちなみに王さんはO)、ミスターについてはB型らしい数々のエピソードがある。O型は清濁あわせ飲むような政治家に多いタイプ、そしてAB型はA・B両者の特徴を併せ持つといわれるが、私の印象では「天才か、わけがわからない人」。

  私が銀行を辞めて3社目に勤めた下着のメーカーの社長はAB型であった。この方の発想・着眼点は実にユニークで業界での「仕掛け」は天才のようなところがあった。商品企画会議などがあれば10人中9人が反対する物を、あえて「売れる」と信じて疑わないところがあった。もう一つの特徴は「朝礼暮改」、まさに朝礼で訓示したことを、同じ日に全く反対のことを言うのを何度も聞いた。ここはトップの指示に基づき仕事をしている社員にとって一番困るところであった。

  「あった」と過去形でいうのも、商品企画・営業は天才的なところもあったが、管理面はわれ関せずで、財務や「資金繰り」など全く無視した経営で、この会社は私が退職した数ヵ月後に破たんしている。

  我が家では夫婦とも同型であるが性格は全く正反対、趣味も合うものは少ない。同じ血液型なのに何故?と思う時もある。
 それもそのはず、血液型と性格との間に特殊な関連を設定した統計的な検証も行われてはいるらしいが、そのような関連を裏付ける統計データは得られていないという。












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おもいつくままに92   10.01.30  
ひろ坊の暴論 なんでもオープンより国益が先
  最近は乗り替え駅で夕刊フジを買う時間がない(乗りたい快速がタイミングよく来る)のと、私の降りる駅まで一緒に喋って帰る人がいるため(フジを)読んで帰ることが少なくなった。現役のころの通勤電車は、朝は「日経」、帰りは「フジ」と決まっていた。その夕刊フジが創刊されたのが1969年、「日本初のタブロイド駅売り夕刊紙」の発行ということもあって、発売当時をよく覚えており、読み始めて40年経った。

  その夕刊紙に週1回連載の花田紀凱「天下の暴論」が面白い。氏は文芸春秋に入社後「週刊文春」の編集長になり、最近TVによく出るコラムニスト勝谷誠彦の文春時代の上司だったという。花田氏の書くものは、最近の私の政治観と実によく似ており「わが意を得たり」と思うことがよくある。「映画好き」なところなども共感を覚えるし、毎年この人が選ぶ映画ベストテンが発表されるが、東京でないと見ることができないのか、私などは聞いたことがないような映画が多く出てくる。

  いつだったか、詳しい内容までよく覚えていないが、この新聞でこの人が「小沢(幹事長)批判」を書いていたのを読み、拍手したくなったことがあった。

  民主党党首2代の「政治と金」の問題にしても、前々回の本欄(No92 新政権の偉いサンへ)にも書いたように、当初「鳩山さんのことは大したことではない」と思っていた。その後多額かつ脱税につながることでもあり、大きな問題となってきたため、私としては『「鳩山さんの個人献金問題」か「沖縄基地移転問題の迷走」のどちらかが内閣総辞職につながる』と予想した。
 
  小沢さんのことは少し静かになっていたが、ここにきて現役の代議士含む側近の3人もが逮捕されても「何らやましいことはない」などと言うのを聞くにつけ、政治家というものはなんと厚顔無恥な人種だと思わずにはいられない。いよいよ年貢のおさめどきが近付いている。

  「私の暴論」を言わしてもらうなら、田中角栄がロッキード社から5億円もらって逮捕されたときは、拍手喝さいとはいかないまでも、「外貨を稼いでなぜ悪い?」ぐらいのことは思い、角栄さんほどになれば汚職というより「国益のため」やったように思えた。小沢さんと比較されること自体がおかしいと私には思える、格が違うのだ。

  今の内閣になって、岡田外相は非核3原則の密約解明のため張り切っているが、特に外交は何でもかんでもオープンにしていいのではないと思う。表に出してしまうとマスコミの世論誘導などにより、かえって国益に反する結果となりかねない。

  また官房機密費にしても、「機密費など承知しておりません。」などと平野長官の答弁があったが、官邸や外交に機密があって当たり前、堂々とそう言ったら良い。これも自民政権のとき攻めようとしたのがやり返されただけ。

  最近は支持率とか国民ウケばかりが話題となるが、政治の世界では、マスコミとか世論とかを超えたところでの「国益優先」が大事だと思うのですが・・・・。『何でもオープンにせよ』という風潮、要は政治家が信用できない」ということか。


















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おもいつくままに91   09.12.27  
2010年節目の年に臨み
あけましておめでとうございます。
   2010年の年が明け、この拙い雑文も100回目となりました。

   昨年もいろいろありましたが、何と言っても最大の出来事は、解散総選挙で民主党が圧勝し、「政権交代」という歴史的な年となったことでしょう。この結果、自民党が1955年結党以来初めて衆議院の第1党から転落し、政権の座を失うこととなりました。「政権交代」が’はやり言葉’というのは少しおかしい気もしましたが、流行語大賞に選ばれることともなりました。

   今年は庚寅(かのえとら、こういん)、干支の組み合わせの27番目の年であります。西暦でいえば2010年という節目の年となりますが、65年間生きてきた私自身の節目の年はやはり西暦ではピンとこないことが多い。最近では「申込書」などの書類を西暦で記入することが増えており、生年月日の欄に1944年と書くことには慣れてきた。とは言え、例えば私自身が「1970年にはどうしていたか」など聞かれても昭和に直してからでないとすぐには答えられない。

   昨年は後半となって思いがけなく病を被り、2ヶ月半以上も仕事を休むこととなった。2度の失業期間を除いて、また病気による休みとしては過去に経験のない長期休業となりました。入院中は「復帰は無理」と弱気になったこともありましたが、なんとか年内に職場に戻ることができました。これもひとえに「待ってもらえた職場」はじめ、「周りの方々」のおかげと深く感謝している次第です。

   年齢的にはいつ辞めてもいい時期ではありましたが、長年の会社員生活の最後が「引き継ぎもない尻切れトンボ」では情けなくもあり、少なくとも契約期限の3月まではきっちり仕事をしたい「気持ち」も復帰につながったのかも知れません。

   西暦か和歴かと言えば、東京オリンピックや大阪万博の年なども西暦では覚えにくいし、「入社年度」や「結婚した年」などもやはり「昭和」でないとピンときません。
昭和45年から東京支店渉外担当、48年に難波支店で融資渉外係いわゆる企業担当となって以来、最後の支店勤務となった平成9年八尾支店まで(バブルの時期S63~H3年、資金証券部ディーリングセクション3年間を除き)二十数年一貫して「中小企業の経営者や経理担当者と会う」ことを仕事としてきました。

   思い起こせば、転籍後最初にいった家電量販会社でおもいがけず「破たん処理」を経験することとなりましたが、この会社(入社当時年商1300億円、3年半勤務)で経営企画・財務・FC企業の金融相談などを経験。次に務めた商業施設の防災センターなど管理する会社(年商30億円、在籍1年)でISO・契約書など事務所事務。最後となった下着メーカー(年商8億円、同3年)で総務・経理・資金繰りなどを経験。

   銀行退職後8年の年月を経ていままた、行名が変わりましたが古巣において「中小企業の経営者や営業担当の方に会う」のが仕事となって2年が過ぎようとしています。70歳を超えた社長から「長男への政権譲渡の相談を受けたり」、「若い起業家へ新規取引先を紹介させていただいたり」の「ビジネスマッチング」の仕事は、私の天職となったような気がしているこの頃ではあります。

















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おもいつくままに90   09.11.23 
新政権の「偉いさん」へ
   二ヶ月半も仕事を休んで家にいたため、国会中継を見る機会が多かった。ニュースでは前の政権では無かった「事業仕分け」の様子がたびたび放映されている。これらをみていると政権が抱かえている諸問題が浮かび上がってくる。
   
   この党の人材が思ったより多いことにも気がついた。副大臣、政務官あたりが結構活躍しているのが救いだ。
そんな民主党政権を、ひまにまかせて独断と偏見で斬ってみた。

 ○ 鳩山さん・小沢さん 党首2代にわたる「政治資金問題」
  参議院予算委員会において、野党自民党のかなり厳しい追及があった。このときは小沢さんのそれとくらべて鳩山さんのは、大したことではないと思っていた。ここにきて元公設第1秘書が、東京地検特捜部の任意の事情聴取を受けることにより、実母からの多額の資金提供が明るみに出た。今後このことは大きな問題となりそうである。

 ○ 鳩山さん・岡田さん・北沢さん
  ・ 普天間基地の移転問題は首相・外務大臣・防衛大臣みんな言うことが違う、現地の首長さんたちも怒ってしまっているし、アメリカさんを説得しての着地はかなり難しそうである。
  ・ 給油問題、民主党は時の政権自民党を困らせようと「延長を認めず」と言ったばかりに、オバマさん訪日の際、50億ドルという巨額のアフガン民生支援となって跳ね反ってきた。

 ○ 菅さん・藤井さん:あれほど「無駄を省いて」といっていたのに、税収の倍以上の予算は赤字国債大量増発となりそう。前出のように仕分でアピールしているが、削れてもたかだかン兆円(大きいけど)、なにか肝心な事が抜けているような気がする。(離れでスキ焼食ってるやつらを早く何とかしないと)

 ○ 前原さん:私が選んだ有能大臣№1が抱える三つの問題。
 ・ ダム問題、前原さんのスタンスでいい。 
 ・ JAL再建問題、OBの企業年金のことが解決したとしても、再建は不可能に近い。
 ・ 高速無料化は百害あって一利なし止めるべし、前原さんも野党時代反対していたはず。

 ○ 長妻さん:子供手当やめるわけにはいかないだろうから、所得制限を付けるべし。

 ○ 亀井さん:モラトリアム法案で有識者の顰蹙を買ったと思ったら、日本郵政社長人事で民主政権としてはやってはならない「天下り人事」をやってのけた。民から官への逆戻りはやがて国民負担へと跳ね返ってくる、せっかく多額の税金を納めてくれる優良企業を昔の「国鉄」に逆戻りさせてしまっていいのか。
 
   鳩山さんの答弁を聞いていると、例えばいままでの総理大臣のそれとはかなり違っているのに気がつく。自民党政権の頃は追及に対して決して認めようとせず、言質をとられないため「かわす」のに大変だったが、鳩山さんのそれはすぐ認めてしまうところが面白い。

   同じ答弁でも下手に逃げたり言い訳を言えば許せないと思うが、この人が素直に認めたら誠意みたいなものを感じるのは不思議なものだ、国民はこれに騙されている。この首相の迷走ぶりを見ていると、(ええとこの子やから地位に恋々とするようにも見えないので)個人献金問題か沖縄基地移転問題で意外に早く「辞ーめた」と云うような気がしますが。

【追記】

  ところで、いま一番気になるのは成長戦略なき民主政権下の経済問題、菅さんが何の対策もなくデフレ宣言をして、安売り競争に拍車をかける結果となっている。
  そんなときドバイショックによる猛烈な円高、藤井さんの腰が引けた口先介入。
  年金生活者にとって物価が下がり、海外旅行が安く行けるのは有り難いことではあるが、この先に大変なことが待ってるような気がする、早よどげんかせんと。
















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おもいつくままに89   09.10.27 
65歳突然の入院 病床日誌

もともとそれほど体力がある方ではなかったが、この歳まで盲腸と痔以外で入院したのは今回が初めて。血糖値が高い(最近ではよく歩くこともあって正常値に近いくらいにコントロールされていた)こと以外、悪いところがなく、今のような好きな仕事であれば、この先もう少しやってみたい気持ちもあった。

  1日目、 土曜日、そんな私を突然原因不明の熱と全身倦怠感が襲った。
前日、ハナ金ということもあって職場の同僚と鶴橋で途中下車、軽く一杯飲んで8時までに帰宅。
翌朝眼をさましてみると身体がだるくしんどい、熱っぽいので計ってみると37度3分。もともと平熱が低い私にとって他の人の38度ぐらいの感じはある。インフルエンザを疑ってみるも、セキ・ハナ・喉の痛みなど風邪の症状は全くない。二日酔いで熱が出るなど聞いたことがない。まあ、疲れかなと思い、週末は家でゆっくりすることにした。

  3日目、 月曜日熱っぽい感じと、脚の筋肉が少し痛く感じたが会社へ向かった。アポイント先を予定通り訪問し、この日はなんとか5時退社まで頑張ることができた。

  4日目、 朝、筋肉の痛みが増している感あり、出社するも取引先を訪問する気力がなく、約束をキャンセルし帰宅、かかりつけの医院へ直行し診察と血液検査を受ける。夕刻医院から電話があり、検査結果を聞きに行く。血液中のCRPが異常値、これはウイルスによる感染症や、体内のどこかで炎症が起こっている可能性を示すという。そこで抗生物質を飲んで様子を見ることに。その後36.8から37.3度(最高38度一回)が続き、筋肉痛がひどく2階への階段が辛い。

  12日目、 血液検査では、抗生物質投与にも関わらずCRPがさらに上昇、肺炎に値するほどの異常値。原因・病名不明のため検査設備の整った病院の紹介を受ける。

  14日目、 紹介を受けた中堅病院でも再度血液検査、CRP値の低下みられず、抗生物質投与。
1週間以上服用しても改善見られず。また、安定していたはずの血糖値が、熱などの影響か今まで経験したことのない高い数値となっていることに驚く。

  18日目、 通院にて検査、熱・筋肉痛等の症状改善無くむしろ悪化、CRP値が少し下がっているものの、まだかなりの異常値。効き目がないとみて抗生物質投与中止し、入院してさらに検査することに決定。

  21日目、 入院。血液検査の項目を増やす一方、血糖値の急速な上昇みられることから膵臓・大腸など腹部エコー、結核など肺・心臓の異常ないか胸部エコー、胸部・腹部CT、頭部MRI、はたまた髄(脳)膜炎まで疑って背中から髄液取って検査、全て異常なし。普通異状なしと言われれば喜ばないといけないのだが、「悪いところが見つかったほうが、早く対処できるのに」と思ったりする
  結局、原因がわからないため、1か月経過しても(抗生物質以外)何の治療も行われず、熱・筋肉痛ともに悪化の一途。夜は氷枕をして寝ていると、「もう一度家へ帰ることができるのか」などと悲観が頭をよぎる。

  33日目、 消去法からようやく「リウマチ性多発筋痛症の疑い」との診断。60歳ごろから原因不明でおこる筋肉の疾病であるという。この病気であればステロイド療法が効果的だという。投与後1~2週間程度で効果があらわれ、その後は投与量を減らしていき、1か月から3か月、場合によっては1年程度かけて完治にもっていくいく方針と聞く。

  病院内でステロイド服用後2~3時間で嘘のように熱がひき、筋肉痛も和らいだことに驚きが隠せなかった。

  35日目、 退院、今後は通院にて治療することになった。よく効く薬はその分副作用が強い。医師からこの薬は骨粗鬆症、うつ、血糖値・血圧上昇等に気をつけねばならないと言われる。
 入院中は今後「旅行などもムリ」かなどと思い、悲観的な思いが頭をよぎったときがあった。ゲンキンなもので「しんどさ」が改善されてくると、仕事への復帰を考えてみたり、来年ぐらいには何とか海外旅行も行けそうな気がしてくるのは不思議なものである。













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 おもいつくままに88   09.09.21  
友愛・脱官僚支配
  鳩山さんの国際外交デビューは華々しいものとなった。「友愛」ってのも良いし、予定にはなかった国連での演説、「温室効果ガス2020年、1990年比▼25%」、「途上国に鳩山イニシアチブを提唱する」と世界中に発信した。国民はじめ産業界などとのコンセンサスを得てないこの時期に、これらのことをいきなり訴えたことは、危なっかしいようにも思えるが、今のところそれなりの評価を得ている。

  仲間から「保守・反動的」といわれることがある私自身。右翼でもなく自民党員でもない。ただ時の政権などに無責任な批判をしたくないだけで、どうでもいいことで政権を追い詰め、短期で終わらせてしまうマスコミや野党根性が嫌なだけ。いま民主党になったからには、この政権に期待するしかないと思っている。

  16日新内閣がスタートした、滑り出しは順調のようだ。まずはお手並み拝見と行きたい。幹事長の顔色を見ながらすすめていかねばならない雰囲気はないではないが。小沢さんの首に鈴を付けに行った二人、行政刷新の仙石さん、歳は取っているが信頼感で「塩爺」の役目を担いそうな藤井さんはじめ、閣僚は概ね合格、平均年齢がチト高いようですがなかなかの適材適所ではある、ただ一人の変な時代錯誤の「おじん」をのぞいて。

  今気になるのは次の二人の大臣。
1つは亀井のおっさん。郵政担当だけならともかく金融庁も担当する事になった。
2つ目は私の好きな政治家の一人前原さんが、国交大臣となったこと。

  こんなおじんでも、金融担当大臣が一言発すれば株価にまで影響する。金融機関の貸し出しを3年間返済猶予?そんな単純な問題ではないのがわかっているのだろうか。テレビで聞きたくもない持論(こんなことで株価が下がるような銀行は云々)を耳にし、思わず大声で「あほか」と言っていた。この人は小泉さんに対する怨念だけでこの間を生きのびてきたような人。失われた10年を取り戻しつつあった小泉改革はいつの間にかどこかへ行ってしまったが、郵政民営化という数少ない改革の砦だけは何としても守らなければならない。見直しと言っているがどうなるのか。

  前原国交相には外務は無理(岡田さんの処遇がまず先決)としても、とりあえず防衛大臣になってほしかった。ダムの建設などは究極の無駄遣いなのだろうが、50年以上も前から進んでいた八ツ場ダムの、「はじめに中止ありき」はいかがなものか。 全国に140もあるらしいダム建設の処理を、スムースに行うのが狙いなのだろうが、このダムの場合、処理を誤ると逆効果になりかねないような気がする。また、結論が急がれるJAL再建が急浮上している。それに高速道路民営化などは、もともと反対を唱えていたはず。 いづれも前原さんとしてはつらい仕事となりそうだ。

  厚労大臣には長妻さんが就いた。逃げずに手を上げた「ミスター年金」を、そのまま起用した鳩山さんの社保庁改革は本気と観た。初登省のひんやりムードが気になる。総務大臣の原口さん、テレビなどで顔は売れていたが、手腕は未知数、亀井のおじんの発言に口を出したのが気に入った。郵政問題はもともと総務省の管轄ではないのか、老害の言いなりになるのだけはやめてくれ。

  過去最悪を更新した失業率やデフレ懸念など足元の景気状況は依然として厳しい。産業政策でも自公政権とは違う方向が打ち出されていくと思うが、この政権による成長戦略は見えにくい。
  あとやっぱり心配なのは財政と外交、これだけのこと(マニフェストのバラマキ)を増税(消費税等)もせず、無駄遣いの排除だけでお金のほうは足りるのですか?菅さん・藤井さん。
  アジア重視の外交で中国になめられん(中国はアメリカと違ってそういう国だ)ようにしてほしいし、アメリカさんともうまくやってほしいのですが? 鳩山さん岡田さん。

















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おもいつくままに87   09.08.29  
花の効用 
  人間花をもらっていやな気持ちになることはまずありません。渉外担当だった頃、その支店のVIP先であった優良印刷会社の社長に、出入禁止を言い渡されたことがありました。この社長はめったやたら怖い人で怒り出したら手がつけられない。前任、前々任担当者も取引解消を宣告されたり、出入禁止にあっている。

  担当当初は比較的うまくいっており、その後も親しくさせてもらっていました。取引のことで夜自宅に電話がかかってくることは珍しくなかったが、その夜は日付も変わった頃電話でたたき起こされ、明日億単位の大口融資実行せよとの無理難題を言い渡された。急ぐ話であったので、即支店長と連絡をとったが、資料もなく,結論が出ないまま翌日早朝から出勤して検討に入った。シャッターも開かないうちから矢のように催促され、日ごろおとなしい私もついにキレ,電話に向かって暴言を吐いてしまった。

  当然の事として私は出入禁止となった。暴君であったが憎めないところがあり、どこか魅力のある社長でもあった。何とか「出入禁止を解いてもらう方法」はないものかと考えたある日、その社長が病気治療の為海外へ行くことを知った。私の出入禁止を知っている上司から「この日がチャンス」というヒントをもらい、伊丹を発つ日を教えてもらった。

  私は当時5~6歳だった長男に「飛行機を見に連れて行ってやろう」と誘った。喜んでついてきた彼に空港ロビーで花束を持たせ、見送りの人々のなかにいる「その人」に渡すように命じた。帰国後しばらくして社長から私に、会社へ来るよう電話があった。今は会長となられておられ、毎年、賀状を交し合っているが、確か2月29日のお生まれだったので誕生日だけで云うと今20歳を過ぎたころぐらいでしょうか。

  その後私が始めて支店を任され、高級住宅街にある大型預金店舗に着任した。店の近辺には、OBの元役員さんが多く住んでおられ、支店の応援者でもあった。その中に元大物先輩で常務まで昇り、関連会社の会長をされている方との取引もあった。着任当初から担当者が奥様に気に入られてないらしい事が気になっていた。

  このOBが関連会社を退任されることを聞き、10年前の伊丹空港を思い出した。最後に出社される日、花束をつくり、帰ってこられる時間を推し量ってその担当者と同行訪問をした。担当者から「長い間ご苦労様でございました」と花束をお渡ししたところ、横に居られた奥様の頬を一筋の涙が流れた。

  ある年のわがカミさんのバースデー、それまでプレゼントをしたことがなかったが、思い立って真紅のバラの花50本をデパートから贈った。さてその反応や如何に?
















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おもいつくままに86   09.08.01  
政権選択
  毎月1日と決めたホームページ更新を続けている。現役時代は仕事で強制されながら自身の一定の規律が保たれていた。このさき本当に「毎日が日曜日」がやってくると元来怠け者(後で楽をしたいために頑張ってきた)の自分にとってタガが緩んでしまってどうしょうもないように思える。老化防止のためにも少しくらい強制されるものがあってもいい。そのうちの一つがHP更新の継続だと思っている。

  月末が近づいてくると、「トップページの写真をどうするか」、「原稿はできているか」など気になってくる。特に「おもいつくままに」の原稿に苦労する。この欄へは自分の「政治・経済などについて日頃思っていること、仕事に関すること」などを中心に、思いつくままにネタを考える。

  「おもいつくままに」の旅の記録(その後、紀行文はエンターテイメントへ移記)は、旅行した時のことをそのまま書けばいいし、「エンターテイメント」の映画鑑賞や読後感なども、観たもの、読んだものの感想を書けばいいが、何もない時ネタに苦労する、今日がそうだ。
  1カ月後、9月号をUPする頃は総選挙の結果も出ているはずである、その前に何か書いておきたい。

  衆議院、解散して10日すぎた、投票まであと30日というところで各党のマニフェストも出そろった。「じっくり拝見」と言いたいところであるが、今の流れはもう変わりそうにない。周りの人も世間の人も一様に「民主に一度やらせてみよう」という気のようだ、本当にそれでいいのか。戦後の昭和と平成を生きてきて、今回ほど政局の行方が気になる選挙はない。たしかに今の自民党政治には、池乃メダカのセリフではないが「もういいっー」と言いたくなる。しかし民主党は政権を取りたいばかりに、無責任においしいことばかり言っている。

  櫻井よしこ氏は自身のブログの中で、「民主党政権誕生を前にして気になるのが同党の政策である。党内の考え方は多くの点、特に外交・安保問題で統一されていない。加えて、社民党などとの協調体制の、政策への影響も避けられない」と言っている。本当に民主党でいいのだろうか。















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おもいつくままに85   09.06.27 
右顧左眄(うこさべん)
   総選挙が近い、政権交代の可能性が大きくなってきた。私自身、もともとはアメリカのような2大政党制には賛成であったが、「いまの民主党に」というと疑問を感じざるを得ない。この政党は政権を取るためにまとまっているだけで、票欲しさになんの裏付けもなく、農家にもサラリーマンにもおいしいことばかり言っている。

今の政権政党を見ていると「一度交替してやらしてみたら?」という意見もわからないでもないが、経済の舵取りを誤ると大変なことになるこの時期に、(小沢傀儡も嫌であるが)180度考えの違う党員がひしめくこの政党に任せるのはリスクが高すぎないか。

  かといってマスコミにさんざんこけにされた麻生さんでは?という気持ちもある。麻生政権が誕生したときには「もうこの人しかいない」と思ったものであるが、その後の迷走ぶりにはあきれるばかり。100年に一度の経済危機に対する経済対策には、一定の効果は認めるものの、この人のブレぶりが信用できない。

   ハトの乱にしてもそうだ、私の独断と偏見でいえば「鳩山切り」が大正解。これによって支持率低下が言われているが、マスコミの報道で郵政社長西川さんに不正があったように誤解している国民がいるのと、麻生さんの決断するまでの混乱ぶりが問題なのだ。そもそも郵政民営化にも構造改革にも旗幟を鮮明にせず、その場しのぎの選択を重ねてきた。テレビで金美麗氏がいいことを言っていた、「マスコミや支持率に右顧左眄せず堂々と構えたらいい」と。

   それにしても「正義が通らない」などとわけのわからないことを言って、自身で辞任に追い込んでいった鳩山さんがわからない。東大をでたこの人にものの道理がわからないはずがない。行動改革の延長で、「バルク(まとめて)でオリックスに売却して、垂れ流す赤字の累積をくい止めようとした」ことのどこが悪いのか。

   私の偏見でいえば「閣僚でいられるのもあと少し、ここで解散後の政局をにらんで新党構想などで兄貴との連携も視野に一芝居打った」のに違いない。また、年金問題で国民批判の標的厚労省のもう一つの大失態、グリーンピアなど大金をかけた建物を二束三文で売却したことが記憶に新しい。省こそ違うが今回類似の「かんぽの宿批判」でマスコミや世論うけを狙っての行動と映る。

   私の2大政党制の理想は、第一党として、安倍さんのようなちゃんとした「国家像」をもち、本来の意味の国粋主義的な人が率いる政党に対し、第二保守党は「穏健な労働者などをバックに、もう少しリベラルな人々が支える政党」というのがイメージ。
 
   ここにきて宮崎県のそのまんま知事がえらいことを言い出した。ひと昔なら笹川さんがいったように「あほらしい」の一言でチョンとなるところなんだろうがそうでもないようだ。

  自民党よ、ここまで来たら3度も4度も一緒、もう一度顔を変えて総選挙に臨むしかないと違うやろか。その場合の顔は「橋下徹」、無理なら「石原伸晃」でいいんじゃないの。
















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おもいつくままに84   09.05.30 
焼酎とおやじ    

焼酎が大流行である、しかも芋。私も外で飲まない日は(月曜の休肝日を除き)毎日缶ビール1本のあと焼酎を楽しむ、無論芋。私の焼酎歴は(芋は匂いがきついと思いこんでいたため)麦の「いいちこ」から始まったが、いつの間にか好んで芋を味わうようになった。旅行土産などの珍しいものは普段は飲まない、黒霧島や白波(黒)の1.8リットル紙パック入りのものを飲んでいる。昔は沖縄の土産に泡盛など貰っても強くて飲めなかったが、今は適当に割ると美味い。

  5年以上も前のことですが、当時1本4万円もする「森伊蔵」の一升瓶がその飲み屋においてあった。一度くらいは味わってみたいと注文してみたことがあった。「あれは飾りです、一杯売れてもあとが売れなければ困るので封は空けられません、1本丸ごとキープしてくれるのであればOK」と言うことだったのですが、止めたことがありました

  焼酎には大きく分けて甲類と乙類がある。
甲類は、アルコール度数36%未満、一般に糖密等が原料の発酵液をもとに、連続蒸留器で蒸留し、エチルアルコールを生成し、加水したものだという。何度も蒸留するためアルコール純度は高く、タカラなど大企業の酒造メーカーが量産するのに適している。味覚的には個性があまりなく、チューハイやリキュールの材料、梅酒などの果実酒に用いられるホワイトリカーがそれである。韓国のJINROも日本の税法上は甲類とされているとか。

  一方乙類はアルコール度数45%以下、基本的には1回のみの蒸留につき、原料本来のうまみ成分が生きていることが特徴だそうで、南九州地方が特産地である。原料は周知のとおり、米・麦・さつま芋・そばなどが主で沖縄の泡盛も乙類である。・
  父は5年前94歳でこの世を去ったが、大の酒好きで、若い頃は日本酒1升ぐらいは平気だった。当時飲む量が多いので高くつくからか、好きな日本酒は紋日(もんび)ぐらいにして、焼酎で我慢をしていたようです。夕食のとき宝焼酎の3合ビンを、カンピンで燗をしてお酒のように猪口で楽しむ姿を良く覚えています。早くに連れ合い(母)を亡くし、晩年山奥で一人暮らしをするようになったときは、毎日2合と決めた日本酒で晩酌をするのが、唯一の楽しみであり、入院中以外は一日も欠かすことはなかったようです。

  我が家へきたときは親子でよく飲んだものですが、私が焼酎を飲むのを見て、「なぜ?」(生活が苦しいのか?)というような顔をしていた。「昔と違って焼酎も飲みやすくなってきたし、この方が身体にいいようだから、ちょっと飲んでみる?」といって勧めても、父はいつも「日本酒がいい」といって、決して焼酎を口にしようとはしなかった。
  昔は日本酒の代用品だった焼酎の消費量が、清酒を追い越して(2004年)5年になる。











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おもいつくままに83    09.01.25  
親爺通り  

ウイークデーのゴールデンタイムは低俗なバラエティ番組ばかりで、見たいテレビ放送がほとんどない、それに比べ日曜日は、中年以上の男たちが好んで見る番組が並ぶ、この時間帯を「親爺通り」と云うらしい。

   何も予定のない日曜日はテレビを見るのに忙しい。起きるのはだいたい6時ごろで、ウイークデイとあまり変わらない。
茶がゆの朝食の後、仏壇で「般若心経」と「修證義5章のうち1章」を唱えることから始まる。本来茶粥は「チャンブクロ(番茶またはほうじ茶を入れる布の袋)」をいれて鍋で米から炊く。茶がゆをよく知らない人は病気などのとき食べる「粥」を想像してしまうらしい。あのコメがつぶれてドロドロになったものとは全然違う、米の形が崩れず、サラサラでないと美味しくない。

  そこまでできない私は残り物のご飯(カチカチになったものほど良い)を冷蔵庫から取り出し、番茶のティーバッグで茶がゆをつくる。奈良県南部から和歌山にかけて茶粥を食べる習慣があり、子ども時代を吉野郡で過ごした私としては朝は茶がゆに限る。キュウリや茄子の古漬などがあればありがたいし、硬めのじゃこがあればなお良い。

  仏壇での「お勤め」が終わると2階の書斎(というほどのものでもないが、12畳ぐらいの洋室が私の城)に籠る。ベッドとマッサージ機、TVと書棚、机上には好きなパソコンが3台もおいてある。階下でカミさんがつかっているのと合わせPC4台はワイヤレスでインターネットと接続している。最近衝動買いをして家族から顰蹙を買ったビスタ搭載24インチは、メモリ2G、HDDがなんと500Gもあり、BSなどデジタル3波が入るチューナがついたすぐれものであり、パソコンというより、「エンターテイメント箱」とでもいうべき、あらゆる楽しみが詰まったドリームボックスである。

  これらのパソコンを触りながら「親父通りの散歩」となる。7時半から「報道2001」、昨年コメンテーター竹村健一が番組を降りたのが寂しい。このあと、次に見たい「サンデープロジェクト」が始まるまでの間、関口宏の「サンデーモーニング」を途中からみることになる。チャンネルを変えると、たいてい大沢の親分か張本のおっさんが「アッパレ」とか「カーッツ」とか言っている。ハリさんの時代錯誤的な強情ぶりが面白い。

  「サンデーモーニング」は司会者の田原総一郎が「強引過ぎる」とか思いながらも、政治や経済から目を離したくないわれら親爺たちにとっては、つい見てしまう番組ではある。
午後からは桂三枝の長寿番組「新婚さんいらっしゃい」を見て、たかじんの「そこまで言って委員会」となる。この番組は次からつぎへと「タブー」と言えるような課題に挑戦しており、本当に「そこまで言っていいの」と思えることがある。

  夕刻となってこれも長寿番組の「笑点」大喜利コーナーが好きだ。各局バラエティ番組氾濫のとき、わけのわからん芸とも言えない「芸」は見る気もしない親爺族にとって安心して見られる「お笑い」ではある。
そして夕食前、風呂へ入ったりする関係上ところどころしか見ることができないが、「バンキシャ」をみて「親父通り」の散歩は終わる。













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おもいつくままに82   08.12.29  
チェンジ
 あけましておめでとうございます

  昨年もあっという間の1年でした。年々月日(つきひ)が経つのが速くなってくるように感じます。年をとるにつれ時間の経過が早く感じるのは「経験が増えてくるに従って、新しく思えることが少なくなり、見ることすることに新鮮味がなくなるため」というようなことがどこかに書かれていました。そのため好奇心が薄れていくことで若さが失われていくのでしょうか。
 
   年をとると時間の流れを速く感じることを示す実験結果があるそうです。1分経ったら合図をする条件で統計を取ると、年齢が上の人ほど遅く合図する傾向があるということだそうです、現実の時間より心的時間(実際の時計とは異なる精神的な時間)の方がゆっくりと流れるようになるようです。

   そういえば自分の「せっかちさ」も、年を追うごとに強くなってきているように思えます。出勤の日は自宅を出る1時間半もまえに起き、休みの日でもゆっくり寝ていることができなくなって久しい。久しぶりのゴルフでも一時間以上も前に着いてしまい、ゴルフ場が開くのを車で待つということもある。また、家内と出かける時も予定時間の30分も前から「まだか、まだか?」などと言ってうるさがられる。

  昨年1年間の世相を一文字で表す漢字は「変」となりました。発表の前、「迷」「落」「暴」「危」など自分でもいろいろ考えてみたが、どれも一字ではしっくりこなかった。決まってみれば「なるほど」変に勝る一字はないようにも思えます。何といってもオバマ次期大統領の「チェンジ」、我が国の麻生政権も年は越えたものの、どうやら「起死回生」の逆転策はなくなってきているように思えてきました、わが国もチェンジとなるのでしょうか。

   そして何より100年に一度といわれる世界規模の経済危機、米国金融危機から始まり、欧州・アジアへとまたたくまに世界中へと広がっている。かつての強いアメリカの象徴だったビッグスリーが繋ぎ資金によってなんとか年は越えたものの、予断は許さない状況でもあります。自動車といえば、あの天下の優良企業、トヨタの今期の営業赤字予想には正直驚きました。これら大企業の早すぎる「守り」によって「派遣切り」などという言葉に象徴されるとおり、雇用環境の悪化に拍車がかかっています。

   いま、仕事で中小企業の社長や営業の人と会うことが多い。大企業がすぐには手をつけられない(組織が大きいがゆえに)新しい技術」に挑戦している中小・零細が多いことを実感しています。ものづくりに情熱を燃やす社長の、「設備を持っている大企業を下請けに使う時代」など、熱っぽい話を聞くにつけ、この未曽有の経済危機が、これら中小企業の「チャンス」であり「チェンジ」の機会となってほしいと思うこのごろではあります。
















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おもいつくままに81   08.11.29 
新 K Y
   「踏襲」をフシュウと読んだり「頻繁」をハンザツと読んだ麻生さんを、新KY、「漢字が読めない」というらしい。頻繁は単なる読み違いだろうが、踏襲をフシュウと読む類の間違いは」案外多いものである。会社の先輩で嫌煙権をいつもイエンケンと言っていた人がいたが、「それもいうならケンエンケンですよ」と言ってやりたかったが言えなかった。たしかに先輩や目上の人には間違いを指摘したりするのは勇気がいる。漢字ぐらいと思いながらも「読めない人」を見て、その人の教養なり、を疑ってしまうことはある。

  私の母校は商業高校で、もう50年近くも前になりますが、当時商業実践(商社や銀行・保険会社の社員などになって疑似商取引を行う)などで話題となり、就職に力を入れていた関係で、漢字教育にも注力していました。1年から3年まで全員で「漢字力の競技」があり、私自身1年のとき全校トップになり、その後もそれを維持するため頑張った記憶があります。

  この時から「漢字だけは人に負けない」と思うようになりました。その後社会に出てからは、年間100冊以上の本を読むことを自分に義務付けたことで(今、読書量は激減していますが)漢字を読むほうの自信は今もあるつもりです。(ワープロのせいもあって書くほうはだいぶ衰えていると思いますが)

  そうは言うものの長い間思い込んでいたことが、ある日突然間違っていたことがわかり、「恥ずかしい思い」をしたり、「なんだこんなことだったのか」と思うことが誰でもひとつや二つあると思います。
私自身、堺屋太一の造語といわれている「団塊の世代」の「団塊」を「ダンコン」と思い込んでいた時期があります。まだこの言葉が生まれたばかりのころ、当時の上司に読み方を指摘され、その後は恥をかかずにすんだのは幸いでした。

  思い込みといえば小学生のころ、校庭で10人ぐらいが手をつなぎ、相手側も同じくらいの人数で、「タンスナガモチ ドノコガホシイ」とやり、「何々ちゃんがほしい」と答える。じゃんけんで負けたグループから勝ったほうへ指名されたものが移っていく。勝った側、負けた側それぞれ「勝ってうれしいハナイケモンメ」、「負けて悔しいハナイケモンメ」といって遊んだあれです。あの「ハナイケモンメ」は本当は「ハナイチモンメ」だったとわかったのは、その後ずいぶん経ってからです。私だけでなく当時の仲間はみんな「ハナイケモンメ」と思っていたはずです。

  麻生さんは「新聞は読まない」などと言っていたが、まさか本当に読まないとはだれも思わなかったはず。しかしこんなに字が読めないとなると、マンガ好きへと行ったのは「活字嫌い」が原因だったのかと思われても仕方がない。
それでも英語はペラペラなんだし、漢字が少しくらい読めなくても政治家としての資質には全く関係はないと思いますよ。マスコミも人の「あらさがし」ばかりやるのはもういい加減にしたらどうでしょうか。















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おもいつくままに80   08.10.25 
一国の首相の資質を「庶民感覚」で判断するな 
   麻生首相が連夜の会合でホテルのバーなどを使うのが贅沢だとか、庶民感覚からすればいかがなものか」などと記者からいわれ、「ホテルのバーってのはそんなに高いところではない、それに私のお金で払っている」と反論していました。また麻生首相は「ホテルでの飲食をやめるつもりはない」とも話している。

   記者は「庶民らしさ」で世論の賛同を得ようと発言したのだろうが、私から言わせれば一国の宰相が少しくらい高級なホテルでくつろぐのは一向に構わないし、打ち合わせなど半分以上仕事なんだろうから、仮に機密費などの公金を使っていても全然問題はないと思う。

   石原都知事も「麻生太郎君のあれだって、あんなもの本当にくだらない。僕だって行ったことあるけどね、普通のバーで飲むより、銀座のクラブで飲むより、ホテルのクラブっていうのは、はるかに安いですよ」、「庶民の感覚から離れているって、本当に気の毒だと思います。総理大臣も」と述べていた。

   だいたい、首相がなぜ庶民的である必要があるのか、一国のトップに必要な資質とかけ離れたところで、良し悪しが語られ、支持率にまで発展して行くのは、なんともおかしな風潮だと思います。。ホテルのバーに行ったことを理由に「庶民感覚」云々と責めるマスコミや野党はアホやと思うし、そのようなばかげた報道に踊らされる「民意の低さ」というのも、長年マスコミが作り上げてきたものだと思います。

  どだい首相が庶民であっては困ります。「実直なサラリーマン」と同じ感覚で国の舵取りをするのであれば、その国はおかしくなりますよ。庶民のことも知った上で、大所高所にたって将来を見据えた決断をするのが一国のリーダーであり、そのために、落ち着いたホテルのバーで、場合によっては飛び切り上等なところで、話し合いをすることが有っても何も不思議なことはありません。

  むしろ、「生活が第一」などと心にもないことをのたまう、元金権政治家(いまも?)の方がよっぽど信用できません。生活者の視線で政治を行うのは、市会議員・村会議員さんレベルでのことであり、少なくとも国政を預かる国会議員さんが標榜すべきことではありません、ましてや公党のトップに立つ人なんですから。

  マスコミも野党の皆さんも、もうそろそろ行過ぎた揚げ足とりは、やめにしていただけないでしょうか、国益のためにも。

















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おもいつくままに79   08.09.27 
行き過ぎたマネーゲーム 
  サプライム問題に端を発した米国発の金融危機は、証券大手リーマン・ブラザーズの破綻、巨大保険アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の資金繰り難をまねいた。AIGに対しては約850億ドル(約9兆円)という巨額の支援が発表され、最悪の事態だけは避けられたものの、FRBのグリーンスパン前議長は今の状況を「1世紀に1度の危機」と表現していました。

  この影響を受け、日本の株式市場でも投資資金が逃避しており、「貯蓄から投資へ」のかけ声を受けて残高を増やしていた投資信託や、不動産投資信託(リート)などの価格も大幅に値を下げている。世界的な金融市場の混乱は続いており、国内市場の低迷も長引くとの見方が強くなっています。

  経営破綻した米証券大手リーマン・ブラザーズの欧州部門の買収に、野村ホールディングが名乗りをあげ、三菱UFJフィナンシャル・グループがモルガンスタンレーに出資するとのニュースに、バブル崩壊時破綻した我が国の金融機関が、アメリカのハゲタカ ファンドに買いたたかれたことを思い出します。

  そもそも世界の経済にこの未曽有の危機をもたらせているのは、行き過ぎたマネーゲームの結果であることは間違いないと思います。デリバティブなどと言われた複雑な金融商品は、レバレッジ効果(てこの原理)によってますますモンスター化してしまった感があります。

  私自身昭和の最終年から平成3年頃まで我が国のバブル絶頂のころ、短期間であるが相場の世界に身を置いたことがあります。銀行でも国債などのディーリングが収益の柱などと言われていたそのころ、支店の渉外しか経験のなかった私が突如ディーリングセクションの責任者の辞令をもらったからです。

  地銀にも債券先物取次業務や、国債オプション取引などが認可され、東京に金融先物市場が開設されたのもこのころでした。経験して分かったことは、もともと国債の先物取引などは現物の所有による値下がりリスクを回避するためのものであったのが、少額の証拠金で多額の取引ができることから一人歩きしてしまったものと思われます。
  昭和62年この債券先物による巨額の損失を計上した会社があり、タテホショックなどと言われました。

  米証券取引委員会(SEC)は.不安定な金融市場を考慮して空売り制限命令を出したことを新聞で知りました。7月21 日から7月29日まで、19の金融銘柄空売りを制限するということでしたが、更に、証券取引委は、空売りの制限を株式市場全体に適用することも考えているという。いくら資本主義は弱肉強食の世界とはいえ、弱ってきそうな会社をターゲットにカラ売りなどで破綻に追い込んでいく構図は、制限されていって当然だと思うのですが。

















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おもいつくままに78   08.08.23 
ありがとう北島・どうした星野ジャパン
   1964年にアジアで初めてのオリンピックが東京で開催された。’44年生まれの私にとっては20歳のとき、大阪の金融機関に勤めていたためか、記念の1,000円銀貨が大変な人気だったことをよく覚えている。

 オリンピック後少し景気の落ち込みがあったものの、60年代に入ったころからわが国では経済の高度成長は始まっていた。東京から24年後、お隣りソウルでオリンピックがあり韓国が先進国入りし、さらに20年後の今年、北京オリンピックとなった。

  アジアで開催されたオリンピックはいままで3カ国(冬季は札幌・長野)のみ。ソウル同様隣国での開催となると、欧米など遠くの国で行われるのに比べ、身近に感じられる。

  北京オリンピックで思ったこと、それは「有言実行」ということの素晴らしさと難しさ。発言により一身に期待を集め、それをやってくれたことへの感動と、逆に裏切られたことへの悔しさだった。 
 アテネ後調子を落とし、一度挫折を味わいながらも態勢を立て直し、見事大会2種目2連覇を果たした北島。「国民の期待」という大きなプレッシャーを力にし、2種目を金メダル、われわれとしてはそれほど当てにしてなかったリレーにまで銅をもたらせてくれた。これほど日本中を喜ばせた彼の泳ぎには感服するしかない。

  それに引き換え、「金しか要らない」と大見得を切った星野ジャパンのあの体たらく。盟主アメリカの選手はマイナーの若手中心、アメリカに次ぐ野球大国のはずのわが国では、大リーグで日本人が大活躍し、レベルが上がっているはず。そのプロ野球のオールスターのなかから星野さん自ら選り取り見取りで選んだはず。負けるはずがない条件の中で、国民の期待を裏切った星野さんの責任は大きい。

  やはり日本人は野球が好きだ、女子ソフトボールの快挙にも日本中が沸いた。ロンドンの次はぜひもう一度東京で復活した野球を見たいものである。

















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 おもいつくままに77   08.08.02 
福田改造内閣
  人事異動での胸のドキドキがなくなって久しい。
人事は他人のことであっても、「誰がどのポストに就くのか、どこへ異動するのか」興味は尽きない、まして自分のことが絡んでくるかもしれないということになると異動のXデーが近付くと落ち着かなかったものだ。2つ目の会社が産業再生機構の支援を受けることに決まり、受皿会社の採用面接を受けず退社してから5年経つ。

  それでも人の動きは興味深いものである。会社での異動が関係なくなったいま、私の最大の関心事は日本株式会社の役員人事である、
  昨日福田内閣の改造が行われ、久しぶりの首相自前の内閣となるということで興味はあった。官房長官に次期総裁候補の一人といわれる小池さんを起用するなどのサプライズはなかった。

  このたびの改造における福田さんの意図があまり見えてこない
第1に党の幹事長に外交などでかなり路線の違う麻生太郎を望んだことである。今ここでこれを引き受け、あえて泥船に乗った麻生さんの心理もよくわからない。「自民党結党以来の危機に何もしないでいいのか」との理由で引き受けたというが本当にそうなのか。

  第2に「改革」に対する考え方だ、小泉改革のころの、小泉さんや竹中さんの考えをひく閣僚はいなくなった。最初は大いに期待したが、だんだん言うことすることが変わってきた。舛添さんが留任し、あれほど公務員の改革に熱心だった渡辺さんが消えた。小泉チルドレンがいなくなり、郵政造反組の野田さんが入閣した。構造改革もさることながら、少なくとも官僚を敵に回してでも改革をしていこうという意図は見えない。

  第3に両中川さんなど「上げ潮派」を敬遠し、与謝野さんや谷垣さんら財政再建派を閣僚に起用したことである。財政再建の重要性、消費税をこれ以上先延ばしにはできないことなどもよくわかるが、秀直さんの言うように公務員改革を徹底的に進め、官の無駄遣いを削っていくことのほうが先のような気がする。塩爺が言っていた「母屋でお粥を啜り、離れですき焼き」を是正するのが先決だろう。

  一般の企業でもトップや役員人事が株価にも影響することは少なくない。私にとっては「この陣容で市場がどのような反応を示すか、特に海外の投資家が一番嫌う路線へ向かってないか」などの懸念が残る人事ではある。

















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おもいつくままに76   08.06.28  7   
キレる前期高齢者世代
土曜の朝、継続扱いとしていた前の会社の保険組合の保険証を持って、2つの医院に行った。健康保険更新中である旨申し出ると、一つ目の内科の病院では「新しい保険証が交付されたら持参していただくか、保険者番号を電話で知らせてください」との対応であった。

  もう一方の病院は眼科であったが、「新しい保険証がくるまで現金で払ってほしい」とのことであった。
先の病院のことがなければそうしたはずが、加えて受付の女性の対応がいかにもめんどくさそうに額にしわを寄せて言うのを聞いたとき、「もうええ」といって診察を受けず病院を後にしていた。

  ある日のアフター5(ファイブ=今はまさしく9-5時勤務)、同僚の3~4人で焼酎のボトルなど置いている店でも従業員のひどい対応を経験した。大きなビルに入居しているここの「蕎麦屋兼飲み屋」の店長らしき女性の応対がまえから気に障っていた。置いて1ヶ月もたってないはずのボトルが見当たらず、探すといって長時間待たせたまま、こちらが言いにいくまで途中何の応対もなかった。

  後日同じメンバーで店へ入っていったところ、客がきたことがわかっているはずなのに「いらっしゃい」とも言わず、店の奥で他の店員とだべっているのに出てこなかった。当然この日は待ちもせず、すぐに店を出て他の飲み屋に向かった。

  自分で言うのも変であるが、私自身、どちらかというと温厚な性格で通ってきた。それが最近前記のようなことがよくある。加齢によりますます泰然としなければならないのに、より「気短になってきた」ように思う。

  先日仕事の関係で、ある病院の総務担当の(銀行時代の)後輩と話す機会があった。彼の話によるとこの病院の理事長はかなり以前、取引先のK銀行の支店長に「病院もサービス業」といわれ、今も「この言葉を病院の経営に生かしている」と言っていた。
  病院であっても「サービス業」のつもりで経営しているところもあるというのに、純然たるサービス業の飲み屋でこの体たらく。

  これらによりこの蕎麦屋さんと眼科医は何人かの客を失ったことは間違いない。













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 おもいつくままに75   08.05.30  
弱い巨人の試合なんか見たくないⅡ
   元西鉄豊田が日経スポーツ面コラムに、「船場吉兆の料理使いまわしのニュースを見て、ジャイアンツの補強とダブった」というようなことを書いていた。他球団で活躍した外人選手などを金に糸目をつけず採ってきて、若手を育てることを怠った報いが今の球団の状態につながっているというようなことでした。

  この球団は毎年同じようなことで失敗しながら、相変わらず日本中のホームランバッターや、他球団の最多勝投手などを集めています。この結果がいまだに勝率5割にも満たない体たらく。

  私を含めてG党はトラキチに比べて辛抱が足りないところがある。タイガースファンは今年のように好調な出だしでは当然のこと、万年最下位だったあの頃も同じように熱狂的な声援を送っていた。わがジャイアンツファンは辛抱が足りない分、球団もじっくり計画的に強いチームを作ることを放棄しているように思えてならない。

  銀行でいたころの経験ですが、当然ながら営業担当者を支店の幹部が選ぶわけにはいかない。割り当てられた人たちで業績を上げていくためには、一人のスーパースターよりメンバーの能力を高め、それぞれ自分の役割を黙々とこなす人たちで、チームワークを作っていくことが大事だと痛感しました。

  球団の強さも同じだと思います。当たっていないかもしれませんが、今の巨人に足りないものの一つには「選手のモチベーションとチームワーク」であり、もう一つは「選手の指導部に対する信頼感」だと思います。「勝たなければならない」という宿命を負っている監督ですから大変だと思いますが、もう少し余裕のある野球をやってもらいたいと思います。そのためにはわれわれ巨人ファンの我慢も必要な気がしますが。

   前出 「弱い巨人の試合なんか見たくないⅠ」(おもいつくままに№38」 
















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おもいつくままに74   08.04.29  
おふくろさん
   川内康範氏が亡くなった。歌謡曲の作詞家として、松尾和子とマヒナスターズが歌って大ヒットした「誰よりも君を愛す」、水原弘の「君こそわが命」、城卓矢の「骨まで愛して」、青江美奈「伊勢崎町ブルース」、そして森進一が歌う「おふくろさん」「花と蝶」などの作詞家として有名である。
  私達が子供の頃、大瀬康一が演じたテレビドラマ「月光仮面」は一世を風靡した。

  これら小説や脚本を書き、ヒット曲の作詞家としての顔を持つ一方、政財界との関わりをもち、福田赳夫の秘書、鈴木善幸、竹下登のブレーンでもあったらしい。また国民新党の顧問を務めていたことも後で知った。思想的にはかなりの「右より」という印象が強かったが。

  森進一が康範作詞の’おふくろさん’を「無断で台詞をいれて歌った」ということで、記者会見を開き、森に対して同曲及び自分の作詞した「花と蝶」など30曲について今後一切その使用を「認めない」旨を発表した。「それぐらいのことでたいそうな」と思うとともに、「曲は作詞家だけのものなの?、作曲家や著作権の所在はどうなっているのか」なども考えた。

  その後、それまでの康範氏と森進一の関係・・・森のそれまでの境遇に同情、ひたむきだった人柄を気にいって家族ぐるみの付き合いだったという。そういえば思い出す、「渡辺プロ」から独立した頃、芸能界から干されかけていたことを。そのとき、彼に救いの手を差し伸べたのも康範氏だったとか。そんな事がわかってくるにつけ、怒る側にも一理あると思えてきた。他人事ながら亡くなるまでになんとか和解ができなかったのか、などと思うこのごろである。

  カラオケ大好きの私にとって、森進一になりきって歌うときこそが「至福のとき」である。
 
     
おふくろさんよ おふくろさん
        山を見上げりゃ 山にある
        雪が降る日は ぬくもりを
        おまえもいつかは 世の中に
        愛をともせと 教えてくれた
        あなたの あなたの真実
        忘れはしない。


  いままで何十回(何百回かもしれない)歌ったことだろうか。















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おもいつくままに73   08.03.29 
部下手当
  管理職が部下の接待用に「部下手当」を支給する会社が現れた。しかも最大毎月「30万円も」だそうである、その会社は不動産大手の「日本総合地所」、飲みニュケーションもそれほど大事だということか。
そういえば私がいた銀行でもそれほど大きな金額ではなかったが、給与とはべつに「交際費」としてべつの口座へ振り込んでくれる制度があったが、私がその対象になってしばらくして本給へ統合されてしまった。

  若い頃は上司や先輩におごられ、自分が上になったときには下にご馳走する。これは良きにつけ悪しきにつけサラリーマンの順送りであったと思う。私が入行する少し前までは、その銀行の渉外マン諸氏は歩合で預金を集めており、よくやる担当者は下手な支店長より高収入の人もいたと聞く。この名残もあったのか、ミナミの繁華街の支店に入行したころ、よく飲みに連れていってもらったものである。

  今のように居酒屋やカラオケというようなものはなく、アルサロ・バー・クラブなど相当高くつくようなところへもよく連れて行ってもらった。当時いったい誰が払っていたのか、最年少の私には全くわからなかった。支店長ならともかく一行員が経費を使えるわけでもなく、それでもあまり不思議には思わなかったが、その分誰か先輩のツケがたまっていったのであろう。

  時が変わって私が上司になった頃は、一対一で私が誘った場合や、2~3人ぐらいなら自腹を切っておごることも出来たが、それ以上の場合は、私が半分出して残りを割り勘としたり、役職によって負担額を変えたりしたものです。
そのころ冒頭のような手当てがあれば躊躇なく全員におごることもできたのになどと思う。
  また偉くなったかつての部下とたまに飲みに行くとき、相手はおごりたいのであろうが失礼と思うのか言い出しにくい。こちらはいまや安月給でも、かつての部下におごられるのはなんとなくプライドが邪魔をする、複雑な気持ちではある。

  最近は全て割り切って、割り勘にするようにしているが、このごろ素直におごってもらうことができる後輩がいる。私が任された支店で渉外役席であった彼がヘッドハンティングで、いまをときめく新進の企業に入り、3つ、4つの会社の社長となり、破格の給与をもらうようになった。本社がある東京からたまに帰阪する際、飲みに行ったりしていますが、最近ではごく自然に彼に払ってもらっています。
















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おもいつくままに72   08.03.014
サブプライムローン余波
   あのころ「これからは銀行や郵貯などの預貯金しか知らないものと、少しは経済のことが分かり、株式投資や投信など金融商品を買う人との資産格差がますます広がっていく」。また「パソコンができる人はインタネットトレードでやれば手数料も少なく簡単に、資金を増やす機会が得られる」などといわれた。また「素人の主婦が3000万円儲けた」とか、「100万円を1億円にする方法」などの本や、「美人トレーダーの著書」などが本屋の店頭に並んだ。

  私もまた、次のような理由から株式市場に入る資金が増えてくるのは間違いないと踏んでいた。①今後定年を迎える団塊の世代の退職金のかなりの部分は株式市場にも向かうだろし、②銀行の窓口販売用の玉(ぎょく)や郵貯の民営化で売るための「投信の設定」はもっと増えるだろうし、③なんといっても1400兆円もあるといわれる個人金融資産のうち、資本市場に流れている資金は欧米に比べあまりにも少ない、④業績予想で下方修正する企業が増え始めたといっても、大企業はまだまだ好業績である。

  以上のような理由で「日経平均2万円ぐらいまでは間違いない」とふみ、毎日が日曜だった5ヶ月間ほどの間に自分の部屋にパソコンを2台置き、ディトレーダー気取りとなっていた。一昨年このデイトレの「しこり玉」を整理するまもなく、また勤務することになった。

  そのうち昨年後半になって、米国発のサブプライムローン問題が突如として話題になるようになった。住宅ローンの債権を証券化して世界中にばら撒いたことにより、その証券を買った世界中の金融機関が被害をうけ、その損害額がどこまで広がるか判らない」ということだった。外資の日本ウリはこのサブプライム問題ももさることながら、現内閣の経済無策振りと、改革逆行姿勢などが大きく響いているのだろう。

  サブプライム問題によってNYダウが下がれば、少なくとも本元の米国より被害の少ないはずの東京市場がはるかに大きく下げ、NYが戻しても東京はその半分も戻さない、ということが続いた。含み損の大きさに切るに切れず、オーバーシュートはいつかは訂正されるだろうと思ううち年末となってしまっていた。大納会で下げても、大発会では下げすぎの訂正や、ご祝儀買いでそこそこは戻すだろうし、子年は「ネズミ繁盛」といって、株価が上昇する年だなどと思っているうちに年が明けてもまたまた大暴落となってしまった。 
 
  損切りのタイミングを失ったため情けない話、郊外のマンション一戸分くらいの投資資金がほとんど底をついてしまった。
結局、パソコンが苦手で、経済のことも株式市場のことも知らず、すずめの涙ほどの利息しかつかない預貯金で我慢をしていたひとは、少なくとも資産を大きく減らすことはなかった。どちらが賢明だったのか、とりあえずは結論が出たように思うこのごろではある。















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おもいつくままに71   08.02.02  
根回しと贈り物
   「ホームが焼肉の匂いでいっぱいの駅」に近い支店にいたころ、支店長が私の稟議書を見ながら「社内の上司にも商売できん渉外担当は、取引先でいい営業ができるわけがない」と言われたことがありました。このとき私は「お客さんにちゃんとした営業をすればいい、何ゆえに上司にまで商売する必要があるのか」との思いで、反発を感じたことがありました。

  その後年を重ね、私もその立場になってみると、あのときの上司が言ったことが理解できるようになってきました。確かに普段から何を考えているかわからない担当者より、常に何かと相談を持ちかけてくる担当者のほうが好もしく思うし、仕事がよくできるものが多い。また「その組織の中のトップに認められないようでは遣り甲斐もないはず」とも思うようにもなりました。

  突然上がってきた稟議書より、前から相談を受けていたものの方が理解も早く採択しやすい。
逆に部下に対しても同じことが言えます。たとえば渉外役席が出してきた案件を融資担当役席に何の相談もせず、認めた場合なども反発を買うことがあり、事前に話してあると何より当事者の「面子」がつぶれないため賛同を得やすい。決めるのはトップであっても事前にコンセンサスを得ることは重要である。

  若いとき上司に中元・歳暮などをするべきかどうか悩んだことがありました。「日ごろお世話になっている方や、大いに薫陶を受けた上司などには感謝の気持を現したい」と。そんなとき、贈る相手が立派な方であるほど「姑息なやつと思われないか」などと考え、躊躇したものです。これも後になって我が家にも届くようになったとき、恥ずかしながら「悪い気はしなかった」ことも事実です。

  防衛省幹部と業者の信じられないような癒着関係には驚きましたが、かの劇場型変人宰相は贈答物など一切受け取らなかったそうである。公の立場にある人としては当然のことですが、バレンタインデーのチョコレートでさえ送り返したと記事で読んだことがあります。とにもかくにも徹底することは立派なことだと思います。

  政界や役所でのことはともかく、民間においては「根回し」とともに、「中元・歳暮」など贈答も、組織を円滑に運営するためには、一概に悪しき習慣とは言えないのではないかと思っているこのごろです。
















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おもいつくままに70   08.01.01  
往く年来る年
  あけましておめでとうございます

  私のいた銀行の新年は、いつのころからか初出勤の日、ビデオテープから流れる社長の年頭の所信あいさつから始まったものです。所信は必ずその年の「干支」の話からだった事を懐かしく思い出します。
十二支の始まりは子、十干(じっかん)は甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと) 庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)癸(みずのと)。60年で一巡ということになる十干と十二支の組み合わせで、今年は戊子(つちのえね)となり、トップバッターの甲子(きのえね)からはじまって25番目だそうである。

  昨年1年間の世相を一文字で表す漢字は「偽」となった。揮毫された清水寺の森貫主が「こういう字が選ばれるのは恥ずかしい」と語っておらたそうである。
ミートホープから始まった賞味期限や産地などの食品偽装問題は、赤福、白い恋人、船場吉兆へと続き、経営者らの謝罪する姿がテレビに映し出されることのなんと多い1年間であったことか。

  政治の世界では参院選挙で自民党の歴史的大敗があり、安倍さんまさかのプッツン辞職。私としては大いに期待した内閣であったが、あれほど自分が選んだ閣僚に脚を引っ張られたのではどうしょうもなかった。後任は麻生さんでキマリとおもっていたところ、わけがわからないまま各派閥の支持の流れが一気に福田さんとなってしまった。福田内閣となってもねじれ国会の運営が難しく、あっと驚く大連立構想。小沢さんの大失態で自民の支持率復活かと思いきや、年金問題の再燃や防衛省汚職問題で危機的状況となって年末を迎えてしまった。

  昨年の金融・経済界で印象に残っていることは、円高(というよりドル安)、原油の高騰、そしてサブプライム問題。これらに政局の不安定も影響してか株価大幅下落となってしまい、私の乏しい資産時価総額は大きな打撃を受けた。

  今年の世界は北京オリンピック、米大統領選、韓国新大統領就任、プーチン 首相として権力の維持、そしてわが国では洞爺湖サミット、衆院解散総選挙、大阪府新知事誕生とビッグイベントが目白押し。
  さて、私の最大関心事、株価の行方。兜町には、十二支とその年の相場を関連付けた格言があって、「ネズミ繁盛」というのがあるらしい。戦後の日経平均株価について、各年の大発会と大納会の終値を比較した騰落率を十二支ごとに集計した調査によると、子年は39・6%増と断トツだそうである。
さてどうなりますことやら。

















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おもいつくままに69   07.11.25  
家庭に仕事の話を持ち込んできた
  「仕事とセックスは家庭に持ち込まない」といった人がいました。セックスはともかく、私の知る人で「家で仕事の話はしない」という人は結構多かったように思います。良かったのか悪かったのか私の場合、長いサラリーマン生活の中で会社での事は、かなりの部分までカミさんに言ってきたように思います。

   職場結婚の私たちは妻の退職と同時に、同じ職場に通う同僚のいる社宅に入居しました。その頃ともに働いた上司・先輩・同僚などの消息が、話題になるのは自然の成り行きだったと思います。そのせいもあったのか職場での出来事を家庭で話すことは多かったように思います。昇進の事や自分のおかれている状況なども、包み隠さず話してきたようにも思います。

   そのくせカミさんに給料明細を見せたことがなく、50代の半ばごろだったか「明細を見たことがない」などと責められたこともありました。主婦友達の話題の中で「夫の給料明細を見たことがないなんて信じられない」といわれたとの事。私としては特に隠すつもりもなく、その辺に明細をおきっぱなしにしていたのですが。

   仕事で行き詰ったときや、難題で悩んだとき、「山より大きな猪は出ない」という言葉を反芻しながら寝られない夜を過ごしたこともありました。「どうせ妻になど言ってもわかるはずがない」と思いながらも、話してみると意外に「えっ」と思うような言葉がかえってきて、問題解決のヒントになったような記憶があります。

   ほとんどの場合は理解してもらえなかったと思いますが、「話す」ことによってこっちの気持ちが軽くなることが多々ありました。その分カミさんに負担がいっていたのか、うちの場合、前向きにしか物事を考えない明るいカミさんで助かったと思います。
















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おもいつくままに68   07.10.28  
日本人に「日本」が不足している 
   どこかで「日本人に日本が不足している」と言う文章を見た。
これで想いだしたのが、山形県のこじんまりした温泉旅館の外人女将を紹介した番組です。
  詳しい内容まで覚えていませんが、確か『本物の日本人が忘れてしまったような「日本的」なものを大事にしている青い目の女将さん』というような印象が残っています。

  「日本らしさ」にもいろいろありますが、まず「日本人らしさ」というのがあると思います。「日本人らしさ」を言い換えれば「男のおとこらしさ、女のおんならしさ」ということになるのではないでしょうか。
  「日本の男のおとこらしさ」といえば「侍」、「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」。葉隠の記述の中であまりにも有名な一文であります。また「究極の恋は忍ぶ恋である」というのもある、このことが武士の精神の秘密を解く鍵なのだと作者の常朝は言っています。サムライの精神こそが日本の精神なんだなと思います。

  「日本の女のおんならしさ」で思いうかぶのは「大和なでしこ」、古来美徳とされた、清楚で、慎ましやかで、一歩引いて男性を立て、男性に尽くす甲斐甲斐しい女性像。

  男女に役割というのがあって当然だとおもうのですが、一期だったか参議院議員もやったことのある某女史がTVの番組で吠えているのを聞くと、なぜ女性が「女らしく」、男性が「男らしく」、日本人が「日本人らしく」あってはいけないのか理解に苦しみます。
   逆に、同じ番組に出演する、母国台湾を愛し日本を愛する「金美齢氏」の発言や、冒頭の「外人女将」から日本の良さを聞くのは不思議な気持がするのですが。

















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おもいつくままに67   07.09.24  
改革の流れを止めてはなりませぬ
   最悪のタイミングで安倍内閣が総辞職し、一時は「どうなるのか日本」とまで思いましたが、背水の陣?でスタートした福田内閣の支持率が50%をはるかに上回り、株式市場も外資の失望ウリを誘うこともなく、推移しているようです。

  安倍さんのときは、自著「美しい国」を引っさげ、戦後レジームからの脱却など独自色を打ち出すとともに、改革と経済の成長重視など小泉政治の継続を明確にしてスタートしました。その点、今度の内閣は何をしたいのか見えてきません。それでも厚生労働の舛添、規制改革担当渡辺両大臣を留任させたことは、改革を続行する気があるという意思表示だと受け止めたいと思います。

  1週間ほど前、あるTV放送で小泉内閣を支えた当時の武部幹事長と、経済財政担当竹中元大臣らが郵政民営化について議論している番組を見る機会があった。民主党の議員とTV局の司会者が民営化のデメリット面を繰り返し言い、前出の二人はばかばかしい反対意見に腹も立てず必要性を説いていました。(この日の武部さんはしっかり答えていたように思います)

  郵政が民営化されることによる、「過疎地の不便さ」などの問題点はあるにせよ、番組の司会者が郵便局の「振り込み料金が上がることをなぜか執拗に言い立てているのを聞いて馬鹿じゃないかと思ったのは私だけだったでしょうか、これこそ「木を見て森を見ない」の典型だと思います。

  現役の銀行員だったあのころ、印紙税もいらないし、法人税も払わない郵便局が、採算を度外視して銀行と同じ預金を集めていました。金融不安が蔓延した頃、親方日の丸につきペイオフの心配がない点で多くの銀行預金が郵便貯金に流れていったことに、これほどの民業の圧迫はないと感じたものでした。
この極めて膨大な資金が、財政投融資という名のもとに特別会計のほうに向かっていったことは間違いありません。

  われわれ庶民にとって郵便局の振込料金が何百円か上がるのも問題かもしれませんが、第二の国鉄になってしまったら、結局われわれ国民に大きな負担となって反ってきます。民営化は、間接的にせよ郵便貯金や簡保から、無駄な公共事業や特殊法人への巨大な資金の流れを絶つことに大きな意義があると思います。

  役所に泥棒まで飼っているのは論外としても、彼らの既得権益を必死で守ろうとする姿勢や、非効率な仕事ぶりはいやというほど耳に入ってきます。その点市場原理ほど効率的なものはありません。いずれにせよ、「官から民へ」の流れを止めてしまっては困ります。

















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おもいつくままに66   07.08.26  
勘違い
   会社や役所などで、昇進を重ねてある程度の地位につくと、自分が「偉くなった」と勘違いする人が案外多いものだと思います。取引先や周囲の人達は、バックにある会社や組織における「地位」に、敬意を表しているだけであって、「個人」に対してではない事に、現役のときにはなかなか気がつかないものです。

  このことについては、自身の「拠り所」とする会社や組織をやめたときや、その名刺が使えなくなったとき、やっと気がつくものだと思います。
その会社のトップだった人が肩書きをなくしたとたん、「ゴルフにも飲み会にも人が寄ってこなくなった」という話を聞いたことがあります。真に人望のある人のところには、辞めて「人事権なるもの」がなくなっても人は寄ってくるものだと思います。

  早期退職制度や定年で組織を辞め、初めての転職は前職のおかげで関係会社や取引先へ比較的良い待遇で就職することができますが、何らかの事情でここをやめたときから「実力」だけが頼りとなります。再就職の面接で、「部長をしてました」とか「支店長でした」などと、職歴でなく前の会社の地位をいう人が多いと聞きます。 採用しようとする企業では前の会社の肩書きなどどうでもよく、「今何ができるか」が重要であり、雇う側はその会社で給料に見合うだけの仕事をしてくれるかどうか、を知りたいのです。

  第2、第3の職場で、自分が昔の地位を引きずっていると、現実の中でショックも多い。割り切る事が出来るようになるまでには案外時間がかかるものです。「前の会社ではこんなつまらない事はさせられたことがないのに」とか「失礼な事を言う、私を誰だと思ってるんだ」などとつい思ったりするものです。
  職場で「老害」を撒き散らしている事には、自分ではなかなか気がつかないものです。ある年齢を過ぎても気持ちよく会社勤めをする為には、若い人の邪魔にならないように気をつけることだと思っているのですが。
 
  何年か前に聞いた話ですが、ある会社のOBの飲み会で、元「偉いさん」が、同期会か何かで「元部下」に「なぜ酒を注ぎにこないのか」などと言ったらしい。昔なんぼ偉いさんでも辞めたら同じ「ただのおっさん」やで。
















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おもいつくままに65   07.07.29  
好きな中国・嫌いな中国
   中国のダンボール(が入った)入り肉まんは、後にテレビ局の「やらせ」であったとかの報道がありましたが、以前から音楽、映像ソフトの海賊版や、ナイキなど有名ブランドのコピー製品、偽ディズニーランドなど中国人のモラルのなさが次から次へとさらけ出されてきます。
  ちょっと前なら自国の恥部などは極力表に出さない国でしたが、今では海外へまでオープンにされるようになったのはある意味この国にとって大きな進歩なのかもしれません。

  新婚旅行もほとんどの人が国内だった私たちの世代では、熟年になってから初めて海外旅行を経験した人も少なくはないと思います。私の始めての海外旅行も40歳を過ぎてからでした。それまで私にとって行きたい外国といえば欧米ではなく第一に「香港」、次に北京ではなくなぜか「上海」。この二つの都市には魔都としてのイメージが強く、なんともいえないエキゾチックな魅力を感じていました。

  こんな背景もあり、16年前取引先の現地工場見学のため「タイ」へ行くことになったとき、どうせならついでに「香港」へも寄ってくることができないか聞いてみた。この旅行でバンコクから香港へはキャセイ航空のファーストクラスに乗ることにまり、機中で封切映画が見られたことや、フルコースの機内食が豪華だったことが印象に残っています。  
 
  当時は今のように安いツアーなんてものはなかったのか、かかった費用を清算して驚いたのですが、交通費・ホテル代などで今の旅行費用の10倍以上、数十万円、はじめての海外ということもあって、土産を買うこともセーブがきかず、たかが東南アジアへの3泊4日で併せて100万以上使った記憶があります。

  「上海」は会社の研修旅行で中国を訪れたとき、関空から2時間足らずで着いたことが今更ながら「近くて遠かった国」を思い起こさせました。「上海」や「蘇州」、数日後香港から九龍半島をマイクロバスで陸路目指した深センに近い「東莞」では研修旅行ということもあり、当時世界中から注目を集めていた「経済特区」を視察しました。

  この旅行中みやげ物屋などで、日本人と見れば吹っかけること、吹っかけること「何とかボッタクッテやろう」という精神がみなぎっていたように感じました。
  歴史小説などから学んだ、孔子、孟子の思想にあるごとく私の中国観は、もろくも崩れ去ってしまったものでした。孔孟の教え」の根底に流れる世界観・自然観・人間観などはいまどこへ行ってしまったのでしょうか。
















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おもいつくままに64   07.06.30  
「人を育てる」・・・ K 次長とG 課長
  その1  大阪ミナミは御堂筋に面した支店で渉外係をやっていたころの話です。優良中堅企業であった木材の老舗会社と取引があり、経理の責任者 N さんと取引の条件のことで互いに譲らず、怒らせてしまったことがありました。その日の昼前、帰店して着席したとき直属の上司であった G 課長の机の電話が鳴りました。電話はどうやらその会社の N さんからのようでした。

  課長は「その件は M君(私のこと)に任しているので、もう一度彼と話し合ってください」と言って電話をきったように覚えています。「担当者が気に入らないから替えるか、課長自身に来てほしい」との電話であったらしい。課長は「当店では M君以上のものはいないので、担当者を替えることはできないし、私が代わりに行くつもりもないと返事をした」とのことでした。

  1週間ほどして Nさんから「会社へ来てほしい」との電話があり、訪問してみると「あのときは私のほうも一方的なことをお願いし悪かった、今後とも宜しくお願いしたい」と他行から預金を回してもらうことができた。このことがあって互いに信頼関係ができ、取引関係も良好なものとなりました。

  その2  同じ店の次長が昼食のとき、「M君、最近 O商事へは訪問しているか、今日あたり行っといたほうが良いと思うけど」とのことであった。
  O社は鉄鋼・機械などの商社で十大商社にこそ入っていなかったが、財閥系の大手で、新米企業担当者としては規模の大きさで敷居の高い会社ではあった。

  午後一番に訪問すると、 N経理課長が「いいところへ来た、午後から一番先に来た銀行に渡すつもりだった」とブルドーザー(だったと思うが)を輸出した信用状(L/C)を目の前に差し出してくれた。私の銀行が外国為替を取り扱えるようになって間もないころで、「L/Cの買取」は銀行にとって大いに魅力ある取引であり、それも数百万ドルという今まで見たこともないような大きな金額で、この日意気揚々と帰店した記憶は鮮明です。

  後日、この商社の経理課長が東京本社へ転勤することになり、挨拶に行った際、あのときの「数百万ドルのLC」の話になった。その日は朝から次長が来たので、L/Cの買取の話をしたところ、「担当者の手柄にさせてほしい」との申し出があり、私に自信をつけさせるため両者で「一芝居打った」とのことでありました。
















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おもいつくままに63   07.05.27  
井のなかの蛙(かわず)  

「目くそ鼻くそを嗤う」のたとえがありますが、子供の頃、その典型ともいえるようなことがありました。
わがふるさとは県道も行き止まりで、1,500メートル級の山がそびえる文字通り山奥にありました。私の住む家は旧村の4~5ある集落の一番手前にあり、(その後三村合併で村の入り口ではなくなりましたが)、ここには喫茶店も食堂もありませんでしたが、村役場があり農協のほか5、6軒の商店もありました。その商店街(?)の近くに、今は廃校になっていますが私たちの通う小学校があり、その村にはまだ奥にももうひとつ小学校がありました。 

  そのころ、わが校より奥にある学校に通う小学生などが、わが「大字」へ来たのを見つけると、「奥モン(奥の者という意味)漬けモン糞くさい」などとはやしたてていました。確かに彼らの家はわが集落より奥にあったには違いないのですが。
これら二つの小学校からの卒業生を受け入れる中学校は、何故か奥の小学校の近くにあり、私達は3キロ以上もあるこの中学校へ徒歩で通学していました。

  またこの田舎には吉野川の支流がありました。この川は一番奥の集落にある山からスタートしている吉野川の源流のひとつで、放流ですが鮎の友釣りをしたり、夏には少し淵などのある深いところで泳いだりもしたものです。この流れはたいていのところで膝ぐらいもない小さなものでしたが、この川を私達は「大川」と呼んでいました。なぜならば、さらにその川の支流に川幅2~3メートルもないような、山から500メートルほど流れて支流に流れ込む川があり、確かにこの小川から見ると大川には違いありませんでした。

  成人してこの道を車で走ることなどがあると、子供の頃あれほど大きく見えた川や、1時間近くかけ通学した道が「こんなもの」だったのかを思い、「奥モン」などとからかったことが恥ずかしく思えてきます。
















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おもいつくままに62   07.03.31  
ならぬものはなりませぬ
   いま野党は「教育」や」「憲法」より「年金」や「格差是正」など優先順位の高いものがある、などといっていますが、今の世の中何が一番大事かって?いうまでもなく「教育」でしょう。

  昨年見た邦画の大作「男たちの大和」の少年や、今年の正月テレビでやっていた「白虎隊」の若い隊士たちと、成人式で暴徒化するいまの新成人たちを比べて、何故にこれほどまでに若者の質が落ちているのか、恐ろしい気がします。徳川時代の藩校や庶民の「寺子屋」のほうがよほどましな教育をしていたと言うことでしょうか。押し付けの憲法の基で行われた、戦後の間違った民主教育のせいであるのは間違いないところでしょう。

  そのような情勢を反映してか、小泉さん時代から政治の流れは間違いなく保守化に変わってきていると思います。安倍さんの登場も、この流れの延長であるに違いありません。「支持率が落ちている」とマスコミは騒いでいますが、党内の他に誰がいますか、ましてや「民主党」にはそれ以上に人材なんていないことははっきりしています。安倍さんの「美しい国」のため、「教育」に力を入れてもらいたいし、「憲法改正」も重要、もすこしじっくり見守ってやろうではありませんか。

  普段TVのドラマはあまり見ませんが、あのとき「白虎隊」を見ていて、前にも一度取り上げましたが昨年のベストセラー藤原正彦著「国家の品格」を思い出しました。ドラマのなかにもでてきましたが会津藩などでは、立派な教育がされていたんだなと思います。
 
  この本に、当時会津藩に日新館という藩校があって白虎隊も教えを受けており、ここに入る前の子弟に対し「什の掟」というのがあったと書いています。

一つ、「年長者の言うことにそむいてはなりませぬ」

二つ、「年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ」

三つ、「虚言を言うことはなりませぬ」

四つ、「卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ」

五つ、「弱いものをいじめてはなりませぬ」

六つ、「戸外でものを食べてはなりませぬ」

七つ、「戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ」

 七つ目はともかく、戦後の教育にかけていたものが全部あるように思います。藤原さんの云うように子供には理屈でなく「ならぬことはならぬものです」と教えていれば、今のような世の中にはなっていなかったような気がしますが。
















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おもいつくままに61   07.02.24  
世界の金融機関のビッグが一堂に会したあの日
   今から17年前、日・米・欧の証券・金融界のビッグが一堂に会したときがありました。1990年8月1日から3日間、社団法人金融財政事情(きんざい)が、創立40周年記念事業として「金融新時代に挑戦する経営イノベーション」と銘打って、東京は赤坂のプリンスホテルで開催されました。このシンポジウム大会に、私はキャピタルマーケット部会「インベストメントテクノロジーの高度化と証券・投資戦略の新展開」に出席する幸運に恵まれました。

  このシンポのために来日したのは証券委員会国際組織(IOSCO)の執行委員長はじめ、ソロモンブラザーズ、ドイチェバンク、セパック、シティバンク、ゴールドマンサックス、メルリリンチ等々のトップ及び講師陣。参加した日本の金融機関は日本銀行、興・長銀、都銀、信託、農中、商中、中小公庫、地銀、第二地銀、信金、信組、労金、証券、生保、損保、ノンバンク、カードビジネス、農協、他約 1,200名となりました。

  研修が終わって人事部に提出した私の「社外研修参加報告書」には、「全体会は、日米欧金融界最大企業トップの報告ならびに、経営戦略の講義であり、金融完全自由化に突入したわが国の金融マンにとってタイムリーで興味あるスピーチであった」。また、「分科会はキャピタルマーケット部会、都銀の資金証券戦略、米総合証券メルリリンチの金融リストラ戦略等は今後の我が行の部内戦略を考える上での指針を与えてくれるものと思われる」と記されている。

  3日間の最後を飾った立食パーティでは、どこにいるか良くわかるように主催者が背中に風船を付けてテーブルを回られていたことを思い出しています。このときのホスト、「きんざい」理事長であった徳田博美さんは当時の銀行マンにとっては、もと銀行局長としてよく知られていました。またこのパーティーでは時の大蔵大臣だった橋本龍太郎さんの姿もあったように記憶しております。

  その後1996年から2001年度にかけてわが国で行なわれた大規模な金融制度改革は「金融ビッグバンといわれました。1986年にイギリスのロンドン証券取引所で行われた証券制度改革が「ビッグバン」と呼ばれたことにちなんでおり、「日本版ビッグバン」とも言われた。バブル崩壊によって、1990年代に入り空洞化しつつあるとされたわが国の金融市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際市場として地位を向上させ、日本経済を再生させる狙いがあった
  この時期に銀行の「護送船団方式」を崩壊させるような改革が次々と進行しました。

















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おもいつくままに60   07.01.14  
パワー
   今年のラッキーカラーは赤のようだ。
正月5日出社すると、初出勤なのに問屋さんからの注文電話が殺到。理由はどうやら1月4日のTV放送が原因だったようです。正月特番「オーラの泉」で華道家の仮屋崎さんが「赤い下着の効果」を話したらしい。
 
   その1週間ほど後、みのもんたの「おもいっきりTV」が「赤色の効果」について放送。
一方「はなまるマーケット」ではお年寄りの街「巣鴨」で、赤パンツを売る店を紹介。
また楽天の野村監督が「今年、赤パンツをはいて勝負をかける」といったという記事が出ていました。

  「オーラの泉」は江原啓之、美輪明宏、トキオの国分太一が出演して人気のある番組で、正月4日の特番は当日見落としていたので、ビデオで見ました。ゲストの仮屋崎省吾氏が、「尊敬する美輪さんに勧められ、下着を赤色に変えたら運気がよくなってき、恋人までできた」というような話をしていました。

   「思いっきりテレビ」では、青は寒く感じ、赤は暖かく感じるだけでなく、実際赤色では体温まで上がってくることをサーモグラフで証明して見せていました。息の長い番組「はなまるマーケット」では高齢者の街巣鴨で「刺抜き地蔵」や赤パンツを売る「マルジ」という店を紹介。

  また、楽天野村克也監督が5日、生出演したTBSラジオで取材に応じ、「今年のラッキーカラーは赤」と聞くと、赤いパンツで戦うことを言い、ヤクルト監督時代の赤パンツはたんすに何枚もしまってあるといっていました。

  赤色は血の色や「明るい」にも通じ、昔から多用されてきた色であり、還暦には「赤のチャンチャンコ」を贈る風習があったし、パンティなど履かなかった昔は、着物の下に赤い腰巻を巻いたようです。サーモグラフも無かった時代から、赤は女性の冷え性などにも効果があるのがわかっていたようです。

  今年から団塊世代が還暦を迎え、定年となります。3年間で670万人、2007年問題などとも言われています。いま、この世代や団塊ジュニアの市場を狙ったさまざまの商品などが開発されています。

  私の勤める肌着の会社では「赤+ゲルマニウム+梅干」といった変わったコラボレーションで「還暦ギフト」商品を開発し、話題性で人気を呼んでいます。ゲルマニウムは血の流れをさらさらにする効果があるといわれていますし、梅干も赤で健康に良いのは周知のとおりです。

  健康面以外にも赤には「魔除け」の意味があるとされ、神社の鳥居は赤いことや、地蔵さんの涎掛けも同様の意味があるとされており、「情熱」や「活気」など精神や物事の盛り上がりを表すことが多い。

  いずれにせよ、TV番組で社名を言ったわけでもないのに、注文が殺到するということは「赤パンツはケンアビー」との評価があることが証明されたのは間違いないようで、「こいつは春から縁起がいいわい」といったところです。














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おもいつくままに59   06.12.17  
師の死を悼む
   2006年も残すところあと1ヶ月少しとなったその日、「師逝く」の報に接した。
銀行でこの方の下で働いた者にとっては、上司というより師と言うのがふさわしい方であったように思います。部長や支店長をされていたときの次長や課長が弟子だとすれば、直接教わることがあまり無く、当時平行員だった私などは孫弟子にあたるのだろうか。

  「威厳」とはまさにこの方のためにあるような言葉で、そこにおられるだけで周辺が張り詰めたような空気になった。言葉数の少ない方であったが、「行間を読む」事によって「教わる」という事が多かったように思います。

   25,6歳くらいのとき東京支店から転勤してきて、支店長席へ挨拶に行ったときは「うむ」の一言。
着任してしばらく経った頃、渉外活動のため支店を出ようとしたとき、偶然なのか待って居られたのか、支店の前で、「お茶でも飲んでいきなさい」といってヨコにあった(はなぐるまという店名だったと思う)喫茶店に誘(いざな)われ、前の席に座らされた事があった。

  コーヒーか何か注文したものの緊張して言葉を待つ私に「どや」といったまま、ほとんど何もしゃべってくれず、しばらく沈黙のあと、「いつまでも幕下で相撲をとってたらあかん」との一言で席を立たれたのを思い出す。

  この店では1年半ぐらいのお付き合いだったと思いますが、直接言葉をかけてもらったのは、着任の挨拶のときの「うむ」と、喫茶店での一言、それに○○パイプ興業という会社の「稟議書」について何か一言あったぐらいしか記憶に無い。

  その後、関連リース会社の創業に携わられ、銀行へ戻って役員になられた。その関連会社におられた頃、取引先の「情報」をもって会社を訪問したことがあった。応接で話しを終えてから若輩の私をわざわざエレベーターまで送ってくれ、深々と頭を下げてくれたことは今も鮮明に覚えています。

   弟子(自称)の中では一番最後になってしまったが、初めて支店を任されることになり、偶然だったのか誰かの意思が働いたのか、関連ファイナンス会社の社長を退任し、悠々自適の生活をおくっておられた師の居住地の支店に着任することになった。

  師は県下随一の名門ゴルフクラブのメンバーだったこともあり、多くのお客を紹介してくれたり、支店のコンペにはそのゴルフ場にクラブの有力者を伴ってくれたりもしました。また、散歩の途中コーヒーを飲みに支店へ来られるのが楽しみのようでした。たまには近くの割烹で飲むこともあり、あれほど近寄りがたかった人がこれほど身近に感じたのも不思議なものでした。

   このHP「おもいつくままに」の「№46 鬼の目に涙」のところにも書いていますが、われわれにとって鬼のように怖く思えた支店長の目から涙がこぼれ、言葉に詰まってしまわれた年末打ち上げのその場にいた十数人で「ゴルフ会」ができ、年に2回ほどのコンペはその後長く続きました。

  身体が弱られ「ゴルフはとても無理」となってからも2~3度師の家に程近い割烹で「飲み会」が開催され、その後はお会いする機会がなかった。

   師の行動から教えられたことは、「安易に上(司)に迎合しない」ことと「人(部下)を大事にする」ことだったように思います。どうか安らかにお眠りください。














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おもいつくままに58   06.11.25  
修證義 1

「生を明らめ死を明らむるは佛家一大事の因縁なり、生死(しょうじ)のなかに佛あれば生死なし」但(ただ)生死即ち涅槃(ねはん)と心得て、生死として厭(いと)うべきもなく、涅槃として欣う(ねごう)べきもなし、是時初めて生死を離るる分あり 唯(ただ)一大事因縁と究じんすべし」

  我がふるさとのお寺は禅宗の曹洞宗、上記は田舎での法事や葬儀などで必ず唱える「修証義」の最初の一節である。法事などの参列者には「修證義の経本」が配られ、全員が唱和します。修証義は日本一難解な哲学書といわれる道元禅師の「正法眼蔵」からその文言を抜き出して編集されたものです。

  このお寺の先代住職の頃、小学も高学年になったころだったと思いますが、住職の指名で一級下の悪ガキと二人、2~3年間、「托鉢(たくはつ)」の手伝いについて回ったことがある。このときの住職は永平寺でも相当位の高い僧だったそうであるが、何故かこの末寺の住職になられていました。

  何故そうなったのかは、幼い頃誰かに聞いたことがあったように思うのですがよく思い出せません。子供心にも、威厳とともになんともいえない慈悲深そうな方に見えた。托鉢の品はお金もあったが、米や野菜など重いものが多く、それを運ぶのは子供にとっては結構重労働でもありました。

  村中一回りした後、お寺でお駄賃(日当)をいただき、住職と奥様との4人で食事をいただくのが二人の楽しみでありました。いまでもはっきり覚えているのは、私のおかずの皿に醤油が残ったのを、「ご飯にかけて残さずいただきなさい」と注意されたことです。

  我が家のお墓は10年以上も前に今の住居に近い霊園に移していますが、和上のご長男である今の住職は、盆やお彼岸には田舎からご自分で車を運転し、私たち村外の檀家にも回ってきてくれます。70歳をゆうに超えていると思われるがお元気で、朗々とした声で唱えるこの和上の「修証義」はただすばらしいの一語に尽きます。   












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 おもいつくままに57   06.10.28  
無秩序の秩序
   「資金繰りの心配は一切無用で、営業もほとんどしなくても着実に仕事が入ってくる」という世にも結構な会社がありました、実質無借金。社員数が200人近くになっても「部長」と呼ばれる人は役員3名と社長のみ。専務や常務など肩書きのついた役員は一人もいません。社長も社内では「部長」と言わせており、中間管理職もほとんどいない典型的な「小さな本部」の会社ではありました。

   『銀行出身のあなたから見て「チェックする者がいなくて、秩序がない会社」だと思うでしょうが、そのための中間管理者を置けば、その人のための仕事が増えるだけです。管理する人がいないと無秩序かといえばそうとも限らず、反って責任ある仕事をしてくれる、私はこれを「無秩序の秩序」と呼んでいる』と、この社長から聞いた。

  営業に関しても、「他社にないノウハウを積んでいき(そのために事業開発の部署に力を入れている)ノウハウを積み上げ、良い仕事をすることにより、安売りの営業をしなくても向こうから仕事が来るようになる。資金繰りについて言えば、支払いの前にクライアントから入金がある仕組みにしておけば、金が足りないということもありえない」ということでした。

  また、この会社では代金を「手形」で受け取るのは例外中の例外で、「手形は怖いもの」との意識が社内で徹底しており、まず受け取ることは無かった。
  長いあいだ「組織」で育ち営業で苦労し、「資金繰りで大変」な中小企業を多く見てきた私にとってこの社長の考え方やり方については非常に新鮮味を覚えたものです。

  反面、この会社では、消耗品の購入にいたるまで「稟議書」でお伺いを立てることになっており、このことには少々面食らった記憶があります。営業所だけでも1日何十通もの稟議書が各現場から到着しており、「コピー機のトナーを買いたい」という「稟議書」を見たときは流石に驚きました。これほど合理的で余計なものを嫌う社長にしては、この「何でも稟議」には少々疑問を感じるとともに多分に官僚的なものを感じました。

  企業にとって「稟議書」は重要なものでありますが、営利会社にとって内部的なもの、手続き的なものは規定化、権限委譲、するなど簡素化し、可能な限り廃止していくべきだと上には進言したつもりです。

  「営業」も「資金繰り」もまったく心配がない優良会社を何故辞める気になったかというと、別の会社へ「是非行ってやってほしい」と友人からいわれていたこともありましたが、以下のようなことがあったからです。

  女子社員から「会社から支給された携帯電話を私用で使った」といわれたことです。
  私自身長年の会社員生活で、公私の区別にはかなり気をつけてきたつもりです。この携帯電話の件について言えば、「私用と併せ、二つも持つのは嫌だ」からと断っていたのを、「少々の私用なら会社の携帯を使ったらいい」といわれ、いやいやながら支給を受けたという経緯がありました。たまたま昼休みに待ち合わせの電話がかかってきたとき、友人に会社の携帯番号を教えたのをその女性が聞いていたのです。

   年を重ねても仕事を続けていくためには、組織の中で「老害」を撒き散らすのだけは止めようと思い、差し出がましいことは言わず、可能な限り「若い人」に責任ある仕事をしてもらうように心がけていたつもりだったのですが。

  それにしても私としたことがこんなことで女子社員から注意されるとは、・・・でも、文句をいう筋合いはありません、私自身「公私混同」をした事には間違いなかったのですから・・・・。女性は男性より権威に弱いもので、肩書きの無いものにはこんなことでも咎めるのに、権限を持っている人がやっていることには、もっともっと大きなことでも見ぬ振りをするのに。 
  秩序が無いのも・・・・。 
















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おもいつくままに56   06.09.30  
男の美学「引き際」
   あのときの「中田英寿引退」の報道には突然のことに少々驚きました。今年のシーズン初め、新庄の引退宣言にもびっくりしました。また、同列で論じるのはおかしいかも知れませんがインサイダー疑惑で逮捕された「村上世彰」の引き際も想定外のことではありました。それぞれに潔さやさわやかさを感じたのは私だけではなかったと思います。

  人間「引き際」が大事です、これを間違えると美しくありません。政治家、経営者、会社員、スポーツ選手から芸能人に至るまで、これまで数々の出処進退を見てきましたが、引き際を誤ることにより、せっかくの輝かしい人生を自ら否定してしまう人が多かったように思います。
  大分前に公社の総裁で「地位にれんれんとしない」と言っておきながら去り際が悪かったため、さらに印象が悪くなった人がいました。

  スポーツ選手や芸能人の場合、野球の野村さんのように「ボロボロになるまで」というのも、人生観がでていて決して悪いものではありませんが、「惜しまれるうちに」というのは男の美学であろう。女優さんなら美しく歳をとっていくのをスクリーンなどで見るのも悪くありませんが、「綺麗なうちに」きっぱりやめ、「人前に出てこない」というのがあってもいいと思います。

  民事再生法では、以前の更生法などと違って、トップも含めて経営者は必ずしも辞めなくてもいいようになっています。破綻時だけにかかわらず、事が起こったとき「今までの経営者のやった事で自分に責任はない」とか、「私がいなくなればこの会社は?」とかを強調して辞めようとしない人がいました。再生の為どうしてもその人が必要という場合もありましょうが、そんなことは稀にしかありません。

  部下の不祥事などで責任を取る場合もそうですが、「自分のあずかり知れない」ところで起ったとか何とかでなく、そういう地位にいる人は「何かあったとき、責任をとる」ためにそのポジションにいるのであって、そのために「高い給料をもらっている」ということを忘れてはならないと思います。

  数年前、私がいた会社が民事再生となり、「一旦全員解雇し、必要な者だけ再生機構が支援する受皿会社で再雇用する」ということになりました。年齢的に見ても「新会社」に行ける見込みが少なかったこともありますが、「辞めさせられるくらいなら自分で」と、解雇通知が来るまでに「辞職願」を出しました。この場合「自己都合退職」となってしまい、解っていたことですが退職金が半分になってしまいました。他にあてがあったこともありますが、銭金損得で無く意地を張るのも男の美学だと思うのですが。
















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おもいつくままに55   06.08.27  
ホームタウン・ディシジョンと謙虚なスポーツマン
   ランダエタとの再選が10月に決まったようです。
亀田の世界戦は私にとって久しぶりに力の入ったTV観戦となりました。試合内容もなかなか見ごたえのあるもので、亀田自身はよく戦ったとは思います。しかしながら判定結果を見て、なにか割り切れない思いをしたのは私だけではなかったようです。

  プロレスはじめK1などの試合は、ある程度ショー的要素があるのは仕方がないとして、同じプロでもボクシングや相撲にはどうしても他の格闘技とは違ったガチンコの面白さを求めてしまいます。

  あのボクシングにシナリオがあったとは思いたくありませんが、あまりにショー的要素が強すぎ、「勝ち」を前提にした試合に見えたことは事実です。TV局の視聴率偏重の商業主義が見え隠れしたように思います。

  定かな記憶ではありませんが、昔わが国がまだ経済大国でなかった頃、相手国で行われたボクシングの世界戦で、勝っていたはずの試合を判定負けして悔しい思いをしたような気がします。
また、今年のWBCで「野球が生まれた国で」というあの王さんの抗議を思い出しました。

  大国が小国に、金持ち国がそうでない国に、あるいは開催国によってアンフェアーな判定をするのはなんともやり切れません。

  格闘技で「精一杯やりますが、なにぶん若輩につき負けてもゴメンナサイ」などといっていては勝つものも勝てないと思いますし、強気の発言で自分を追い込んで頑張るというのもわかりますが、マスコミが演出したのでしょうか、あの傲慢な態度と挑発発言はちょっとやりすぎではないかと思います。

  スポーツにおいても「謙虚さ」というのがあってもいいと思います。
史上最悪の最近の巨人軍において、「いくら打っても勝てない、ホームランさえ幻にされた」不動の4番イ・スンヨプ選手は、それでも高慢にならず、文句の一つも言わず「チームの勝利」を言い続けています、そして打ち続けている彼の態度には心打たれるものがあります。
  李さん、どうか大リーグなどへは行かず来年もジャイアンツでプレーを続けてくれますよう私からもお願いします。












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おもいつくままに54 06.07.29 
方向音痴は遺伝するか?    
    私の見る夢の多くは「道に迷ってしまい約束の時間までに目的地へ着くことが難しくなってしまい、冷や汗を流しながら同じところをうろうろしている風景」か、「広い駐車場で車を停めたところがわからなくなってしまい、探し回っている自分の姿」であります。

  そもそも方向音痴とは何なのか、記憶力の悪さもあるのでしょうが、どうもそれだけの問題ではなさそうです。
「方向音痴は遺伝する」、私はそう思っています。その証拠に私の母方の兄弟姉妹・甥姪らはほとんど方向音痴です。

  古い話になりますが、私の母の祖母は士族のお姫様のような人だったそうですが、旧家へ嫁ぎ、近所に買い物にいったところ帰り道がわからなくなって「駕篭」で帰ってきたという話があります。

  方向音痴でない人には理解できないかも知れませんが、たとえば地下駅のホームから電車に乗るとき、その電車がどっちの方向からくるのかわからない。梅田の地下街なども何度歩いても方向がわからず、標識がなかったら致命的で、まず目的の出口へはたどり着くことはないと思います。

  わが家族は子供が小さいときから結構自動車で移動しています。今でこそ車にナビがついているのであまり困りませんが、その頃どちらへ行くか迷ったとき、私の方向勘で走らせると10中8、9は反対の方向に行ってしまいます。

  カミさんの出身が関東の為、両親が健在なときは毎年東名や中央道を走って、実家へ行きました。またディズニーランドや都内観光にも車で行ったし、栃木県の日光や那須地方へも行きました。

   幹線はいいのですが少しわき道に入ると必ず迷ってしまい、気がついてもひき返すのが癪で、ますますかけ離れたところへ行ってしまうのが常でした。

  5年程前、沖縄でレンタカーを借り観光地を巡った事がありましたが、ナビがついていたにもかかわらず「米軍基地」に迷い込んで兵士に追い返されたし、一昨年は四万十川を見る目的で四国へ行きましたが、道に迷い肝心のちゃんとした四万十は見られなかった。カミさんと一緒の自動車旅行は必ず喧嘩になる、私が道を間違えるからです。

   最近仕事で一緒に車に乗ってわかったのですが、私の勤める会社の社長も (本人は認めませんが)相当な方向音痴のようです。そのときは立派なナビがついていたので何とかなりましたが、方向音痴の二人が一緒にわかりにくいところなどを訪問するためには、「時間に余裕をもって」出かけないと駄目のようです。
















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おもいつくままに53  06.05  
言われ無き殺人
    最近、通り魔的な犯罪や、理由無き殺人が実に多く、こどもに対する犯罪も後を絶ちません。殺人に良い悪いなんて無いのは当然としても、殺される側にもそれなりの理由があるというのが今までの事件だったように思います。

  ところが最近は何の落ち度も理由も無いのに突然殺されるというようなことが頻繁に起こっています。まったく理不尽なことで、殺された本人にとっても遺族にとってもこれほど無念なことは無いと思います。

   何の罪もない最愛の妻子を犯人の欲望のためだけで殺された「光市母子殺害事件」の被害者が、極刑にならないかも知れない判決の行方に対する怒りがひしひしとこちらに伝わってきます。

  また、大阪市のマンションで姉妹が殺された事件では、テレビを通じて、父親が『「判決」の結果によっては犯人を殺すか、自分の腹を掻っ切る』といっているのを聞いて、父親の悔しさが強く感じられました。この犯人の場合、親を殺すような大罪を犯したものを簡単に社会へ出した当局に対する恨みとも聞こえました。

   奈良県平群町で起きたあの忌まわしい凶悪な女児殺し事件も記憶に新しいが、最近になって両親が「極刑になっても許さない」との悲痛な声を聞きました。この犯人も再犯であると聞きます。

   最近秋田県では短い期間に二人の小学生が幼い命を落とすという事件が起きています。男の子の場合、どう考えても殺されたに違いないのでしょうが、前に女の子が水死した事件では親が警察に「事件性」を訴えていたにもかかわらず、単なる「事故」で処理されていたと聞きます。

   こういった事件で、逮捕後裁判で弁護側からいつも出てくるのは、犯行時の「精神状態鑑定」云々、「心神耗弱」などの理由で減刑を図ったり、場合によっては無罪を主張したりすることがどうにも納得ができません。

  何人にも弁護される権利が認められているし、冤罪のまま刑が確定してしまうようなことがあってはならないため十分な審議が行われることが必要なことは理解できますが、現行犯に対してまで弁護するのは「いかがなものか」と思うことがよくあります。

   いわれなき犯行で娘や子供を失い、つかまっても犯行時の行為能力云々で無罪となったりしたのでは、どうにも納得がいきません。そのようなことがないよう幼い子に対する性犯罪経験者や、人を殺したことのあるようなものは「二度と社会に出さない」ことは難しいとしても、善良な市民と区別をつけるような方法はないものだろうかと思うこのごろです。
















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おもいつくままに52   06.04.09  
宴会気分
  先日、信貴山の観光ホテルにOBが集まり、久しぶりに「慰安旅行」の気分を味わう機会がありました。その日は天気もよく、風呂から眺める桜がちょうど見ごろで美しかったし、風呂あがりのビールのおいしさも格別でした。また、プロの歌手のショーなどもあり、好きなカラオケも楽しむことができました。

   初めて参加させてもらったこの集まりは、前々から年一回はやっているそうですが、現役当時同じ店や部で一緒に仕事をした上司・部下の関係ではなく、この会のような上下関係の無い横のつながりでの集まりもまた良いものだと思いました。

  銀行にいたころ年1~2回は慰安旅行があり、支店によっては「シティホテルでディナー」などという企画もあったようですが、私は温泉旅館でやるコテコテの宴会が大好きでした。

  最近はこじんまりした特色のある高級旅館にスポットが当たっていますが、一昔前は客室数のやたら多いデラックス観光旅館がブームとなっていました。当時常に人気ベストテンに入っていた和倉温泉の「加賀屋」、山城温泉の「百万石」などにも行きましたが、私の好きな旅館は浜名湖館山寺温泉にある「ホテル九重」で、会社の慰安旅行に行って気に入り、その後家族旅行にも利用することになり、都合5~6回は泊まったことになります。

  ホテル九重は地元の遠州鉄道が経営しており、浜名湖に浮かぶ小島を借景としており、客室へ昇るときシースルーのエレベータから見える湖がなんとも美しい。それに部屋から見る夕焼けシーンが印象に残っています。また従業員教育が行き届いている為、業界の視察団体などが研修のため見学宿泊することでも有名になったこともあります。最初の頃行ったとき、ホテルオリジナルの「柿」をベースにしたデザートの味が忘れられません。

  こういった大きなホテルは、料理店やバーやスナックなど飲食・娯楽施設も多く、館内だけで結構楽しめるので、団体で行く慰安旅行などにはぴったりだったと思います。

  勤めから開放された今、たまにカミさんと1泊で温泉に行ったりもしますが、ここ数年いわゆる「慰安旅行」には縁遠くなっていました。こんな近いところで昔の仲間と宴会気分を味わうことができ、有意義な日帰り旅行ではありました。















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おもいつくままに51   06.03.18  
量的緩和解除
   日銀は2001年3月から実施した「量的緩和政策」を5年ぶりに解除しました。意外というか当然というか当日、発表の少し前ぐらいから株価が急上昇しました。

  副総裁から「量的緩和解除は即、金融引き締めを意味するものではない」「緩和的な政策を維持することで、物価安定を通じた持続的な経済成長を金融面からサポートしたい」との発表。常識的に緩和が解除されるということは、株価にとってはアゲインストのはずなのに、面白いもので市場の反応というのは時によりさまざまです。
 
  「悪材料が予測できる場合は、予め相場はその材料を織り込みつつ推移する」ということで、その悪材料が発表された時点では、「折込済み、アク抜け」で反発するということなのでしょうか。

  新聞などで、「量的緩和策が続いた5年間、資金供給量が増やされたことによって、不良債権による金融不安の恐れは解消されたが、超低金利は預金者から金融機関や企業へ大きな所得移転をもたらした」とあります。たしかに預金者にとっては理不尽であり、長く続けられては困る政策ではあります。

  40年近い銀行員生活の中で1年定期預金の金利といえば5.00%前後という意識が強い。ましてバブル時代、競って高金利で大口定期を取り捲った時代を知っているものにとっては、最近ここまでの預金金利というものは信じられないような低さではありました。
 
  量的緩和策の解除時期を探っていた日銀に、首相をはじめ政府関係者からは「まだデフレを脱却したとはいえない」などの発言が続きました。ここで解除を見送ったのでは、日銀の独立性が疑われ、中央銀行としての信認が揺らぐという思いが強かったのだろうと思います。

   このタイミングでの金融政策の正常化は、景気や消費者物価の動向などの条件を総合的に判断した結果であり、世界的にも例のない異常な金融政策は、いつまでも続けるべきではないということなのでしょうか。せっかくのデフレ脱却の芽を摘むことの無いように願いたいものです。
















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おもいつくままに50   06.02.26  
モーツアルト入門
   今年は「モーツアルト年」ということで、BSテレビなどでこの偉大なる作曲家にまつわる放送に触れることが多い。

   私自身生まれてこの方、60年間で聞いたモーツアルトより、今年に入ってから聞いた時間のほうが多いかもしれない。我が家にはクラシックのCDは5~6枚しかなく、演歌以外にあまり興味を覚えたことがなかった私が4時間もある「歌劇」を視聴しているのを不思議に思うことがあります。

   ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, -)は、周知のごとく1756年1月27日オーストリアのザルツブルクに生まれ、1791年12月5日ヴィーンで没しました。作品総数は、断片も含め700曲以上に及ぶといわれ、今年で生誕250年になります。

  今頃になって何故クラシックなのかといえば、近い将来会社勤めを辞めたときに供え、大画面の液晶テレビ(45インチ)とDVDレコーダーを買ったことに始まります。

  当初は今まで撮りためた500本以上もある好きな映画のビデオを見るため、アナログビデオも再生・ダビングできるDVDを購入しました。そのうちこの機種ではハイビジョン映像などの録画ができないことがわかり、古い映画の再生はあきらめ、画質のよいデジタルハイビジョン対応のDVDに買い換えました。

  映画などの録画をしているうち、BS放送では結構クラシック演奏が多いことに気づき、正月早々ウイーン楽友協会大ホールから実況の「ニューイヤーズコンサート」を録画してみることにしました。

  この演奏会はマリス・ヤンソンス指揮によりウイーンフィルハーモニーが、主にヨハン・シュトラウスの「行進曲」などを演奏していましたが、なかにモーツアルトも1曲か2曲ありました。行進曲といえば数少ない私の好きなモーツアルトも「トルコ行進曲」です。

   ハードディスクに録画したものを、DVDに残しておこうとダビングをしながら聞くうち、なにか演奏が身体にしみていくような気がし、その後もモーツアルト入門的なものや、彼の生涯を紹介したものを見聞きするようになりました。

  短い生涯の中でこれほど多くのすばらしい曲を残したこの天才作曲家に大いに興味を覚えるとともに、老後の楽しみが一つ増えたような気がしているこのごろです。















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おもいつくままに49   06.01.28  
時価総額経営
    昨年来マンションの耐震疑惑問題がマスコミをにぎわしてきましたが、今年は正月気分が抜けきらないうちに株式市場に衝撃が走りました。ライブドアに「強制捜査」が入ったことと、次の2点が重なり東京証券市場が大混乱に陥りました。

  一つはネット証券会社が、信用取引におけるウリが殺到した同社株式の担保価値をゼロにすると通告したことと、東京証券取引所が売買時間の短縮を図ったことにより、システムの危うさに対する不安で下げが加速しました。

  証券会社が一企業として自己防衛のため、担保価値を下げたのはやむ得ないとしても、東証の見通しの悪さには開いた口がふさがりません。株式の分割を認めてきたからには、システムの許容量まで考えておくのは当然でしょう。株価上昇での資産効果などによるデフレ収束を、後戻りさせることになるのではないかと心配する気持がありました。

  ホリエモンにつきましては、球団買収に真っ先に手を挙げたときや、フジTVとの攻防時において旧守派に対し挑戦する彼に私自身もエールを送る気持があったのは否定できません。
  今回の捜査は企業買収時の経理処理違反や、本体の粉飾に対する疑惑のようですが、公開している企業として投資家を欺いたことは許せるものではありません。

  私自身も長く金融機関に籍を置き、金融仲介業としての使命感を感じながらも一方では、「もの」を創っている製造業などに対するある種の引け目があったのも事実です。

  最近企業の時価総額というのがよく話題になります。M&Aなどで企業を買収する際の貨幣の役割を果たすからでしょうか、また資産に比べ株価が安く時価総額が低い会社は、敵対的買収などの標的になりやすいので IR(アイアール)の充実や、配当を増やす事などで株価を上げることに躍起となっている会社が多いのも事実です。

  ライブドアがすべてが実態のない会社だとはいいませんが、歴史ある地味な製造業などに比べ、暴落前の同社時価総額にはなにか異常なものを感じ、昨年には同社株を手放したのは正解だったと思います。

  マスコミではライブドアたたきが盛んですが、「ホリエモンを時代のヒーローに仕立て上げたのはほかならぬマスコミではなかったか」と小泉さんが言っていましたが、そのとおりだと思います。

  今回の検察はかなり以前から準備していたようで、異例の早さで逮捕に踏み切ったことにより、株価も急速に戻しており、世界経済に影響を与えるほどでは無かったとほっとしているところです。
















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おもいつくままに48    05.12.30  
企業の栄枯盛衰
  仕事の関係で、データバンク(興信所)が出している「企業ニュース」をチェックしていたことがありました。そこに銀行員時代担当した先や、自分が開拓した会社の名前を発見することがあります。株式を公開している企業などの動向であれば、新聞などで報道されるので、あまり見落とすことはありませんが、中堅・中小企業の場合、気が付かないことが多いものです。

  最近のデータバンク速報には大手・公開企業の「ゴーイングコンサーン*情報」から、中小企業の倒産・破綻にいたるまで多くの情報が掲載されています。また高額納税者の申告所得額なども載っているので、懐かしい企業の名前を見つけることがよくあります。

  昔親しくしていた会社の規模が拡大し、申告所得の公示などにより高収益を上げているのを見るとうれしくなります。また、当時資金繰りの忙しかった会社が、いまも存続し、結構高額の納税などしているのを見て、驚いたりすることがあります。

  反面、力を入れていた会社の破綻情報などに接して、「あの堅い会社がなぜ?」と思うこともあります。担当者として経理部長などと交渉した事や、店の責任者として社長や経営幹部の人たちと面談したことなどを思い出し、良きにつけ悪しきにつけ企業の栄枯盛衰を思います。

  昨年から今年にかけて、昭和30年代後半から40年代初めにかけて同じ支店で取引が始まった2社の、象徴的な出来事がありました。ひとつはS38年、私が入行した支店にまだほんの中小企業だった有線放送の会社の取引がありましたが、その後公開を果たしプロ野球球団の買収に名乗りをあげるまで成長し、いま注目企業となっています。

  一方、40年後私が入社することになる日本橋の家電屋さんも、転勤直後この支店で取引が始まりました。その後家電量販店として一部上場を果たし1000億円企業の仲間入りを果たすまで成長しました。
 
  この会社は2年前本業とは別の原因で債務過多となり、民事再生を申し立てることになりましたが、同時にビジネスモデルは評価され、国の再生機構の支援により再生が決まりました。一昨年11月には機構の手を離れるまで、再建は進んでいるように聞いていますが、1日もはやく再上場を果たすことを期待しています。

 *ゴーイングコンサーンとは、「企業の継続性」と言うことであり、企業が将来的に何らかの要因により破綻することが考えられる場合には、特記事項として財務資料に注記することや、公認会計士等の監査人が、監査報告書へ「企業の継続能力に疑いあり!」との一文を明記すべきという事。















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 おもいつくままに47    05.11.27  
晩節を汚(けが)したくない
  功成り遂げ、人もうらやむ地位と資産を築き上げた人が、人生の最終コーナーで躓く報道を耳にすることがあります。名誉も財産も十分あるはずの人が仕上げのところで欲をだしたばかりに、人に後ろ指をさされるばかりか、前科までつくようになってしまった人たちです。 
 
  安穏な老後が約束されているはずの人が何故そうなるのか、われわれ凡人には不思議な気がしますが人間の欲には際限がないということでしょうか。

  記憶が薄れかけていますが、あの当時天下の興銀からそごうデパートの経営に転じ、オーナーのごとく君臨した人が破綻の際の個人資産隠しで非難されたことがありました。

  同じ百貨店の名門三越のワンマン社長が公私混同や放漫経営により取締役会で突然解任された事件もありました。
  亡くなりましたが医学会のその道の権威といわれたあの人も、あれだけのHIV薬禍を起こしておきながら、反省の片鱗も見せず晩年を穢しました。最近ではかつて世界一の資産家といわれた西武グループ企業の総帥が、商法違反で捕まり、獄中の人となりました。

  ふり返ってみれば、私自身平凡なサラリーマン生活でしたが、何とか人に後ろ指を差されることもなくすごすことができました。残りの人生を生活する家のローンも終わり、この先贅沢と大病さえしなければ年金とわずかばかりの蓄えで、何とかつつがない人生を生き抜くことができそうです。

  このような凡人においても突然うまい話が飛び込んできたり、ちょっとした誘惑に駆られそうになることがあります。そんなときはいつも法令順守ということと同時に、つまらないことで「晩年を汚したくない」という思いで気をつけているつもりです。
















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おもいつくままに46   05.10.23  
鬼の目に涙 -取り上げられた営業かばん-
    当時駆け出しの渉外マンであった私には、雲の上の人ではありましたが、その場にいるだけで大変な威圧感を感じ、怒れば手のつけられない支店長がいました。叱る相手はほとんど幹部に対してで、われわれペーペーまではあまり及びませんでしたが、怒る内容は「業績が悪い」とか「勤務態度が悪い」とかそういうことではなく、「ものの考え方や姿勢について」だったようです。

  ある朝、やり手の渉外課長が、金庫に入れておいたはずの自分の使用する営業用の鞄を探していました。領収印などを入れて取引先を訪問するためのものでしたが、その鞄は当の支店長が隠していました。なぜ隠したかというと、取引先を回ることも大事であるが、課長という名の管理者になった以上、部下のマネジメントをすることの重要性を教えるためのようでした。

  低迷していた支店の業績に少し光が差し始めたその年末、打ち上げのため支店幹部と、私たち渉外担当者が会議室へ集まりました。
ねぎらいの言葉を言おうと立ち上がった支店長が、「私のようなものによくついてきてくれた」というようなことを言ったように記憶していますが、そのあと言葉につまり、立ち尽くしてしまわれました。

 本部や役員からなんと言われようと、自分の信念で方針を貫き、やっと業績が上向きかけてきたときのことでした。

  支店長の席からよく怒鳴っていることがありましたが、それはたいてい本店役員や営業本部の人に対してであり、電話の内容は「目先の数字であれこれ言うな」というようなことではなかったかと想像します。

  年末打ち上げの会議室にいたメンバーは私の記憶では次長3名、課長クラス4名、係長以下8名だったと思います。その後この16人で「ゴルフ会、飲み会」が結成されました。いつの間にか会の名前が変わってしまいましたが、当初は「鬼涙会」。

  このゴルフ会はずいぶん長く30年以上も続きました。支店長はのちに役員を経て関連会社の社長になりましたが、メンバーの中から副社長1名、役員部長クラス5名、途中で止めた一人以外は全員支店長クラス以上となりました。

  「鬼の目に涙」のあのとき、25歳で最年少だった私が遅まきながら支店長に昇進したことで、メンバーすべてがそうなりました。
その支店長の影響があったのかどうかはわかりませんが、その場にいた全員がそうなったということは、珍しい現象だったと思います。















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おもいつくままに45   05.10.15  
ギャンブル考
   シンボルルドルフ以来の無敗の三冠馬が誕生しました。最近はめったに競馬中継などを見なくなった私ですが皐月賞でのディープインパクトの走りっぷりには感動しました。

  昔から、酒、女、ギャンブルのどれかで破滅した話はよく聞きますし、「酒さえ飲まなければ」と思う人や、「女癖の悪い」人も結構見てきました。私の場合、身を滅ぼすとすればギャンブルしかないと前々から思っていました。

  新入社員のとき、慰安旅行の道中、バスの最後部座席で、一部の人が「オイチョカブ」や「チンチロリン」で熱くなっていましたが、そのとき私はもうその中にいましたし、その後も競馬、パチンコ、麻雀はよくやりました。一見まじめ人間に見える私について、「まさか、パチンコする人には見えない」とか「競馬なんかしていた事あるなんて信じられない」とよく言われます。

  競馬場へはじめて足を踏み入れたのは、東京にいるとき支店の取引先の社長の持ち馬がダービーへ出走するというので、半分仕事のような気分で行ったのがきっかけです。初めは馬券というより馬の魅力と府中競馬場の雰囲気が忘れられずよく通ったものですが、そのうち興味が「馬券」と言うものに移ってしまいました。

  転勤で帰阪した直後、東京生まれのカミさんが連れて行ってほしいといった京都へ、初めて出かけたのが淀の競馬場。関西では馬の名前になじみがなく、それ以来たまに重賞など場外馬券を買うことはあっても、馬場まで行くことはなくなり、いつのまにか競馬からは足が遠のいてしまいました。

  そのうち東京の独身寮で覚えたマージャンに夢中となり、当時これほど変化にとんだ面白いものを発明した中国人というのはすごいなんて思いながら、相当のめり込んだ時期もありました。
  銀行では麻雀はゴルフと同じく仕事の一部のようなもので、あまりギャンブルという意識はありませんでしたが、退職後はほとんど卓を囲む機会もなくなってしまいました。

  競馬も麻雀もしなくなり、ギャンブルとは無縁となったのかというとそうはいかず、休みの日はついカミさんの忌み嫌うパチンコに行くようになりました。「いつでもどこでも一人ででき、いつでも止められるのがいい」なんて思い、魚群が流れた後の期待感や、ノーマルでも急に走って確変に突入するあの「海物語」とやらの魅力にはまってしまいました。このためにやたら時間を空費してしまい、出費の方も競馬やマージャンにくらべかえって大きくなってしまいました。

  残り少ない人生を有意義に過ごすために、このような時間と金のムダを「今度こそやめよう」と思い、昨年の9月半ばから行っていません。

  これで賭け事一切なくなったかと思うとひとつだけ残っています。ギャンブルではなく投資だと思っていますが「株」です。今は仕事があるので中期トレーダーとして勘を磨き、毎日が日曜日になったら「ディトレーダー」で稼いでやろうと思っているこのごろです。
















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おもいつくままに44    05.09.25  
ゲルマ教教祖
   ゲルマニウムが美容と健康に良いということで、ちょっとしたブームとなっています。細木数子のTV番組で、ゲストの渡哲也が身に着けてしていたゲルマ入りブレスレットの効果を言ったことで火がついたようです。

  ゲルマニウムには有機と無機があり、「サルノコシカケ」や「にんにく」などに多量に含んでいる有機のものを口から入れるか、鉱物である無機ゲルマニウムを使った衣料品などを身につけると 効果があるようです。

  今私が勤めている会社では、このような効果のあるゲルマニウムを糸に練りこみ下着をベースに、サポーター、リストバンド、靴下などの繊維製品を造っています。

  この会社の社長はもともと「赤パンツ」を仕掛けてブームを起こしたことで業界では知る人は知っていますが、最近はゲルマニウムにのめり込み、数々の関連商品を開発しています。もともと頭に髪の毛が無く、その分白毛のひげを生やしているため、その風貌から最近では「ゲルマ教の教祖」のように見えてきました。

  ゲルマニウムの効果は何より血液の流れをよくすることにあるようですが、私も血糖値が高いことから、血の流れには非常に関心を持っていました。糖尿病になると血がどろどろになることから網膜などの毛細血管まで行きにくくなるため、腎臓病になったり失明などの危険性があると医者から聞かされていました。

  この会社では肌着だけではなく、ゲルマニウム入りの「ブレスレット」や「ほっと湯」と名づけた温泉ボールなども作っています。もともとネックレスやリングなども身に着けたことがなく、まして「ブレスなんて」と思いましたが、上記のような持病があるものですから、効果があれば好き嫌いはいっておれないと思い、少々高かったのですが思い切って「チタン製のブレスレット」を社員割引で買ってみました。

  初めてつけたときは身体が少々熱くなり、指先が火照るように感じました。そのうちあまりなにも感じなくなりましたが、外すと調子悪くなるように思います。相変わらずゲルマの効果を説いて回っている教祖から、心斎橋の東急ハンズで「ゲルマ効果」の実験をやっていることを聞き、後学のためにと行ってきました。その店では当社の製品も扱っていましたが、実験というのは次のようなものでした。

  来店している客に顕微鏡の下に薬指を置かせると、モニターに拡大された指先の毛細血管の中で、ゆっくり血液が流れているのが写っていました。その手の甲へゲルマ入りのサポーターなど(の繊維製品)をおくと、モニターに映し出された指のなかの血液の動きが、急に早くなったのには驚きました。

  私も同じように指を置き、モニターを見てみると毛細血管の血がゆっくりではありますがちゃんと動いていることに少々安心しました。そこで件の高価なブレスをポケットから出し、手の甲においてみました。なんと私の薬指の血が画面の中で急に激しく流れだしたではありませんか。

  わが社の教祖から何度も聞かされ、テレビや資料などからも効果があることに疑いを持っていたわけではありませんが、百聞は一見に如かずとはよく言ったものです。わが社では最近この機械を購入、教祖以下営業がこれを携え問屋回りなどをしていますが、その反響の大きさに感心しているいるこのごろです。
















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おもいつくままに43   05.09.18  
巨人軍の監督
   巨人軍の次期監督が星野さんになるとかならないとかの報道が喧しかったがようやく結論が出たようです。阪神球団の会議で「オーナーから続投の依頼があったが明言は避けた」との報道で、もはや決定的かと思いました。

  私の勤める会社は球団本社のある「野田阪神」の近くにあるというのに、私も含めて巨人ファンが多い。オールスターまでに優勝をあきらめ、ここのところの戦いぶりにでるは愚痴ばかり。こんな試合ばかりしてくれたのでは、巨人ファンの多いわが社の業績にまで影響するのではないかとさえ思っていました。

  そんな時ポスト堀内で話題沸騰、星野さんの熱血ぶりは嫌いではありませんが、巨人ファンとしては複雑な気持でした。

  監督がOBという伝統にこだわるわけではありませんが、何でもほしがり他球団のピークを過ぎた大砲ばかりを集め、自力で育てることを怠った報いが今のこの体たらく、その上「監督までも」と怒りに似た気持になっていました。まして星野さんはアンチ巨人がよく似合う、この人が巨人の監督になったら星野さん自身が少々カッコ悪くなるのでは思っていました。

  阪神のシニアマネージャーとしての続投が決まり、巨人ファンとしてはすっきりしましたし、何より星野さんのイメージが壊れなかったのがよかったと思います。

  相変わらず1勝ができない桑田や、後1本のホームランがでない江藤にはいらいらしますが、清原が怪我で戦列を離れ、いつの間にかローズがいなくなった巨人ではようやく若手のはつらつとしたプレーや、足を絡めたりする野球が戻ってきたように思います。

  来年の巨人の監督は私の希望では「江川」ですが、誰がなるにしても、長島さんや星野さんの「人気」だけに頼ることのない「強さ」で客を呼べる、本来の巨人に戻ってほしいものです。
















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42   05.08.28  
郵政民営化解散
   小泉さんの政治手法はともかくとして、「小さな政府、民にできることは民に」には賛成です。今、郵便貯金などから財投を通じての資金の流れがどうなっているのか詳しいことはわかりませんが、多額の資金が特殊法人などで無駄遣いされているようです。いずれ国民の負担となるその「不良債権?」の額たるや想像するのも恐ろしい気がしますが、ここのところを改善しない限り、世界に冠たる国民の金融資産も経済の役に立ちません。

  参院で郵政民営化法案が否決されそうになったとき、『小泉さんの「思い」だけで解散となり、自民党を野党にしてしまわれたのではかなわない』と反対派が言うのは無理もないと思ったものです。それだけになんとしても可決にもっていってほしいと願っていました。

  今から考えれば「解散をちらつかせるのは当然といえば当然、総辞職ということであれば否決が確定的だったし、小泉さんとしては「解散」というカードで何とかギリギリ可決の可能性に賭けたのでしょう。森さんと芝居までしなければならなかったのもうなずけるというものです。

  私もそのときは、解散となれば分裂選挙が避けられず民主党に漁夫の利を持っていかれ、野に下るのは目に見えていると思いました。もちろん野党第一党がもう少し魅力のある政党であれば、政権交代も良いかもしれませんが、今の民主党に即政権を担当するだけの能力があるようには、とうてい思えません。それこそ右翼のような人からガチガチの労働組合出身まで、寄り合い所帯の党では意見を一本化し、「改革」を進めていくのは無理だと思います。

  一方、自民党が勝てば、皆無というわけにはいかないでしょうが族議員がいなくなり、「道路」のような骨抜き法案にはならないとも思えますが、参議院の反対派はどうなるのでしょうか。これについても、森さんの小泉任期延長発言で強烈にけん制しているようです。

  それにしても意外だったのは解散後の「自民の支持率」と「株価」です。日本人というのは絶妙のバランス感覚があり、どうでもいいときには無責任とも思える判断をしたりしますが、こういう非常時には必要な選択をする民族」、というようなことを竹村健一さんだったと思いますが、テレビで言っていました。野党となってしまうのは確実と見えていたのが、どうやらそうではない結果となりそうな気がします。

  株価に関しては参院否決前には、政局不安で少しばかり売られましたが、否決となった瞬間から値を戻し、いつもなら買い手が居なくなるお盆の間にも高値を維持し、節目と見られた12000円もあっさり突き破っています。このところの外国人の買い越しが続いたのをみると、解散してまで改革を進めようとしている現政権を評価しているのだと思えます。

  それにしても今の自民党の刺客やらマドンナ作戦などのパフォーマンスは、下手なノンフィクションよりよほど面白い。
  小泉さんは経済音痴だし、外交や年金など重要事項には何一つ結果を出していませんが、政治を面白くし、誰もが興味を持つようにした功績が一番ではないかと思います。

  国政選挙の場合、開票の翌日はいつも寝不足となりますが、今年はいつも以上に寝られない夜となりそうです。















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おもいつくままに41   05.08.14  
積み重ねられたタオル
  今月で満61歳、戦後60年はそのまま私の人生でもあります。
 我が家で「洗濯したタオル」が何本も畳んで重ねられているのを見て、あの頃に比べ豊かになった自身の生活環境と、日本の経済成長をつくづく感じます。これを言うと、亡き義母がカミさんと一緒に「変なところで感慨を」とよく笑っていました。

  敗戦となって朝鮮から引き上げた頃のことは全然記憶にありませんが、昭和25年ぐらい(5~6歳)から少しづつ記憶が蘇えってきます。

  その頃の山村ではまだ木炭車が走っていたし、大阪の叔父の家に行くには一番近い電車の駅まで1日5~6本ぐらいの定期バスに1時間以上も揺られたものです。小学生の頃のまとまった人数のちょっとした移動はトラック、それも運転席でなく荷台でした。舗装されていない道路をトラックの荷台で走ると、揺れで腸がねじれないかと思うほどでした。村には乗用車をもっているものなど無く、将来自家用車を持てるなんてことは夢にも思いませんでした。

  白黒テレビが山村にやってきた頃をよく覚えています。村中でテレビのある家は10軒もなかったように思います。テレビの前には毎晩何十人も集まり、力道山の活躍する「プロレス」を見たり、ドラマの「日真名氏?飛び出す」や「事件記者」などを見せてもらいに行ったものです。

  池田内閣が所得倍増計画を掲げたのは1960年、高1だったと思います。この頃から経済の高度成長が始まったのでしょうか、「集団就職」というような言葉をよく耳にするようになり、歌謡曲でもそれを主題にしたものが流行りました。このころは高校へ進学するものは少なく、ほとんどが家業の山林業に従事するか、次男や三男坊は大阪などに出て住み込みで商店などに就職するのが普通でした。

  私は長男でしたが、母の「高校を出てサラリーマンに」との強い希望で、その頃就職に有利といわれていた商業高校に入り、当時資金量1000億にも満たない資本金5億円の相互銀行へ就職しました。

 この銀行も退職する頃には約2兆円、20倍以上となっていました。大阪近郊に家を買うことができたのも、子供の頃には考えられなかった自家用車を手に入れることもできたのも、息子を大学へ行かせることができたのも、老後も何とか暮らせそうなことも、右肩上がりの経済成長とその銀行のおかげだと思っています。

  子供の頃の山村にはものがなく、少ないものを大事に使っていました。勿論バスタオルなんてものは無く、日本手ぬぐいが使われていましたが、家にはみんなで使うタオルが一本ぶら下がっていたのをなぜかよく覚えています。













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おもいつくままに40   05.07.30.  
証券マンと銀行員
  昨年12月「証券取引法」が改正され、銀行に証券仲介業が解禁となり、窓口で株式などの販売も認められるようになりました。 

 「ファンダメンタルズ」*1、「ストラテジー」*2、「アービ・トラージ」*3、などという言葉は、今でこそ一般的にも使われるようになってきましたが、20年以上も前には業界だけの特殊な言葉で、私自身もあまりなじみのない言葉ではありました。

  突然営業店の渉外から資金証券部のディーリング部門に異動させられ、周りの行員が証券会社のトレーダーや営業マンなどと、上記のような横文字ばかり使って話をしているのを聞いて、カルチャーショックを受けたものです。そのときもうひとつ驚いた事は、同じ金融機関でも銀行と証券の考え方の違いでした。

  幸田真音の小説にも出てきますが、銀行でもディーリングなどの世界では、何億何十億の取引をするのに電話一本。これでよく大きなトラブルがないものだと感心しました。もっとも全行員の1%ぐらいの人員で構成された資金証券部は、銀行の中の証券会社で、ある種特殊な世界ではありました。

  また、当然とは言えリスク商品への取り組み方の違いにも感心しました。銀行は昔から元本保証の世界で営々とやってきましたが、その頃国債の窓口販売以外にも、債券先物や金融先物の取次ぎ業務など、徐々にではありますが価格変動商品も取り扱うようになってきていました。

  証券マンは相手に少々損害をかけても平気であるのに比べて、なれてない銀行マンの小心だったこと。金融先物取引業務が始まったばかりの頃、取引先企業に僅か数万円の損をもたらしただけでしたが、担当課員の気の使いようは大変なものでした。 

  我が長男も主に銀行・証券を受験し大手証券に入りました。それなりに実績もあげていたようですが、「資格など取りたい」といって退職し、今は会計事務所に勤務しています。

  銀行員の父の背中を見て育った彼には、成績を上げるために「胸の痛みを感じず他人に損をさせる」ようなタフな神経はもっていなかったのだろうか。彼の決断に、年収など待遇面から「もったいない」と思うと同時に、ある意味でほっとしたのも事実であります。

*1:経済の基礎的条件、 *2:戦略、 *3:裁定取引  














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おもいつくままに39   05.07.24  
通勤電車いま昔
   サラリーマンを40年以上もやっておりますと、通勤環境もずいぶん変わってきたように感じます。大きな変化はなんといっても「携帯電話」のある風景でしょう、立っている人も座っている人も老いも若きも、半数ぐらいの人は電車の中でケータイに触れています。 
 もうひとつの変化は女性の通勤スタイルでしょうか。私たちの若い頃から比べて今の娘らはスタイルも格段に良くなったのでしょうが、細く長い足にぴたっと決まったジーパン姿はかっこいいものです。

  私の場合、夏の間香港シャツでノーネクタイ、で通勤した期間が少しありましたが、かなり前から真夏でも長袖シャツにスーツ姿、コレは変わっていません。鞄ひとつとってもずいぶん変化しています。最近ではノートパソコンが入っているのでしょうか、そのような鞄が多いようです。

  最近、といっても4度目のご奉公となった今年の4月からですが、駅までの約15分は健康のためできるだけ歩くことにしています。それまでは自転車に乗るか、クルマで送ってもらうかでした。8年ほど前から禁煙に成功していますが、当時、タバコを吸いながら通勤できるのが魅力で、往復とも座席指定の特急という優雅な通勤をした時期もありましたが、今では健康面も考え、もっぱら快速急行でつり革も持たず踏ん張っています。

  電車はまず座れませんから、乗り込むとすぐ網棚に鞄を載せ、新聞を折って読みはじめます。朝の新聞は「日経」でなくてはなりません、最初に見るのは1面の「春秋」欄、次にマーケット総合欄、「大機小機」や最終面の「私の履歴書」はもう30年以上も読みつづけています。同じ紙面の渡辺淳一の小説を読むときだけは、誰も何を読んでいるか見ているわけではありませんが、ちょっと恥ずかしい気がします。

  帰宅の電車では、以前は「夕刊フジ」、最近は文庫本となっています。若い人は知らないでしょうが、タブロイド版の夕刊フジがはじめて売り出されたときは新鮮に感じたものです。
 私にはこれからいざ出社というとき、「スポーツ新聞」というのはどうも理解できません。ましていい年をした立派な大人が朝の出勤に、少年まんが雑誌に読みふけっているというのは、信じられないような気持ちです、昔は通勤ではあまり見かけなかったように思うのですが、どうだったでしょうか。

  もうひとつ、コレこそほんまに理解できないことですが、最近「座席で化粧をしている女の子」が多いことです。また通勤電車で「朝食(お握りやパン)をとっている若い人」(これも女性が多い)、そして「床へ直に座る娘ら」いわゆるジベタリアンです。

 「個人の自由や、迷惑かけてないんやから、ほっといて」といわれそうですが。少年漫画で出勤する彼らで、将来の日本の経済は大丈夫なのでしょうか。またわが国では女の子の「恥ずかしい」という感覚は無くなってしまったのでしょうか。













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おもいつくままに38    05.06.26  
弱い巨人の試合なんか見たくない
   凋落の一途をたどる今の巨人にはミスター頼みしかないのでしょうか。長島さんが戻ってくるのが話題となっています。

  風呂上りのビールを飲みながらのテレビ観戦は夏の夜の大いなる楽しみです。わが巨人はどうなっているかとチャンネルを回すが今日もまた早い回なのに6-0で負けている、「あと4回も5回も残ってはいても今の巨人に逆転なんかできっこない、打力があってもその前にそれ以上の点が入るだけだろう」と想像してしまい、ついチャンネルを変えてしまうこの頃。

  珍しく3-0などで勝ってはいても、そのうち先発が打ち込まれピッチャー交代。そこでテレビ放送が終わっても、結末は中継ぎが打たれ逆転負けだろうと想像してしまいます。 
  巨人が誇る重量打線は、もうこれ以上点が要らない大勝試合に爆発する。あと1点ほしいときどうして打ってくれないのかストレスがたまります。そのために高い年俸の大砲ばかりを集めているのではないのでしょうか。
  
  関西圏で育った私が何故ジャイアンツなのか、石原裕次郎が大好きだった子供の頃、彼が歌った「背番号3、長島の歌」それがファンとなったきっかけです、そのチョーさん大好き人間がそのまま巨人ファンになっただけのこと。長島が監督だったころ今のように弱いときがありました。来る日も来る日も負け負けのとき、こんな私でも長島の采配が悪い、長島が辞めればいいと思ったこともあります。

  実をいうと堀内監督も、現役時代は好きな選手でした。悪太郎などといわれながらもあの実績、投手でありながら1試合で何本もホームランを打つなどその打力にも魅力があり、一度は監督をやらせてみたい人ではありました。そんな投手出身の監督がこれだけ悪い投手陣を率いていかなければならないのも皮肉なものです。この先ミラクル逆転優勝でもない限り、今シーズンでユニホームを脱ぐことになるのでしょうが、次の監督は原か中畑か江川か、まさか掛布って言うことは無いでしょうけど。

  もう巨人ファンなんて辞めたいとまで思っていた矢先、昨日今日と連続完封勝ち、これはひょっとしたらひょっとするかも知れへんで。













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   おもいつくままに37  05.06.19  
親父の一周忌、おふくろの二十七回忌
  早いものでもうすぐ父の1周忌となります、また母が逝って27回忌を迎える事にもなります。両親は9歳も年が離れていましたので、普通なら父の死後母一人の年月がかなり長いはずでした。それが逆に母が早く死んでしまったため、父は四半世紀以上も一人暮らしを余儀なくされたことになります。

  私が物心ついてから、父が競輪やパチンコなどギャンブルをやるのを一度も見たことがありません。父の家系では比較的勝負士やギャンブル好きが多いのにと不思議に思ったこともありました。
それには次のような理由があったようです

  朝鮮からの引き揚げで栄養失調から立ち直ったばかりの小さかった私は、冬になると夜には決まって父の着物の懐に入れられて、近所の男たちが集まる家につれていかれたようです。そこで父らが座布団の上に札をたたきつけて遊んでいる様子をかすかに覚えています。今から考えるとあの札遊びは「カブ札」や「花札」による賭博だったのだろうとおもいます。どんな意味かもわかりませんが「ムシ」などといっていたようにも思います。

  私の育ったその山村では、ほとんどの家が何らかの形で山林業に携わっていました。冬、積雪があると仕事がなくなり結構ギャンブルが盛んであったようです。父はそれほど大きな勝負はしなかったようですが、当時のその田舎ではサラリーマンの「マージャン」やパチンコ」のような半端なものではなかったようです。一冬に「山」や「畑」が人のものになってしまったり、住む家さえも名義が変わってしまうようなこともあったらしい。

  妹が生前の父からよく聞いていたらしいが、ある日家で父が花札か何かをさわっているとき、私がどこで覚えてきたのか「おとさん、ばくちのイカサマ教えたろか」と言ったという。父はよほどショックだったのだろう、これでは教育上良くないと思い、それ以来ピタっと賭け事は止めたと聞いています。

  大阪で生まれ育った母は世話する人があり、山深い吉野の父の元に嫁ぎました。このときのカルチャーショックも大変なものであったと思いますが、結婚後すぐ二人して新天地を求めてその頃は併合となっていた北鮮へ渡りました。平城(ピョンヤン)に近いその町の炭鉱の会社で現地の従業員を大勢使い結構いい生活をしていたそうですが、そこで私は生まれました。
 
  身体も精神的にもそれほど強くなかった母が、敗戦となって引揚げのとき、わずかな全財産と私を背中に括りつけ、ソ連兵の強姦を恐れ、断髪姿で引揚げ団に加わり、ピョンヤンからソウルまで歩いたといいます。夜になるのを待って大河を渡った話などは生前のおふくろからよく聞いたものです。「母は強し」といいますが、このときの母の頑張りが無ければ私はどうなっていたやら。

  私がカラオケで必ず歌う歌、それは森進一の「おふくろさん」。♪♪お前もいつかは世の中の、傘になれよと教えてくれたあなたのあなたの真実、忘れはしない♪♪。














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おもいつくままに36   05.05.29  
ゴーイングコンサーン
  上場廃止が決まってしまいましたが、カネボウの巨額粉飾を見逃した疑いで監査法人の大手「中央青山」に調査が入るというニュースがありました。

  株式を公開している会社などでは株主総会が終わると財務局へ有価証券報告書を提出することになります。
昨年から今年にかけて、「有価証券報告書記載義務違反」などに問われる事件が相次ぎました。この「有報」に関連した「ゴーイングコンサーン」について、監査人である公認会計士とやりとりをした経験があります。

  ゴーイングコンサーンとは財務諸表を作成する上で「企業が継続して事業活動を行うことを前提に問題は無いか」という意味で用いられる言葉。簡単にいえば、企業が破綻せず継続することを前提に財務諸表は作成されている、というわけであります。将来的に企業が何らかの要因により破綻することが考えられる場合には、「継続企業の疑義」についての一文を明記すべきといわれているものがこれです。

  私自身経験したことですが、監査の先生に「継続企業の疑義」について質問を受け、反論を行ったことがあります。公認会計士の監査人が特に必要と認めた場合には、有価証券報告書に記載することにより、投資家等への注意を促すというものでありますが、書かれるとこちらとしては株主は勿論、仕入先や銀行などへの影響を考えると困ったことになります。
 
 監査人である会計士も一面顧客であるこちらの監査報告書に「この企業は倒産の可能性があります」とは、なかなか記載できないという事情もあり、悩ましい問題ではありました。














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おもいつくままに35   05.05.22  
JR西日本脱線事故に思う

   目を覆うばりの大惨事となってしまいました。あの日、仕事中にこのニュースに接し、初めはそれほどとは思わなかったが、新しい情報が入るたび事故の大きさ、悲惨さが伝わってきました。日ごろ息子が使っている路線でもあり、通勤時間ではなかったので乗っている可能性は低いと思いながらも、気になり無事を確認するため、勤務時間になど普段はめったにしない彼の携帯へダイヤルしました。すぐ「無事です」との息子の声を聞いたときは正直ほっとしました。

 それだけに、乗合わせたかもしれない子や親や兄弟や友人らと、連絡が取れなかった人々の不安や心配は量りきれません。ましてこのことによりかけがえのない肉親や友人を亡くした方々の心を思うと、胸が詰まる思いがするとともに、人災だけに強い憤りを禁じえません。
 次から次へと出てくるこの会社の不手際というか常識はずれの対応には大きな疑問を感じます。トップや部門の責任者の会見や、労組の幹部の話を聞いていても何かおかしい気がしてなりません。

  JRになって10年以上になりますが、私自身つい最近まで、業績は順調、株価も高値維持していたため、外見だけ見ると民営化の効果か優良企業となっているように見えました。
「利益優先の会社の姿勢に問題がある」という批判が強くなっています。株式会社である限り利益重視は当然ですが、こと人命を運んでいる会社である限り、安全はコストであることは当然でしょう。

  事故の電車に乗り合わせて、救助活動もせず出勤する人や、直後もボーリングやゴルフコンペを続けるこの会社の社員らの神経は理解できません。また、昔の「国労」から現在の労組への経緯などは良くわかりませんが、組合幹部の会見など聞くにつけ今の時代としてはちょっと考えられないような労使関係を垣間見たような気もします。民間企業になって利益優先の弊害が出たのではなく、官の時代の「おかしな」ものを受け継いでいるからと思えてなりません。

  私の通勤する私鉄でも、たまにつり革を持ってないと立っていられないような乱暴な運転に出会うことがありますが、あれからあとはずいぶん穏やかな走行になったと思うのは気のせいでしょうか。














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おもいつくままに34   05.04.29  
第35回日本ダービーの思い出
   競馬のシーズン到来です。
競馬の本場英国で、時の首相ウィンストン・チャーチルをして「一国の宰相になることよりダービー馬のオーナーになることのほうが難しい」と言わしめた、日本版ではありますが、そのダービーももうすぐです。

  昭和43年、東京で(東京支店にいるとき)取引先の社長の持ち馬がダービーに出走することになりました。この会社担当の先輩から「見に行ってやってほしい」と言われ、初めて同僚数人と競馬場へ足を運びました。

  馬主は当時景気の良かった鉄鋼商社の社長で、この頃から50頭ほどの競走馬をもっていました。競馬通ならよく知っていると思いますが、会社名と自分の名前の一部でもある「ケン」のつく馬はたいていこの人の持馬でした。

  36~7年経った今でもその日出走した馬の名前はよく覚えています。この社長のもち馬はたまたま「ケン」がついていなくて「カドマス」、本命は◎「マーチス」、対抗に○「タケシバオー」▲「アサカオー」。ファンファーレが鳴って各馬一斉にスタートしたが、いきなり飛び出した馬がありました。

  マーチスやアサカオーは典型的な追いこみ馬、いずれどこかでかわされるはずが、とうとう逃げ切ってしまいました、勝ったのはタニノハローモア。 第4コーナーを廻ってゴール間際の16万人の大歓声、人気うすが1着となったため、連複で5千数百円の高配当となりました。

  このとき2着となったタケシバオーがその後やたら強くなり、あまたの重賞を総なめにした時期がありました。銀行の勤務規程に書かれているわけではありませんが、麻雀以外のギャンブルは職場ではあまりおおっぴらには出来ません。その日以来すっかり競馬に魅せられた私は、日曜日には人には黙って府中の競馬場に行くことが多くなりました。

  あの広くてやたら人が多いところで、やはり内緒できていた職場の上司とバッタリ。この人は競馬推理の名人で、後で聞いた話では冒頭のダービーも的中させていたそうです。それからというもの、他の行員も、おおっぴらに競馬場へ足を運ぶようになりました。クリスマスパーティーで、この上司へのプレゼントにつける手紙を、ウマの名前ばかりで綴った事がありました。

 『天下の「は○も○」(はしもとではありません)タケシバオー、シンザン以来の大物で、飲む打つ買うの三冠馬、ウチへ帰れば奥さんダイイチオー・・・・・』後は忘れました。














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おもいつくままに33   05.04.02   
つきあい残業
   これといった仕事も無いのに、上司が帰らない為遅くまで残っているのは苦痛以外の何者でもありません。職場の雰囲気によっては「お先に」というのがなかなか出来なくてなんとなくダラダラというのがあり、それが続くと下のものは精神的にも参ってきます。

  上が帰らない理由のひとつに、「業績の低迷」があります。営業部門や現場では売上や預金が伸びない為、ああでもないこうでもないと考え、会社を出るのが遅くなっていきます。遅くまで残っていると疲れが残り、翌日の営業などの行動に影響が出てきて、それでまた遅くなるという悪循環に陥ります。そのうち「遅くまでやっているのだから」という自分自身への言い訳にさえなっていることがあります。

  銀行では支店を退出するとき、機械警備をセットするのでそのデータが本部へ集まり、各店の最終退出時間が一目瞭然でした。人事部では健康面などを考慮して全店の退店時間ワースト10などを発表することにより、遅い店を牽制し、目に余る支店の責任者は本店から呼ばれ注意されることもありました。かといって毎日早く帰ることは、業績が上がっておれば文句はありませんが、そうでない店は営業本部から皮肉のひとつも頂戴することになります。

  成績の良い店は概して退店時間も早かったように思います。たいした用事も無いときは「上席のものが率先して早く帰る」ことであり、「やるときにはやる」というメリハリをつけることだと思います。

  本部で現場に対するサポートなどでやむを得ないときは別として、だらだら遅くなるのは、「どうせ今日も早くは帰れないから」ということで、短時間に集中して仕事をする習慣がなくなってきているからでしょう。本当にやる気がある人で早く帰るためには、仕事がたまってくると30分や1時間早くから出勤してくるはずです。

  特に若い人には、充実した人生を送るためにアフター5は重要な時間です。家族との団欒や、本人成長の為の趣味や勉強の時間を奪い取る権利は、上司に無いはずです。
 
  サービス残業というのは多かれ少なかれ、どの会社にもあるのでしょうが、35年も前のこと、入社して3店舗目の支店長がこういったのを覚えています。「残業代はすべて払う、しかし特別なことも無いのに残業の多い人は能力が低いと見て、ボーナスや昇給に影響させます」と。

  残業手当が付かない社員やサービス残業で遅くなってる部署の上司も、このような考えに立てばだらだら遅くなるどころか、「用事の無いときは早く帰れ」と言うようになると思うのですが。

  どうしても遅くまで会社にいて仕事をしたい上司は、部下を帰らせてからじっくりやることです。














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おもいつくままに32   05.03.26  
続・ニッポン放送株、取得合戦
  3月23日ついに高裁の判断が出ました。「地裁の決定がひっくりかえるのではないか」との観測で前日高かったライブドア株が引け前急落しました。

  この判決でいよいよ和製資本主義もアメリカのそれに近づいたのかなと思いました。これによりライブドアのニッポン放送支配は決定的となり、1幕目の勝利をほぼ手中に収めたかに見えました。が、今度はフジ側にとってのホワイトナイトとなるのでしょうか、突然SBI(ソフトバンクインベストメント)に貸株を行うというニュースを聞いて、ますますわからなくなってきました。

  最近これに関したニュースが流れない日はないし株価も、フジテレビも含めて3社乱高下で目が離せなかったところへ新たにSBIが加わってますます面白くなってきました。私自身とりわけこの手の話が好きで、日経、テレビのニュースが楽しみな毎日です。
  堀江さんもテレビのインタビューなどでたいていのことには「想定内」と答えていますが、これもニッポン放送側のいわゆる「焦土作戦」なのでしょうか。

  時間外取引を使っての「ニッポン放送株」大量取得から始まったこの騒動で、聞きなれない言葉が数多く飛び交いました。M&A・TOB・新株引受権・LBO、この辺までは分っても、ポイズン ピル・焦土作戦・ホワイトナイト・パックマンディフェンス、などにいたっては言葉だけ聞いても何のことやら。

  またこのことにより、いろんなところで「会社は誰のものか?」などとやっています、今まで「アメリカの株主資本主義とは」どのようなものか理屈ではわかっていても、彼の行動によって初めて身近のものになったように思います。

  そもそも株式を公開するということは私物ではなくなるということなのでしょう。私自身かつて勤務した2番目の会社も上場会社でしたが、会社とはオーナー社長のものでもなければ、われわれ社員のものでもないということをいろんな場面で実感しました。

  仕事を通じて感じたことは「公開している以上、一般の投資家や株主を意識しない会社経営なんてありえない」ということでした。それだけに上場している不便さというものもつくづく感じたことがあります。公開していない会社であればどうにでもできることが、上場しているばかりにできないことも数多くあったように記憶しています。

  コクド、西武鉄道でも話題になったいわゆる「内部情報」の取り扱いですが、会社の弱いところはできるだけ隠したいし、不利となるようなことは公開したくないのが本音でしょうが、これらの取り扱いを誤ると「有価証券報告書記載義務違反」や、「インサイダー取引規制違反」で堤さんのようなことになってしまいます。

  この文章をアップしたあと(28日月曜日以降)の展開は、SBIの北尾さんがキャスティングボートを握ることになるのでしょうが、まだまだ展開が変っていく可能性もあるのではないかと思います。














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おもいつくままに31  05.02.26 
ニッポン放送株、取得合戦
  堀江さんがたたかれている、この事でずいぶん昔の話ですが、デパートの白木屋乗っ取り事件を描いた城山三郎の小説を思い出しました。事件は1953年ですからグローバルな今とは、時代背景も大きく違っており、当時 事実乗っ取った側の東急の経営者は後藤慶太ならぬ「強盗慶太」などといわれたそうです。
  利害関係のあるニッポン放送やフジテレビが彼の行為を非難するのは当然だと思いますし、会社の社長ら古い人たちが現在の枠組みが壊されるのを恐れるというのも理解できます。が、経営者でもなんでもない若い人たちまでなにかと彼を悪者扱いする書き込みなどが散見されるのはなぜなのか良くわかりません。
  また政界のお偉方達が今回の騒動によく「公共の電波」ということを持ち出しますが、「株式会社とは」ナンなのか、と「公共の」ということとは別の次元で議論すべき事だと思います。

  テレビ放送で対決した相手が、「株価が下がるのがわかっているのに」というようなことを発言するのを聞いて、意図あっての「堀江つぶし」としか聞こえませんでした。これこそ公共の電波で株価を下値誘導するような発言をしたのは問題であり、追求すべきであろう。

  堀江さんはプロ球団買収に先に手を上げるなどして一躍時代の寵児に踊り出た感がありますが、何でも突破口を開くというのは勇気がいるし、相当なエネルギーもいると思います。旧時代の経営者たちとの議論を聞いていて彼の「日本語」が通じないじれったさを感じます。まだまだ古い時代の政治家や経営者たちが幅を利かせているいま、彼こそ日本の経済や社会へ問題提起をする人という気がします。

  それにしても大きな勝負に出たものです、800億円という金額はいくらITバブルで儲けてキャッシュリッチなライブドアにしても会社の体力に比し巨額です。どのような仕組みで最後にはどうなるのか私にはよくわかりませんが、リーマン社もよくこのような大金を出したものだと思います。

  ここへきてニッポン放送側は禁じ手とも言うべき新株引受権の第三者割当をし、分母を大きくする方法を発表しましたが、堀江側は裁判所へ差止め請求をしたことにより勝負の行方は司法をも巻き込んでの展開となってきました。もともと目的が短期勝負にあったのか、彼がいうように「ITとメディアの融合」のため支配するつもりであったのかどちらであったにせよ、心情としては堀江さんを応援したい気持ちです。














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おもいつくままに30   05.02.13 
一億総白痴化
  自民党の安倍さんと中川さんが、NHKに圧力をかけたの、かけなかったのとテレビ報道が喧しかった。何かの番組で、「マスコミは政治家の権威を散々引きずり落としておいて、このようなときだけ、政界のおえらい方が、番組について何かを発言すると圧力になるというのはおかしい」といっていたが、まさにその通りだと思います。二人が仮に番組のことで何か局に注文をつけたとしても、それが即言論の自由を脅かすというのおかしい。
  それで無くとも、民放は国益に反する左よりの放送とミーハーに迎合した低脳バラエティ番組ばかりやっているのだから、公共放送のNHKぐらいは偏った放送は止めて欲しいと思うのは当然です。ことあるごとに「言論、報道の自由」を持ち出す事はマスコミとしては当然でしょうが「自由だからといってなんでもいい」ということにはならないと思います。わが国では「言論、報道」は十分すぎるぐらい自由で、むしろその弊害が出てきていると思えてなりません。

  中国で反日運動が激化しているのは「経済発展のため貧富の差が拡大しており、取り残された人たちの不満のはけ口として、国が仕向けている」と言う見方もあります。うがちすぎかもしれませんが、わが国も「何か」から目をそらすため低脳番組ばかり流しているのではないかと思うことさえあります。

  昔、偉大な野次馬といわれたジャーナリストの大宅壮一がテレビの 求められる「刺激の質」ということで 、「そんな傾向が続けば人間の最も卑しい興味をつつく方向に傾いていき『1億総白痴化』にもなる」と警鐘を鳴らした。

  識者よ、政治家よ、非国民番組や低俗番組にはもっと口をだせ。















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おもいつくままに29   05.01.16 
国益について
  「思想」というような大げさなものではありませんが、人生60年を振り返ってみると自分自身の「考え方」もずいぶん変わってきたものだと思います。社会を知らない若い時代はやはり家庭環境や学校教育・読む本などにより自分のイデオロギーが形成されていくのでしょうか。

   私自身子供の頃はかなりの山間部で育ちましたから、都会に比べて封建的なものが多く残っており、長幼の序にはうるさかったし、今では信じられないような男尊女卑の考え方も多く残っていました。また、祝祭日に国旗を掲げるのはあたりまえでしたし、学校などの式典で「君が代」や「仰げば尊し」を歌うのも当然でした。

  いつ頃からでしょうか、国旗や国歌などから感じる、何処の国でもだれでも持って当然の「愛国心」、が「何か悪い」事のような風潮ができ、「日の丸」、や「君が代」に対する偏見が生まれてきたように思います。また「左寄りの考えをもっているのがインテリ」で、愛国心などというといかにも「右翼」的で教養の無い人のようにいう風潮もありました。それらの影響でか私自身も実社会に出たころは左翼的なものにあこがれ、ひそかに学生運動などを理解したつもりになっていた時期がありました。

  その後仕事を通じて自分なりに多少なりとも成長するにつけ、「何事も評論家や野党的なことばかりいっていたのでは、無責任で仕事にならない」ことがわかってきました。そのため責任をもたされる立場になるに連れ、「与党的」立場に身をおく必要を感じるようになってきました。後に会社で営業マンなどには自分の仕事を「他人事」にに捉えるのではなく、与党的立場に立って考えるようによく言ったものです。

  最近になって石原都知事やジャーナリストの桜井よしこなどが、テレビで「外交」「国益」など「国のあり方」についての「強い意見」をいうのを聞いていると、わが国ではこのように当然のことがなぜかどこかへ押しやられ、国益に沿わないことばかりやってきたのを思わずにはいられない。今、拉致問題では無法国家にこれほど馬鹿にされても何一つ強いことがいえない。また経済発展で調子に乗る、かの国にあからさまに領海を侵されてもむしろ知らない顔をしようとする、日本に外交というのが無いに等しい。

  石原慎太郎、を右翼的だと評する人も多いようですが、むしろこの人が真中で、今の世の中、左過ぎるのではないかと思う時があります。若く見えますが彼も72歳となり、あと何年活躍できるのかわかりませんが、民族の誇りをもってこれほどしっかり言うべきことをいう政治家はもう出てこないのではないかと、心配している今日この頃です。














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おもいつくままに28   05.01.23  
公務員に損益感覚を
  NHKで、社会保険庁で、少しまえには警察で外務省で、公的機関で働く人の不祥事や公費の流用・無駄遣いが後をたたない。たとえば裏金づくりなどずっと以前から行われていたのだろうが「悪いこと」だとは考えてはおらず、「ばれたのは運が悪かった」ぐらいにしか思っていないに違いない。それでも槍玉にあがっているのはまだまだ氷山の一角であろう。

  15年ぐらい前になると思いますが、銀行の債券ディーリングに携わったことで記憶にあるのですが、国債の残高はその頃確か150兆円ぐらいだったはずです、それが今、なんと551兆円。こうしている間にも金利で雪ダルマ式に増えていますが、国の借金は全部で968兆円となっています。財政赤字カウンタを参照してみてください恐ろしくなります)

  借金大国から脱する為には、非効率な公共事業の民営化を急がなければなりませんが、まず我々の納める税金の無駄遣いすべてを表に出し、役人の天下りや不当と思える福利厚生などを洗っていく事から徹底していくべきでしょう。公務員の給料そのものは決して高いとはいいませんが、不当な手当の内容など聞くにつけ唖然としてしまう(批判に耐え切れなくなった大阪市では見直しを図るようですが)。民間では直接的な人件費の賃下げだけにとどまらず、福利厚生など間接人件費を抑える為、派遣社員の活用やパートへの移行など大変な努力をしているというのに。

  なかでも社会保険庁の無茶苦茶は、役人に「費用対効果」という発想がないからでしょう。いやそれ以前に、生産も付加価値も何も無いのに、保険庁とそれに群がる浪費するだけのわけのわからない組織などがこれほどまでに増長してきたのを、国はどうして防ぐことが出来なかったのか理解に苦しみます。

  年金の資金はいずれ給付する為の預り金、これを運用してその儲けの中から一部経費として使うのならわかるが、利益どころか損を出しているのに、預り金そのものをどんどん使っていくのだから恐れ入る。あたりまえのことですが「公共機関には利益を出さないとつぶれる」という発想がないため、予算にしても「無理にでも使いきってしまわなければ」という発想になってしまうのでしょう、これでは国民がたまりません。














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おもいつくままに27   04.12.29 
還暦とパソコン
   今年8月に還暦を迎えました。不惑40歳のときも50歳の大台も、あまり意識することなく過ぎました。しかし今度の60歳ばかりは、今までの大台のときとはちょっと違った心境です。自分が還暦を迎えたことを不思議に感じるのです。

  40歳頃まで漠然と想像していた「私の60歳」というのがあります。まず、定年となって会社は辞めているはずが、縁とは不思議なもので、銀行とは何の関係もない会社に今こうして勤めています。また、願望かもしれませんがその年齢になれば、もう少し「泰然自若」としている自分を想像したりもしていましたが、あまりにもかけ離れた自分があります。

  昨年10月に2度目の会社を辞め、今年にかけて5ヶ月のブランクがありました、待望の「毎日が日曜日」です。会社から自由になったら、したいと思うこと、「国内・海外旅行、読書三昧、書道段位への挑戦、株式のディトレード、家庭菜園・蘭栽培・夏には鮎の友釣の再開、新作映画総見、VHCで録りためた映画500本を見ながらDVDへの移行整理、カラオケ三昧、」等々山ほどありました。

  しかし、いざその段になってみるとパチンコでお金と時間を浪費するだけで、夢の自由生活も3ヶ月もしないうちに飽きてしまい、無性に働きたくなりました。

  今の会社は最後の職場と思っていますから、今度こそ勤めているうちに、辞めた後の有意義な過ごし方を準備しておこうと思っています。
  この「空白の5ヶ月」のとき「ホームページ創り」に手を出した事だけは、リタイア後の生活に、大きく貢献するような気がしています。
 
  私にとって40代のころには想像もしなかった、パソコンという新しいものを手に入れ数年になります。この操作が少しばかり出来るだけで、第2の職場も、今の職場でもずいぶん役に立っているし、こんな機械が1台あるだけで最近は休日も有意義に過ごせます。パソコンを始めたのは、50台の半ば前、銀行で営業本部に居た頃、仕事上支店から集まる業績集計や管理資料作成の為のエクセルから始まりました。

  最近ではたいていの会社でペーパーレス、通知文書など社内文書はメールで入ってきます。2度目の会社で財務部門に携わったときも、これなしでは全く仕事にならず、いやというほど使うことになりました。表計算は当然として、関数やグラフなどエクセルの応用範囲、奥深さには感心せずにはいられません。パソコンに慣れる前からワープロ専用機を使っていたこともあって、ワードには(のちに使い勝手の悪さや、難しさを知ることになるが)直ぐ慣れました。
  文章を作るときには削ったり貼ったりできるワードほど便利なものはありません。

  その後「筆まめ」というソフトを使っての年賀状作成で重宝し、次にデジカメ写真やCDづくりをするようになる。またインターネットにつなぐことによって、ネットサーフィン、Eメールとなり、あまり儲かりませんが、インターネット・トレード、遠くへでも安心してかけられるIP電話と続き、集大成がホームページ制作となりました。これに掲載するため考えをまとめて文章にするのは、下手なりに楽しいものですし、ボケ防止にもなると思います。











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おもいつくままに26   04.12.29  
異常気象
   今年は異常気象のためか災害の多い年でした。台風がなんと10回も上陸し、列島に大きな爪あとを残しました。また気象とは関係が無いかも知れませんが、9月には奈良・和歌山を震源地とする地震があったばかりで、不安を感じていたところへ、中越地方を襲った地震は大変な被害となりました。また年末にはとどめを刺すかのように地震による大津波がインドネシアなど東南アジア各地を襲い、未曾有の被害となりました。

  台風の大雨により、水没したバスの屋根に上がって難を逃れ、救助された方々や、地震による土砂崩れで、車ごと生き埋めとなり、92時間ぶりに奇跡的に救出された男の子がまぶたに焼き付いております。

  これらの台風で、1959.9.26の伊勢湾台風を思い出しました。普段は吉野川(支流ですが)沿いの県道から見下ろすと、底のほうを流れているだけの川ですが、流れが5~6メートルも上の道路を越えたのですから、半端な増水ではありませんでした。

   私の田舎にこの支流に注ぐ、せいぜい3~4メートル幅の小川がありました。山裾からほんの5~600メートルほどを流れて支流に注ぐ、小さい川でしたが、ところどころに岩があり、瀬もあり淵もあり、小魚はもちろんたまには大物の「あまご」が釣れることもありました。

  私の家はその小さな川から山の方へ少し上がったところにあり、一番下の家に住む一人暮らしの老婆は間一髪で、一軒上の家に逃れましたが、この家は翌朝には跡形もなくなっていました。またその2~300メートル下流の家は土砂に埋まってしまい、道より上にあった家がその後舗装した道路より下になってしまいました。村の道路は寸断され、しばらくは陸の孤島と化したことを覚えています。

  地震と言えば、小学生の頃近所で幼友達と遊んでいるうちグラグラときて、あわてて2~300メートル先の自宅まで帰ろうとしたが、歩けなくなるほど地面が揺れた事を思い出しました。幸い私の村はたいした被害もなくずっと忘れていました。

  記録を調べてみると「1952年の吉野地震は震源の深さ60kmで、和歌山・愛知・岐阜・石川各県にも小被害があり、死者9、住家全壊20であった。春日大社の石灯篭1600のうち650が倒壊した」とあり、この地震のわが故郷周辺の震度は5だったようですが、記憶にある地震は多分これだったと思います。

  伊勢湾台風で被害を受けたその思い出多い小川は、今ではコンクリートで固められ、深さ4~5センチほどの急流があるだけの、なんともあじけない谷ともいえないただの水路に成り果てています。
 もうすぐそこまで来ている2005年は災害の少ない年でありますように。














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おもいつくままに25   04.12.19  
内部告発
   「公益通報者保護法案」が閣議で決定したようです。この法律は、企業や官公庁の法令違反を内部告発した従業員らを解雇などの不利益な処分から保護するための法律ですが、内部告発の乱発を懸念する声が、自民党や産業界からでているのは当然のことだと思います。

  企業の一員であれば守秘義務があるし、ことと場合によりますが、法律で守られるからといってそう簡単に自分の会社を裏切るわけにはいきませんし、何でもかでもこれをやられたのでは会社もたまったものではありません。税金や国民の金で運営する公共機関の場合は少しニュアンスは違うと思いますが。

  この法律の不備などを訴えるマスコミの報道に接した事がありますが、全体的に内部告発者保護の色合いが薄くなったという意味合いの放送でした。特に、「通報先を限定するのではなく、通報者に選択権を認めるべき」であるということ。通報先としてまず勤務先の会社を上げていることに対する批判でありましたが、外部へ訴えたりする前にまず、上司や会社に申し出るのは当然のことだと思います。

  最近相次いでいる企業の不祥事は、内部からの告発、通報によって発覚するケースが多い。だからといって内部告発する事がなんでも正義、という最近の報道には「ちょっと待て」といいたい。私から言わせば匿名での「内部告発」や「たれ込み」というのは「仲間をチクる」という事で、どうにも陰湿で、普通の神経の持ち主ならそう簡単に出来るものではないし、またすべき事ではないように思えます。

  先に第三者からの通報があった「鳥インフルエンザ」のように人の命にかかわるような問題は別として、どうしても許せないようなことであれば、まず会社や上司に訴えるべきであり、通報するなら「実名」でやるべきだと思います。この場合相当な覚悟はいると思いますが。














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おもいつくままに24   04.11.20  
ビジネスマンの市場価値  融資先開拓のT君とS君
   サラリーマンの商品価値は転職のときはじめてわかるものです。私も「そんなはずはない」と思ったことがありましたが、世間での評価、それが市場価値なのだから仕方がありません。

   今までの銀行員の場合、転職といってもたいてい受皿である関係会社へ行くだけでしたから、多少所得はダウンしても名刺の肩書きなどで自尊心は維持できました。他社に行くにしても、出向なら基本的には身分は変わりませんし、転籍にしても取引先へ行く場合、最初はそれなりのポストは用意してくれました。このためほとんどの人は、自分の市場価値など知る必要もなく、サラリーマン生活を終えることができたのです。

  最近では銀行も行員の受皿なんて悠長なことは言っておれなくなり、関連会社の整理が急ピッチで進みました。一方取引先も人を受け入れる余裕がなくなってきており、自分で探すほかない場合が多いようです。当然のことですが、年齢が高くなるほどそう簡単に転職先を見つけることが出来ません。

  外部へ出てわかったことですが、一般の企業では、なぜか「銀行出身者は経理ができる」と思っている人が多いようです。決算書を見ることには慣れており、簿記や会計のことは多少わかるものの税務にはからきし弱く、決算書を作り「申告」までできる人はあまりいません。営業にしても転職先の商品知識がないため、なかなか即戦力となることは難しい。それなのにプライドだけは高く、銀行員は「つぶしが利かない」と言われる所以です。

  最近早期退職勧奨制度に該当しない、若い行員の銀行離れが目立っています。一時外資系の保険会社などへ大量に流れた時期がありましたが、今年になって、一緒に仕事をした中堅行員2人から転職の報告を受ける事になりました。今までにも何人か相談を受けたことがありますが、たいていの場合決心した上でのことで、相談というより事後報告でしたが、彼らも例外ではありませんでした。両君とはそれぞれ別の店で共に仕事をしましたが、当時は2人ともまだ駆け出しの渉外マンでした。

  S君からは今年の4月ごろだったか「他行に転職が決まった」との連絡を受けました。彼は他のことはともかく融資先の開拓には異常なほどの情熱を示し、実績もなかなかのものがあり、それを買われてか開拓の専門部署に異動していました。
 
  一方のT君は仲人をした関係もあって休日奥さんと子供を伴い、我が家へ転職の報告にきてくれました。渉外経験の浅いときから、新規企業先へ飛び込むのは平気だった彼の方も「自分で開拓した会社から請われていくことになった」とのこと。ふたりとも「融資先開拓ができたこと」が転職の決定的要因となったようです。

  私自身も企業先の開拓が何より好きで、力を入れてきたつもりです。昭和40年代は高度成長期でもあり、会社は資金需要旺盛で面白いように開拓できたときもありました。こうした経験から、支店を任されるようになってからも、渉外行員には常に新規先開拓の重要性を訴え、初回訪問から同行した事も懐かしく思い出されます。

  2人の報告を聞いて、互いに価値観を同じくして取り組んだ「融資先開拓の仕事」が、彼らの転職に役立つなどとは思ってもなく、感無量です。あとは第二の職場で力を発揮し、さらに商品価値が高まるように努力してもらいたいと思っています。















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おもいつくままに23   04.11.07  
マスコミについて思う
    「それほど身の危険を感じず、言いたいことがいえるようになったのはごく最近のこと」、中国へ行ったとき現地のガイドから聞いて、まだわずか7年しか経っていません。
  「自由にものが言え、自由な報道ができる」ことが、それらの「自由がない国」に比べ、いかに恵まれているかを思うときがあります。
   とはいえ、「視聴者にそれだけニーズがあるから」といえばそうなのかも知れませんが、拉致家族の問題にしても、イラクの人質の事にしても何故こうもマスコミは過剰報道に走るのでしょうか。また、悲嘆に暮れる人に追い討ちをかける取材をしたり、そっとしておいてやりたい人を、無理やり引きずり出したりする場面を見ることの、なんと多いことか。

   「人命は地球より重い」のはそのとおりだと思いますが、そのことばかりを騒ぎ立てるマスコミの反応を意識し過ぎるあまり、おかしい選択をしてしまったり、事が起こったとき、それらが邪魔になって大所高所から判断する事が出来なかったり、ということはないだろうか。

  イラクにおける最初の人質問題が起こったとき、小泉さんは自己責任についてしっかり発言していました。その後マスコミはこの小泉発言を批判し、人質を擁護する報道に変わっていきました。二度目の人質事件はまことに残念な最悪の結果となってしまいましたが、小泉さんは自衛隊の撤退については明確に否定をしたものの、無謀な行動に対するコメントはありませんでした。

   一方、拉致問題における2度目の首相訪朝報道に関してですが、ジェンキンスさんをすぐに連れてかえることが出来なかったのは、元米兵ということでやむを得ないことであり(意外な展開となって帰って(?)きましたが)、他の被害者にはそれなりの成果はあったのですから、一定の評価をしてもいいと思いましたが、ジェスキンスさんのこの一点でマスコミはそろって批判しました。

   かれらはいつもヒステリックで、ミーハーな人たちの一時的な反応に迎合し、常に薄っぺらなヒューマニズムに加担した報道をしようとする。政府もマスコミに振り回されない毅然とした態度をとる必要があるのではないでしょうか。















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おもいつくままに22   04.10.24  
プロ野球ファン気質
   プロ野球史上初めてのストなどがあって、場外でも何かと話題の多かったシーズンではありました。今年はシリーズ優勝を果したライオンズの母体であるあの大西武が「有価証券報告書虚偽記載」で、プレーオフで惜しくも敗れ去ったダイエー本体が「再生機構による再生問題」で、大揺れとなっております。

  騒動の発端となった近鉄・オリックス球団合併問題ははじめから何かおかしい、なぜ一方的に合併の話に行ってしまったのか、その前に他の選択肢はなかったのか、どう考えても選手会や買い手として手を上げた「ライブドア」の言い分に理があったように思います。その後事態は、新規参入へと移っていき、同じネット関連の「楽天」も加わり、さらにソフトバンクがダイエー買収に手を上げることにまで発展してきました。

  Gファンの私は、会社勤めがほとんど大阪だったので、商談などでプロ野球の話題はあまりしないようにしていました。関西出身なのになぜG党となったのか、と聞かれる事がありますが、「長島大好き」がGファンになっただけの事で、私達の世代は巨人ファンであろうとなかろうと、背番号3にだけは特別な思いがあります。

  ここにきて少しばかり景気に晴間も見えてきましたが、長い低迷のとき、関西拠点の家電量販に籍をおいたことがありました。特に大阪の落ち込みが激しく、営業店での必死の頑張りによってどうにか数はこなしても、金額がいかないというジレンマに悩まされました。

  こういったデフレ下での売上低迷などのため、もどかしい思いが募り、関西の経済効果期待で「阪神に優勝してもらいたい」という気持ちになったこともありました。そう思いながらG-T戦を見ていても、いつのまにかジャイアンツを応援している自分があります。

  わが息子は大のタイガースファン、小さいときから一度は甲子園に連れて行ってやりたいと思っていました。どうせ行くなら「G-T戦」と考えていたが、彼が小学校高学年のころでしたか、たまたま切符が手に入り、二人して阪神vs巨人戦を観にいったことがあります。彼は縦じまのユニフォームにメガホン、完璧なトラキチスタイルで、座ったところが当然阪神側スタンド。

  周りが猛虎会などで独特の雰囲気があったため、注意をして観戦していたつもりでしたが、Gのチャンスでタイムリーが出たとき、思わず手をたたいてしまいました。このときの周りの視線や異様な感じは今も忘れられません。その日の勝敗は覚えていませんが、無事で帰れた事を考えると阪神が勝ったのだろうと思います。
















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おもいつくままに21   04.09.05  
コンプライアンス
    企業が法令遵守のために、コンプライアンス部や室まで設置するところが増えているようです。さもあらん、築城 3年落城 1日などといいますが、営々と積み上げてきた信用も問題を起こせば、あっという間に土台がぐらつく。企業イメージの良かったあの乳業会社が、在庫の偽装という不正を行ったため、世論から袋叩きにあい、あっという間に信用失墜するのを目の当たりにしました。

  いままた大変なことになっている「三菱自動車」、昭和40年代だったか「ギャラン」の人気がでたとき、ほしいと思った事がありました。先日駅から勤め先の現場までの道路を歩いていて三菱マークの車が停めてあったが、思わず小走りで通り過ぎました。

  夜テレビで「信用回復の為大変な努力」を強いられている野の自動車会社ののディーラーや、整備会社のことが取り上げられていました。売れないものを売らなければならない販売店の人には本当に大変そうで気の毒としか云い様がありません。

  私自身ビジネスの世界に入って、感じたことですが、スリーダイアの強さと信頼性は、一朝一夕に築かれたものではなく、またそれを裏付けるだけのものがあることも随所で実感したし、グループの結束力の強さにも感心した覚えがあります。

  金融機関の場合、メーカーのように技術の差はなく、商品に大きな違いもなく、バックの信用と売る人の人間性みたいなものだけで商売が出来ていました。いくらバックが三菱マークであっても、カーディーラーなどは製品そのものを売るわけですから、扱い品が「怖い商品」ということになれば致命的に大変だと思います。

  今年 甥がカーディーラーに就職し、「売ったるでー」とはりきっている。就職活動中はまだ大きな問題になっていなかったので、まかり間違えば三菱の車を売る会社に就職していたかもしれない。実際に入ったところが「一番売れる車の会社」トヨタの販売店であったので良かったと思わずにはいられなかった。















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おもいつくままに20   04.09.05  
リー・シャンラン(李香蘭)
   いつ頃から掲載されるようなったのか、今も欠かさず読んでいるのが日本経済新聞文化面にある「私の履歴書」です。毎月1日から月末までの1ヶ月間、経済人や政治家、文化人、芸術家等々が、それまでの歩みを自ら振り返る。
  各界で功成り遂げた方々の人生が、紙面に凝縮されるのですから興味はつきません。

  それでもそれほど面白くないのは、お決まりの「東大→お役所→政治家」とか、「有名大→大企業」などエリートコースを歩んだ官僚や経営者の経歴書。逆に惹かれるのは同じ経営者でも一代で築いた創業者や、裸一貫から何かをやり遂げた人の生涯や、万丈の人生を生きた人々の物語である。

  山口淑子の履歴書が8月に掲載された。その波乱に満ちた人生はそのまま一編のドラマと言ってもいい。しかし彼女は歴史に翻弄されながらも、美しい女性でありながら自己を失わず、荒波を乗り超えてきたのはよほど芯の強い女性だったのであろう。

  私は清朝の崩壊から満州国建国のころの中国、「ラストエンペラー」の時代に興味があります。日本が軍部の暴走により、「五族協和 王道楽土」などスローガンを掲げて建国した満州国の時代は、作家司馬遼太郎に言わせば「日本の歴史を歪めた書きたくない時代」だそうです。そういえば名作「坂の上の雲」は、松山出身の歌人正岡子規と軍人の秋山好古・真之兄弟の三人を軸に、維新から日露戦争の勝利にいたるよき時代、明治日本を描いた大河小説であり、私の愛読書のひとつではあるが、氏の作品で日本の間違った歴史「昭和の戦争」を描いたモノはない。

  李香蘭は、私の生まれる前に製作された、「支那の夜」「蘇州の夜」などの映画に出演し、「夜来春」や「蘇州夜曲」などを歌った、大陸育ちの中国名の美人女優・歌手である。日本の傀儡政権として建国された満州国の皇帝となった、「愛新覚羅溥儀」、や弟「溥傑」、清の王族の娘でありながら日本人の養女となり、これまた数奇な運命をたどった男装の麗人「川島芳子」、奉天事件で爆殺された「張作霖」、満州建国の功労者で満映理事長として知られる「甘粕正彦」らの事は、私自身歴史から知った。李香蘭はそれら歴史上の人たちとすれ違ったり、実際に話を交わしたり、共に食事をしたりした人なのである。

 余談ですが、支那の夜といえば、「見るだけ300円♪、おさわり500円♪♪」などと、下品な替え歌が流行ったのはいつ頃だったろうか。「そんな下品な歌知らない」って?こりゃまた失礼しました。















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おもいつくままに19   04.08.22  
初盆と施餓鬼供養
  父の49日が済まないうちに、お盆に入った。私の田舎では新棚(あらたな)といって、8月14日にお寺の本堂に昨年のお盆以来亡くなった人々の遺影など飾り、その地区の人々が集って来、住職の読経と、地域の婦人方がご詠歌をあげるという行事があります。

  長男でありながら、高校のときから親元を離れ、結婚してからは勤務先大阪へ通勤可能なところに家を持ったため、田舎の冠婚葬祭などにはあまり参加する事ができなかった。家内にしても手が離せない子供がいるため、顔を出すことがほとんどなかった。その間近くに嫁いだ妹夫婦がある程度カバーしてくれていたとは言え、「不義理」をしていたという気持ちがある。

  戦前の一時期朝鮮などへ出ていたこともあったが、父の生まれたところであり、引き揚げ後もずっと住んでいた家のあるところで、「初盆」をしてあげたい気持ちはあった。檀家の世話役から、「初盆はこちらでしたらどうか」と声をかけてもらい、お言葉に甘えることにした。

  山村なればこそ、そこの住民はみな運命共同体であり、特に葬祭については徹底した相互扶助の習慣がある。私のように高度成長期に、会社を運命共同体と思い仕事に打ち込んできたものにとっては、休日でない日に会社を休んでまで親戚はともかく、村の葬祭に参加することは至難の技であった。

  休日には可能な限り行くようにしていたが、葬儀などに参列するだけならともかく、疲れている時、遠いところへ手伝いの作業をしに行くのは正直言ってきつかった。たまの休日は明日からの活力を養うものであって、重労働などすると仕事に差し支えることを考えてしまう。

   それでも私より10歳以上も若い人達の中には、大阪などに出ていても田舎の行事にはほとんど参加をしている人も居る。彼らの世代では会社に対する帰属心が少し違うのか、いや会社の事など犠牲にしてでも、義理を果たすことを優先しているのでしょうか。

  檀家である曹洞宗のそのお寺では初盆の翌日は「施餓鬼法要」を行う。餓鬼道に落ちて、いつも飢えと渇きに苦しんでいる亡者を供養し、その滅罪追福を祈るものだそうです。恥ずかしながら今年はじめてお参りすることになった。先祖や、亡くなった身内の戒名などを紙に書いて施餓鬼供養をするのである。
 
  信仰心の乏しい私にとっても春秋の彼岸の日や、お盆の墓参りぐらいはしてきたが、先祖のことについて考えたり、お経を読んだりする事は今まであまりなかった。曹洞宗の田舎のお寺では、よく「修証義」を唱える。修証義は、道元禅師の著わされた『正法眼蔵』から、その文言を抜き出して編集されたもので、わかりやすくしたものとはいえ、日本一難解な哲学書といわれる「正法眼蔵」の内容までは理解はできません。それでも何度となく唱えるうち、わからないなりに何かが心に留まるような気がしてきています。

  石原慎太郎家も曹洞宗だそうですが、氏が5~6年前に書いた「法華経を生きる」を今また読み返しているが、釈迦の偉大さと仏教の奥深さに感動を覚えているこのごろです。
















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おもいつくままに18  04.08.07  
命令される働きには限界がある
    いまほど企業の社会的存在意義が問われているときは、かつてなかったと思いますが、会社本来の目的はいうまでもなく利益の追求です。利益のもとは業績にあり、第一線の現場にあると思います。
  営業部門や現場の人たち誰もが、営業成績をあげるため、利益を確保するため日夜努力しています。収益の極大化を図る為には当然のことではありますが「費用対効果」を考える必要があります。内部的なこと、直接利益に結びつかない無駄なことなどは、極力効率化ないし排除していくべきであると思います。

  営利企業は「形式」や「内部の手続き」などどうでもいいとは言いませんが、それより大切なことは、現場でのお客様を中心とした取引先との関わりです。買ってもらったり、仕事を頂くお客様も、仕入れたり、仕事をお願いする業者も大切なお客様です。少なくとも第一線などからこれら肝心のお客様のほうを見ず、本部や上を向いて仕事をするようになったらお終いです。

  そのような大企業病にならないためにも、本部の役割はこれら第一線の仕事がしやすいように、サポートする事にあるのを忘れてはなりません。
  直接利益を稼ぐことができない本部など間接部門は、現場に食べさせてもらっている扶養家族であるとさえ言っても過言では無いと思います。

  私も最前線の営業店が長かったが、現場においてまず気をつけたことは「事故がおきない体制」にしておくことが基本でしたが、「営業マンによる顧客メンテナンス(迅速なクレームの処理などを通じた顧客とのつながり)がしっかり出来ていること」、「営業がきっちり出来ており、新規顧客の創造が出来ていること」「これらにより収益が確保されていること」を重要視し、特に新規顧客の開拓に力を入れてきたつもりです。

  本部から形式的な事務手続きなどで、いまどうでもいいと思うような事をあれこれ言ってきたり、本店検査で判子の押し方がまずいだの、線の引き方がおかしいなど本質とは関係無いことを指摘されたとき、「本部は何もしてくれなくてもいいから、店の邪魔だけはしないでほしい」と云った事があります。事務検査などではあまり良い評価はもらったことがありませんが、営業成績は悪くなかった為、なんとか店の責任者を続けさせてもらえました。
 
  それほど営業店中心主義だったあの銀行も、合併してから企画部門など本部が強くなり、社内文書も上意下達というかお役所的になってしまったと聞いています。

  不思議なもので、『「当事者意識」を持ってやるか、自分を命令される「第3者」にしてしまうか』で業績などの結果が大きく違ってきます。目標を設定する場合でも、「前期の何%増」というように、既往実績を参考にすることが一般的であろうと思います。このように、考え方が今までの延長線上であれば、かなりがんばっても相応の結果しか出ない事が多く、また上から与えられたノルマであっても同じだと思います。

  しかし思い切って前年の2倍とか5倍とかのとてつもない目標を、(上からの命令でなく)自ら掲げてみると、これが案外達成できたりするものです。何故なら従来の延長線上の考え方ではまず不可能なことが、発想や、やり方そのものを変えてしまうことによって可能になるからです。「やらされている」というふうに受身に捉えているかぎり、この発想はでて来ないし、トップダウンばかりではモラールの向上は期待できません。

  社員教育で大事なことは形式や手続きでなく「現場で創意工夫させ、参画意識をもたせること」だと思います。社員のモチベーションを高める為にはボトムアップの考え方が必要だと思います。
  私が今まで大切にしてきた言葉「命令される働きには限界があるが、自ら使命感を持った働きには、無限の可能性がある」。














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おもいつくままに17   04.08.07  
郵政民営化
   小泉さんが「郵政民営化」を言い出したのは、まだ首相になってないころでした。当時私は銀行にいたため、「官業の民業圧迫」という意味で大いに賛成でした。
  完全民営化後の経営形態としては、窓口ネットワーク事業という持ち株会社の傘下で、郵便、郵貯、簡保の3事業を別会社として分離する案、などが浮上しており、9月中旬には民営化の基本方針を取りまとめるようです。

  いま郵便局では貯金より決済口座の獲得で躍起になっています。先日もカミさんが必要あって口座を作りに行ったが、公共料金の自動振替を強力に勧められたそうです。銀行の最大の武器は決済機能にあるため、決済口座獲得で、必死になって自動入金や五大公共料金自動引落の勧誘をしたあのころが懐かしい。

  郵便局でも昔から結構ノルマが厳しく、貯金や簡保の獲得競争が激しかったようですが、勧誘費などのコストを無視したものであったようです。やればやるほど赤字が出るのに、それでもがんばるというのは、われわれのように営利目的の民間企業で育ったものにはどう考えても理解ができない。

  金利差だけでなく国の信用を背景に、採算を考えず勧誘する郵貯と競争したのでは、銀行は勝てるわけはない。かくしてメガバンクどころか、超大な金融機関が出来上がってしまった。このためせっかくの世界に冠たる個人金融資産の資金が、産業界や資本市場へうまく流れず、特殊法人など変なところに滞留して、宝の持ち腐れとなっていった。

  官と民の仕事の仕方についての一番の相違点は「効率」であろう。官は「前例」や「手続き」などを重視し、コストを考えないのに対し、民は「儲かって何ぼ」の世界、まず費用対効果を考える。「採算に乗りにくい過疎地の郵便をどうするか」や、「特定郵便局」の事、そして何より「28万人の雇用」の問題はあるものの、国鉄の二の舞にならぬよう効率的な経営を目指すには、民営が手っ取り早いのは火を見るより明らか。

  諮問会議などで民営化のビジネスモデルをあれこれ考えているようです。素人考えで的を外れているかもしれませんが、いっそうの事 民間企業に入札させて「28万人の雇用とセット」で売却したらどうなのだろうか、市場原理の導入ちゅうやつで。そんなデカいもん買うとこないやろか。















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おもいつくままに16   04.07.25  
父逝く 
   父が逝った。1910年 9人兄弟の6番目、四男として吉野の山村でうまれ、明治、大正、 昭和、平成の4つの年号を生きぬいた。あと1ヶ月ちょっとで私の還暦でもあった。父が35歳のとき生まれた遅い長男であるから、私がこの年になるまで生きていてくれると思わなかった。父は結婚して直ぐ母とともに朝鮮に渡り、ピョンヤン(平城)に近い炭鉱の町の、「朝鮮無煙炭」という日本の石炭会社に勤めていたと聞く。

  私が生まれ、しばらくして父は現地召集となり、敗戦と同時に一人帰国した。朝鮮に残した母と私の消息は遥として知れず、引き揚げの日を今日か、明日かと待つ「岸壁の父」であったことは、父や叔母から聞いたことがあります。朝鮮で2歳までいた私であるが、かの地での生活の記憶は当然ながらまったくない。家の中はオンドルで冬でも結構暖かであったこと、父は現地の人にも好かれていて、家には会社の同僚や、父を慕う部下の朝鮮人がいつも出入りし、にぎやかだったこと。そして、現地で作り方を覚えた母の「キムチ」が好評であったことなどは、25年も前になくなった母によく聞いたものです。

  父は明治生まれにしては大きい人で、帰村した後も付近一番の働き者であった。「気が優しくて力持ち」を地でいく人で、子供心にも誇らしく思っていた記憶がある。また人の悪口と愚痴を言うのを一度も聞いたことがない「男らしい人」でもあった。「斗酒なお辞さず」の酒豪であり、酒癖もそんなに悪いほうではなかったが、夜遅くまで酒を飲んでいた父が、食卓をひっくり返し、母親めがけて茶碗が飛ぶ風景もかすかに覚えている。おとなしい母に何故?という思いはずっとあったが、このときの父の気持ちは父でないとわかりません。 
  
  引き揚げてから上の妹が生まれた。父は、母の実家の長男夫婦に子供がないため、家系が絶えるのを心配し、「次も女の子だったら養女に」と母の兄とその両親に約束していた。まだ物心ついてない下の妹が大阪へ連れて行かれてから、母は泣いてばかりの毎日で、このころから持病のリューマチなど悪化し、病弱となっていった。結局その妹も養家の跡を継がず嫁にいき、幸せな家庭を築いている。遠(とう)のむかしに父を許してくれていると思うし、父の死の瞬間にも立ち会ってくれた。このことにおいても父には思い残すことがなかったはず。

  母亡き後、買い換えた2軒目の家には父の部屋も作っておいた。年老いて一人暮らしが無理に思えてきたころ、嫌がる父を説得して何度か家に連れ帰ったが、納得して来たはずが夕食が済み、しばらくテレビを見ているうちに「帰る」といって聞かない。仕方なく送って帰るということを繰り返した。63歳のとき大怪我をして一命を取り留めて以来、あんなに頑健な父が、殆ど病院通いとなってしまい、肺線維症と診断され「あまり長くは生きられない」といわれたこともあった。幸い隣郡に嫁いだ妹がその夫とともに、父が一人暮らしのときも、入退院を繰り返す病院でもよく面倒を見てくれた事は感謝に耐えない。

  昨年12月脳梗塞で倒れ、医者から長くて6ヶ月といわれ、その後何度か「覚悟してください」といわれたが、都度持ちなおし7ヶ月目で力尽きた。管だけで命をつないで半年以上の父に「飯も食べられへんのに、もうそんなにがんばらんでもええんやで」と心の中でつぶやいた事もあった。十分生きた満足感でか、死に顔は安らかでした。
 
  通夜・告別式には隣組のご夫婦はじめ友人・知人、親戚の方々には大変お世話になりました。また父の愛してやまないふるさとの山村から、バスで大勢お参りいただいたこと、私が退職して5年も経つのに、銀行から社長はじめ、役員、支店長・行員から40通近い弔電を賜った事などは望外の事でありました。
 
 享年95歳、戒名は「賢亮寿徳居士」。















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おもいつくままに15   04.07.25  
もう一度、倍賞千恵子さん姉妹の自宅   
  ’1966ごろのことですが、預金をお願いするため何度か倍賞さんの家へ伺ったことは、まえにも書きました。(№11. 04.06.06 忘れ得ぬ6月8日)
当時倍賞さんの自宅は都区内でしたが、閑静な住宅地というより、当時まだ所々に畑の残っているようなところの、真新しく品(ひん)の良い一戸建だったように記憶しています。都電の運転士をされていたお父さんが、退職された直後ぐらいだったと思います。

  応接へ通されて待っている間、同僚とふたり、「今日はたまたま千恵子さんが家に居て、お茶持ってきてくれるんとちゃうやろか」、とか「ひょっとしたら妹の美津子さんかも知れへんで」、と言いながら期待して待った。が、いつもお茶を入れてくれるのは姉妹のお母さんでした。

  何度目かに訪問した時、お母さんから「美津子が’国際’にでているので見にいってやってください」、といって、チケットをくださった。大喜びで花の独身組3~4人、花束を持って浅草の国際劇場へかけつけた。受付で事情を話すと、早速練習中だったのか、ムームーのようなものを着た、当時まだ十代であったはずの、ホンモノの(当たり前やけど)美津子さんが(ナ・ナ・なんと)ノーメークで私たちの目の前に現れたではありませんか。

  舞台の正面の真ン前に席を取ってくれてあり、彼女自らが案内してくれました。かぶりつきで見る、若くてピチピチした美津子さんのダイナミックな踊りと、彼女らSKDの華麗なレビュー、「夢のようなひととき」とはこういうときにいう言葉でんな。











o014


おもいつくままに
14   04.07.25  
茶髪の若者
   22年間マレーシア首相の座にあったマハティールさんが、1ヶ月ほど前だったか「日本の茶髪の若者」について嘆いていたことが、新聞に載っていました。この様な発言が外国の指導者からあり、日本の政治家や有識者が(危機感を持っているのか、いないのか)、あまり言わない、注意もしない、というのも何かおかしいと思います。

  マハティールさんは大の親日家で、アメリカを非難しながら、わが国の経済政策などを参考にしてきた(ルックイースト)ことは周知のことですが、自分が手本にしてきた日本の若者を見て、わが国の将来について危機を感じておられるのであろう。

  何も茶髪だけで若者の未来を嘆くことは無いのかもしれませんが、フリーターなどしながら、目標が見つけられないでいる若者の何と多いことか、この国の未来を考えるとき、このことを何とかしなくてはいけないのではないでしょうか。

  我が長男も学生時代、一度だけ、茶髪とはいえないまでも少し染めてきたことがありました。カミさんがわざと「カッコイイ」などと冷やかし、私は「好きなようにしたらええけど、1回鏡見てみろ」といったら、「似合わない」といって、翌日元に戻してきた事がありました。














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おもいつくままに13   04.07.04  
死にたいほど辛かった転籍先でのイジメ
   弁護士の大平光代さんが大阪市の助役になって少し日が過ぎました。彼女の本を読んで、「子供のころイジメにあったことがこれほどまでに心の傷になってしまうのか」と思い知らされました。

  その昔山間部の小学校で、それほど陰湿なものでなかったにせよ、みんなで転校生をいじめたことがありました。イジメにあった彼・彼女は子供心にどんな気持ちだったのか、思い出すと心が痛む。あのときの報いか、私も長い会社員生活の終盤となって辛い思いをしました。

  当初出向でいく予定が、「腰掛でなく骨をうずめるつもりで来てほしい」との、先方企業の役員会での強い要請により、退路を断って転籍して行くことになりました。就社早々近づきのしるしに昼飯でもおごろうと、私の直ぐ下の彼(次長)を誘った。返ってきた言葉が「勝手に行ってください」だった。
  立場上、彼のそのときやっていた仕事の内容と進行状況など聞くと、「教える気はありません、私の仕事を知りたいなら勝手に盗んでください」と取り付く島もありませんでした。

  朝、挨拶してもろくに返事がない、部の責任者である私への来客があっても紹介しないばかりか会わせないようにする。重要書類の入っている金庫のキーや番号なども教えてくれない。
  入ったばかりで社内の事情がわからないので、資料など依頼しても小出しにしかくれない。とどのつまりは指示した私を無視し、飛び越えて私の上司である役員に報告する(実はこれが一番辛かった)。

  彼にとって私は正(まさ)に招かざる客。後で知ったことであるが、この会社では部長が次長を評価できない(部長。・次長は役員が評価)仕組みになっており、名前だけあっても人事権がないこの辛さは今まで経験したことがありませんでした。

  私が入社する前 1年以上部長空席で次長の彼がアタマで部は回っていた。そこへ「突然上にきたのだからそのような態度に出るのも無理はない」などとも思い、この部の従来からの仕事は彼に任すつもりで、私なりに別の仕事を見つけようと試行錯誤したりもした。

  会社にネットワークがなく、社内事情のわからない者には資料一つ探すのも難しい。   
管理本部のある階の少し死角になっているところに部署の島があったため、出勤しても昼の食事時間以外、1日中誰とも一言も口をきかない日も多かった。

  人間無視されるのは辛いもので、むしろ叱責を受けたり、攻撃されたりするほうがマシ。なぜなら人はある意味で相手を認めているから、攻撃したり追求したりするのである。そして何よりしんどかったのは、この様な事では「部を任された者」としての責任が果たせない、と思うことでした。 

  そのうち3日で3~4時間しか眠れないという極端な不眠に陥り、思考力が低下し、喋らないことによる?失語症(そんなことってあるのか、うまく喋れないようになった)のような状態に陥り、かなり悩んだときがありました。

  通勤の朝、睡眠不足で朦朧として電車のホームにいるとき、「ちょっと足を踏み出したら楽になれるか」などと思ったこともあった。
  ときあたかも、同年令で他社へ出向していた知人の死の報に接した。通夜の席で、「出向先で何かあっての自殺であったらしい」事を聞き、大変なショックを受けると同時にハッとして我に返ったことを思い出す。
  通常の精神状態のときには冷静に考えられる事が、責任感の強いまじめ人間ほど逃げ道を失ってしまう。彼の死はまかり間違えば私の死でもありました。

  それでも、この会社で経験したことは悪いことばかりだったわけではない。組織変更で別の部署となってからは、長期経営計画やゴーイングコンサーンのことを始め、連結決算・連結キャッシュフロー、繰延税金資産が難しい税効果会計や引当などの会計事務を経験できた。

  またこれまであまり縁のなかった税務など、かなり重要かつ有用なことを勉強でき、少しは私のスキルアップとなった。銀行では機会がなかったすばらしい公認会計士・税理士や弁護士にもめぐり会えたし、一生付合えるような友達(先輩)や、後輩(この会社では私が後輩であるが)とも出会えました。
 
  その点入社早々から気持ちよく働ける今の職場は、ほんとうにありがたく周りの人に感謝したい。

  それにしても大平光代さん、極妻(極道の妻)にまでなった人が中学卒の学力で、しかも一発で司法試験に合格するとは、人間やる気になったらやれるもんやな。 せやけど、われわれ凡人とは頭の構造が違うのやろけど。
   株主総会のピークもいつのまにか過ぎてしまいました。定例の総会においては、議長である社長が決算報告をしなければなりません。総会が終わると有価証券報告書を財務局に提出することになりますが、その「有報」に記載する「連結キャッシュフロー計算書」を作成したことがあります。

  わが国においてキャッシュフロー経営が、やかましく言われるようになってそれほど久しくはありません。以前は、現金が残ってなくても、損益計算書上に最終的な利益が出てさえいれば銀行は貸してくれた。金融機関の方から見れば、赤字会社には融資しにくいが、「儲かっているが売掛債権など資産勘定に滞留して資金が無い」相手こそ貸すのに都合がいい先でした。
 
  わが国でキャッシュフローを重視するようになってきた一つの要因は、バブル以降銀行は自己資本比率を高めるため、なりふりかまわず「貸し渋り、貸しはがし」に走った時期がありました。そのため企業はやむを得ず自己資金で運営しなければならなくなり、必死になって借金を返したり、市場調達にむかうようになりました。

  「銀行が貸さなくなって、企業はキャッシュフロー経営をやるようになり、そのため銀行が貸したいときには、貸す相手が無くなってしまった」というのも皮肉なものだと思いながら、キャッシュフロー計算書を作ったものです.。













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おもいつくままに12   04.07.04  
キャッシュフロー経営
   株主総会のピークもいつのまにか過ぎてしまいました。定例の総会においては、議長である社長が決算報告をしなければなりません。総会が終わると有価証券報告書を財務局に提出することになりますが、その「有報」に記載する「連結キャッシュフロー計算書」を作成したことがあります。

  わが国においてキャッシュフロー経営が、やかましく言われるようになってそれほど久しくはありません。以前は、現金が残ってなくても、損益計算書上に最終的な利益が出てさえいれば銀行は貸してくれた。金融機関の方から見れば、赤字会社には融資しにくいが、「儲かっているが売掛債権など資産勘定に滞留して資金が無い」相手こそ貸すのに都合がいい先でした。
 
  わが国でキャッシュフローを重視するようになってきた一つの要因は、バブル以降銀行は自己資本比率を高めるため、なりふりかまわず「貸し渋り、貸しはがし」に走った時期がありました。そのため企業はやむを得ず自己資金で運営しなければならなくなり、必死になって借金を返したり、市場調達にむかうようになりました。

  「銀行が貸さなくなって、企業はキャッシュフロー経営をやるようになり、そのため銀行が貸したいときには、貸す相手が無くなってしまった」というのも皮肉なものだと思いながら、キャッシュフロー計算書を作ったものです.。













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おもいつくままに11   04.06.06  
忘れ得ぬ6月8日
  忘れもしない1966年6月8日に私の勤める銀行の東京支店が開店しました。開設準備委員の辞令をもらってからその日まで、ローラー訪問や企業開拓などに奔走し、やっと開店の日を迎えたあの日のシャッターが開く瞬間の気持ちは38年を経た今でも鮮明に覚えてます。開店後の私の担当はテラー(窓口係)と決まっていました(女子行員は新入生ばかりなので)。

   その日カウンター前に座り準備をしていると、隣に当時「下町の太陽」の大ヒットでスターとなっていた「倍賞千恵子」が座った。オーラというのでしょうか、そこだけ陽が当ったような華やかな感じがしたのはさすがでした。

  彼女は当時銀行のパンフレットなどに顔を出す、イメージガールとして契約しており、開店のイベントとして来店していました。今は「寅さんの妹サクラ」のイメージが強い彼女ではありますが、当時の年齢は23~24才ぐらいだったでしょうか、恐らく彼女の一番綺麗な時期ではなかったかと思います。

  映画の好きな私は、見たものの内容と感想を全部ノートに記録していました。当然倍賞千恵子の出演している映画も何作か見ていたので、閉店時を見計らってそのノートを彼女に見せ、ドキドキしながら言葉を交わし、ノートの表紙にサインをしてもらった事を思い出します。
  当時彼女の映画のギャラが支店に振り込まれてきていました。定期預金に振替えてもらうため、何十枚もの色紙を手に、何度か自宅へ訪問した事がありました。
 
  開店準備委員長すなわち初代支店長は、その後この銀行の社長になりました。ロマンチストな方でありながら仕事では徹底した合理主義を貫かれ、開店準備期間から「仕事の優先順位」、「箇条書きに」、「情実融資の排除」など指導を受けたことは、その後の銀行員生活や他の会社に勤めることになっても大いに役立っています。

  同じの釜の飯を食った仲間は、今会ってもすぐ和気藹々となる。カラオケなどなかったあの時代、飲むときは支店長が呼んだ銀座の流しのギター演奏で歌った事も懐かしい。

  その支店長を会長とする「東都会」という名の「飲み会」は38年たった今も続いています。飲んだ後皆で合唱する歌は、そうです、あの懐かしい歌、新川二郎の「東京の灯よいつまでも」です。















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おもいつくままに10   04.05.29  
千日前界隈

   前にいた会社の本社が難波千日前にあった関係で、吉本の芸人さんによく出会いました。7~8席のカウンターだけの洋食屋さんで食事しながら横を向いたら、吉本のミホリンこと「中山美保」と「未知やすえ」がしゃべっていたり、長崎皿うどんやチャンポンが美味い中華屋さんでは「いくよ・くるよ」の二人が食事中でありました。

  道具屋筋界隈に「肉吸い」というメニューで知られる吉本興業御用達のようなうどん屋があります。ここへは「桂三枝」、「桂文珍」、「チャーリー浜」らがよくきていました。喫茶兼食堂で、タイヘー三郎、四郎の「三郎」がいたこともありました。

  食事の後ほとんど毎日行ったコーヒー1杯240円の喫茶店で、昔ヤッさんこと横山やすしのマネージャーで、吉本興業の常務まで出世していた「木村さん」と隣り合わせでコーヒーを飲むこともありました。テレビでよく見る顔なのでこちらはよく知っているため、つい声をかけそうになるが相手はこちらを知りません。この人はトップと意見が合わなかったのか、その後吉本を辞めて最近ではコメンテーターなどでテレビによく顔を出しています。

  NGK 近辺を歩いていて「坂田利夫」、「間寛平」、「島木譲二」にも出会った。

  寛平ちゃんといえば、私の従兄弟にアマ囲碁界では知る人ゾ知る K兄がおり、今年4月、その長男の結婚式披露宴が行われました。市会議長などやっていた親の関係もあって出席者が多くなってしまい、パートⅠ・パートⅡと2週にまたがって地元のホテルで開催されました。私はパートⅠのほうに出席させてもらいましたが、披露宴パートⅡにK兄と昔から親交があった「寛平ちゃん」が駆けつけてくれ、大いに盛り上がったと聞いています。















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おもいつくままに9   04.05.03  
ショッピングセンター
  我が家から徒歩30分でいけるところに、とてつもないでかいショッピングセンターが誕生しました。このイオンモール・橿原アルルは西日本一の規模であるといいます。このためか近くの道路も整備され、町の様子まで変わってしまいました。
 
  奈良県第2とはいえ、「わずか人口12~3万の都市にこのような商業施設ができて、この先コンスタントに集客していけるのか」なんて余計な心配までしてしまいます。

  今から30年、前銀行の野田支店にいた頃、このショッピングモールのキーテナントとなっているスーパー(当時ジャスコ)を担当したことがあります。 その後社名変更し、財務など本社機能も東京に移したことは周知のことです。本社が大阪福島区にあったころ、結構資金繰りが忙しく、当時相互銀行であったわが行にも頻繁に借り入れ申し出があり、その対応に追われた記憶があります。

  さらにその数年前、難波支店にいたころ、心斎橋や三宮に店があるデパートのそごうも担当したことがありました。
  こちらは天下の日本興行銀行からきたワンマン社長がいて、百貨店として当時は結構威勢がよかった。 その後の行き過ぎた拡大路線と放漫経営がたたり、破綻となったのは記憶に新しい。そして前者はこのたび連結売上げで小売業日本一となりました。














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おもいつくままに8   04.03.25  
瑞鶴の碑
  わが家から徒歩で行ける名所旧跡がけっこうあります。歩いて5分のところに市が重要文化財に指定した「柿本人丸(麻呂・麿)神社」があり、7~8分のところに、これまた重文の「正蓮寺大日堂」があります。

  江戸時代がそのままの「今井町」へも早足で7~8分、「橿原神宮」へは30分で行けます。神宮の参道を散歩していて「殉国の碑、瑞鶴の碑」の案内板がたっているのを見て、20年以上も前のことを思い出しています。

  大阪市内 T 支店にいたころ、ガラス壜のメーカーを担当したことがありました。この会社はかなり前から本社を京都に移していたので、そのころ月に1~2度は、車で半日かけて訪問していました。そこで経理をやっておられた当時でもかなり年配だったOさんが、航空母艦「瑞鶴」の乗組員生き残りである事をご本人から聞いていました。ちょうどそのころ『橿原神宮に「瑞鶴の碑」が建ち除幕式をやるところ』だと話しておられました。

   「瑞鶴」はインターネットで調べたところ、昭和13年起工、ハワイ真珠湾攻撃やラバウル空襲、などに出撃し、19年レイテ沖海戦で沈没した航空母艦だといいます。

  余談ですが、この会社は一時業績が悪化し厳しい状況となりましたが、銀行から副社長で行かれた(昔東京支店でご一緒したこともある)Oさんが建て直したと聞いています。














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おもいつくままに7   04.03.14  
障害者を見る目

 少し前どこかの教師が、障害を持つ子の姉か妹に対し、差別的な発言をした旨の報道を耳にしました。

 私達夫婦も長年、知的障害の娘を連れて、ファミレスで食事をしたり、旅行に連れて行ったりしてきました。20年以上も前にはジロジロ見られたり、食事のときこぼしたりするので、店員にいやな顔をされたりすることがありました。

  しかし最近では好奇な目で見る人はごく稀で、ほとんどの人は自然に接してくれます。また駅などでも身体に障害を持っているなど車椅子の人に、ごく自然に手を貸す人の姿をよく見かけます。社会が違和感なく障害者と接するようになってきたように思います。

 障害を持つ子の家族も昔のように世間体を気にして隠すことなく、オープンにするようになってきたことも大きな要因であると思います。

  I T 時代といわれ、世の中がますます効率的になってきていますが、便利さだけが人類の進歩なのだろうか疑問を感じます。障害者や弱い人に対する世間の変化こそ歓迎すべき進歩だと思いますが。















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 おもいつくままに6   04.03.07  
お水取り
  今年ももうすぐ東大寺二月堂のお水取りが始まります。昔から「お水取りが終わらないと・・・」という言葉をよく耳にしますが、この冬は寒暖の差が大きく、おおむね暖冬であったようです。それでもお水取りが近づいてくると、やはり冷え込む。
 
  むかし銀行の奈良支店にいたことがあります。この店の先輩が「東大寺」とのつながりをつくっておいてくれたおかげで、在任当時貴重な経験ができました。

  東大寺ではお水取りが近づくと、その年の修業僧が発表されます。選ばれた僧は期間中俗世を離れ、二月堂に篭ることになります。その高僧の中に財務担当執事など取引の関係で知る僧がいれば、「参籠お見舞い」と称して2月堂の籠っているところでの面会が許されます。

  銀行員は企業のトップなどと会える機会が多いが、東大寺の高僧と親しくなれる機会などは滅多にありません。
  当時東大寺の執事で、東大寺学園の理事長をされていた高僧が大変麻雀好きで、二月堂の近くの塔頭で取引銀行8行の支店長・次長を招いてマージャン大会を催してくださいました。

 このとき優勝し、賞品にいただいた当時の官長自筆の色紙が家に2枚あるのが自慢です。














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おもいつくままに5   04.03.07  
フローの商売、ストック の商売
  38年間勤務した銀行は典型的なストックの業種、その後3年半在職した小売業はフローの商売。その違いを如実に感じたのは休日に対する社員の考え方でした。

  家電量販に在職したころ、「部長以上の休みは週1回以内」という時期がありました。土日も祝祭日も営業店の応援などで休みなし、平日にある週1回の休みも「仕事が溜ったり」でとんでしまうことがありました。そういうときの連続14日の出勤は、週休二日制になれていた元銀行員にとっては正直言ってきつかった。
 
  しかし先輩部長氏らは「こんなもの」と考えているためか平気に見えました。銀行の場合、休業日でも利息収入があり、むしろ休み前に預金を増やし、融資残を上げておけば、休業中は減る心配はありません。小売業の場合、仮に先月100億売れても今月はまたゼロからの出発、「店を開けてナンボ、閉めれば売り上げゼロの世界」、この気持ちが休みに対する考え方の違いになっているのでしょう。















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おもいつくままに4   04.02.29  
早期退職
 最近リストラの一環として行う早期退職勧奨制度により、退職した後輩の行員から、「挨拶状」がよく舞い込む。現役の支店長など中軸行員からのものも多い。私が在職した数年前には考えられなかったことである。こんなことになってしまった理由のほとんどが、バブル期の経営や営業に起因するものであろう。
 
  いま苦労している彼らのほとんどはあの頃、一担当者かせいぜい中間管理者だったであろう。責任はわれわれとその少し上の世代の役職員にある。
 とはいえ、世の中が一斉にその方向へ走ったとき、「何かおかしい」とは感じながらも、皆遅れまいと一緒に走った。後からいろいろ言う人もいるが、あのとき「真に節度ある行動」をした人はどれだけいたでしょう。 
   
  今日、だいぶ前に早期退職に手を上げた元部下で49年入行のS君から、ようやく就職が決まった旨のはがきが届きほっとしました。














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おもいつくままに3   04.02.22  
新生銀行上場
  「ディーリングは銀行の収益の柱」 とまで云われた時代がありました。バブル華やかりし頃、私も銀行の「国債ディーリング」に携わったことがあります。本店と東京にいるディーラーの管理をしながら、自分もポジションをもってトレーディングをした事は得がたい経験になりました。

  当時私たちがいつも教えを乞い参考にしたのが、(大手証券会社は当然として)銀行で先端を走っていた日本興業銀行・日本長期信用銀行・都銀などでした。資金証券部の分室があった東京へ出張した際には、情報を仕入れようと興・長銀や都銀の市場営業課長やトレーダーらと丸の内界隈でよく会ったものです。

   ディーリングは云うまでもなくゼロサムの世界であり、経済が拡大してパイが大きくなっていく間はまだしも、低成長の時代に熾烈なマネーゲームで儲けられるほど、世の中あまくはなかったということでしょうか。

   頭脳集団で鳴らしたあの長銀も破綻し、瑕疵担保条約などで話題となるなど紆余曲折があって外資系金融機関として再生。新生銀行として2月19日上場、初値はメガバンクの雄三菱東京FGの株価とほぼ同額(一株の単位は違いますが)の872円、昨年民事再生となって私が辞めた会社の受け皿企業のスポンサーでもあります。













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おもいつくままに2   04.02.22  
インサイダー取引
    「インサイダー取引」 という言葉は以前からよく耳にし、意味もそれなりに理解していたつもりでしたが、どこか別の世界の事ぐらいに考えていました。
  社員でも限られた部署の者だけが「自分の勤める会社が破綻するかもしれない」ことを知ることとなる。そうなればそこにいた者は、あと何ヶ月かで自分の所有株が、「紙切れになる可能性」がでてきたことに気がつくことになります。私もこの時初めて、自分が所有する株について「インサイダー」との関連を実感しました。

  他の投資家が知らない、いわゆる「内部情報で売買をして、儲けたり、損失を回避したり」するのはアンフェア-であることは当然のことです。現在では証券取引法の規定により厳しく規制されていますが、昔は結構行われていたようです。

  今売ればそれなり(自動車一台くらいだったか)のキャッシュになるのに、「売れない辛さ」は経験したものでないとわからないと思います。 
  私の2度目の職場は大阪1部上場の家電量販でした。産業再生機構の支援条件であった「民事再生の届出」をリリースしたあと、(経営企画部に席を置いていた関係上)幹事証券で「売却しても大丈夫」であることを確認して、市場にウリに出してみました。結果5000株、1株5円で売れ、数回の飲み代ぐらいにはなりました。

   「上場廃止になるまでの短期間に売り逃げて鞘を稼ごうとする」、そういうことはあるとは聞いていましたが、あと何日かでゼロとなることがわかっているはずの株を、たとえ5円ででも買う人がいることに正直言って驚きました。当然のこととして上場廃止の期限がきて株券価値は0円と相成りましたが、あの時最後にババを引いた人はいるはずです、もちろん自己責任の世界でのマネーゲームでしょうが。

  上場廃止寸前となって、持株会のほうからも1,000株単位で株券となって数枚戻ってきました。売却の時間もないまま、とっておくのも癪で、記念にほしいといった女子社員にあげてしまいました。そういえばこの会社からストックオプションももらっていたなあ。













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おもいつくままに1   04.02.01 
息子に庇われる日
「這えば立て、立てば歩めの親心・・・」 というのを聞いたことがありますが、親であれば誰しも子どもが健やかに育って欲しいと願っています。また親にとって子供の成長ほどうれしいものはありません。私は男の兄弟がないのでわかりませんが、例え兄弟であっても負けたくない気持ちはあると思います。

しかし息子だけは別で、親を追い抜いてもらいたい気持ちが強いものです。事実、息子に身長をぬかれたときはホッとしたし、私がいくことができなかった大学へ入ったときも嬉しく思いました。

  子供のころ、畏怖していた父が80歳を過ぎて物忘れが激しくなり、さっき言った事をもう忘れたりするのを見て、急に頼りなく感じたころがありました。そのときは悲しい思いと同時に「これからは俺が庇護しなければ」と思ったものです。 

  この正月、(酒の上のことではありましたが)私の失敗に対し、息子が知らぬ間にフォローしていた事をあとで知る、という出来事がありました。カミさんに「あいつが俺を庇うなんて10年早いわ」と言いながらも、そういうことをするようになった子供の成長に対し、「嬉しくもあり」、複雑な気持ちではありました。 

  冒頭の「這えば・・・」は狂歌ですが、続きは「わが身に迫る老いも忘れて」だそうです。


活動

活動名

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